問寒別駅
問寒別駅(といかんべつえき)は、北海道(宗谷総合振興局)天塩郡幌延町字問寒別にある北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅である。駅番号はW66。事務管理コードは▲121837[2]。電報略号はトヒ。
問寒別駅 | |
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駅舎(2017年10月) | |
といかんべつ Toikambetsu | |
◄W64 天塩中川 (13.9 km) (2.2 km) 糠南 W67► | |
所在地 | 北海道天塩郡幌延町字問寒別 |
駅番号 | ○W66 |
所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
所属路線 | ■宗谷本線 |
キロ程 | 175.8 km(旭川起点) |
電報略号 | トヒ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
乗降人員 -統計年度- |
2人/日 -2014年- |
開業年月日 | 1923年(大正12年)11月10日[1] |
備考 | 無人駅 |
歴史
編集- 1923年(大正12年)11月10日:鉄道省天塩線誉平駅(現・天塩中川駅) - 当駅間延伸開通に伴い開業[3][4][5]。一般駅[1]。
- 1924年(大正13年)6月25日:線路名を天塩南線に改称、それに伴い同線の駅となる[4]。
- 1925年(大正14年)7月20日:当駅 - 幌延駅間延伸開通に伴い中間駅となる[5]。
- 1926年(大正15年)9月25日:天塩南線と天塩北線を統合し線路名を天塩線に改称、それに伴い同線の駅となる[4]。
- 1930年(昭和5年)
- 1949年(昭和24年)6月1日:公共企業体である日本国有鉄道に移管。
- 1960年(昭和35年)11月:駅舎改築[8]。
- 1971年(昭和46年)6月1日:幌延町営軌道全線廃止[6]。
- 1982年(昭和57年)11月15日:貨物取扱い廃止[1]。
- 1984年(昭和59年)
- 1986年(昭和61年)11月1日:通票閉塞廃止に伴い運転職員無人化、駅長以下4名の職員引き上げ[新聞 2][9]。同月、旧駅舎を解体、貨車駅舎に改築[9]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 2015年(平成27年)夏:駅舎外壁を改修 [幌延町 1]。
- 2017年(平成29年)9月8日:構内の琺瑯製第三種駅名標が盗難に遭っていることが判明[新聞 3][新聞 4]。
- 2019年(令和元年)12月3日:JR北海道が沿線自治体に対し、宗谷本線活性化推進協議会を通じて当駅含む29駅[注釈 1]について、自治体による維持管理もしくは費用負担による存続か、2021年(令和3年)3月での廃止かの方針を2020年3月までに報告するよう要請[新聞 5]。
- 2020年(令和2年)3月28日:幌延町が2021年度から、ふるさと納税等を原資とした町による維持管理に移行することを発表[幌延町 2]。
- 当駅の存続理由について幌延町は「市街地を形成していること[幌延町 2]」とした。
- 2021年(令和3年)4月:幌延町による維持管理に移行[JR北 1][新聞 6]。
駅名の由来
編集所在地名より。現在の問寒別川を指すアイヌ語の「トイカムペッ(toy-kamu-pet)」(土・被さる・川)に由来する[10][11][12][13]。食用土[注釈 2]が多かったことによる名であるとされる[10]。
駅構造
編集単式ホーム1面1線を有する地上駅。ホームは線路の北東側(稚内方面に向かって右手側)に存在する[11]。分岐器を持たない棒線駅となっている[11]。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能な交換駅であった[14]。当時は互いのホームは駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム北側を結んだ構内踏切で連絡した[14]。駅舎側(東側)が上下本線(共用)、対向側ホームが下り線となっていた(番線表示なし)[14]。そのほか対向側ホーム外側への副本線を1線有し[14]、また上下本線の旭川方から分岐し駅舎東側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線とその途中から分岐した側線を1線有していた[14]。側線を含め交換設備運用廃止後は線路は撤去されたが、ホーム前後の線路は分岐器の名残で湾曲していた[11]。
幌延町管理の無人駅となっている。駅舎は構内の北東側に位置しホーム中央部分に接している[11]。有人駅時代からの駅舎は改築され、ヨ3500形車掌車[15]を改造した貨車駅舎となっている[11]。旧駅舎の基礎の上に設置されている[12]。出入口には砕石で盛り土をした上にアスファルト敷きのスロープが新たに設置されている[12]。駅舎とは別棟でプレハブのトイレ棟を有する[12]。
駅の後方には鉄道林がある。
また以前は当駅から殖民軌道問寒別線(後の幌延町営軌道)が接続していた[6][注釈 3]。
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ホーム側から見た駅舎
(2017年10月) -
ホーム(2017年10月)
-
駅名標(2017年10月)
利用状況
編集乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。
また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
年度 | 乗車人員(人) | 出典 | 備考 | ||
---|---|---|---|---|---|
年間 | 1日平均 | JR調査 | |||
1966年(昭和41年) | 67,041 | (183.7) | [16] | ||
1978年(昭和53年) | 98 | [17] | |||
1981年(昭和56年) | (37.0) | [14] | 1日乗降客数74人 | ||
1992年(平成 | 4年)(30.0) | [11] | 1日乗降客数60人 | ||
2015年(平成27年) | 「10名以下」 | [JR北 2] | |||
2016年(平成28年) | 1.2 | [JR北 3] | |||
2017年(平成29年) | 1.0 | [JR北 4] | |||
2018年(平成30年) | 0.6 | [JR北 5] | |||
2019年(令和元年) | 1.2 | [JR北 6] | |||
2020年(令和 | 2年)1.4 | [JR北 7] | |||
2021年(令和 | 3年)1.4 | [JR北 8] | |||
2022年(令和 | 4年)1.2 | [JR北 9] | |||
2023年(令和 | 5年)2.2 | [JR北 10] |
駅周辺
編集- 北海道道583号上問寒問寒別停車場線
- 道路沿いに植民軌道の橋台が残存する。
- 北海道道541号問寒別佐久停車場線
- 北海道道395号問寒別停車場下国府線
- 幌延町問寒別集落 役場を有する幌延市街に次ぐ町内第二の集落
- 北海道大学天塩研究林[19]
- 天塩川
隣の駅
編集脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b c d 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 II』(初版)JTB、1998年10月1日、901頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、239頁。doi:10.11501/1873236 。2023年1月15日閲覧。
- ^ 大蔵省印刷局, ed (1923-11-7). “鉄道省告示 第253号”. 官報 (国立国会図書館デジタルコレクション) (3363) .
