ステファヌス7世 (ローマ教皇)
ローマ教皇
ステファヌス7世と呼ばれることがあるローマ教皇は2人存在する。「ステファヌス」の名を持つ教皇の代数に関する歴史的経緯はステファヌス (教皇選出者)#「教皇ステファヌス」とその代数を参照。
- ステファヌス7世 (在位:896年-897年)→ステファヌス6世 (ローマ教皇) を参照。
- ステファヌス7世 (在位:928年-931年)→ステファヌス7世 (8世)とも書かれる。
本項では、現在教皇庁および『教皇庁年鑑』が正式に認めている、928年に即位した人物について扱う。
ステファヌス7世 | |
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第124代 ローマ教皇 | |
教皇就任 | 928年12月 |
教皇離任 | 931年3月15日 |
先代 | レオ6世 |
次代 | ヨハネス11世 |
個人情報 | |
出生 |
? 教皇領、ローマ |
死去 |
931年3月15日 教皇領、ローマ |
cステファヌス7世(Stephanus VII、? - 931年3月15日)は、第124代ローマ教皇(在位:928年12月 - 931年2月)。
生涯
編集出身はローマ。司祭を務めていた。928年12月に先代のレオ6世が殺害されたため、新教皇に選出された。しかしセルギウス3世の愛人であったマロツィアの傀儡だったという。[要出典]931年3月に死去した。