乳酸菌

代謝により乳酸を産生する細菌類の総称
乳酸桿菌から転送)

乳酸菌(にゅうさんきん)は、代謝により乳酸を産生する細菌類の総称。生育の為には糖類アミノ酸ビタミンB群、ミネラル(Mn , Mg , Fe等の金属)が必要な細菌類[1]ヨーグルト乳酸菌飲料漬け物など食品の発酵に寄与する。一部の乳酸菌はなどの消化管腸内細菌)やに常在して、他の微生物と共生あるいは拮抗することによって腸内環境の恒常性維持に役立っていると考えられている。

Enterococcus faecalis
Lactobacillus sp.
Streptococcus mutans

細菌学的な位置づけ

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乳酸菌という名称は、細菌の生物学的な分類上の特定の菌種を指すものではなく、その性状に対して名付けられたものである。乳酸発酵によって糖類から多量の乳酸を産生し、かつ、悪臭の原因になるような腐敗物質を作らないものが、一般に乳酸菌と呼ばれる。乳酸菌は、また、TCA回路を有さずその発酵の様式から、乳酸のみを最終産物として作り出すホモ乳酸菌と、ビタミンC[2]アルコール酢酸など乳酸以外のものを同時に産生するヘテロ乳酸菌に分類される[3]。また、その細菌の形状から、球状の乳酸球菌(にゅうさんきゅうきん)と桿状の乳酸桿菌(にゅうさんかんきん)に分類されることもある。ただし、これらはいずれも便宜的な分類名である。

一般に、乳酸菌と呼ばれて利用されることが多い代表的な細菌には、以下のような属が挙げられる。いずれも発酵によって多量の乳酸を産生するだけでなく、比較的低いpH条件下でよく増殖する。これらの菌にとって乳酸は発酵の最終産物であると同時に、それを作り出して環境を酸性に変えることで他の微生物の繁殖を抑え、自分自身の増殖に有利に導く役割を持つと考えられている。

但し、以下の要件を満たす菌類が乳酸菌とされている[1]

  1. グラム陽性
  2. 桿菌球菌
  3. 芽胞=なし
  4. 運動性=なし
  5. 消費ブドウ糖に対して50%以上の乳酸を生成
  6. ナイアシン(B3)を必須要求

ビタミンとの関係

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ヘテロ型桿状乳酸菌(21株を実験対象)は例外なくB1ニコチン酸(=ナイアシン(B3))(またはニコチン酸アミド)およびパントテン酸(B5)を必須生長素として要求し、そのうちDL-乳酸を生産する13株はL. brevis 1株を除く他の12株がB2を要求しないのに対し、L-乳酸を生産する8株はすべてB2を要求した[4]

ビフィズス菌は、パントテン酸(B5)をそのまま利用できずパンテチンを必要とし、また、リボフラビン(B2)を必要とするとされる[5]。ビフィズス菌(B. infantisB. breveB. bifidumB. longum及びB. adolescentisのすべて)で菌体内にビタミンB1、B2、B6、B12、C、ニコチン酸(B3)、葉酸(B9)及びビオチン(B7)を蓄積し、菌体外にはビタミンB6、B12及び葉酸を産生した。ヒト(成人)の腸内の平均量のビフィズス菌の推定ビタミン産生量はビタミンB2、B6、B12、Cおよび葉酸で所要量の14-38%を占め無視できない割合と考えられる[6]。ただし、このうちビタミンB12については、内因子と結びついたビタミンB12が吸収される回腸の部位からさらに遠位の大腸でビタミンB12が産生されているので、ヒトは大腸で作られたビタミンB12を十分に吸収することができない[7]

生育場所による分類

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細菌学・分類学上の区別ではなく生育に利用する基質と生育場所による違いで、次の様に分けられる[1][8]