- ^ a b c d 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館、1993年6月発行)179-180ページより。
- ^ a b 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年5月発行)47ページより。
- ^ a b c 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年5月発行)49ページより。
- ^ 書籍『北海道の鉄道』(著:田中和夫、北海道新聞社、2001年2月発行)231ページより。
- ^ 鉄道ジャーナル社(編)『写真記録 日本の駅』日本図書センター、2009年7月25日(原著1972年)、22頁。ISBN 978-4-284-80036-5。
- ^ a b “限界ギリギリ集落の集いの場「駅前食堂」を復活させたい!”. CAMPFIRE. 2024-12 -22閲覧。
- ^ a b “アイヌ語地名リスト ツキサ~トヨコ P81-90P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2017年11月24日閲覧。
- ^ a b c d e f g 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館、1993年6月発行)149ページより。
- ^ a b c d 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社、2008年8月発行)216ページより。
- ^ 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、(2004年2月発行))123-124ページより。
- ^ a b c d e f 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)184ページより。
- ^ 書籍『ダルマ駅へ行こう!』(著:笹田昌宏、小学館文庫、2007年5月発行)19ページより。
- ^ 白山友正 編『幌延町史』幌延町、1974年、784頁。
- ^ 藤田, 稔 編『国鉄全駅大事典』藤田書店、1980年4月30日、889頁。doi:10.11501/12065814 。
- ^ 阿部由裕. “日本一しょぼいゲストハウス ウタラといかん”. ウタラといかん. 2024年3月24日閲覧。
- ^ 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館、1993年6月発行)149ページより。
JR北海道
編集- ^ 『来春のダイヤ見直しについて』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2020年12月9日。オリジナルの2020年12月9日時点におけるアーカイブ 。2020年12月10日閲覧。
- ^ “極端にご利用の少ない駅(3月26日現在)” (PDF). 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2017年9月25日閲覧。
- ^ 「宗谷線(名寄・稚内間)」(PDF)『線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)』、北海道旅客鉄道、2017年12月8日。オリジナルの2017年12月30日時点におけるアーカイブ 。2017年12月30日閲覧。
- ^ 『宗谷線(名寄・稚内間)』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2017年7月2日。オリジナルの2018年7月3日時点におけるアーカイブ 。2018年7月13日閲覧。
- ^ “宗谷線(名寄・稚内間)” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 4 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
- ^ “宗谷線(名寄・稚内間)” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 輸送密度200人以上2,000人未満の線区(「黄色」8線区). 北海道旅客鉄道. p. 3・4 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月3日閲覧。
- ^ “駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月14日閲覧。
- ^ “駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月3日閲覧。
- ^ “駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2023年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
- ^ “宗谷線(旭川・稚内間) 事業の抜本的な改善方策の実現に向けた実行計画(2024(令和6)~2026(令和8)年度)” (PDF). 北海道旅客鉄道 (2024年). 2024年9月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月8日閲覧。
幌延町
編集- ^ “幌延町内の各駅ご紹介”. 幌延町 (2017年11月6日). 2017年11月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月6日閲覧。
- ^ a b “幌延町内における宗谷本線「極端に利用の少ない無人駅」に係る町方針について”. 幌延町. 2020年3月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月29日閲覧。
新聞記事
編集- ^ “「通報」●函館本線江部乙駅ほか49駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 1. (1984年11月9日)
- ^ 無人化の宗谷本線問寒別駅 63年の歴史しのび 駅職員、住民ら別れの宴(北海道新聞朝刊道北版、1986年11月4日)
- ^ “「秘境駅」、駅名板相次ぎ盗難=JR宗谷線、「そっと返して」-北海道”. JIJI.COM. 時事通信社. (2017年9月14日)
- ^ “盗まれた駅名看板、そっと返してほしいけど…JR雄信内、問寒別の新看板設置”. どうしん電子版 (北海道新聞社). (2017年10月14日)
- ^ “宗谷線の無人駅管理 自治体に要請 JR「負担か廃止」 3月期限、悩む沿線”. 北海道新聞. (2019年12月12日). オリジナルの2019年12月12日時点におけるアーカイブ。 2020年3月28日閲覧。
- ^ “無人18駅、自治体管理へ JR北海道 経営難で急拡大”. 北海道新聞. (2021年2月5日). オリジナルの2021年2月6日時点におけるアーカイブ。 2021年2月7日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 問寒別|駅の情報検索(時刻表・バリアフリー)|鉄道・きっぷ|JR北海道- Hokkaido Railway Company