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カルタン幾何学[注 1](かるたんきかがく)(: Cartan geometry)とは、微分幾何学における概念で、多様体の各点における「一次近似」がクラインの幾何学とみなせるものの事である。カルタンの幾何学はクラインの幾何学とリーマン幾何学を包括する幾何学概念として提案された。

以下、本項では特に断りがない限り、単に多様体関数バンドル等といった場合はC級のものを考える。また特に断りがない限りベクトル空間は実数体上のものを考える。

概要

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カルタン幾何学の背景にあるのはクラインエルランゲン・プログラムである。エルランゲン・プログラムは、当時「幾何学」、例えばユークリッド幾何学双曲幾何学球面幾何学射影幾何学等が乱立していた状況に対し、それらを統一する手法を提案したものであり、今日の言葉で言えば、これらはいずれも等質空間の概念を使う事で統一的に記述できる事を示した。

すなわちクラインの意味での幾何学(以下単にクライン幾何学と呼ぶ)とは、リー群Gとその閉部分リー群Hの組 を等質空間 上に「幾何学を保つ」変換群Gが作用しており、X上の一点の等方部分群Hであるとみなしたものである。

しかしエルランゲン・プログラムには、当時すでに知られていたリーマン幾何学が記述できない、という限界があった。実際リーマン多様体は等質空間にはなっていないので、エルランゲン・プログラムでは記述できない。

カルタンの意味での幾何学(以下単にカルタン幾何学と呼ぶ)は上記の事情を背景に、クラインの幾何学とリーマン幾何学を包含する形で定義された幾何学概念である[1]

ユークリッド幾何学 一般化  クラインの幾何学
 → 
 
   ↓一般化    ↓一般化
リーマン幾何学 一般化 カルタン幾何学
 → 
 

多様体自身にクライン幾何学の構造が入れば、すなわち であれば、Mの各点の接ベクトル空間は自然に と同型になる。ここで  はそれぞれGHリー代数である。

そこでちょうどリーマン幾何学の「一次近似」である接ベクトル空間がユークリッド幾何学になっているように、カルタン幾何学では、多様体Mの「一次近似」である接ベクトル空間に、クライン幾何学 の「一次近似」である を対応させる。このとき、多様体Mには等質空間 モデル空間とするカルタンの幾何学の構造が入っている、という。

しかしあくまで「一次近似」がクラインの幾何学と等しいだけなので、実際にはカルタン幾何学はクライン幾何学とはズレる。このズレを図るのがの曲率である。

 
滑りとねじれのない転がし

カルタン幾何学を導入するもう一つの動機が滑りとねじれのない転がしである。これはm次元のリーマン多様体をm次元平面上「滑ったり」、「捻れたり」する事なく「転がした」ときにできる軌跡に関する研究である。

この軌跡はユークリッド幾何学をモデルにするカルタン幾何学を使うことで定式化が可能であり、曲線の発展という。ユークリッド幾何学はm次元平面上の幾何学であるので、m次元平面上の軌跡になるが、一般のクライン幾何学 をモデルとするカルタン幾何学の発展は、 上の軌跡となる。

定義の背後にある直観

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本節では[2]を参考に、2次元ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学を直観的に説明する。 を2次元ユークリッド空間とし、  合同変換群とする。すなわち   を使って と書ける変換全体の集合である。  と同一視できる。

Mを2次元多様体とし、M上に人が一人立っているとする。人が立っている場所を とし、人の前方向をx軸、左方向をy軸とすると、接ベクトル空間の基底 が定義できる。Mはユークリッド空間をモデルにしているので、その人は自分の近傍をユークリッド空間だと思っている。

 正規直交基底全体の集合を とし、 とすると、 は自然にM上の -主バンドルとみなせる。以上の議論から、 の元は、M上にいる人(とその向き)であるとみなせる[注 2]

M上にいる人を と表すとき、その人がM上の位置(=u)を変えずに向きだけを「無限小だけ」変えた場合、その向きの変化を表す速度ベクトル の元とみなせるが、これは人の向きを変えた回転変換微分なので、回転変換群 の無限小変換群(= に対応するリー代数)である の元であるともみなせる。

すなわち、 の元を の元と対応させる事ができる:

 

また人がM上の位置uから無限小だけ歩いた場合は、歩いたことによる の変化の速度ベクトルは の元とみなせるが、その人は自分がユークリッド空間を歩いているのだと理解しているので、速度ベクトルを の無限小変換群(= のリー代数)である の元であるとみなす。すなわち の元を と対応付けて考える。

結局、ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学とは、M上の -主バンドル で、ファイバーごとの線形写像

 

を持ち、各 に対し、uのファイバー の接バンドル へのωの制限が

 

