八幡神社 (掛川市岩滑)
静岡県掛川市岩滑の神社
八幡神社(はちまんじんじゃ、英語: Hachiman Jinja)は、静岡県掛川市の神社である。近代社格制度における社格は村社。
八幡神社 | |
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所在地 |
静岡県掛川市 岩滑2084番地[1][2] ![]() |
位置 | 北緯34度41分45.52458秒 東経138度4分17.30626秒 / 北緯34.6959790500度 東経138.0714739611度座標: 北緯34度41分45.52458秒 東経138度4分17.30626秒 / 北緯34.6959790500度 東経138.0714739611度 |
主祭神 | 息長帯比賣命[3] |
社格等 | 村社[4] |
創建 | 1575年[3] |
例祭 | 例祭(10月)[3] |
主な神事 |
歳旦祭(1月)[3] 祈年祭(2月)[3] 新嘗祭(11月)[3] |
地図 |
概要
編集静岡県掛川市岩滑に鎮座する神社である[1][2]。息長帯比賣命を主祭神として祀るとともに[3]、譽田別尊と玉依比賣命も祀っている[3]。岩滑の住民を氏子としている。丘陵部に位置しており、鳥居をくぐると石段が境内まで続いている。
祭神
編集歴史
編集創建は安土桃山時代にまで遡るといわれている[3]。1575年(旧暦天正3年8月)に渥美源五郎尉重が遠江国城飼郡平尾村の神社から祭神を勧請して創建されたと伝えられる[3]。長篠の戦いに参戦した尉重は[3]、帰郷後に神に感謝するとともに天地長久、四海泰平、万民安全を祈念してこの神社を創建した[3]。それ以来、この神社は岩滑村の地に鎮座し、村の氏神として村民の信仰を集めていた[3]。
明治維新を経て1875年(明治8年)になると[3]、浜松県令達に基づき浜松県城東郡岩滑村に鎮座する神社を境内社として祀ることになった[3]。具体的には、金山社[3]、大橡樟社[3]、若宮社[3]、石神社[3]、白髭社[3]、および、平森社が境内社として祀られることになった[3]。さらに、静岡県小笠郡岩滑村の氏神として広く信仰を集めていたことが認められ、近代社格制度においては村社に列せられた[4]。
太平洋戦争を経て、岩滑村は他の町村との合併を繰り返した結果、1973年(昭和48年)に大東町が設置された。それに伴い、大東町に鎮座する神社十数社の祭日が10月9日に統一されることになった[5]。
氏子区域
編集略歴
編集脚注
編集関連人物
編集関連項目
編集外部リンク
編集- 八幡神社 - 静岡県神社庁 - 春日神社を紹介する静岡県神社庁のページ