ステラタウン
ステラタウン(stellar town)は、埼玉県さいたま市北区宮原町一丁目に所在する、三井不動産商業マネジメントと三井不動産が管理・運営する大型ショッピングセンター。
ステラタウン stellar town | |
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ステラタウン 入口 | |
地図 | |
店舗概要 | |
所在地 |
〒331-0812 埼玉県さいたま市北区宮原町1-854-1 |
座標 | 北緯35度55分59.2秒 東経139度37分22.8秒 / 北緯35.933111度 東経139.623000度座標: 北緯35度55分59.2秒 東経139度37分22.8秒 / 北緯35.933111度 東経139.623000度 |
開業日 | 2004年(平成16年)4月28日[1][2] |
施設所有者 |
スバル興産株式会社 (富士重工業グループ)[5] |
施設管理者 |
三井不動産商業マネジメント[5] 三井不動産[1] |
敷地面積 | 50,003.91 m²[5] |
延床面積 | 141,621.01 m²[5] |
商業施設面積 |
53,700m2 (大店立地法上の届出小売店舗面積 45,014 m2)[5] |
中核店舗 | イトーヨーカドー大宮宮原店[2] |
店舗数 | 108店[1] |
営業時間 | 店舗により異なる |
駐車台数 | 2,338[5]台 |
前身 |
大宮競馬場[3] ↓ 中島飛行機大宮製作所[3] ↓ 富士産業大宮工場[4] ↓ 大宮工業[4] ↓ 大宮富士産業[4] ↓ 富士重工業大宮製作所[1][2] |
商圏人口 | 半径20km圏、3,000,000人 |
最寄駅 |
土呂駅(無料送迎バス)[5] 加茂宮駅徒歩7分[5] |
最寄IC | 新都心西出入口 |
外部リンク | 公式サイト |
施設
編集富士重工業大宮製作所跡地の「さいたま市北部拠点宮原土地区画整理事業」により[5]、区域内の中心商業施設として建設された。三井不動産グループが開設した屋内通路に面して店舗が並ぶエンクローズドモールと野外通路に面して店舗が並ぶオープンモールの両方がある複合型のショッピングセンター[1]。
開業時点では核店舗のイトーヨーカドーのほか[2]、準核店舗としてザ・ダイソーやマックスイエローハット、ルームズ大正堂などを配した多核型のリージョナルショッピングセンターになっていた[1](大正堂の跡地にはブックオフスーパーバザーが入居[6])。
専門店街のステラモールは三層で総延長は約200mとなっており、開業時点では専門店は物販91店舗に飲食店17店舗の合計108店舗で売場面積は約20,000m2という構成になっていた[1]。
オープンモールの野外通路も屋内と同様に三層となっており「ステラ通り」と名付けられている[1]。
施設のシンボルとして、イーストゲートには建設前からあったメタセコイアの大木を残し、ウエストゲートには時計台を兼ねた星型のオブジェ「メローペの塔」を設置してあり、当施設の外観を特徴付けるものとなっている[1]。また、アット・イーズやオフノオン、リヴァンスといったインテリア雑貨店や、東洋雑貨のカラコ、沖縄雑貨の沖縄良品ショップなど雑貨関連で特色あるテナントを多めに出店させたことも当施設の特徴の一つとなっている[1]。
イトーヨーカ堂と大宮北ハウジングステージとの間に新たな別館を建設してノジマなどを入居させることになり「公園棟」として2012年10月17日に開業した[7][8]。なおイトーヨーカドー大宮宮原店は、開業時点では店舗面積約18,100m2のうち直営は約13,500m2となっており、同店内にも約4,600m2の専門店が導入されている[2]。
ギャラリー
編集-
外観
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1階のステラ通り
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2階のセンターコート
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古紙回収ボックス
当地の歴史
編集当地には1930年(昭和5年)に地方競馬規則を根拠として大宮競馬場が開設されたが、1939年(昭和14年)に公布された軍馬資源保護法に基いて閉鎖され、約10年でその歴史に終止符を打つことになった[3]。
