モンスターペイシェント
モンスターペイシェントとは、医療従事者や医療機関に対して自己中心的で理不尽な要求、暴力や暴言など非常識な言動を繰り返す患者(あるいはその親族や友人・知人等)を意味する和製英語[1][2]。他の言い方としては難渋患者[1]、モンスター患者、怪物患者などともいう。彼等による、医師や看護師など医療従事者への人格否定の言動・暴力・セクハラ等、その尊厳を傷つけるも行為は、「ペイシェント・ハラスメント」(ペイハラ)と呼ばれ、各地で深刻化している[3][4]。
問題の事例
編集モンスターペイシェントの問題事例には、執拗な説明の要求、救急車の私用での利用、医療機関での居座りなどがある[5]。
- 医師から兄への治療法の説明の場に同席し執拗な質問を繰り返し、医師に無料で長時間の時間外労働を強要する[6]。
- 緊急性のない蓄膿症で夜間に救急外来を受診し、緊急CT検査と同日の結果説明を強要する[7]。
深刻な問題事例には医療費の不払い、暴言・暴力などに及ぶものもある[5]。その結果、病院やクリニックの日常業務に深刻な支障をきたし、医師や看護師、周囲の患者にも精神的な負担を与える恐れがある。[8]
背景
編集医学・医療技術の進歩に伴い様々な病気の治療法が見つかり、治療されている。しかしながらまだ全ての病気を治癒させることができるわけではない。また結核のように、治療法が発見されている病気でも死に至ることがある。
しかし、医療知識が乏しい一般人は「病院に行けばすぐに治る」「薬を飲めば(つければ)すぐに治る」という希望ないし過度の期待を抱きがちである。
また医師法第19条には医療機関に患者の診療義務を課すいわゆる「応召義務」が規定されているが、その結果病院は度を越した行動をとる患者に対しての毅然とした対応をとりにくく、病院に診療拒否権がないことを盾にとる患者が増加していることもモンスターペイシェントの増加の背景になっているとの指摘がある[9]。
医療機関が一般のサービス業の業態を模倣したことが、患者に誤った権利意識をもたらしたとする指摘もある[1]。小説家・医師の久坂部羊は「病院がまちがったことをしたら許されないが、患者はまちがったことをしても許される、という風潮が蔓延しているのではないか。一部の不心得な自称社会的弱者がこれを悪用し、理不尽な要求を押し通そうとする」と論評している[10]。
歴史
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前史
編集1995年、世界医師会総会は患者の権利宣言を改定し、医師による患者の自己決定権と正義の擁護を規定した[11](日本医師会は棄権[12])。1997年4月、総合研究開発機構の「薬害等再発防止システムに関する研究会」は中間報告書にインフォームド・コンセント(説明と同意)などを含む「患者の権利法」の制定を盛り込み[12]、同年には医療法が改正され「説明と同意」の努力義務が規定された[13]。
始まり
編集産経新聞の報道によるとモンスターペイシェントは2000年頃より増え始めたとされ[14]、これはマスコミで医療事故が大きく扱われ患者の権利が声高に叫ばれ、病院で患者が「患者様」と呼ばれるようになった時期と重なっているという[14]。なお「患者様」呼びが一般化したのは2001年の厚生労働省医療サービス向上委員会による「国立病院・療養所における医療サービスの質の向上に関する指針」によるものとされている[15]。
2007年には大学病院における医療関係者の暴力被害が430件以上に上り、クレームも2年前に比べて倍に増えたとされる[16]。同年、『日経メディカル Cadetto』は最近怒ってる先生を多く見かけるとしてモンスターペイシェントに苛つかされた医者の話を募集する[17]。
影響
編集モンスターペイシェントの対処に追われ医師・看護師などの医療従事者や対応した事務員などが精神的に疲れ果て、病院から去ってしまうなどして医療崩壊の一因となっている[18]。
対策
編集弁護士等による対応
編集理不尽な要求に対しては弁護士が対応し患者に対して書面で回答することがある[5]。
院内ポリス等の設置
編集医療機関によっては院内ポリスなどの職員を設置している例がある[5]。
天下りの警察OBを職員に雇い患者への応対に当たらせる、暴力行為を想定した対応マニュアルを作成する、院内暴力や迷惑行為を早期に発見・通報するため監視カメラや非常警報ベルを病棟に設置するなどの対策をとる病院が増加している[16]。
また、トラブルの内容によっては民事不介入を理由に刑事事件として立件できないケースもある。
海外の例では「コード・ホワイト」なる院内放送にて患者の暴言・暴力への緊急対応を呼びかけ体格のいい看護助手チームが興奮する相手と交渉し、必要に応じてけがをさせずに押さえつけるなどの方策をとっている病院もある[19]。