腸管系乳酸菌[8]
  • 動物の腸管に生息する。消化液耐性を有する種が多い[8]。腸管における菌数は、栄養分、酸素濃度、胃酸に対する耐性、胆汁酸に対する耐性、腸の免疫システムにより排除されないこと、腸壁への付着力、の要因が考えられる[9]。ヒトの糞便中1 gあたりの菌数は、ビフィズス菌が100億個、ビフィズス菌以外の乳酸菌が10-100万個であるといわれている[10]
動物性乳酸菌
  • 動物質に由来する乳酸菌で、主に乳発酵食品(チーズ、ヨーグルト)。欧米での研究の歴史が長い[1]
植物性乳酸菌
  • 岡田(1988)[11]により提唱された。植物質に由来する乳酸菌[8]で、主に味噌醤油、漬け物、パン[12][13]。なお、漬け物などと同時に摂取する程度の付着量では摂食した菌種によるアレルギー反応抑制等の機能性は期待できないとの指摘がある[8][14]
海洋乳酸菌
  • 石川(2009)により提唱された[15]。海洋環境から分離した乳酸菌で好塩性・好アルカリ性、耐アルカリ性が特徴である。

ラクトバシラス目に属するもの

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乳酸菌としてのラクトバシラス目の分類の歴史

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乳酸菌の分類体系は、1900年代にグラム陽性乳酸発酵(ホモ発酵またはヘテロ発酵)によりラクトバシラス属ペディオコッカス属ストレプトコッカス属ロイコノストック属の4属とされた。これに形状(桿菌及び球菌)、カタラーゼ陰性が条件に加えられた。1980年台には細胞壁ペプチドグリカン組成、菌体脂肪酸組成によりストレプトコッカス属からラクトコッカス属エンテロコッカス属が独立し、ラクトバシラス属からカルノバクテリウム属が独立した。同時期にDNAGC含量が利用されるようになり、乳酸菌はグラム陽性の低GC含量群に含められた。1990年代、16S rRNA系統解析が導入された結果、乳酸菌のほとんどがラクトバシラス目に含まれることとなった。Bergey's Manual of Systematic Bacteriology 第2版により、ラクトバシラス目は、アエロコックス科カルノバクテリウム科エンテロコッカス科ラクトバシラス科ロイコノストック科レンサ球菌科(ストレプトコッカス科)の6科に分類された[16]

ラクトバシラス属 (Lactobacillus)

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ラクトバシラス属は、フィルミクテス門バシラス綱ラクトバシラス目ラクトバシラス科に属するグラム陽性の桿菌でありラクトバチルスとも呼ばれる。一般に「乳酸桿菌」と呼ぶ場合狭義にはこの属をさす場合が多い。種によって乳酸のみを産生(ホモ乳酸発酵)するものと、乳酸以外のものを同時に産生(ヘテロ乳酸発酵)するものがある。L. delbrueckiiL. acidophilusL. caseiなど。

ラクトバシラス属(Lactobacillus)は野外から容易に分離され、ヨーグルトの製造に古くから用いられてきた。ラクトバチルス・ブルガリクスラクトバチルス・ガセリラクトバチルス・アシドフィラスなど多くのラクトバシラス属に属する種がヨーグルト製造に利用されている。

ヒトや動物の消化管にも多く生息しており、その糞便からも分離される。また女性の内に生息するデーデルライン桿菌と呼ばれる細菌群も、主にラクトバシラス属で構成されている。また、L. fructivoransL. hilgardiiL. paracaseiL. rhamnosusなど、ラクトバシラス属の一部にはアルコールに強いものがある。これらは日本酒醸造の現場では「火落ち菌」と呼ばれ、この菌の混入は日本酒の異臭や酸味などの発生(火落ち)の原因になるが、L. paracasei , L. plantarum は、ワインマロラクティック発酵を行う[17]

ラクトバチルス・カゼイ・シロタ株(Lactobacillus casei Shirota)は、別名「ヤクルト菌」や「LCS」と呼ばれる。

エンテロコッカス属 (Enterococcus)