を満たすもので「性質の良いもの」(後述)である。

準備

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本節ではカルタン幾何学の定式化に必要となる用語を定義する。

基本ベクトル場

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Gをリー群とし、 をそのリー代数とし、さらにNGが右から作用する多様体(例えばG-主バンドル の全空間P)とする。

定義 (基本ベクトル場) ― リー代数の元 と点 に対し、

 

により、N上のベクトル場 を定義する。 Aに対応するN基本ベクトル場英語版: fundamental vector field on N associated to A)という[3][4]

なお、NG-主バンドル の全空間Pの場合には は垂直部分空間 の元である事が容易に示せる。

随伴表現

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定義 (リー群の随伴表現) ― Gをリー群とし をそのリー代数とする。このとき、Gの線形表現

 

 に対し、

 

により定義し、AdG随伴表現: adjoint representation)という[5]

ここで  上の線形同型全体のなすリー群である。随伴表現の定義は の取り方によらずwell-defninedである。

モーレー・カルタン形式

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クライン幾何学の構造を調べる準備としてモーレー・カルタン形式を導入する。

定義 (モーレー・カルタン形式) ― Gをリー群とし、 をそのリー代数とするとき、Gの各点gに対しG上の 値1-形式 

 

により定義し、ωGgGgにおけるモーレー・カルタン形式という[6][注 3]

ここで は群の左作用 が誘導する写像である。

モーレー・カルタン形式は以下を満たす[6]

定理 ―  

  •  
  •  

ここで  上のリー括弧であり、 -値1-形式αβに対し、 である。

上記の2式のうち下のものをモーレー・カルタンの方程式[7]: Maurer-Cartan equation)、もしくはリー群G構造方程式[8]: structure equation)という。

定義と基本概念

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定義

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リー群Gとその閉部分リー群の組  連結になるものクライン幾何学、もしくは(カルタン幾何学のモデルになるので)モデル幾何学: model geometry)という[9][10]

 をモデル幾何学とし、  をそれぞれGHのリー代数とする。

定義 (クライン幾何学によるカルタン幾何学の定義) ―  多様体M上のタイプ のカルタン幾何学: Cartan geomerty of type   over M)とは、M上のH-主バンドル P上の -値1-形式

 

の組 で以下の性質を満たすものの事である[11][12][13]

  1. 任意の に対し、 は同型写像である。
  2. 任意の に対し、 
  3. 任意の に対し、 

ωH-主バンドル カルタン接続: Cartan connection)という。また紛れがなければMの事をカルタン幾何学という[12]

3つの条件の直観的な意味を説明する。

  • 1つ目の条件は、  が同一視できる事を意味しており、前述した直観的説明のように、モデルがユークリッド幾何学であれば、Mにいる人は、自分の近傍がユークリッド空間であるとみなしているので、人の動きの速度ベクトルの集合 が、無限小変換全体 で記述可能である事を要請するのは自然である。
  • 2つ目の条件は、各 に対し、ωが同型写像 の逆写像である事を要請している。   に定める無限小変換なので、前述した直観的説明からこれは自然な要請である。なお、この2つ目の条件から特に直観的説明のところで登場した以下の要件が従う:
     
  • 3つ目の条件は、前述した直観的説明から にいる人は自分の近傍がモデル幾何学 に似ているとみなしているので、 を右から乗じれば、 の元は に移動してしまうので、左からも を乗じて に戻す随伴表現 を作用させたものと等しくなる事を要請する。

なお、 同型なので、M上定義できるカルタン幾何学には

 

という制約が課せられる事になる。

主接続との関係

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カルタン接続の定義は主バンドルの接続(主接続)の接続形式の定義とよく似ているが、両者は似て非なる概念であり、H-主バンドルの主接続の接続形式Hのリー代数 に値を取るが、カルタン接続はGのリー代数 に値を取っている。しかし、  をモデル幾何学とする多様体M上のカルタン幾何学とするとき、H-主バンドル 上定義されたカルタン接続 は、自然に

 

というG-主バンドル上の -値1-形式

 

に拡張する事ができ[14] G-主バンドル の接続形式である[14]。逆に を任意のG-主バンドルとし、 Q上定義された接続形式とするとき、 H-部分バンドル  であり、しかも であればωTPへの制限はP上のカルタン接続になる[15]

なお、モデル幾何学が「簡約可能」という条件を満たす場合は、上記のものとは別の形の関係性をカルタン接続と主接続は満たす。詳細は後述する。

無限小クライン幾何学による定式化

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定義から分かるように、カルタン幾何学の定義は  、およびHには依存しているが、Gには直接依存していない。これは  、およびHM上のカルタン幾何学の局所的な構造を定めるのに対し、Gはクライン幾何学 大域的な構造を定めるものであるため、Gが不要である事による。

