夏山町
(夏山村から転送)
夏山町(なつやまちょう)は、愛知県岡崎市額田地区の町名である。
夏山町 | |
---|---|
北緯34度56分58.78秒 東経137度19分17.36秒 / 北緯34.9496611度 東経137.3214889度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 愛知県 |
市町村 | 岡崎市 |
地区 | 額田地区 |
町名制定[1] | 2006年(平成18年)1月1日 |
面積 | |
• 合計 | 17.281066263 km2 |
人口 | |
• 合計 | 694人 |
• 密度 | 40人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
444-3621[4] |
市外局番 | 0564(岡崎MA)[5] |
ナンバープレート | 岡崎 |
地理
編集岡崎市の中心からやや南東に位置し、額田地区の西部からほぼ中心に存在する。町内には夏山川、平針川が流れている。町内のほぼ全域は森林であり、水田や住宅地は少ない。その他、電力関連施設が立地している。なお町内には丁目、大字は存在しない。
町内は、大きく分けて鬼沢(おにざわ)、柿平(かきだいら)、寺野(てらの)、寺平(てらだいら)、平針(ひらばり)の5区域に分けられる。2022年3月に死去した芸術家の国島征二(1937~2022)が生前、町内にアトリエを構えていた。
河川
編集字
編集
|
|
|
|
世帯数と人口
編集2019年(令和元年)5月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[3]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
夏山町 | 299世帯 | 694人 |
人口の変遷
編集国勢調査による人口の推移
2010年(平成22年) | 801人 | [6] | |
2015年(平成27年) | 732人 | [7] |
小・中学校の学区
編集市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]。
番・番地等 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 岡崎市立夏山小学校 | 岡崎市立額田中学校 |
歴史
編集夏山村 | |
---|---|
廃止日 | 1889年10月1日 |
廃止理由 |
新設合併 夏山村、木下村、千万町村 → 巴山村 |
現在の自治体 | 岡崎市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 愛知県 |
郡 | 額田郡 |
隣接自治体 |
額田郡 井沢村、木下村、明見村 淡淵村、片寄村、樫山村 桜井寺村、切越村、古部村 |
夏山村役場 | |
所在地 |
〒444-3621 愛知県額田郡夏山村 |
ウィキプロジェクト |
夏山郷は1877年に柿平村が井ノ口村を編入し、1878年に柿平村、寺平村、平針村、鬼沢村、寺野村が合併し夏山村となる。
1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
藩政村
編集各村の巴山村合併以後の沿革は栄枝村を参照
- 鬼沢村
- 1590年に岡崎城主田中吉政領になり、1601年に天領、1633年に赤松陣屋(赤松松平家)に移るが、1651年に再び赤松陣屋に戻る。1752年に再び天領に戻り、1772年12月28日に西大平藩領へ移り、明治に至った。1878年12月28日に柿平村、井ノ口村、寺平村、平針村、寺野村、と合併し夏山村となる。そして1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
- 柿平村
- 1590年に岡崎城主田中吉政領になり、1601年に天領、1632年に刈谷藩領に編入され、1725年には再度天領に戻る。1732年に形原巨勢氏領に移り明治に至る。1877年に井ノ口村を編入し、1878年12月28日に鬼沢村、寺平村、平針村、寺野村、と合併し夏山村となる。そして1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
- 井ノ口村
- 1590年に岡崎城主田中吉政領になり、1601年に天領、1632年に赤松陣屋領に編入され、1637年に再び天領、1651年には赤松陣屋領に戻る。1752年に天領に再度移り明治に至る。1877年に柿平村に編入され、1878年12月28日に柿平村、鬼沢村、寺平村、平針村、寺野村、と合併し夏山村となる。そして1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
- 寺平村
