右近福次郎
日本の実業家、資産家
右近 福次郎(うこん ふくじろう、1883年(明治16年)10月4日[1] - 没年不明)は、日本の実業家、資産家[2]。日本海上保険常務[3]、同専務取締役[4]。朝鮮電気社長[3][4]。右近商事、元山水力電気、南朝鮮水力電気各取締役[4]。日海興業、大阪酸水素、和歌山紡績各監査役[3][4]。族籍は福井県平民[1]。
人物
編集福井県・右近権左衛門の男[5]。右近和作の養弟[4]。慶應義塾に学ぶ(1927年に特選)[6]。1918年、分家する[7]。実業界に入り日本海上保険、朝鮮電気、元山水力電気等の重役だった[7]。
資産家として知られ、『時事新報社第三回調査全国五拾万円以上資産家』には「財産見積額・80万円、財産種別・有価証券其他」とある。兵庫県在籍で[4]、住所は神戸葺合町[1]、武庫郡住吉村室ノ内[7](現・神戸市東灘区住吉本町)。
家族・親族
編集- 右近家
- 父・十代目権左衛門(1853年 - 1916年、福井平民、日本海上保険社長) - 福井県南条郡河野村の人で、住所は大阪市西区西長堀北通[5]。
- 養兄・和作[5](1876年 - ?、実業家、資産家)
- 弟・十一代目権左衛門(1889年 - 1966年、旧名は義太郎[5]、実業家)
- 妻・とき(1890年 - ?、岐阜、小寺成蔵の二女[1]、小寺敬一の姉[7])
- 長女・信子(1911年 - ?、三重、辻孫一郎の弟、栄三の妻)[7]
- 男・徳太郎(1913年[7] - 1944年、サッカー選手)
- 男・泰太郎(1916年 - ?)[7]
- 男(1918年 - ?)[7]
- 親戚
脚注
編集- ^ a b c d 『人事興信録 第5版』う1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
- ^ 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2022年8月20日閲覧。
- ^ a b c 『財界物故傑物伝 上巻』202頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
- ^ a b c d e f 『人事興信録 第11版 上』ウ1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年5月19日閲覧。
- ^ a b c d 『人事興信録 第4版』う9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
- ^ 『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』307頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j 『人事興信録 第12版 上』ウ1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年9月29日閲覧。
参考文献
編集- 『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』時事新報社、1916年。
- 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
- 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
- 実業之世界社編輯局編『財界物故傑物伝 上巻』実業之世界社、1936年。
- 人事興信所編『人事興信録 第11版 上』人事興信所、1937-1939年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1939年。
- 慶応義塾編『慶応義塾塾員名簿 昭和17年版』慶応義塾、1924-1942年。