リー代数 に対応するリー群Gは一意ではなく[注 4]、これが原因で大域的な構造を定めるGはカルタン幾何学の定義に必須でないばかりか、一部の定理ではGを( に対応する)別のリー群に取り替える必要が生じてしまう。

そこでGに直接言及せず、 を使ったカルタン幾何学の定式化も導入する。そのために以下の定義をする:

定義 ― リー代数 とその部分リー代数 の組 無限小クライン幾何学[訳語疑問点]: infinitesimal Klein geometry[16]もしくはクライン対[訳語疑問点]: Klein pair[16]という。

H をリー代数 とするリー群とし、さらに

 

Hの線形表現で、任意の に対し、  への制限 H への随伴表現 と等しいものとする[注 5]。ここで  上のリー代数としての自己同型全体の集合である。

このとき、組 モデル幾何学という[17]

以下、特に断りがなければ、 が効果的である事を仮定する[注 6]。ここで 効果的であるとは、 に含まれる のイデアルが のみである事を意味する。GH  に対応するリー群とすると、 が効果的である事は、  とするとき、K離散群になる事と同値である[18]

定義 (無限小クライン幾何学によるカルタン幾何学の定義) ―  Mを多様体とし、 をモデル幾何学とし、

このとき、組 Hを伴う をモデルとするM上のカルタン幾何学: Cartan geometry on M modeled on   with H)という[12]

カルタン幾何学としてのクライン幾何学

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本節ではカルタン幾何学の最も簡単な例として、クライン幾何学のカルタン幾何学としての構造を調べる。 をクライン幾何学とし、 とし、 とする。ここで Gの単位元eの同値類である。このとき

 

は自然にH-主バンドルとみなせる。G上のモーレー・カルタン形式 がカルタン接続の定義を満たす事を示せるので、  をモデルとするカルタン幾何学になる。

局所クライン幾何学とその上のカルタン幾何学

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リー群Gとその閉部分リー群の組 を考える[注 7]G離散部分群 で、 へのGからの作用  への制限 が効果的なものを考える( が効果的な事は である事と同値である)。このとき、 による商集合 を考える。Mが連結なとき、 局所クライン幾何学: locally Klein geometry)という[20]

局所クライン幾何学M上に以下のようにカルタン幾何学を定義できる。まず が効果的なので とすると、商写像

 

には自然にH-主バンドルの構造が入る[注 8]。またG上のモーレー・カルタン形式 はその定義より左不変なので、商写像 に対し

 

を満たす一意な -値1-形式を とする事で、 にカルタン接続 がwell-definedされ、 上に をモデルとするカルタン幾何学 が定義できる[20]

カルタン幾何学の(局所)幾何学的同型

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2つのカルタン幾何学の間の(局所的および大域的な)同型概念を以下のように定義する:

定義 ―  をモデル幾何学とし、M1M2を多様体とし、  をそれぞれ をモデル幾何学とするM1M2上のカルタン幾何学とする。

バンドル写像

 

 がはめ込みであり、 による の引き戻しが

 

となるものをカルタン幾何学間の局所幾何学的同型: local geometric isomorphism)という[21]。とくにfが(可微分)同相写像であれば、 幾何学的同型: geometric isomorphism)という[21]

定数ベクトル場と普遍共変微分

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任意の に対して は同型写像であるので、TPωにより

 

という同一視ができ、TPベクトルバンドルとして自明である。

よって特に を各 に対してωの逆写像でTpPに移すことで、TP上のベクトル場を作る事ができる。

定義 (定数ベクトル場) ―  に対し、 を各点  を対応させるベクトル場とする。

このベクトル場を定数ベクトル場[訳語疑問点]: constant vector field)という[22][注 9]

定数ベクトル場を用いると、以下の「普遍共変微分」を定義できる:

定義 (普遍共変微分) ―  Vをベクトル空間とし、 を(滑らかな)写像とする。このとき、fにベクトル場 (は接ベクトル空間の元なので自然に微分作用素とみなしたもの)を作用させた

 

fAによる普遍共変微分[訳語疑問点]: universal covariant derivative)という[23]

モデル幾何学が「簡約可能」という条件を満たす場合は、普遍共変微分は通常の共変微分を導く。これについては後述

接バンドル

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本節ではカルタン幾何学が定義された多様体の接バンドルの構造を調べる。そのために以下の定義をする。

  をモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学とする。 H への作用を定義するが、  への制限は 上の随伴表現である(ので  を保つ)ことから、 H への作用を誘導する。またHH-主バンドルPに作用していたので、これの作用により、ベクトルバンドル

 

を定義できる。実はこのベクトルバンドルは接バンドルと同型である:

定理 (接バンドルと無限小クライン幾何学の関係) ― ベクトルバンドルとしての同型

 

が成立する[24]

具体的には写像

 

well-definedであり、ベクトルバンドルとしての同型写像である[24]。ここで は同型写像 の逆写像   に移したものである。

曲率

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定義

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クライン幾何学をカルタン幾何学とみなした場合、カルタン接続はモーレー・カルタン形式ωGと等しいので、カルタン接続は構造方程式

 

を満たすが、一般のカルタン幾何学は構造方程式を満たすとは限らない。そこで以下の量を考える:

定義 (曲率) ―  カルタン接続ωを持つ多様体M上のカルタン幾何学 に対し、P上の -値2-形式

 

をカルタン幾何学 曲率: curvature)という[12]

Ωは(局所)クライン幾何学からのズレを表す量であると解釈でき、明らかにクライン幾何学や局所クライン幾何学の曲率は恒等的に0である。

曲率は以下を満たす:

定理 (カルタン接続のビアンキ恒等式) ― カルタン接続ωとその曲率Ωは下記の恒等式(ビアンキ恒等式: Bianchi identity)を満たす[25]

 

 のファイバーPuにはH単純推移的に作用するので、 をfixして、 によりHPuを同一視すると、TPu上にモーレー・カルタン形式ωHが定義できる。しかもωH の取り方に依存しないことも容易に証明できる。実は曲率のPuへの制限はωHに一致する。

定理 ― 任意の に対し、曲率ΩTPuへの制限はTPu上のωHに一致する。よって特に、任意の に対し、 である。

なお、実はvwの少なくとも一方がTpPuに属していれば、 である事が知られている[26]。よって特に次が成立する:

定理 ― M上の -値2-形式Ω'が存在し、任意の と任意の に対し、以下が成立する[26]

 

このΩ'は次節で導入する曲率関数を用いる事で具体的に記述できる。

曲率関数

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 同型写像であったことから、写像の合成

 

を定義できる。またすでに述べたようにvwの少なくとも一方がTpPuに属していれば、 である事が知られている[26]事から、この写像は 上の写像をwell-definedに誘導する。

定義 ―    上に誘導する写像

 

をカルタン幾何学 曲率関数: curvature function)という[27]

曲率 M上の -値2-形式Ω'を誘導する事を前に見た。このΩ'は曲率関数を使って以下のように書き表す事ができる。

 

捩率

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さらに以下の定義をする:

定義 (捩率) ―  曲率Ωを商写像

 

と合成した P上の -値2-形式となる。 をカルタン幾何学 捩率: torsion)といい[注 10][12] P上恒等的に0になるカルタン幾何学 捩れなし: torsion free)であるという[12]

モデル幾何学がアフィン幾何学である場合は、この捩率はアフィン接続の捩率テンソルに一致する。詳細は後述。

標準形式

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本節の目標は、商写像

 

とカルタン接続の合成 の幾何学的意味を説明する事である。

まず、 は以下のように特徴づける事ができる:

定理 ( の特徴づけ) ―  は下記を可換にする唯一の写像である:

 

ここで   を対応させる写像である。


上記の特徴付けから、 の幾何学的意味は同型 に関係しているので、この同型の幾何学的意味を見る。 にベクトル空間としての基底 をfixし、同型

 

による の像を とすると、  の基底をなす。

よって特に、 とすると、FM上のフレームバンドル英語版(=各点のファイバーがTMの基底からなるバンドル)になる[28]

一般には対応

 

全単射ではないが、 の定義から、カルタン幾何学が下記の意味で「一階」であれば、この写像は全単射になる:

定義 ―  随伴表現

 

が忠実なとき、クライン幾何学 (および をモデルに持つカルタン幾何学)は一階[訳語疑問点]: first order)であるといい、そうでないとき高階[訳語疑問点]: higher order)であるという[29]

以上の準備のもと、 を幾何学的に意味付ける:

定理 ( の解釈) ― 記号を上と同様に取り、カルタン幾何学 が一階であるとする。このとき、 の基底  という同一視を行うと、 に対し、

 

は基底  を成分表示したときの係数 を対応させる 値1-形式であるとみなせる[28][注 11]

上記のような、  となる を対応させる -値1-形式をフレームバンドル上の標準形式: canonical form)という[30]。上述の定理はカルタン幾何学が一階であれば は標準形式として意味づけられる事を保証する。

簡約可能なモデル幾何学に対するカルタン幾何学

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本節ではモデル幾何学 が「簡約可能」という性質を満たす場合にが対するカルタン幾何学の性質を見る。具体的にはモデル幾何学がユークリッド幾何学やアフィン幾何学の場合には簡約可能になる。

定義

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まず簡約可能性を定義する:

定義 ―  モデル幾何学 簡約可能[訳語疑問点]: reductive)であるとは、作用 により不変な部分ベクトル空間 が存在し、  を満たす事を言う[31][32][33][注 12]

なお、 の取り方は一意とは限らないので注意されたい。

Gが2つのリー群の半直積 で書けている場合は、GHに対応するモデル幾何学 は、Bのリー代数を として選ぶ事で簡約可能である[33]

よって特にユークリッド幾何学の等長変換群 直交群 と平行移動のなす群の半直積で書けるので対応するモデル幾何学は簡約可能である。アフィン幾何学も同様である。

カルタン接続の分解

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  をモデル幾何学にする多様体M上のカルタン幾何学とする。モデル幾何学 が、 と簡約可能なとき、 の元は の元と の元の和で一意に表現できるので、カルタン接続 

 

のように「 部分」と「 部分」の和で書ける。この分解を用いると、カルタン接続と主接続の接続形式との関係性を以下のように記述できる:

定理 (簡約可能な場合のカルタン接続と接続形式の関係) ―   と簡約可能なモデル幾何学とし、Mを多様体とし、 H-主バンドルとする。

このときP上のカルタン接続ω と分解すると、  P上の主接続の接続形式の定義を満たす[34]

したがって、簡約可能なモデル幾何学の場合にはカルタン接続から主接続の接続形式 が得られることになる。

一方、 

 

により  と同一視すると、  と同一視でき、前述のように(カルタン幾何学が一階であれば) は標準形式であるとみなせる。

したがって分解 はカルタン接続 接続形式 と標準形式 に分解するものであるが、実は逆に接続形式と標準形式からカルタン接続を復元できる:

定理 (一階で簡約可能な場合における接続形式からカルタン接続の再現) ―  を一階のクライン幾何学で対応するリー代数の組  と簡約可能なものとする。Mを多様体とし、 TMの主バンドルとし、PH-フレームバンドルF前述の方法で同一視する。 さらにγP=F上の接続形式とし、θFの標準形式とする。

このとき、

 

P=F上のカルタン接続の公理を満たす[34][注 13]

前述した、カルタン接続から接続形式と標準形式とに分解する定理とは丁度「逆写像」の関係にあり、簡約可能で一階の場合はカルタン接続は接続形式と標準形式との組と1対1に対応する[34]

Koszul接続

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モデル幾何学が簡約可能である場合、上述したようにカルタン接続ωから定義される H-主バンドルPの接続形式になる。ベクトル空間V上のH線形表現 があれば、ベクトルバンドルとしての接続(Koszul接続)の一般論から、接続形式 M上のベクトルバンドル にKoszul接続を定める[35]

よって特に、接バンドルは

 

と書けたので、 TM上のKoszul接続、すなわちアフィン接続を定める。

このことから分かるようにモデル幾何学がアフィン幾何学でなくても、簡約可能でありさえすればアフィン接続を誘導する。

しかし特にモデル幾何学がアフィン幾何学であれば、アフィン変換群G 上の随伴表現は 上のアフィン変換になる事を示す事ができ、この意味において はアフィン空間 のバンドルとなる。後述するように、この事実が例えばモデルがユークリッド幾何学の場合には重要になる。

普遍共変微分との関係

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 をベクトル空間V上のH線形表現とし、 M上のベクトルバンドル に定めるKoszul接続をとする。

Eの切断s に対し、 となる が一意に存在し、fsPからVへの関数 とみなせる。

定理 ― M上の任意のベクトル場 Eの任意の切断sに対し、以下が成立する:

 

ここで  となるPの接ベクトルである[35][注 14] [注 15]

上記のように はKoszul接続 と関係するが、それに対し の方は自明なものになってしまう:

定理 ― M上の任意のベクトル場 Eの任意の切断sに対し、以下が成立する[36]

 

ここでγ*Eを定義する線形表現 が誘導する写像 上の線形写像 である。

曲率の分解

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本節ではモデル幾何学  と簡約可能でしかも

 

となっている場合、すなわち として の部分リー代数になっているものを取れる場合に対し、曲率の「 部分」と「 部分」を具体的に書き表す。

先に進む前にこの条件を満たすモデル幾何学の具体例を述べる。例えば に対応するリー群Gが2つのリー群の半直積 で書けている場合に、 としてBのリー代数を取れば上述の条件を満たす。特に、モデル幾何学がアフィン幾何学である場合は、アフィン変換群 は線形変換 と平行移動のなす群 の半直積で書け、しかも Bのリー代数とすると、

 

というより強い条件が成立する。モデル幾何学がユークリッド幾何学の場合も同様である。

曲率Ω に値を取るので、曲率を

 

と「 部分」 と「 部分」 に分解する。商写像 が同型になることから、 という同一視をすると、

 

