仙台塩釜港

宮城県仙台市・塩竈市にある港湾

仙台塩釜港(せんだいしおがまこう)は、宮城県太平洋仙台湾に面した港湾港湾法上の国際拠点港湾港則法上の特定港に指定されている。中核国際港湾の1つにも指定されている。

仙台塩釜港
仙台港 フェリー埠頭
所在地
日本の旗 日本
所在地 宮城県
座標 北緯38度16分14.6秒 東経141度01分28.1秒 / 北緯38.270722度 東経141.024472度 / 38.270722; 141.024472座標: 北緯38度16分14.6秒 東経141度01分28.1秒 / 北緯38.270722度 東経141.024472度 / 38.270722; 141.024472
詳細
開港 奈良時代(塩釜港区)
管理者 宮城県
種類 中核国際港湾国際拠点港湾特定港
統計
統計年度 2009年(平成21年)[1]
貨物取扱量 3677万トン
旅客数 200万9743人
全ての座標を示した地図 - OSM
全座標を出力 - KML
仙台塩釜港の位置(日本内)
仙台塩釜港
仙台塩釜港
仙台塩釜港の位置図

港湾法上の港湾区域では「仙台塩釜港仙台港区」「仙台塩釜港塩釜港区」「仙台塩釜港石巻港区」「仙台塩釜港松島港区」の4つからなる(漁港区域は含まれない)[2]。港則法上の港区では「仙台塩釜港仙台区」と「仙台塩釜港塩釜区」からなる[3]

概要

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奈良時代陸奥国府多賀城外港として歴史が始まる塩釜港は、1910年明治43年)に第2種重要港湾に、1951年昭和26年)に重要港湾に指定された。高度経済成長期になると「仙台湾地域」の新産業都市指定を機に、砂浜を掘り込んで仙台港が開発され、1971年(昭和46年)に「塩釜港」に編入された。これにより両者は一体的に運用され、各々「塩釜港塩釜港区」「塩釜港仙台港区」と呼ばれることになった。2001年平成13年)、特定重要港湾に指定されたのを機に「塩釜港」は「仙台塩釜港」に改称され、各々「仙台塩釜港塩釜港区」「仙台塩釜港仙台港区」と呼ばれることになった。

江戸時代初期の北上川改修を機に東廻海運の拠点港の1つとして発展の歴史が始まる石巻港は、1950年(昭和25年)に地方港湾に、1964年(昭和39年)に重要港湾に指定された。しかし2010年(平成22年)8月3日、全国の重要港湾103港の中から重点的に投資する43港が重点港湾に選ばれた際、石巻港は選外となった[4]。これにより石巻港は、国直轄の新規事業予算が配分されず、継続事業の実施しかできなくなるため、同年5月に前原誠司国土交通大臣(当時)が石巻市を視察した際に「(仙台塩釜港との)一体整備の可能性はゼロでない」と発言したことをもとに、仙台塩釜港との統合が模索されることになった[5][6]

県と関係者は同年11月29日に第1回の「宮城県港湾戦略ビジョン策定委員会」(以下「ビジョン委」)を開き、仙台塩釜港と石巻港に、日本三景松島の観光港としての機能が強い松島港1954年(昭和29年)地方港湾に指定)を加えた3港を統合する案を検討し始めた[1]2011年(平成23年)3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生し、県内の港は地震地盤沈下津波火災などにより、埠頭施設や背後の臨海工業商業地区の被害に加え、港湾従事者の犠牲や離散により港湾機能が著しく低下した。そのため、震災からの効率的な復旧・復興と将来的な発展を目指し、3港の役割分担を明確にして統合する計画が「ビジョン委」において8月2日11月24日に検討され[1]2012年(平成24年)3月29日に宮城県地方港湾審議会において決定した[7]。3港の統合計画は8月7日に国に申請され[8]10月12日閣議決定され、10月17日に公布・施行された[9]10月18日、仙台塩釜港(仙台港区、塩釜港区)、石巻港、松島港の3港は、仙台・塩釜・松島・石巻の4つの港区を持つ仙台塩釜港という1つの港に統合された。

なお、当港の4つの港区は、仙台湾に沿って延びる全長46.4km貞山運河および内海となっている松島湾により、小型船舶なら外洋に出ることなく相互の往来が可能であるが、運河の幅が狭いため港区間の流通には使用されていない。

港区

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以下に、2012年(平成24年)10月18日以降の港区を示す。

仙台塩釜港
港区 仙台港区 塩釜港区 松島港区 石巻港区
通称 仙台港 塩釜港 松島港 石巻港
位置 北緯38度16分22.5秒 東経141度1分30.1秒 北緯38度19分5.7秒 東経141度2分40秒 北緯38度22分8.8秒 東経141度3分47.3秒 北緯38度25分2.1秒 東経141度16分27.9秒

脚注

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関連項目

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外部リンク

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