国内においても、「コード・ホワイト」を導入した病院の例があり、放送により、関連スタッフが現場に駆けつけるシステム整備のほか、警察とのコミュニケーションを積極的にとり、防犯セミナーの開催や護身術の指導などを行っている[20]。
脚注・出典
編集- ^ a b c 出光俊郎 編『皮膚科トラブル対応テキスト』文光堂、2019年、220頁。
- ^ “モンスターペイシェントに遭遇したら?ケースや対応方法を解説”. www.doctor-vision.com. 2023年6月29日閲覧。
- ^ “ペイシェントハラスメント もう我慢しない 患者や家族から医師らへの暴力、暴言:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2023年6月29日閲覧。
- ^ “長崎みなとメディカルセンター|長崎市のがん診療・地域医療専門病院です。”. 長崎みなとメディカルセンター|長崎市のがん診療・地域医療専門病院です。. 2023年6月29日閲覧。
- ^ a b c d 出光俊郎 編『皮膚科トラブル対応テキスト』文光堂、2019年、221頁。
- ^ 毎日新聞 2009年2月6日
- ^ 毎日新聞奈良版 2009年11月12日
- ^ “モンスターペイシェント対応に困った医師や看護師の対処法”. One doctor (2023年12月25日). 2024年2月6日閲覧。
- ^ 暴言患者、拒めぬ医師「診療義務」法の壁(読売新聞 2007年10月10日)
- ^ 【断 久坂部羊】モンスター弱者の弊害(産経新聞 2007年11月28日)
- ^ 【医師と患者】B-18.WMA患者の権利に関するリスボン宣言 日本医師会 2018年8月31日
- ^ a b 患者の権利の確立に向けての主な動き JCRB細胞バンク
- ^ 患者の権利とは? リスボン宣言やインフォームド・コンセントの解説も マイナビ 2022年12月27日
- ^ a b 【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(7) 疲弊する医療現場 p.3(産経新聞 2008年2月13日)
- ^ 病院安全教育 2022 12・1月号 (Vol.10 No.3 49) - 医療界にはびこるいくつかの用語の“勘違い”~ 「患者様」「医療サービス」 「応召義務」をめぐって pp.49-50 日総研 2022年
- ^ a b 横暴な患者に病院苦悩…暴力430件 暴言990件(読売新聞 2007年8月19日)
- ^ 医者がキレる瞬間《1》 vs 患者 「モンスターペイシェント」にムカっ! 日経BP 2007年12月26日
- ^ 「いのち見つめて地域医療の未来:第6部医療と向き合う:29:委縮する現場:一部患者が医療浪費」、『日本海新聞』、2007年11月18日記事、2009年3月17日閲覧
- ^ 医療従事者を暴言・暴力から守る カナダのマギル大学附属病院の取り組み
- ^ 「警察OB&トラブルバスターが直言 院内暴力・難クレームにはこう対応する」日経ヘルスケア 2008年9月号
関連項目
編集- 患者の権利
- 看護師・患者の関係性
- クレーマー
- モンスターペアレント
- ドクターハラスメント
- 医療崩壊
- 医療不信
- 防衛医療
- コンビニ受診
- 民事不介入 – 内容によっては民事不介入を理由に警察が介入してもらえないケースもある。
- 民事介入暴力
- 迷惑行為
- ふじみ野市散弾銃男立てこもり事件
- 品川医師射殺事件
- ロボトミー殺人事件
- 上小阿仁村#国保診療所における医師退職問題(無医村問題)
- ディア・ペイシェント
外部リンク
編集- 患者の暴力深刻 全国の病院半数以上で被害(産経ニュース 2008年4月13日)
- 院内暴力 医療崩壊の現場から(日経ビジネス 2008年3月4日)
- 勤務医の疲弊、患者にも原因(CBニュース 2008年2月27日)
- 「外患」 暴力・訴訟 しぼむ熱意[リンク切れ](朝日新聞 2008年2月13日)
- 患者は“神様”? 悲鳴を上げる勤務医(日経ビジネス 2008年2月4日)
- 患者の暴言、暴力、無理難題 医療者だって…つらい 「ホンネと悩み」調査(産経新聞 2007年12月5日)
- いのち見つめて 地域医療の未来 第6部 医療と向き合う(29)委縮する現場(日本海新聞 2007年11月18日)
- 【溶けゆく日本人】快適の代償(2)“怪物”患者「治らない」と暴力(産経新聞 2007年11月14日)
- (2)患者の「院内暴力」急増[リンク切れ](読売新聞 2007年5月1日)