 カルタン幾何学の捩率 に対応する事が分かる。

とくにアフィン幾何学をモデルとするカルタン幾何学の場合、 はアフィン変換群 の並進部分である に対応するリー代数であるので、アフィン幾何学をモデルとする場合、捩率とは並進に関する曲率であるとみなせる。

構造方程式

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曲率の定義から、

  

が成立するので、仮定 を使うと以下が成立する事が分かる:

定理 (分解した場合の構造方程式) ― 

  •  
  •  

 が接続形式に対応している事から、上記の定理の1つ目の式は、接続形式 が定義する主接続に対する第二構造方程式である事がわかる。よって特に、 は主接続の曲率形式である事がわかる。したがって

一方2本目の式において  に一致し、標準形式θとして解釈できるので、モデル幾何学がアフィン幾何学である場合のように であれば、2本目の式は

 

となり、第一構造方程式に対応している事が分かる。よってこの場合の捩率は接続形式 TMによって定まる主接続の捩率テンソルに一致する。

ビアンキ恒等式

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前述したカルタン接続のビアンキ恒等式

 

を「 部分」と「 部分」に分解することで以下の定理が結論づけられる:

定理 (分解した場合のビアンキ恒等式) ― 

  •  
  •  

 が接続形式に対応している事から、上記の定理の1本目の式は接続形式 が定義する主接続に関する第二ビアンキ恒等式である。

一方、2本目の式は、構造方程式の場合と同様、モデル幾何学がアフィン幾何学のように を満たせば、

 

第一ビアンキ恒等式に一致する。

曲線の発展

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P上の発展

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  をモデルとするM上のカルタン幾何学とし、 を区間 上定義されたP上の曲線とするt[a,b]上の点とすると、 にはカルタン接続ωにより の元が対応している。次の事実が知られている:

定理・定義 ― 記号を上述のように取り、gGの元とするとき、G上の曲線 で、任意の に対し、

 

が成立し、しかも を満たすものがが一意に存在するが成立する[37]。ここで Gのモーレー・カルタン形式である。

曲線 を曲線 gからのωに関する発展(: development)という[37][注 16]

モーレー・カルタン形式 は、G上の接ベクトルをGの作用により に移す変換であったので、上記の定理は Gの作用による移動を除いて に一致する事を意味する。

上記の定理の直観的な意味を説明する。クライン幾何学 においてGは等質空間 における同型写像のなす群であったので、そのリー代数 の元は 上の「無限小同型変換」、すなわち同型写像の微分とみなせた。

カルタン幾何学 の付与された多様体Mとは「一次近似」がクライン幾何学に見える空間であり、TpPの元vpはカルタン接続により の元と対応しており、  における「無限小同型変換」を意味していた。

上記の定理は曲線 に沿って「無限小同型変換」である の元 を束ねていくとその「積分曲線」として同型変換であるGの元 があらわれる事を意味している。

もしM そのものであれば、この同型変換 は実際にM上の同型変換になる事を後述する。

M上の発展

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補題 ―  M上の曲線とし、  を曲線とする。このとき、 の発展  の発展 は以下を満たす[38]

 

 Gから への商写像とすると、上記の補題から次が成立する:

定理・定義 ―  M上の曲線とし、x の元とする。 を満たすP上の曲線と を満たす を任意に選んで gからの発展 を作り、 上の曲線

 

を考えると、  gの取り方によらずwell-definedである。

曲線   におけるxからのωに関する発展: development)という[39]

ホロノミー

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Mが連結であるとし、  を満たす をfixし、 u0を基点とするM上の閉曲線とする。 を満たすP上の閉曲線 p0を基点とするものとすると、前述した補題から、 の単位元 からの発展 の終点  の取り方によらず等しい。そこで以下のような定義をする:

定理・定義 ― 記号を上のように取り、 u0を基点とする閉曲線全体の空間英語版とする。このとき、

 の終点 

は閉曲線の結合に関して準同型であり、 Gの部分群をなす。

 を閉曲線cの基点u0のリフトp0に関するホロノミー: holonomy with respect to p0[39]といい、 p0に関するM上のカルタン幾何学 ホロノミー群: holonomy group of   with respect to p0[39][注 17]という。

ホロノミー群は基点やそのリフトを取り替えても、共役を除いて一意に定義できる。実際、基点u0のリフトp0を別の点p0h, where  に取り替えると、ホロノミーは を満たす[39]。また基点u0を別の基点u1に変えると、 を満たす が存在する[39]

 の元のうち、0-ホモトープな閉曲線全体  正規部分群になる[39] 制限ホロノミー群: restricted holonomy group)という[39]

写像 基本群 からの群準同型写像

 