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エンテロコッカス属は、ラクトバシラス目エンテロコッカス科に属するグラム陽性の球菌で、ホモ乳酸発酵をする。回腸、盲腸、大腸に生息している。フェカリス (E. faecalis) 、フェシウム (E. faecium) などがある。このうち E. faecalis は、整腸薬としてビフィドバクテリウム(ビフィズス菌)、ラクトバチルス(アシドフィルス菌)と共に配合されて用いられる事が多い。フェカリス菌株やEF-2001株 (E.faecalis EF-2001) を加熱殺菌した菌体の免疫賦活能力が高いとされる報告が見られる。なお、 E. faecalisE. faecium薬剤耐性が高く、院内感染において重要な位置を占める(バンコマイシン耐性腸球菌の代表的な種である。)[18]。なお、 E. faecalis は、ビタミンB群のうちいくつか(ニコチン酸葉酸ビオチン)を要求し、これらが与えられていると活動が促進される事が知られている[19]

ラクトコッカス属 (Lactococcus)

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ラクトコッカス属は、ラクトバシラス目ストレプトコッカス科に属するグラム陽性の球菌で、連鎖状ないし双球菌の配列をとる。狭義の「乳酸球菌」。ホモ乳酸発酵をする。牛乳や乳製品に多く見られ、これらを原料とした発酵乳製品に用いられる。L. lactisL. cremorisなど。市販のカスピ海ヨーグルトなどに利用されている。

ナイシンは34アミノ酸残基の多環式抗菌ペプチドであり、食品の保存料等に用いられ、Lactococcus lactis の発酵によって生じる。商業的には、Lactococcus lactis牛乳デキストロース等の天然培地での培養、大麦焼酎粕由来発酵大麦エキスの発酵[20]によって得られる。グラム陽性菌の成長を抑え、食品の寿命を延ばすためにプロセスチーズや肉、飲料等に添加し加工に用いられる。多くのバクテリオシンが通常近縁種しか阻害しないのに対し、ナイシンはリステリア・モノサイトゲネスListeria monocytogenes)等を含む広い範囲の種に対して効果がある[21]

ペディオコッカス属(Pediococcus)

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ペディオコッカス属は、ラクトバシラス目ラクトバシラス科に属するグラム陽性の球菌で、4連球菌の配列をとる。ホモ乳酸発酵をする。ピクルスなどの発酵植物製品から分離されることが多い。P. damnosusなど。

ロイコノストック属 (Leuconostoc)

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ロイコノストック属は、ラクトバシラス目ロイコノストック科に属するグラム陽性の球菌で、連鎖状ないし双球菌の配列をとる。ヘテロ乳酸発酵をする。ザワークラウトなどの発酵植物製品から分離される。L. mesenteroidesなど。L. mesenteroides は、ワインマロラクティック発酵を行う[17]

ストレプトコッカス属(レンサ球菌属) (Streptococcus)

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ストレプトコッカス属は、ラクトバシラス目ストレプトコッカス科に属するグラム陽性の球菌で、連鎖状の配列をとる。ストレプトコッカス属(レンサ球菌)は乳酸菌にも分類されている[22]Streptococcus thermophilusは発酵乳製品に含まれており、一般的にヨーグルト(例えばブルガリアヨーグルト)の製造に利用されている[23]

ストレプトコッカス属は、虫歯(う蝕)の主要因の一つとして重要なミュータンス菌(S. mutans)を含む。

放線菌門に属するもの

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ビフィドバクテリウム属 (Bifidobacterium)

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ビフィドバクテリウム属放線菌門(Actinobacteria)放線菌網(Actinobacteridae)ビフィドバクテリウム目(Bifidobacteriales)ビフィドバクテリウム科(Bifidobacteriaceae)ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium))は、放線菌門に属するグラム陽性の偏性嫌気性桿菌で、増殖の際しばしばV字型、Y字型などに分岐した形態を示す。俗にビフィズス菌とも呼ばれる。ヘテロ乳酸菌の一種で、乳酸と酢酸を産生する。B. bifidumB. adolescentisなど。

