サイクリン依存性キナーゼ6
サイクリン依存性キナーゼ6(サイクリンいぞんせいキナーゼ6、英: Cyclin-dependent kinase 6、略称: CDK6)は、ヒトではCDK6遺伝子にコードされる酵素である[5][6]。この遺伝子によってコードされるタンパク質はサイクリン依存性キナーゼ(CDK)ファミリーのメンバーであり、サイクリン(サイクリンD)やサイクリン依存性キナーゼ阻害因子によって調節される[7]。CDKファミリーのメンバーは、出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeのcdc28、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeのcdc2の遺伝子産物と高度に類似している。
CDK6はサイクリン/CDK複合体の触媒サブユニットとして機能し、細胞周期のG1期ならびにG1/S期の移行に重要である。サイクリンDはキナーゼの活性化を行うサブユニットである[8]。このキナーゼの活性はG1期に最初に出現し、D型サイクリンなどの調節サブユニットやINK4ファミリーのCDK阻害因子によって制御される[7]。このキナーゼは、CDK4と同様にがん抑制因子であるRbタンパク質をリン酸化して調節するため、がんの発生に重要なタンパク質となっている[8]。
構造
編集CDK6はCDKファミリーのなかでも特にCDK4と類似している。CDKファミリーは真核生物に保存されているが、CDK4/6は後生動物のみで保存されている[9]。ヒトのCDK6遺伝子は7番染色体に位置している。遺伝子は231,706塩基対にわたり、326アミノ酸からなるタンパク質をコードしている[6]。この遺伝子の発現の変化は複数種のがんで観察されている[6]。このタンパク質には、ATP結合ポケット、阻害または活性化リン酸化部位、PSTAIRE様サイクリン結合ドメイン、活性化Tループモチーフが存在する[8]。サイクリンがPSTAIREヘリックスに結合すると、CDK6タンパク質のコンフォメーションが変化してリン酸化モチーフが露出する[8]。CDK6は細胞質にも核にも存在するが、活性型の複合体は増殖中の細胞の核に存在している[8]。
機能
編集細胞周期
編集1994年にMatthew MeyersonとEd Harlowは、CDK4ときわめて類似した遺伝子の産物について研究を行った[7]。このPLSTIREと名付けられていた遺伝子から翻訳されるタンパク質は、CDK4と同じくサイクリンD1、D2、D3と相互作用したが、CDK4とは別物であった。その後、このタンパク質はCDK6へと改名された[7]。哺乳類細胞では、CDK6はG1期の初期にサイクリンD1、D2、D3との相互作用を介して細胞周期の進行を活性化する[7][10]。この酵素によって遺伝子発現には多くの変化が生じる[11]。サイクリンDと複合体を形成した後、CDK6はRbタンパク質をリン酸化する[12]。このリン酸化の後、Rbタンパク質は結合パートナーの転写活性化因子E2Fを解離し、解離したE2FはDNA複製に関与する遺伝子群を活性化する[13]。CDK6複合体は、分裂促進因子や成長因子といった外部シグナルに依存したG1期の初期から、その後の非依存的な段階への切り替えのポイント(R点)の保証を行っている[14]。
CDK6はG1期からS期への移行の制御に重要である[7]。しかし近年、全ての細胞種の増殖にCDK6の存在が必要不可欠なわけではないという証拠が得られている[15]。CDK6の役割の重要性は細胞種によって異なる可能性があり、CDK4やCDK2がその役割を補償して機能している可能性がある[15][16]。
細胞の発生
編集CDK6のノックアウトマウスでは造血機能不全となるが、他の組織は正常に発生する[15]。このことは、血液の構成要素の発生においてはCDK6にさらなる役割が存在していることを示唆している[15]。CDK6にはキナーゼ活性と関係のない他の機能も存在する[17]。例えば、CDK6はT細胞の分化に関与しており、分化の阻害因子として機能する[17]。CDK6とCDK4には71%のアミノ酸同一性があるが、この役割はCDK6に特有のものである[17]。また、CDK6は他の細胞系譜の発生にも重要であることが判明している。CDK6はアストロサイトの形態変化や[18]、他の幹細胞の発生にも関与している[8][13]。
DNA保護
編集CDK6にはCDK4とは異なる重要な役割が存在し、p53やp130といったアポトーシスに関与するタンパク質の蓄積に関与している。この蓄積はアポトーシス促進経路を活性化し、DNA損傷が存在する細胞が分裂を開始することを防いでいる[19]。