- 1590年に岡崎城主田中吉政領になり、1601年に天領、1633年に赤松陣屋(赤松松平家)に移るが、1651年に約85石の内80石は赤松陣屋に残り、残りの5石は平針松平家に移り明治に至る。80石の方は1752年に再び天領に戻り明治に至った。1878年12月28日に柿平村、鬼沢村、平針村、寺野村、と合併し夏山村となる。そして1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
- 平針村
- 1590年に岡崎城主田中吉政領になり、1601年に天領、1633年に赤松陣屋(赤松松平家)に移るが、平針松平家に移り明治に至る。1878年12月28日に柿平村、寺平村、鬼沢村、寺野村、と合併し夏山村となる。そして1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
- 寺野村
- 1591年に岡崎城主田中吉政領になり、1601年に天領、1633年に岡崎藩領、1645年に再び天領に戻り1681年に鳥羽藩領となる。1725年に磐城平藩領に編入されて明治に至る。1878年12月28日に柿平村、寺平村、平針村、鬼沢村、と合併し夏山村となる。そして1889年10月1日に木下村、千万町村と合併し巴山村となる。
- 各村の知行
村 | 石高(約) | 天正18年 | 慶長6年 | 寛永9年 | 寛永10年 | 寛永14年 | 正保2年 | 慶安2年 | 慶安4年 | 承応2年 | 天和11年 | 享保10年 | 享保17年 | 宝暦2年 | 安永1年 | 享和3年 | 文久3年 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
寺野村 | 70石 | 田中 吉政領 |
天領 | 天領 | 岡崎藩 | 岡崎藩 | 天領 | 天領 | 鳥羽藩 | 鳥羽藩 | 鳥羽藩 | 天領 | 天領 | 天領 | 天領 | 磐城平藩 | 磐城平藩 | 明 治 へ 至 る |
柿平村 | 280石 | 刈谷藩 | 刈谷藩 | 刈谷藩 | 刈谷藩 | 形原 巨勢家 |
形原 巨勢家 |
形原 巨勢家 |
形原 巨勢家 |
形原 巨勢家 | ||||||||
井ノ口村 | 210石 | 天領 | 赤松 松平家 |
天領 | 天領 | 赤松 松平家 |
赤松 松平家 |
赤松 松平家 |
赤松 松平家 |
赤松 松平家 |
天領 | 天領 | 天領 | 天領 | ||||
鬼沢村 | 185石 | 西大平藩 | 西大平藩 | 西大平藩 | ||||||||||||||
寺平村 | 80石 | 天領 | 天領 | 天領 | ||||||||||||||
5石 | 平針 松平家 |
平針 松平家 |
平針 松平家 |
平針 松平家 |
平針 松平家 |
平針 松平家 |
平針 松平家 |
平針 松平家 | ||||||||||
平針村 | 240石 |
山論
編集江戸時代、夏山郷は1686年と1804年の2回山論が起きている。1686年に鬼沢村と寺平村が争ったのが大宝山を巡る山論(大宝山山論)、夏山郷6村と柳田村が争ったのが大久手山を巡る山論(大久手山山論)である。
沿革
編集この節の加筆が望まれています。 |
史跡
編集交通
編集- 道路
- バス
- 岡崎市乗合タクシー
- ほたるバス(豊富・夏山地区線)
施設
編集その他
編集日本郵便
編集脚注
編集- ^ a b “「4 新旧町名対照一覧表」” (XLS). 岡崎市. 2019年5月26日閲覧。
- ^ “愛知県岡崎市の町丁・字一覧”. 人口統計ラボ. 2019年5月19日閲覧。
- ^ a b “支所・町別人口・世帯集計表(各月1日現在)” (XLS). 岡崎市(統計ポータルサイト) (2019年5月1日). 2019年5月19日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年5月19日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年5月19日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 2019年3月23日閲覧。
- ^ “岡崎市立小中学校通学区域”. 岡崎市 (2018年6月9日). 2019年5月19日閲覧。
- ^ 鈴木渉太 (2021年4月16日). “<東岡崎駅ひとものがたり> (1)松樹寺住職・伊藤三学さん(75)”. 中日新聞 2021年11月15日閲覧。
- ^ “郵便番号簿 2018年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年5月18日閲覧。
参考資料
編集- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
- 有限会社平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名体系第23巻 愛知県の地名』平凡社、1981年。ISBN 4-582-49023-9。
- 『額田町史』 額田町史編集委員会、1986年11月1日