ローランド (ミサイル)
ローランド(Roland)[注 1]は、フランスのアエロスパシアル社と西ドイツのメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム(MBB)社が共同開発した短距離防空ミサイル・システム[1]。
初期型のXMIM-115A | |
種類 |
短距離防空ミサイル (SHORADミサイル/短SAM) |
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製造国 |
西ドイツ→ ドイツ フランス |
製造 | ユーロミサイル |
性能諸元 | |
諸元表は#ミサイル本体を参照 |
来歴
編集ローランドにつながる研究開発は、1962年より、フランスのノール・アビアシオン社ではSABA計画のもとで、また西ドイツのベルコウ社ではP-250計画のもとで、それぞれ着手された[2]。その後18か月のうちに、システムの中核部分の開発は、アエロスパシアル(ノール・アビアシオンの後身)とメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム(ベルコウの後身)による共同計画となったが、この共同開発の枠組みは、後にユーロミサイル・コンソーシアムへと発展していった[2]。
不活性弾頭弾(イナート弾)による弾道試験の後、1968年6月に最初の誘導発射が行われ、弾頭は搭載されなかったものの、CT.20標的ドローンに直撃弾を命中させた[2]。1972年には、フランスは昼間用モデルであるローランドIを受領する準備を整えており、1973年にはフランス陸軍で初期作戦能力を達成、1976年初頭には最初の量産型ローランドを受領した[2]。一方、西ドイツは昼間用モデルの調達を見送って、全天候型モデルであるローランドIIに絞り込んでおり[2]、1978年、牽引式のボフォース 70口径40mm機関砲の後継として、最初の射撃試験用装置を受領した[1]。ドイツ陸軍が作戦用ユニットの引き渡しを受けたのは、公式には1981年6月のことだったが、実際には、1980年にはレンツブルクにある陸軍防空学校に配備されていた[1]。
1982年12月、ユーロミサイルはスーパーローランド計画について発表し、1988年、西ドイツの連邦国防省とフランスの軍事省は、これをローランドIIIとして導入することを合意した[1][2]。
設計
編集ローランドII SAMシステムは、高度10 - 5,500メートルをマッハ1.2以下で飛行する航空機に対し、距離500 - 6,300メートルで交戦するものとして設計された[1]。
ミサイル本体
編集ミサイルの誘導方式は目視線指令誘導(CLOS)であり、指令信号はマイクロ波による無線通信によって送信される[1][2]。
推進装置は固体燃料ロケットモーターで、サスティナーとブースターの2段式である[1][2]。いずれもSNPE社製で、ロケットエンジンの推進剤としてはダブルベース火薬が用いられており、グレイン形状は星形内面燃焼方式である[1][2]。ブースターはルーベー(Roubaix)と称され、推進剤の重量は14.5 kg (32 lb)、定格推力は16.75 kN(3,722.2ポンド)、燃焼時間は1.7秒で、ミサイルを500メートル毎秒まで加速する[1][2]。一方、サスティナーはランパイヤ(Lampyre)と称され、推進剤の重量は15.2kg(33ポンド)、定格推力は19.9kN(4,422.2ポンド)、燃焼時間は13秒であり、ミサイルの巡航速度はマッハ1.6である[1][2]。サスティナーの噴射口には推力偏向ベーンが付されている[1][2]。なおローランドIIIでは新しいサスティナーが導入されており、速度はマッハ1.8に向上している[2]。
ローランドIIの弾頭は重量6.5 kgの成形炸薬弾で、炸薬重量は3.3 kg、65個の破片を生成し、危害半径は約6 mである[1]。一方、ローランドIIIの弾頭重量は9.1 kg(20.02ポンド)で、より強力なオクトライト爆薬を搭載しており、破片の生成数も84個に増している[2]。信管は着発信管のほか、連続波レーダーによる近接信管がある[2]。低高度での要撃の場合、地形による起爆を避けるために近接信管を解除することもでき、この場合は着発信管によって起爆される[2]。
ミサイル | ローランドI | ローランドII | ローランドIII |
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全長 | 240 cm | ||
直径 | 16 cm | ||
翼幅 | 50 cm | ||
重量 | 66.5 kg | 67.8 kg | 75 kg |
弾頭重量 | 6.5 kg | 9.1 kg | |
射程 | 6 km | 7 km | 8 km |
射高 | 4,500 m | 6,000 m | |
速度 | マッハ1.6 | マッハ1.8 |
システム構成