ビフィドバクテリウム属の細菌は、乳児のうち特に母乳栄養児の消化管内において最も数が多い消化管常在菌である。その後、加齢に伴って他の嫌気性細菌に取って代わられる。

なお、近年においては、医薬やサプリメントの領域においては、ビフィズス菌は、狭義の乳酸菌(ラクトバシラス目(Lactobacillales)に属するもの。こちらは乳酸菌やラクトミンという名称での記述がなされる。)とは異なる記述がなされるようになっている事が通常である[24][25]

食品における乳酸菌

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乳酸菌は、さまざまな発酵食品の製造に用いられてきた。主なものとしては、ヨーグルトや乳酸飲料などの発酵乳製品、キムチや一部の漬物ピクルスザワークラウトテンペ味噌などの発酵植物製品、塩辛[15]鮒寿司などのなれ寿司などが挙げられる。乳酸菌による発酵は、これらの食品に酸味を主体とした味や香りの変化を与えるとともに、乳酸によって食品のpHが酸性側に偏ることで、腐敗や食中毒の原因になる他の微生物の繁殖を抑えて食品の長期保存を可能にしている。

また、乳酸菌は発酵の際にビタミンCも産生する菌株があり、馬乳酒ザワークラウトなどは発酵前の生乳等のビタミンCよりも濃度が高くなる[26]。子牛は体内でビタミンCを合成できるので牛乳から摂取する必要がないため、牛乳にはビタミンCがほとんど含まれていないが、牛乳を発酵して作ったヨーグルトでは微量ながらビタミンCが含まれている。一方、他の発酵食品の製造過程において、乳酸菌が雑菌として混入することが問題になることもある。ラクトバシラス属のL. fructivoransL. hilgardiiL. paracaseiL. rhamnosusなど、アルコールに強い乳酸菌は、酒類の醸造、発酵中に混入・増殖すると、異臭・酸味を生じて酒の商品価値を失わせてしまう。日本酒醸造の現場ではこれを火落ちまたは腐造と言い、これらの菌は「火落ち菌」として造り酒屋たちから恐れられている。また火落ちにより混入した乳酸菌によって醸造後に腐敗することを防止するための手法が経験的に編み出され行われている。これは、「火入れ」と呼ばれる低温殺菌法で、醸造した酒を65℃の温度で23秒間加熱すればこれらの菌を不活化できる[27]。火入れは江戸時代頃から行われていた。

ワインにおいても同様に保存中に乳酸菌発酵によって異臭や酸味を生じることがあり、その原因を究明しようとしたルイ・パスツールの研究によって、食物が腐敗するメカニズムが解明され、またパスチャライゼーションと呼ばれる低温殺菌法の発明につながった。

L. lactisは、ナイシンとよばれる抗菌ペプチド(バクテリオシン)を生産する。ナイシンは、黄色ブドウ球菌リステリア菌などの食品腐敗菌に対して高い抗菌活性を持つため、その抗菌作用を期待して食品添加物として世界中で広く用いられている。

ヒトの常在細菌としての位置づけ

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乳酸菌のうち、特にラクトバシラス属とビフィドバクテリウム属は、ヒトの消化管内や女性の膣内に常在し、常在細菌叢(じょうざいさいきんそう)の一部を成している。これらの乳酸菌は、口腔内のう蝕を除いて直接ヒトの病気の原因になることはなく、むしろ生体にとって有益になるバリヤーとして機能していると考えられている。そのため、乳酸菌は「善玉菌」と表現される場合もある。ただし、極めて稀な例だが、乳酸菌血症などの感染症の原因になる例も報告されている[要出典]

口腔内の乳酸菌

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ヒトの口腔内には多くの細菌が生息するが、Lactobacillus属も多く生息している。主なものとしては、L. orisL. caseiL. salivariusL. brevisなどである。このLactobacillus属はう蝕の発生に関与するとされている。1889年に歯科医師のMillerが『ヒト口腔の微生物』という研究書を出版してから20世紀半ばまで、乳酸桿菌が齲蝕の主たる原因とされていた。しかし、現在では乳酸を産生する能力は高いものの、歯面への付着能力が低く、プラーク中の菌数は少ないため、齲蝕原性は強くなく(主因では無い)、齲蝕の進行を促進するものであるとされる。

