一箕村
一箕村(いっきむら)は、福島県にかつて存在した村。北会津郡に属していた。現在は会津若松市の一部であり、当項目では現在の会津若松市一箕町についても述べる。
いっきむら 一箕村 | |
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廃止日 | 1955年(昭和30年)1月1日 |
廃止理由 |
編入合併 北会津郡高野村、神指村、一箕村、門田村、東山村、大戸村、湊村 → 会津若松市 |
現在の自治体 | 会津若松市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 東北地方 |
都道府県 | 福島県 |
郡 | 北会津郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
面積 | 17.80 km2. |
総人口 |
4,982人 (1954年(昭和29年)10月1日) |
隣接自治体 |
若松市、北会津郡高野村、東山村 湊村、河沼郡日橋村 |
一箕村役場 | |
所在地 | 福島県北会津郡一箕村大字上蚕養字稲荷宮614番地 |
座標 | 北緯37度30分49秒 東経139度56分49秒 / 北緯37.51361度 東経139.94681度座標: 北緯37度30分49秒 東経139度56分49秒 / 北緯37.51361度 東経139.94681度 |
ウィキプロジェクト |
沿革
編集現在
編集現在の会津若松市北東部にあたり、商業地、住宅地、農村集落、水田、山林などが広がる。同地区を国道49号、福島県道64号会津若松裏磐梯線、福島県道69号北山会津若松線などが経由している。これらの路線の沿線の一部では、飲食店、スーパーマーケットなどの商業施設が立ち並ぶ。磐越自動車道も経由している。また、当地区に駅はないが、東日本旅客鉄道磐越西線も経由している。
また、国道49号東側の高台に、居合団地や松長団地などの団地がある。
自然
編集史跡・神社・寺院など
編集学校
編集施設
編集主要地区
編集主要地区の現況を述べる。ただし、旧一箕村域の一部は住居表示の実施により、鶴賀町などの町名[2]となっている。
亀賀
編集一箕町西部の地区。国道49号(滝沢バイパス)が地区を横断するように通過し、福島県道64号会津若松裏磐梯線(千石通り)なども通過する。地区内には住宅地のほか、水田などが広がる。また、前述の幹線道路沿線にはスーパーマーケットなどの商業施設が立つ。加えて、地区を不動川(溷川)が流れる。地区内は南部(藤原)に住宅地があるほか、北柳原、郷之原の集落がある。
鶴賀
編集一箕町北部の地区。磐越自動車道が通過するほか、国道49号が地区を縦断するように通る。地区内に会津大学、福島県立会津支援学校があるほか、国道沿いには一部で商業施設が立つ。また、地区を不動川(溷川)が流れる。そのほか、地区内には水田などのほか住宅地があり、上居合、下居合、下柳原などの集落などがある。
松長
編集一箕町北部の地区。磐越自動車道、福島県道64号会津若松裏磐梯線が通過するほか、松長団地があり、団地内には市立松長小学校などがある。また、地区内には水田などの農地のほか山地などが広がり、上松窪、下松窪、上長原、下長原などの集落がある。
八幡
編集一箕町南部の地区。東部の一部では住宅地が広がるほか、市立一箕中学校、福島県立会津学鳳中学校・高等学校、会津大学短期大学部がある。また、西部は山地になっており、堂ヶ作山、高山などがあるほか、飯盛山周辺も地区内になっている。加えて、会津大塚山古墳や、旧滝沢本陣などがある。地区内には滝沢、牛ヶ墓、墓科、石ヶ森などの住宅地、集落がある。
金堀
編集一箕町東部の地区。水田などの農地が広がるほか、山地なども広がる。地区の北東部を国道49号、国道294号が通過する。また、金堀の集落がある。
脚注
編集- ^ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、424頁。ISBN 978-4-487-74410-7。
- ^ 会津若松市住居表示整備事業基本計画
参考文献
編集- 『会津若松史』「第7巻 大正・昭和の会津」1967年、会津若松市
- 『会津若松史』「第12巻 史料便覧編」1967年、会津若松市