代謝の恒常性
編集CDK6は細胞の代謝制御にも関与している。CDK6とCDK4の阻害によって、ペントースリン酸経路の酸化過程と非酸化過程との間のバランスが失われる。また、CDK6とCDK4が過剰発現しているがん細胞ではこの経路に変化が生じていることが知られている[20]。CDK4とCDK6の過剰発現は、がん細胞に細胞の代謝異常という新たな特性を付与する[20]。
中心体の安定性
編集CDK6は中心体と結合し、神経細胞の分裂と細胞周期を制御している。これらの発生系譜でCDK6に変異が生じている場合、中心体の適切な分配が行われず、染色体の数的異常などが生じ、原発性小頭症などの健康問題が生じる[21]。
調節機構
編集CDK6は、主にサイクリンD1、D2、D3との結合によって正に調節されている。これらのD型サイクリンが存在しないときにはCDKは活性型でなく、Rbなどの基質をリン酸化することはない[22]。CDK6の活性化にはさらに177番のスレオニン残基のリン酸化が必要であり、このリン酸化はCDK活性化キナーゼ(CAK)によって行われる[23]。さらに、CDK6はカポジ肉腫関連ヘルペスウイルスによってもリン酸化されて活性化され、CDK6の過剰な活性化と制御を受けない細胞増殖が促進される[24]。
CDK6は、CDK阻害因子(CKI)との結合によって負に調節される[25]。p21、p27といったCIP/KIPファミリーのメンバーはサイクリン-CDK複合体に対して作用し、触媒ドメインに結合して阻害を行う[13][23][26]。p15、p16、p18、p19といったINK4ファミリーのメンバーはCDK6単量体に結合し、サイクリンとの複合体の形成を阻害する[27][28]。
臨床的意義
編集CDK6は細胞増殖を活性化するプロテインキナーゼであり、細胞周期の進行の制限の重要なポイントに関与している[29]。そのため、CDK6や他のG1期調節因子は、腫瘍の80–90%以上でバランスが失われていることが知られている[22]。子宮頸がん細胞では、CDK6の機能にはp16阻害因子を介した間接的な変化が起こっていることが示されている[28]。また、CDK6は薬剤耐性を示す腫瘍で過剰発現しており、悪性神経膠腫はCDK6の過剰発現変異が存在する場合、テモゾロミドを用いた化学療法に対する抵抗性を示す[30]。同様に、CDK6の過剰発現は、乳がんでの抗エストロゲン薬フルベストラントを用いたホルモン療法に対する抵抗性とも関係している[31]。
がん
編集正常な細胞周期調節の喪失は、がんのさまざまな特性が生じる第一段階である。CDK6の変化は、細胞のエネルギー調節異常、増殖シグナルの維持、成長抑制因子の回避、血管新生の誘導といったがんの特性に対し、直接的・間接的に影響を与える[22]。例えばリンパ系腫瘍においては、CDK6の調節異常は血管新生を増大させ、重要な役割を果たすことが示されている[27]。CDK6は、染色体の変化やエピジェネティックな調節の異常によってアップレギュレーションが起こっている[22]。さらに、CDK6はゲノム不安定性やがん抑制遺伝子のダウンレギュレーションによって変化している可能性もあり、これらもがんの特性である[32]。
髄芽腫
編集髄芽腫は小児の脳腫瘍の最も一般的な要因である[33]。これらのがんの約1/3ではCDK6のアップレギュレーションがみられ、この疾患の予後の悪さの指標となる[33]。CDK6の変化が生じることが一般的なため、これらの細胞系譜特異的にCDK6をダウンレギュレーションする方法が模索されている。In vitroの条件では、miR-124が髄芽腫と膠芽腫の細胞でがんの進行を制御する[33]。さらにラットモデルにおいても、miR-124によって腫瘍異種移植片の成長が減少することが示されている[33]。
薬剤標的として
編集CDK6やCDK4を直接標的としたがん治療は注意を要するが、それはこれらの酵素が正常細胞でも同様に細胞周期に重要な役割を果たしているためである[33]。さらに、これらのタンパク質を標的とした低分子は薬剤耐性を強化させる可能性がある[33]。CDK6を制御する間接的な機構として、CDK6に高い親和性で結合するがキナーゼ活性を誘導しない、変異型サイクリンDを利用する方法がある[34]。この機構の研究はラットの乳腺細胞の腫瘍形成に関して行われているが、ヒトの患者での臨床的効果は確認されていない[34]。
相互作用
編集CDK6は次に挙げる因子と相互作用することが示されている。
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