消化管内の乳酸菌

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健康なヒトの腸内にはたくさんの種類の微生物が生息しており、ほぼすべての人の腸内からは、ラクトバシラス属ビフィドバクテリウム属の乳酸菌が検出される。これらの乳酸菌は、俗に言う「腸内の善玉菌」の一種として捉えられる場合が多く、腸内常在細菌叢(腸内フローラ)において、これらの細菌の割合を増やすことが健康増進の役に立つという仮説が立てられている。ただしその有効性については、意義があるとする実験結果と関連が認められないとする結果がそれぞれ複数得られており、結論が出ていない。

腸内善玉菌としての乳酸菌とプロバイオティクス

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人体に有益な乳酸菌を摂取するという考えは、パスツール研究所に所属していたロシアの科学者であるイリヤ・メチニコフの発案だとされる。メチニコフは、小腸内から発見された毒性を示す化合物が吸収されると害になるという内容の自家中毒説を唱えていた。そして、1907年に『不老長寿論』という著書を出版し、ブルガリアに長寿者が多いことに目をつけ、ブルガリアの乳酸菌を摂取させたところ、腐敗物質が減少したので自家中毒を防止できて長寿になると唱えた。ブルガリアの乳酸菌の他に、ケフィアや酢漬け、塩漬けの食品によって人々が知らず知らずのうちに乳酸菌を摂取していることを指摘している[28]

その後もこうした仮説による研究は発展していった。そして、疾患の原因は様々だが、有害な腸内細菌が作る毒素も生活習慣病につながる一因であるということが分かっている[29]

腸内常在細菌叢のバランスを改善することを目的とした製品が開発されている。このうち、乳酸菌などの細菌を生きたまま含むもののことをプロバイオティクス、それ自体は生菌を含まないが、善玉菌と言われる菌が特異的に利用するオリゴ糖などの栄養源を含むもののことをプレバイオティクスと呼ぶ。健康食品として販売され、利用されている。

メチニコフが見出したヨーグルトをはじめ、初期に開発されたほとんどのプロバイオティクス製品については、その後の研究から摂取してもほとんどの乳酸菌が胃で死滅してしまい、腸に到達しないことが明らかになった。そして、製剤技術や新しい乳酸菌株の開発によって、生きたままの菌を腸に到達させることが可能になったが、最近の研究では、加熱死菌体も疾病予防効果などを有することが報告されている[30]。経口摂取した LactobacillusBifidobacterium がヒトの腸内で生残することは困難と報告されている[30]

善玉菌と呼ばれるものにはビフィズス菌に代表されるBifidobacterium属や、乳酸桿菌と呼ばれるLactobacillus属の細菌など乳酸や酪酸など有機酸を作るものが多く、悪玉菌にはウェルシュ菌に代表されるClostridium属や大腸菌など、悪臭のもととなるいわゆる腐敗物質を産生するものを指すことが多い。悪玉菌は二次胆汁酸ニトロソアミンといった発がん性のある物質を作る。悪玉菌は有機酸の多い環境では生育しにくいものも多い。

日本では、科学的根拠がある特定保健用食品(トクホ)には食品の機能の表示が認可されている。認可された食品はヨーグルトとして乳酸菌を含んでおり、食品の摂取によって便秘や下痢の改善、善玉菌に分類される菌が増殖し有機酸が増え、悪玉菌が減少しアンモニアが減ったため腸内環境が改善されたことを示す研究結果が多い[31]。トクホに認可された食品には、研究によって血圧や血清コレステロールの低下が確認された製品がある。花粉症などのアレルギー症状が軽減されるという研究報告もある[32]

大腸は、そもそも腸内細菌の活動による発酵産物である酪酸などの短鎖脂肪酸を主としたエネルギー源として活動している[33]

