仁賀保誠尚
仁賀保 誠尚(にかほ しげなお)は、江戸時代初期から前期にかけての旗本。
時代 | 江戸時代 |
---|---|
生誕 | 元和9年(1623年) |
死没 | 寛文10年11月4日(1670年12月6日) |
改名 | 誠尚→普徹(法名) |
別名 | 孫九郎 |
幕府 | 江戸幕府 小姓組 |
主君 | 徳川家光、家綱 |
氏族 | 仁賀保氏 |
父母 | 父:仁賀保誠政 母:桑山貞晴の娘 |
兄弟 | 誠尚、長谷川重辰室 |
妻 | 桑山貞寄の娘 |
子 | 誠信、仁賀保誠方室 |
経歴
編集慶安元年(1648年)、3代将軍・徳川家光に拝謁。承応2年(1653年)、父の家督を継いで小普請に列する。承応3年(1654年)、小姓組の番士に列する。
子の誠信が家督を継いだ。
系譜
編集父母
編集正室
編集- 桑山貞寄の娘
子女
編集参考文献
編集- 『寛政重脩諸家譜』第2輯,國民圖書,1923. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1082719/1/22 (参照 2024-05-02)