をwell-definedに誘導する。上記の写像をカルタン幾何学 モノドロミー表現: monodromy representation of  )という[39]

一般化円と測地線

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定義 ― なんらかの に対し、定数ベクトル場(定義は前述 [注 9]の積分曲線を Mに射影したものをM上の一般化円[訳語疑問点]: generarized circle)という[39]

また  と簡約可能なとき、なんらかの に対し、定数ベクトル場 の積分曲線を Mに射影したものをM上の測地線: geodesic)という。

特にクライン幾何学 に対し、 上の一般化円は、 の元の1-パラメーター変換群の軌跡[注 18][注 19] への射影である[39]。よって「一般化円」という名称であるが、ユークリッド幾何学での「一般化円」は螺旋になる事もあるので注意されたい[注 20]

  と簡約可能なとき、 に属する元のG上の1-パラメーター変換群の軌跡[注 18] への射影を直線: straight line)という。

この事実を使うと、一般化円と測地線は以下のように言い換える事ができる:

定理 ―   をモデルとするクライン幾何学の定義された多様体M上の曲線が一般化円になる必要十分条件は、その一般化円の発展が 上の一般化円になる事である。

同様に  と簡約可能なとき、 M上の測地線(: geodesic)となる必要十分条件は、 の発展  上の直線である事である[39]

前述したように、 が簡約可能なときは、TM上にアフィン接続が定義できるので、 となる曲線を測地線として定義する事もできる。この2つの測地線の定義は同値である。

定理 ―    と簡約可能であるとし、カルタン接続ω と分解したときPの主接続(の接続形式) TM に誘導するアフィン接続をとする。

このとき、M上の曲線 上述したカルタン幾何学における測地線である必要十分条件は、以下が成立する事である:

 

クライン幾何学との関係

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カルタン幾何学はクライン幾何学をモデルとしており、しかも(局所)クライン幾何学はカルタン幾何学として平坦: flat)、すなわち曲率が恒等的に0である事を前述した。

本章はこの逆向きについて述べる。すなわち平坦なカルタン幾何学がいかなる条件を満たせば局所クライン幾何学と等しいかを特定するのが本章の目標である。

ダルブー導関数の一般論から、以下が従う:

定理 ―  を対応するリー代数の組 が効果的なクライン幾何学とする。Mを多様体とし、  をモデルとするM上のカルタン幾何学とする。

このとき、M普遍被覆空間 に主バンドル とカルタン接続ωを引き戻したものをそれぞれ  とする。

このとき  上の をモデルとするカルタン幾何学となり、局所幾何学的同型

 

が存在する[42]

よって特に、Mの点uの十分小さい開近傍 を取り、 上に を制限した は(U へのリフトを考えることで)局所幾何学的同型 を持つことが分かる[43]

このように被覆空間を考えたり、あるいは各点の開近傍に制限したりすれば、平坦なカルタン幾何学がクライン幾何学に局所幾何学的同型である事を示す事ができる。しかしこれだけではM自身が(局所)クライン幾何学と幾何学的同型になるか否かはわからない。

そこで本章ではまずM自身が局所クライン幾何学と幾何学的同型になる条件を定式化し、次にこれらの条件を満たす平坦なカルタン幾何学が局所クライン幾何学と幾何学同型になる事を見る。

条件

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本節では平坦なカルタン幾何学が局所クライン幾何学と同型であるための条件である「幾何学的向き付け可能性」と「完備性」を定義する。

幾何学的向き

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幾何学的向きを定義するため、まず記号を導入する。Mを多様体とし、  をモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学とし、G に対応するリー群の一つとすると、その随伴表現 はリー群間の写像なので[注 21]、対応するリー代数間の写像

 

を誘導する。adはリー代数 に対応するリー群Gの取り方によらずwell-definedであり、

 

が成立する[44]adとカルタン接続の合成

 

を考え、以下の定義をする:

定義 ― 記号を上と同様に取り、 を取る。クライン幾何学 に対し、 が基点 に関して幾何学的な向きを保つ: geometrically orientation preserving with respect to the base point p)とは、pphを結ぶP上の曲線 で以下の条件を満たすものが存在する事を言う[45][注 22]

  に関する単位元 からの発展 の終点が になる

定理・定義 ― Pが連結であれば幾何学的向き付けの定義はpに依存しない[45]Pが連結なとき、幾何学的向き付け可能なHの元全体の集合を と書く[45]

adの定義より、曲線 Pのファイバー 内にあれば、その発展 の終点は必ず になる。よって を単位元eを含むH連結成分とすると

 

が成立する。

しかし上記の定義は曲線 がファイバー 内に収まる事は仮定しておらず、よって一般にはHorの方がHeより大きいこともある。なお、Pが連結であれば、HorH正規部分群になる事が知られている[45]