デーデルライン桿菌

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デーデルライン桿菌ドイツ語版とは、思春期以降の健康な女性の膣内に生息する多数のグラム陽性桿菌である。この名称は発見者のアルベルト・デーデルラインドイツ語版にちなんで付けられた。特定の菌種を指すものではなく、主としてラクトバシラス属から構成されるさまざまな菌の集団である。思春期以降の女性の膣上皮には、女性ホルモンの働きによってグリコーゲンが蓄積するが、これらの乳酸菌は剥離した細胞のグリコーゲンを栄養源として定着している。これらの菌が産生する乳酸によって膣内のpHは酸性に保たれており、このことによって他の病原細菌の侵入増殖を阻害する。すなわちデーデルライン桿菌は、「膣の自浄作用」を担い、生体バリヤーとしての役割を果たしていると考えられている。

乳酸菌に関する研究

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1857年に発見され、1919年に分類体系の基礎が作られた[3]。一般的に食品加工に乳酸菌を使用する際は、目的とする菌種以外の雑菌混入を防ぐため、純粋培養された種菌(スターター)が使用される[3]

耐塩性乳酸菌(好塩性乳酸菌)の一部( Pediococcus halophilus[34] , Lactobacillus plantarum , Tetracoccus sp., Pediococcus acidilactici[35] など)は、醤油味噌魚醤などの良好な発酵に関わり重要な働きをしているが、一部の耐塩性乳酸菌( Lactobacillus fructivorans )は二酸化炭素を発生して食品を変敗(食品等が変質し食用に適さない状態となる事)させる事もある[36]

乳酸菌の牧畜への応用

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サイレージとは家畜用飼料の一種で、牧草などの飼料作物をサイロなどで発酵させたものである。サイロなどに詰められた牧草は、嫌気性菌による発酵により乳酸や酢酸などの有機酸の成分比率が増え、pHが低くなることにより、牧草の腐敗の原因となるカビ好気性菌類の活動が抑えられ、長期保存が可能になる。こうした発酵過程を成功させるために、水分量の調整や乳酸菌などの添加物を投入するなど、農家毎にさまざまなノウハウが培われている。上手に発酵したサイレージは豊富な有機酸が含まれることとなり、ウシなどの家畜の良好な肥育に大きく貢献する。発酵により発生した有機酸において乳酸の占める割合が高いものが良質なサイレージとされる。また、pH4.5以下が望ましいとされる。一般に水分含量は75%前後に調整されるが、40%程度に調整したものを特にヘイレージ(haylage、低水分サイレージ)と呼ぶ。ヘイレージは気密性が悪いと好気的発酵が行われ、品質の低下を招く[37]

ラクトバシラス目の系統樹

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Lactobacillales

en:Aerosphaera taetraHutson & Collins 2000

en:Carnococcus allantoicusTanner et al. 1995

en:Aerococcaceae

en:Granulicatella Collins and Lawson 2000

en:Atopobacter phocae Lawson et al. 2000

en:Bavariicoccus seileri Schmidt et al. 2009

en:Trichococcus Scheff et al. 1984 emend. Liu et al. 2002

en:Lactobacillus algidus Kato et al. 2000

en:Lactobacillus species group 2

en:Lactobacillus Beijerinck 1901 emend. Cai et al. 2012

en:Leuconostocaceae

en:Lactobacillus species group 3

en:Lactobacillus species group 4

en:Lactobacillus species group 5

en:Lactobacillus species group 6

en:Pediococcus Claussen 1903

en:Lactobacillus species group 7

en:Carnobacterium Collins et al. 1987

en:Isobaculum melis Collins et al. 2002

en:Carnobacteriaceae 2 [incl. various en:Carnobacterium sp.]

en:Desemzia incerta (Steinhaus 1941) Stackebrandt et al. 1999

en:Enterococcaceae & en:Streptococcaceae

(continued)

