ジョージ・ゴードン (1764-1791)
ハッドー卿ジョージ・ゴードン(英語: George Gordon, Lord Haddo、1764年1月28日 – 1791年10月2日)は、スコットランド出身のフリーメイソン。第3代アバディーン伯爵ジョージ・ゴードンの長男であり、ハッドー卿の儀礼称号を使用した[1]。
ジョージ・ゴードン George Gordon | |
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ジョージ・ゴードン(右)と第16代エロル伯爵ジョージ・ヘイ | |
称号 | ハッドー卿 |
出生 |
1764年1月28日 |
死去 |
1791年10月2日(27歳没) |
埋葬 | メスリック |
配偶者 | シャーロット・ベアード |
子女 |
ジョージ ウィリアム アレクサンダー アリス チャールズ ロバート ジョン |
家名 | ゴードン家 |
父親 | 第3代アバディーン伯爵ジョージ・ゴードン |
母親 | キャサリン・エリザベス・ハンソン |
役職 | スコットランド・グランドロッジのグランドマスター(1784年 - 1786年) |
生涯
編集第3代アバディーン伯爵ジョージ・ゴードンとキャサリン・エリザベス・ハンソン(Catherine Elizabeth Hanson、1817年3月15日没、オスワルド・ハンソンの娘)の長男として、1764年1月28日に生まれた[1]。
1782年6月18日、シャーロット・ベアード(Charlotte Baird、1795年10月8日没、ウィリアム・ベアードの娘)と結婚[1]、6男1女をもうけた[2]。
- ジョージ(1784年1月28日 – 1869年12月14日) - 第4代アバディーン伯爵
- ウィリアム(1784年12月18日 – 1858年2月3日) - 海軍軍人、庶民院議員
- アレクサンダー(1786年 – 1815年) - ワーテルローの戦いで戦死
- アリス(1787年 – 1847年4月24日)
- チャールズ(1790年7月5日 – 1835年9月30日) - 陸軍軍人
- ロバート(1791年 – 1847年10月8日) - 外交官[3]
- ジョン(1792年 – 1869年11月11日) - 海軍軍人[4]
フリーメイソンの一員として、1784年から1786年までスコットランド・グランドロッジのグランドマスターを務めた[1]。
1791年10月2日に落馬事故で死去、メスリックで埋葬された[1]。父より先に死去したためアバディーン伯爵位を継承することはなく、死後の1801年に息子ジョージが爵位を継承した[1]。
出典
編集- ^ a b c d e f Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary, eds. (1910). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Ab-Adam to Basing) (英語). Vol. 1 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 15–16.
- ^ "Aberdeen, Earl of (S, 1682)". Cracroft's Peerage (英語). 8 October 2004. 2020年5月17日閲覧。
- ^ Rapson, Edward James (1890). . In Stephen, Leslie; Lee, Sidney (eds.). Dictionary of National Biography (英語). Vol. 22. London: Smith, Elder & Co. pp. 228–229.
- ^ Gough, Barry M. (1976). "Gordon, John (1792-1869)". Dictionary of Canadian Biography (英語). Vol. 9. University of Toronto/Université Laval.
フリーメイソン | ||
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先代 バカン伯爵 |
スコットランド・グランドロッジ グランドマスター 1784年 – 1786年 |
次代 エルチョ卿 |