台湾総督府図書館

台湾の図書館

台湾総督府図書館(たいわんそうとくふとしょかん、旧字体臺灣總督府圖書館繁体字中国語: 台灣總督府圖書館)は、日本統治時代の台湾における唯一の官立(国立)図書館であった[1]:39。これは当時の台湾において、全土に図書館事業を発展させる重要な役割を果たした[1]:50

台湾総督府図書館
閲覧室

この図書館の建物はもともと台湾文庫として使用されていたが、台湾文庫は1906年8月16日に閉館した。蔵書は東洋協会台湾支部の管理で保管された。1912年、台湾総督府は図書館設置を建議し、蔵書の引き取りを決めた[1]:39。台湾総督府は1914年4月13日に「台湾総督府図書館官制」を公布し[1]:40、同年8月6日に主任館長として隈本繁吉が就任した[1]:41。台湾総督府図書館は1915年8月9日に正式オープンした[1]:50

日本統治時代、台湾総督府図書館には歴代で5名の館長が就任した。第二次世界大戦期間、図書館は台北大空襲等により攻撃を受けたが、山中樵館長の努力の下、19万余冊の蔵書が他の施設に避難された。蔵書は主に大崎脚大龍峒保安宮龍山国民学校中和庄南勢角簡大厝の4か所に分散して保管された。児童室にあった一部の書籍や発禁扱い図書の約7万余冊は戦火により焼失した[1]:81。第二次世界大戦後、山中樵館長の手配により、台湾省行政長官公署図書館として運営を再開。後任の范寿康館長や呉克剛館長の下で発展した[1]:81、82。現在は国立台湾図書館として開館している。

歴任館長

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台湾総督府図書館では、5名の日本人が館長として就任した。ただし4代目館長の若槻道隆は代理であり、数か月のみの在任であった。歴代館長の一覧は、以下の通り[1]:51

姓名 出身地 任期 備註
隈本繁吉 日本福岡県 1915年8月6日 – 1916年5月16日 元台湾総督府学務部長[2]
太田為三郎 日本、東京府 1916年5月16日 – 1921年7月8日
並河直広 日本、京都府 1921年7月8日 – 1927年7月9日 在任中に死去[3]
若槻道隆 日本、長野県 1927年7月9日 – 1927年9月7日 代理館長
山中樵 日本、福井県 1927年9月7日1945年8月15日 1927年8月30日任命[1]:70

参考文献

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  1. ^ a b c d e f g h i j 張圍東 (2006-1). (國立編譯館主編). ed. 《走進日治臺灣時代——總督府圖書館》. 臺北市: 台灣古籍出版有限公司. ISBN 986-7332-47-4 
  2. ^ 1910 年代台湾における中学校設立運動再考駒込武、京都大学、教育史フォーラム第8号
  3. ^ 曾堃賢 (1987-04). “日據時期(1895-1945)臺灣區公共圖書館事業之研究(續)”. 教育資料與圖書館學 24 (3): 288. http://joemls.dils.tku.edu.tw/ebooks/24/24-3/web/243_opf_files/WebSearch/page0086.html.