セイヨウトチノキ

マロニエから転送)

セイヨウトチノキ学名Aesculus hippocastanum: Horse-chestnut, Conker tree)は、大型の落葉樹である。マロニエ: marronnier)ともいい[2]、こちらが標準和名となっている[1]

セイヨウトチノキ(マロニエ)
セイヨウトチノキ(マロニエ)
保全状況評価
VULNERABLE
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
: ムクロジ目 Sapindales
: ムクロジ科 Sapindaceae
: トチノキ属 Aesculus
: マロニエ
A. hippocastanum
学名
Aesculus hippocastanum L. (1753)[1]
和名
セイヨウトチノキ(西洋栃の木)、マロニエ
英名
Horse-chestnut
Conker tree

名称

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セイヨウトチノキは「マロニエ」ともいう[2]。また、英語で horse-chestnut、ドイツ語で Rosskastanie、フランス語でchâtaignier des chevaux すなわち「馬の栗」とも言われる。これは、「この木はの仲間である」という誤解と、の胸部疾患の治療に用いられたことに由来する[3]。馬への利用はトルコに始まりヨーロッパに伝えられた[2]

分布

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バルカン半島マケドニアの山岳地帯やブルガリア南部からトルコの森林地帯が原産地とされている[2][4]ギリシアアルバニアマケドニア共和国セルビア、ブルガリアなど、バルカン半島の山地の狭い地域に自生する[5]。また、温帯域では世界で広く栽培されている。自生地のギリシアやバルカン半島では、その数が少なくなったと言われるが、世界中の造園家や都市計画者が植栽したことによって温暖地の都市公園や大通りで見ることができる[6]

生育

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成長すると36メートル (m) の高さになり、幹と枝は太く、ドーム状(釣鐘形)の樹冠が形成される[6]。早春に枝先に出る若芽はべたつき、5月には小葉が展開する[6]掌状複葉で、各々13センチメートル (cm) から30 cmの小葉が5 - 7枚向かい合って付き、7 cmから20 cmの葉柄を持つ60 cm程度の掌形となる。葉が落ちた後に枝に残る葉痕は、7つの「爪」を備えた特徴的な馬蹄形になる。

花期は春。葉が出たあとに20個から50個の小花からなる円錐花序が立ち上がり、高さは10 cmから30 cmになる。は通常白色で赤い斑点がある。花期のセイヨウトチノキは、見た目もさながら巨大な枝つき燭台のような華やかさがある[6]虫媒花ミツバチとは共生関係にあり、ミツバチによって木々へ花粉が運ばれ、その見返りにエネルギーになる花蜜をミツバチに提供している[6]。蜜を吸われた花は、花色を黄色からオレンジ色、深紅色へと変え、ミツバチに他の花へいくように教えている[6]

それぞれの円錐花序からは、通常1個から5個の果実蒴果)ができる。果実は緑色で柔らかいとげのあるカプセル状で、熟して割れると1つの(稀に2つか3つの)トチの実と呼ばれるナッツのような種子が現れる[6]。トチの実(種子)は直径2 - 4 cm、光沢のある茶色であり、底に白色の跡がある[7]

歴史

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セイヨウトチノキはギリシアの山地には自生していたものの、ヨーロッパの他地方では知られていなかった。オーストリア大使としてオスマン帝国に駐在していたブスベックはヨーロッパにチューリップを伝えたことで知られているが、1557年、そのブスベックがコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)でセイヨウトチノキについて書いた文章が最古の文献となる。セイヨウトチノキについての最初の叙述は、1562年の博物学者マッティオーリの著書『ディオスコリデス薬物誌』に見られる[4]

ウィーンのマキシミリアン2世に仕えた庭師のクルシウスがヨーロッパに株を移入した[2]。1615年にはバシュリエがフランスに株を移入している[2]

17世紀、樹皮と種子が薬剤製造者から解熱剤として評価されるようになるとキナノキの代用品として用いられるようになった[2]。1806年のナポレオン1世の大陸封鎖令で製薬原料をフランス国内で調達しなければならなくなりセイヨウトチノキが見直された[2]。それでも信頼性の高いキナノキのほうが好まれた[2]

セイヨウトチノキの血行不全への効用が広く認知されるようになるとともに解熱剤の特性では利用されなくなった[2]

利用

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葉と幹

春に咲く美しい花のための栽培は、夏が暑すぎない気候の領域で成功している。その北限は、カナダエドモントンアルバータ[8]ノルウェーフェロー諸島[9]ハーシュタ等である。南方では、冷涼な山地が生育に適している。花は花見の観光客を引きつけ、ミツバチにとっても蜂蜜をとる蜜源植物となっている[6]

実の利用

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種子
 
芝生の上での発芽

若くて新鮮な実はアルカロイドサポニングルコシダーゼを含み、弱毒である。触れるだけでは危険ではないが、食べると病気になる恐れがある。

サポニンを含むうえに苦くてまずいため食用にはしない[2]。ただし北米の先住民族はサポニンを除去するため長時間かけて実を茹でてから食していた[2]。また静脈系疾患向けに乾燥エキス剤に加工されているものもある[2]。サポニンアエスシンは、静脈瘤浮腫捻挫等に対して健康目的で用いられ、食品添加物としても入手できる(→食用に関してはマロン (植物)を参照)[10]