脚注

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  1. ^ a b c d 岡田早苗、「乳酸菌の同定の考え方とその手法」 『乳酸菌研究集談会誌』 1991年 1巻 2号 p.41-47, doi:10.14873/jslab1990.1.2_41
  2. ^ 越智猛夫;「乳酒の研究」p206-211, 八坂書房, 東京 (1997/2), ISBN 978-4896946932
  3. ^ a b c 森地敏樹、「乳酸菌の特性と利用について」 『日本乳酸菌学会誌』 1998年 8巻 2号 p.71-75, doi:10.4109/jslab1997.8.71
  4. ^ 児玉礼次郎、「乳酸菌の栄養に関する研究(第9報)ヘテロ型桿状乳酸菌の栄養」 『日本農芸化学会誌』 1957年 31巻 10号 p.775-779, doi:10.1271/nogeikagaku1924.31.10_775
  5. ^ 田村善藏、「ビフィズス菌」 『ビフィズス』 1988年 2巻 1号 p.19-21, doi:10.11209/jim1987.2.19
  6. ^ 寺口進、小野浄治、清沢功 ほか 「ヒト由来Bifidobacteriumによるビタミン産生」 『日本栄養・食糧学会誌』 1984年 37巻 2号 p.157-164, doi:10.4327/jsnfs.37.157
  7. ^ Gille, D; Schmid, A (February 2015). “Vitamin B12 in meat and dairy products.”. Nutrition reviews 73 (2): 106–15. doi:10.1093/nutrit/nuu011. PMID 26024497. 
  8. ^ a b c d e 熊谷武久、瀬野公子、川村博幸 ほか、「植物性乳酸菌の食品発酵性と食餌モデル培地における生育」 『日本食品科学工学会誌』 2001年 48巻 9号 p.677-683, doi:10.3136/nskkk.48.677
  9. ^ 上野川修一 『からだの中の外界 腸のふしぎ』 p.159、2013年4月20日、講談社、ISBN 978-4-06-257812-7
  10. ^ 辨野義己 『見た目の若さは、腸年齢で決まる』 p109、PHP Science World、2009年12月4日、ISBN 978-4-569-77379-7
  11. ^ 岡田早苗、"場を浄める乳酸菌" 微生物, 4, 151-166(1988), NAID 80003721314
  12. ^ 岡田早苗、「パン生地発酵と乳酸菌[前編]」 『日本乳酸菌学会誌』 1998年 9巻 1号 p.5-8, doi:10.4109/jslab1997.9.5
  13. ^ 岡田早苗、「パン生地発酵と乳酸菌[後編]」 『日本乳酸菌学会誌』 1999年 9巻 2号 p.82-86, doi:10.4109/jslab1997.9.82
  14. ^ 津田洋子、内山隆文、塚原嘉子 ほか、「木曽地域で食される“すんき漬”の抗アレルギー効果に関する疫学的検討」 『信州公衆衛生雑誌』 2007年 2巻 1号 p.64-65, hdl:10091/3468
  15. ^ a b 石川森夫、「好塩性・好アルカリ性乳酸菌の多様性と特性」 『日本食品微生物学会雑誌』 2009年 26巻 2号 p.49-59, doi:10.5803/jsfm.26.49
  16. ^ 石川森夫、「近年の乳酸菌の分類体系とCarnobacteriaceae 科および Aerococcaceae 科の分類学的特徴」『日本乳酸菌学会誌』2012年 23巻 1号 p.14-23, doi:10.4109/jslab.23.14, 日本乳酸菌学会
  17. ^ a b 柳田藤寿、篠原隆、後藤昭二「品種別赤ワイン仕込経過中の乳酸菌の分布と分離同定」『山梨大学醗酵研究所研究報告』32, 1997, pp5-13 NAID 110000359820
  18. ^ エンテロコッカス フェカーリス | 菌の図鑑 | ヤクルト中央研究所
  19. ^ 永江敏規, 鈴木直雄、「人工飼料育蚕から分離した乳酸菌の起病性 (5) Streptococcus faecalisの起病性に及ぼすビタミンB群の影響」 『日本蠶絲學雜誌』 1982年 51巻 1号 p.40-45, 日本蠶絲學會
  20. ^ 古田吉史、丸岡生行、中村彰宏 ほか、「大麦焼酎粕由来発酵大麦エキス(FBE)からのナイシン生産」 『日本醸造協会誌』 2009年 104巻 8号 p.579-586, doi:10.6013/jbrewsocjapan.104.579
  21. ^ 益田時光、善藤威史、園元謙二、「ナイシン―類稀な抗菌物質―」 『ミルクサイエンス』 2010年 59巻 1号 p.59-65, doi:10.11465/milk.59.59
