シャルル1世 (ギーズ公)

ヴァロワ朝末期からブルボン朝初期のフランス王国の貴族。4代ギーズ公。アンリ1世と妃カトリーヌ・ド・クレーヴの長男

シャルル1世Charles Ier de Guise, 1571年8月2日 - 1640年9月30日)は、ヴァロワ朝末期からブルボン朝初期のフランス王国の貴族でギーズ公アンリ1世と妃カトリーヌ・ド・クレーヴの長男[1]。ギーズ枢機卿ルイ、シュヴルーズ公クロードの兄。

シャルル1世・ド・ギーズ
Charles Ier de Guise
第4代ギーズ公
在位 1588年 - 1640年

出生 (1571-08-02) 1571年8月2日
ジョアンヴィル
死去 (1640-09-30) 1640年9月30日(69歳没)
トスカーナ大公国シエーナ
配偶者 ジョワイユーズ女公アンリエット
子女 一覧参照
家名 ギーズ家
父親 ギーズ公アンリ1世
母親 ウー女伯カトリーヌ・ド・クレーヴ
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生涯

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1574年に亡くなった大叔父のシャルル枢機卿のシュヴルーズ公爵位を相続したが、1588年に父がフランス王アンリ3世暗殺英語版されると幽閉された。1591年に脱出[2]カトリック同盟のリーダーに推されたが、1594年アンリ4世と和睦[3]、100万リーブルプロヴァンス知事の職を買い取り[4]、レヴァントの提督に就任[5]、妻の権利でジョワイユーズ公にもなった。

しかし、リシュリュールイ13世の母マリー・ド・メディシスとの対立でマリーに与したため、1631年にマリーが失脚するとイタリアへ亡命[6]、1640年にシエーナで亡くなった。長男のフランソワはフィレンツェで父に先立って亡くなっていたため次男のアンリ2世が公爵位を継いだ。

子女

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1611年1月6日、ジョワイユーズ女公アンリエットと結婚[7]、7人の子を儲けた。

  • フランソワ(1612年 - 1639年)
  • アンリ2世(1614年 - 1664年) - ランス大司教[7]、ギーズ公
  • マリー(1615年 - 1688年)[8] - ギーズ女公
  • シャルル・ルイ(1618年 - 1637年)
  • ルイ(1622年 - 1654年) - ジョワイユーズ公、アングレーム公[8]。ギーズ公ルイ・ジョゼフの父。
  • フランソワーズ・ルネ(1621年 - 1682年) - モンマルトル女子修道院長[6]
  • ロジェ(1624年 - 1653年) - 「ジョアンヴィルの騎士(Chevalier de Joinville)」のちに「ギーズの騎士(Chevalier de Guise)」と呼ばれた[8]マルタ騎士団の騎士。

脚注

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  1. ^ Collins 2017, p. 121.
  2. ^ Bernstein 2004, p. 241.
  3. ^ Tenace 2012, p. 305.
  4. ^ Kettering 1986, p. 151.
  5. ^ Schalk 2001, p. 298.
  6. ^ a b Munns, Richards & Spangler 2015, p. 135.
  7. ^ a b Munns, Richards & Spangler 2015, p. 87.
  8. ^ a b c Spangler 2016, p. 272.

参考文献

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  • Bernstein, Hilary (2004). Between Crown and Community: Politics and Civic Culture in Sixteenth-century Poitiers. Cornell University Press 
  • Collins, James (2017). “Dynasty Instability, the Emergence of the French Monarchical Commonwealth and the Coming of the Rhetoric of L'etat, 1360s to 1650s”. Monarchy Transformed: Princes and their Elites in Early Modern Western Europe. Cambridge University Press. p. 87-126 
  • Kettering, Sharon (1986). Patrons, Brokers, and Clients in Seventeenth-century France. Oxford University Press 
  • Munns, Jessica; Richards, Penny; Spangler, Jonathan (2015). Aspiration, Representation and Memory: The Guise in Europe, 1506–1688. Ashgate Publishing 
  • Schalk, Ellery (2001). Mentzer, Raymond A.. ed. “Marseille and the Urban Experience in Sixteenth-Century France: Communal Values, Religious Reform and Absolutism”. Historical Reflections / Réflexions Historiques 27, No. 2, Aristocracies and Urban Elites in Early Modern France: A Tribute to Ellery Schalk (Summer): 241-300. 
  • Spangler, Jonathan (2016). The Society of Princes: The Lorraine-Guise and the Conservation of Power and Wealth in Seventeenth-Century France. Routledge 
  • Tenace, Edward Shannon (2012). “Messianic Imperialism or Traditional Dynasticism? The Grand Strategy of Philip II and the Spanish Failure in the Wars of the 1590s”. The Limits of Empire: European Imperial Formations in Early Modern World. Ashgate Publishing. p. 281-308 

関連項目

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