シカ等のある種の哺乳類は、毒を分解し、安全に食べることができる。馬にとっては健康に良いと言われるが、証明はされておらず、馬に与えることは賢明ではない。

かつて、トチの実はフランススイス亜麻羊毛等の脱色に用いられていた。石鹸分を含むため、6リットルの水当たり20個の実の皮をむいてやすりをかけるか乾燥させ、石臼で挽いてリンネルや毛織物等の洗濯に利用されていた。

2つの大戦の間、トチの実はデンプンの原料として使われ、このデンプンはハイム・ヴァイツマンの考案したClostridium acetobutylicum 発酵法を用いてアセトンの合成に用いられた。アセトンはバリスタイトからのコルダイトの成形の溶剤として用いられた。

イギリスアイルランドでは、種子が子供の遊びに使われている[6]。種子は英語で conker(コンカー)といい、子供たちはこれを使って「コンカーズ」という遊びをする[6]。この遊びはコンカー(種子)に孔をあけて靴紐を通し、紐を振り回してぶつけ合って、相手のコンカーを割るというものである[6]。なお、トチの実は、客間に飾るとクモを避けるという迷信がある[11]

 
フィンセント・ファン・ゴッホ花咲くマロニエの枝英語版』/1890年の油彩画ビュールレ・コレクション日本語では『花咲くの枝』の訳題でもよく知られているが、描かれているのは、フランス人にとって親しみ深いマロニエである。「名称」節も参照。

樹木の利用

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1576年ウィーンで植樹されたのち、次々とヨーロッパの並木として、また公園樹木として利用されるという流行を見た。現在も並木として、また公園やレストランの中庭などで夏の木陰を提供していて、例えばフランスパリシャンゼリゼ通りの並木がよく知られている。

セイヨウトチノキの花は、ウクライナの首都キーウ(ロシア名:キエフ)のシンボルである[12]。キーウでは19世紀初頭にマロニエを植えることが流行して以来、その熱は冷めることなく続き、実際にマロニエの樹がキーウ市内にたくさん植えられている[6]

アムステルダムの中央にあるセイヨウトチノキ(マロニエ)は『アンネの日記』で言及されており、「アンネ・フランクの木」として有名である[13][14]。第二次世界大戦中、アンネが隠れ住んでいたアムステルダムの屋根裏部屋からこのマロニエを見ることができたが、彼女は日記に、冬に葉が落ちても春になれば再び緑になるのだという希望の言葉を書いた[6]。しかし、アンネは密告者の裏切りによりナチス親衛隊に捕らえられ、生き延びることができなかった[6]。2010年にこのマロニエの樹が枯れたときには、その種子から苗木が育てられ、希望のしるしとして、また相互に理解し多様性に敬意を表する社会への願いの象徴として、各地に配布された[6]

出典

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  1. ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Aesculus hippocastanum L. マロニエ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2024年7月22日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m ジェラール・デュブュイーニュ (Gérard Debuigne)、フランソワ・クプラン (François Couplan)『ラルース 美しいハーブの図鑑』ONDORI、2019年、9頁。ISBN 978-4-50-231341-7 
  3. ^ Lack, H. Walter. “The Discovery and Rediscovery of the Horse Chestnut”. Arnoldia 61 (4). http://arnoldia.arboretum.harvard.edu/pdf/articles/628.pdf. . - Susanne Fischer-Rizzi : Blätter von Bäumen II. Hukusuisha. = 喜多尾道冬・林捷編『続・ドイツの樹の文化誌』白水社1994年(ISBN 4-560-01590-2)40-44,特に44頁。- Friedrich Kluge, Etymologisches Wörterbuch der deutschen Sprache, 20. Aufl., W. de Gruyter, Berlin 1967, S.608-609, unter >Roßkastanie<.
  4. ^ a b セルジュ・シャール 著、ダコスタ吉村花子 訳『ビジュアルで学ぶ木を知る図鑑』川尻秀樹 監修、グラフィック社、2024年5月25日、65頁。ISBN 978-4-7661-3865-8 
  5. ^ Euro+Med Plantbase Project: Aesculus hippocastanum
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o ドローリ 2019, p. 38.
  7. ^ Rushforth, K. (1999). Trees of Britain and Europe. Collins ISBN 0-00-220013-9.
  8. ^ Edmonton
  9. ^ Højgaard, A., Jóhansen, J., & Ødum, S. (1989). A century of tree planting on the Faroe Islands. Ann. Soc. Sci. Faeroensis Supplementum 14.
  10. ^ Aesculin”. Plant Poisons. 2010年11月30日閲覧。
  11. ^ Royal Society of Chemistry (5 October 2009). “Are spiders scared of conker chemicals?”. Press Release. 2009年10月11日閲覧。
  12. ^ Kiev Archived 2003年7月28日, at the Wayback Machine.
  13. ^ Sterling, Toby (24 August 2010). “Anne Frank's 'beautiful' tree felled by Amsterdam storm”. The Scotsman. http://news.scotsman.com/news/Anne-Frank39s-39beautiful39-tree-felled.6490345.jp 24 August 2010閲覧。 
  14. ^ Gray-Block, Aaron (23 August 2010). “Anne Frank tree falls over in heavy wind, rain”. Reuters. http://www.reuters.com/article/idUSLDE67M1DH 24 August 2010閲覧。 

参考文献

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  • ジョナサン・ドローリ 著、三枝小夜子 訳『世界の樹木をめぐる80の物語』柏書房、2019年12月1日。ISBN 978-4-7601-5190-5 

関連項目

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外部リンク

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