  22. ^ Courtin, P.; Rul, F. O. (2003). “Interactions between microorganisms in a simple ecosystem: yogurt bacteria as a study model”. Le Lait 84: 125–134. doi:10.1051/lait:2003031. 
  23. ^ Kiliç, AO; Pavlova, SI; Ma, WG; Tao, L (1996). “Analysis of Lactobacillus phages and bacteriocins in American dairy products and characterization of a phage isolated from yogurt”. Applied and Environmental Microbiology 62 (6): 2111–6. PMC 167989. PMID 8787408. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC167989/. 
  24. ^ 平成19年3月30日付け薬食安発第0330007号厚生労働省医薬食品局安全対策課長通知「一般用医薬品の区分リストについて」における区分分けを基本としてその様に扱われるようになっている。(参考:・一般用医薬品の区分リストについて(◆平成19年03月30日薬食安発第330007号)
  25. ^ 一般的にはある製品に成分としてビフィズス菌(Bifidobacterium)に属する菌と乳酸菌(例えばアシドフィルス菌(Lactobacillus acidophilus)やフェカリス菌(Enterococcus faecalis))に属する菌が含まれていた場合、成分表示には後者が「乳酸菌(アシドフィルス菌)」「乳酸菌(フェカリス菌)」と書かれる一方、前者は乳酸菌と書かれずに「ビフィズス菌」と書かれる。
  26. ^ 石井智美、「内陸アジアの遊牧民の製造する乳酒に関する微生物学的研究」 『日本調理科学会誌』 2001年 34巻 1号 p.99-105, doi:10.11402/cookeryscience1995.34.1_99
  27. ^ 野白喜久雄ほか 『改訂醸造学』 1993年3月。ISBN 978-4-06-153706-4
  28. ^ エリー・メチニコッフ 『不老長寿論』 大日本文明協会事務所、1912年。236頁。
  29. ^ 辨野義己 腸内細菌の全体像をつかみ、予防医学に役立てる (理研ニュース、February 2004)(独立行政法人 理化学研究所
  30. ^ a b 光岡知足、「プロバイオティクスの歴史と進化」 『日本乳酸菌学会誌』 2011年 22巻 1号 p.26-37, doi:10.11244/jjspen.25.911
  31. ^ 乳酸菌類を含む食品 - 「健康食品」の安全性・有効性情報(国立健康・栄養研究所
  32. ^ 主な学会発表 (カルピス研究所)
  33. ^ 坂田隆、市川宏文、「短鎖脂肪酸の生理活性」 『日本油化学会誌』 1997年 46巻 10号 p.1205-1212, doi:10.5650/jos1996.46.1205
  34. ^ 小泉幸道、羽鳥久志、柳田藤治 ほか、「味噌熟成中の酵母と乳酸菌に関する研究」 『日本釀造協會雜誌』 1981年 76巻 3号 p.206-210, doi:10.6013/jbrewsocjapan1915.76.206
  35. ^ 好井久雄、「みそ, しょうゆ醸造と微生物」 『化学と生物』 1970年 8巻 11号 p.674-681, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.8.674
  36. ^ 末澤保彦、田村章、「耐塩性乳酸菌による食品の変敗とその防止」 『日本醸造協会誌』 2008年 103巻 2号 p.94-99, doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.103.94
  37. ^ 堀口健一、松田朗海、高橋敏能 ほか、「サイレージ抽出培養液および原材料由来乳酸菌培養液を添加したイネ「チネリア・ママ」サイレージの発酵品質」『山形大學紀要.農學』 15巻 3号, 2008-02-15, p.111-117 NAID 110007121493

関連項目

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外部リンク

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