中村音吉
中村 音吉(なかむら おときち、1883年(明治16年)4月9日[1] - 1967年(昭和42年)10月15日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
中村 音吉 | |
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生誕 |
1883年4月9日 日本 福岡県 |
死没 | 1967年10月15日(84歳没) |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
軍歴 | 1906年 - 1937年 |
最終階級 | 陸軍中将 |
経歴
編集1883年(明治16年)に福岡県で生まれた[1]。陸軍士官学校第18期、陸軍大学校第26期卒業[1]。1929年(昭和4年)8月1日、陸軍歩兵大佐進級と同時に山口連隊区司令官に就任し[2]、1931年(昭和6年)8月に歩兵第63連隊長に転じ[2]、1932年(昭和7年)12月に第19師団参謀長に就任した[2]。
1934年(昭和9年)8月1日に陸軍少将に進級し[3]、歩兵第22旅団長に就任した[1]。1935年(昭和10年)8月に第7師団司令部附となり[1]、1937年(昭和12年)11月1日に陸軍中将に進級し待命[1][3]、11月28日に予備役に編入された[1]。
脚注
編集参考文献
編集- 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。