編集ローランドは1両の車両にミサイル発射機と射撃統制システムを搭載して、自己完結したシステムとしている[1][2]。ドイツ陸軍ではマルダー1歩兵戦闘車、フランス陸軍ではAMX-30主力戦車をベースとしているが、地上に設置して使用することもできる[1][2]。
砲塔の両側にアームが設置されて、ミサイルランチャーを兼ねたコンテナが装填される[2]。またそれぞれ4発を装填できるリボルバー式の弾倉が配置されている[2]。砲塔の上方にはMPDR-16捕捉レーダーのアンテナが設置され、60 rpmで回転する[1]。動作周波数はSバンド、レーダー反射断面積(RCS)1平方メートル・速度50 - 450メートル毎秒の目標を距離1.5 - 16.5 kmで探知できる[1]。一方、目標の追尾には、昼間用のローランドIでは光学機器を用いていたが、全天候型のローランドIIは、砲塔前面に設置したドミノ30モノパルス・レーダーによって目標を追尾する[1][2]。
AEGでは、発射機とは別体の射撃統制・調整システムとしてFGR(Flugabwehr Gefechtsstand Roland)を開発しており、1988年2月には初のシステムが納入された[1]。これはLバンドのTRM-Lレーダーを備え、RCS 1平方メートルの目標を最大60 km、電子攻撃やクラッターの影響下でも46 kmの距離で探知できる[1]。またドイツ陸軍では、ローランドやゲパルト自走対空砲の戦闘を統制するため、陸軍防空偵察戦闘指揮システム(HFlaAFüSys)と連接して運用している[1]。またフランス陸軍では、ローランド短SAMシステムを援護するため、20mm機関砲を搭載したVAB装甲車とともに運用することが多い[1]。
運用史
編集1988年後半までに、ローランド・システムの受注総数は644基、10カ国(NATO加盟国4カ国を含む)に販売されたミサイルは25,600発を超え、そのうち23,897発が生産された[2]。その後、1998年度末までに、ミサイルの総生産数は約28,930発に増加していた[2]。
採用国一覧
編集アメリカ陸軍での運用
編集1975年、アメリカ陸軍はローランドIIの調達を決定し、1976年6月にはヒューズ・エアクラフトとボーイング・エアロスペース・コーポレーションでの共同生産契約が発注された[2]。これはアメリカが海外の主要兵器システムの購入・ライセンス生産に同意した最初の例であり、アメリカ軍での名称はMIM-115となった[2]。当初はM109自走砲の車体から派生したXM975に搭載して運用する計画だったが、1983年に計画は変更され、標準的なM812A1 6×6トラックに搭載されることになった[2]。この決定により、同システムはC-141輸送機などで空輸できるようになった[1]。低率生産は1979年より開始されたが、計画は1981年に中断され、1個大隊分の機材が生産されるに留まった[2]。これらの機材は、緊急展開統合任務部隊 (RDJTF) に配属された陸軍州兵部隊に配備された[1]。
ユーロミサイルとヒューズ・エアクラフトは、ローランドをM1戦車と組み合わせた自走短SAMを「パラディン」としてアメリカ陸軍のFAADS-LOS-FH(Forward Area Air Defense System Light-of-Sight Forward-Heavy)計画に提案した[2]。しかし1987年12月、エリコン社とマーティン・マリエッタ社が開発したADATSの採用が発表され、ローランドは落選した[2]。MIM-115を装備していたニューメキシコ陸軍州兵の第5/200防空大隊でも、1988年12月に運用を終了した[1]。
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XM975 US ローランド
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M812に搭載されたUS ローランド
登場作品
編集- 『FUTURE WAR 198X年』
- マルダー歩兵戦闘車に搭載されたモデルが登場する。
脚注
編集注釈
編集- ^ いずれも綴りは同じだが、英語読みでは"ローランド"、ドイツ語読みでは"ローラント"、フランス語読みでは"ロラン"となる。
出典
編集参考文献
編集- Cullen, Tony; Foss, C.F. (1996), Jane's Land-Based Air Defence 1996-97 (9th ed.), Jane's Information Group, ISBN 978-0710613523
- ForecastInternational (2002年). Roland - Archived 5/2003 (Report).
- Missile Defense Advocacy Alliance (2018), Roland, Missile Defense Advocacy Alliance 2025年1月1日閲覧。