古典電磁気学を規範として、アルベルト・アインシュタインは特殊相対性理論を導いた。
電磁波の運動と伝播を調べることで、相対論的な空間と時間の記述を導いた。
リエナール・ヴィーヘルトの公式は運動する相対論的な粒子系のより詳細な解析をするための出発点として重要な役割を果たす。
巨視的で互いに独立に運動する粒子に対しては、リエナール・ヴィーヘルトの公式による記述は正確だが、粒子の運動が量子論的になる領域においては正確ではなくなる。
量子力学では粒子の電磁放射について制限が加わる。粒子の放射現象に関する古典的な記述は、実験結果と明らかに食い違ってしまう。例えば原子を構成する電子は古典論が示すような放射現象を起こさず、原子は安定に存在できる。このことは電子のエネルギー状態が量子化されることによって説明される。
放射を理解するには電磁場を量子化する必要があり、量子電磁力学として20世紀の後半に構築された。
リエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャルは運動する点電荷が作る電磁ポテンシャルである。電磁場の源(source)となる運動体の、時刻 における位置を するとき、その観測位置 について、伝播速度すなわち光速 c に基づく遅滞時刻 が定義され、この時刻の電荷位置 からポテンシャルが与えられる。
運動体の運ぶ電荷を 、速度を とすると、スカラー・ポテンシャル とベクトル・ポテンシャル は次のように表される。
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ここで、
- 速度因子 は、光速に対する比率で規格化した速度ベクトル、
- は、電場源からの方向を示す単位ベクトル、
- は 、括弧の中が、遅滞時刻における量であることを示す。ただし観測位置 は時刻によらず一定とする。
遅滞時刻の定義は以下である。
右辺にも tr が含まれる陰的な式であり、もっぱら反復解法で計算される。
電磁ポテンシャルからは、対応する電場と磁場が導かれる。
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上式により、リエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャルに対しては、次の共変でない電磁場の表式が得られる。
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ここで はローレンツ因子である。
上式中の観測位置 は時間によらないが、 は遅延時刻の量である。それにもかかわらず電界 E は観測時刻の運動体位置を通る方向となる。
また、もし電荷が一定の速度 で運動する場合、速度因子の時間微分 はゼロになるので、電場は の項だけが残る。このとき電場の向きは によって決まる。
電場の初項は、特に速度因子がゼロ としたときに残る部分は、電荷 の点電荷の周りの静電場に一致し、電荷のもたらす電磁場の静的な成分とみなされる。
第二項は運動する電荷が放射する電磁波に対応する。位置 で電場 を観測するとき、
電荷と観測点を結ぶ方向に直交するように電荷が加速されると第二項の輻射項が観測される。
この輻射項の電磁場の向きは遅延時刻における電荷の位置を向いている。
外界に電磁場のソースがない境界条件の下で、非斉次な波動方程式における電磁ポテンシャルの遅延解は、ローレンツ・ゲージを採用すれば、電荷密度 および電流密度 をソースとして、
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および
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となる。ここで は遅延時間 (retarded time) である。
ソースとなる点電荷の運動の軌跡は時間の関数 として与えられる。電荷密度および電流密度は以下のものを考える。
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ここで は 3 次元のディラックのデルタ関数であり、 は点電荷の速度である。
電荷密度と電流密度を具体的な形に書き直せば、以下の電磁ポテンシャルが与えられる。
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これらの積分を簡単にするために、デルタ関数 を用いて を で置き換え、 の積分に直せば次のようになる。
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また、積分の順序を入れ替えれば以下の式を得る。
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デルタ関数によって となるような対角成分だけが取り出され、内側の積分が簡単になる。
は の関数であることに注意し、 と書き直して積分を行う。
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遅延時間 およびソースの位置 は の関数であり、従って に依存する。
この積分を計算するために、以下の恒等式を利用する。
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ここで はそれぞれ関数 がゼロとなるような点である。
任意の与えられた時間と空間の座標 とソースの軌跡 に対して、
遅延時間 は唯一つに定まるので、デルタ関数は次のように簡単にできる。
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ここで , および は遅延時間 の関数であり、また恒等式 を用いた。最後に、デルタ関数で となる点を取り出せば、
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となる。これがリエナール・ヴィーヘルト・ポテンシャルである。
- ^ [1]: Some Aspects in Emil Wiechert's Scientific Work(エミール・ヴィーヘルトの科学的研究におけるいくつかの側面)。