八木正生

日本の作曲家、編曲家、ピアニスト (1932-1991)

八木 正生(やぎ まさお、1932年11月14日 - 1991年3月4日[1])は、日本ピアニスト作曲家編曲家東京都新宿区出身。

八木 正生
生誕 (1932-11-14) 1932年11月14日
出身地 日本の旗 日本東京都新宿区
死没 (1991-03-04) 1991年3月4日(58歳没)
ジャンル ジャズ
職業 ピアニスト作曲家編曲家
活動期間 1960年 - 1991年

来歴・人物

編集

青山学院高卒業。戦後、築地の「クラブ・リオ」、米軍立川基地などで演奏。武満徹渡辺貞夫らとともに日本ジャズ創成期に活躍。1960年代から東映映画音楽をメインに作曲を手がけていたが、1976年千葉真一主演映画脱走遊戯[2]では、自らのベースであるジャズのみで映画音楽を制作した。

あしたのジョーの主題歌の作曲・編曲を担当する。作詞は寺山修司[注 1]、歌は尾藤イサオ[注 2]。他にデューク・エイセス1970年代中盤から作曲・編曲・コンサートの音楽監督としても携わった。サザンオールスターズの楽曲に編曲家として1980年から1985年の間に参加し、彼らの音楽観にも影響を与えた[3]

作品

編集

映画

編集

編曲

編集

アニメ

編集

その他

編集

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ 「時には母のない子のように」など作詞作品も、とても多い。
  2. ^ 「悲しき願い」の日本語版の歌唱でも知られる。

出典

編集
  1. ^ 『新撰 芸能人物事典 明治~平成』(日外アソシエーツ 2010年刊)
  2. ^ 脱走遊戯
  3. ^ 1981/8/3にサザンオールスターズの傑作アルバム『ステレオ太陽族』オリコン1位【大人のMusic Calendar】ニッポン放送 NEWS ONLINE 2017年8月3日配信 2020年12月6日閲覧

関連項目

編集