競馬場跡地には1943年(昭和18年)3月に中島飛行機(現:SUBARU)大宮製作所が新設された[3]。
この中島飛行機大宮製作所は航空機エンジンを製造していたが[9]、第2次世界大戦後の1945年(昭和20年)8月には中島飛行機が平和産業=民需中心の製造業へ転身に伴って富士産業大宮工場として民生用のエンジンや軽車両の製造に転じた[4]。
しかし、富士産業は企業再建整備法による分割に伴い、1950年(昭和25年)8月7日に大宮工業となった後に大宮富士産業として事業を継続した[4]。昭和20年代後半には戦後初の国産ジェットエンジン「JO-1」の開発にも携わった[10][11]。
大宮富士工業は、富士工業や富士自動車工業、宇都宮車輛、東京富士産業の4社が合併して1955年(昭和30年)4月に富士重工業に統合されたことに伴い[12]、富士重工業大宮製作所としてエンジン類や軽三輪車の生産拠点となった[13]。
1995年(平成7年)10月に富士重工業大宮製作所は北本市に移転して、跡地は大宮事業所に名称変更された[12]。
1996年(平成8年)2月には富士重工業大宮製作所跡地の一部を大宮市土地開発公社と住宅都市整備公団へ売却し、1999年(平成11年)3月から中島飛行機大宮製作所時代からの大煙突の撤去を始めた[12]。
ステラと富士重工業
編集富士重工業(現:SUBARU)大宮製作所跡地に開設されたことにちなみ[1][2]、ブランド名「スバル」の由来である「昴」から「星」を意味する「ステラ」の名称がつけられている[5]。なお、2006年(平成18年)6月に発売されたスバル・ステラの綴りは「Stella」[12]。
脚注
編集- ^ a b c d e f g h i j k 六車秀之 『事例研究から見る商業とエンターテインメントシリーズ 第13回“ハイブリッドモールがエンターテインメントの”「ステラタウン」』 月刊レジャー産業資料 2004年9月号 (綜合ユニコム)
- ^ a b c d e f “イトーヨーカ堂、自社最大級の「イトーヨーカドー大宮宮原店」オープン”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2004年5月19日)
- ^ a b c d 大宮市史編さん委員会編 『大宮市史 第4巻 近代編』 大宮市、1982年。
- ^ a b c d e 『富士重工業 三十年史』 富士重工業、1984年。
- ^ a b c d e f g h i j “埼玉県内最大級のショッピングセンター 4月下旬グランドオープン 施設名称を『ステラタウン』に決定”. 富士重工業、三井不動産. (2004年2月20日)
- ^ 『BOOKOFF SUPER BAZAAR 大宮ステラタウン オープンのお知らせ』(PDF)(プレスリリース)ブックオフコーポレーション、2010年6月14日 。2016年2月9日閲覧。
- ^ “スバル興産、さいたま「ステラタウン」増築 家電量販店を誘致”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2013年2月27日)
- ^ “平成26年度 埼玉県地球温暖化対策計画・実施状況報告書提出事業者・事業所状況一覧” (PDF). 地球温暖化対策計画制度. 埼玉県庁. p. 27 (2015年8月7日). 2016年2月9日閲覧。
- ^ 高橋泰隆 『中島飛行機の研究』 日本経済評論社、 1988年5月。ISBN 978-4818802339
- ^ (日本語)『富士重工業 「旧中島飛行機大宮製作所の大煙突」解体工事開始』(プレスリリース)富士重工業、1999年3月16日 。2016年2月9日閲覧。
- ^ “日本初、量産化された国産ジェットエンジン J3ターボジェットエンジン” (日本語). 日本航空館. 埼玉スバル自動車. 2016年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月3日閲覧。
- ^ a b c d 『富士重工業 会社概況 2013』 富士重工業、2013年。
- ^ 富士重工業編集委員会 『富士重工業技術人間史 スバルを生んだ技術者たち』 三樹書房、2005年10月。ISBN 978-4-89522-463-5