定義 ― Mを多様体とし、  をモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学でPが連結であるものする[注 23]

  • H-バンドルPHor-部分主バンドルを持つとき、 幾何学的に向き付け可能: geometrically orientable)であるという[46]
  • PHor-部分主バンドル(もしあれば)をP幾何学的向き: geometrically orientation)という[46]
  •  M幾何学的向き付け被覆: geometrically orientation cover)という[46]
  •  のとき、カルタン幾何学 幾何学的に向き付けられている: geometrically oriented)という[46]

次が成立する:

定義 ― 局所クライン幾何学 (に定まるクライン幾何学)は、Gが連結なら幾何学的向き付け可能である[46][注 24]

完備性

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Mを多様体とし、  をモデル幾何学とするM上のカルタン幾何学とする。

定義 ―  が以下を満たすとき、 完備: complete)であるという[12][注 25]

任意の に対し、定数ベクトル場(定義は前述 の積分曲線 は任意の および任意の に対して定義可能である。

定理 ― 局所クライン幾何学 (に対応するカルタン幾何学)は完備である。

定式化

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完備かつ平坦で幾何学的に向き付可能なカルタン幾何学は局所クライン幾何学と幾何学的同型になる:

定義 ― Mを連結な多様体とし、 をモデル幾何学とし、 M上の をモデルとする平坦かつ完備で幾何学的に向き付けられたカルタン幾何学とする。

このとき、 をリー代数とする連結なリー群GH閉部分群として含むものと、Gの部分群Γで局所クライン幾何学 とその上のカルタン幾何学構造 Mとその上のカルタン幾何学 と幾何学的同型になる[48][注 21]

なお、すでに見たように局所クライン幾何学は平坦かつ完備であり、しかもGが連結であれば局所クライン幾何学はカルタン幾何学として向き付け可能であるので、連結なGを考える場合は、これ以上条件を減らす事はできない。 なお、Gを固定すると、上述の定理が存在を保証するΓは共役を除いて一意に定まる:

定義 ―    をモデルに持つ2つの局所クライン幾何学とする。

このとき、M1M2がクライン幾何学として幾何学的同型であれば、ある が存在し、 であり、しかもM1M2gの左からの作用 から誘導される[49]

ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学

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本章ではモデル幾何学がユークリッド幾何学の場合を考える。すなわち、モデルとするクライン幾何学がユークリッド空間 上の等長変換群 と直交群 の組 である場合の、多様体M上のカルタン幾何学 を考える。

標準的な計量

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本節では以下の定理を示す:

定理 ― ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学には、Mに標準的なリーマン計量が定数倍を除いて一意に定まる[50][注 26]

これを示すため、 の性質を調べる。 は随伴表現Adにより に作用するが、 における は原点を中心とする回転として、 は平行移動として に作用する事を簡単な計算により確かめられる。

よって 上には により不変な内積 が定数倍を除いて一意に定まる。前述したように であるので、 に対し、写像

 

が定義できる。

そこで に対しTuMの計量を を任意に選んで

  for  

により定義すると  によらずwell-definedされる事が知られており[50]M上にリーマン計量gが定まる。

アフィン接続

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 と半直積で書けるので、リー代数の組  を使って簡約可能であり、しかも は一階である。

よって前述のようにカルタン接続ωを「 部分」と「 部分」に分けて と書くことができ、 は主バンドルP上の接続形式になり、 が標準形式となる。逆に  からωが復元できる事もすでに示した。

接続形式 TMに誘導するアフィン接続 を定義する事ができ、 は以下を満たす:

定理 ―  は標準的な計量と両立する。すなわち前節で定義した標準的なリーマン計量gに対し、

 

M上の任意のベクトル場XYZに対して成立する。

しかし の捩率は0とは限らない[51]。もし の捩率が0であれば[注 27]リーマン幾何学の基本定理より、 レヴィ・チヴィタ接続に一致する。

以上の考察から、カルタン幾何学の立場から見るとリーマン幾何学とは、ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学で捩率が0のものとして(計量の定数倍を除き)特徴づけられる幾何学である。

リーマン多様体の発展

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上述のようにリーマン多様体にはユークリッド幾何学 をモデルとする捩れのないカルタン幾何学 の構造が入る。

 
滑りとねじれのない転がし(再掲)

m次元リーマン多様体M上に曲線 を取り(図の青の線)、 に沿ってMm次元平面 上を「滑ったり」「ねじれたり」することなく転がした[注 28]ときにできる曲線の軌跡を とする(図の紫の線)。

このとき、次が成立することが知られている:

定理 ―  記号を上述のように取る。このとき、 等質空間 への発展に一致する[52]

また、Mm次元平面 上滑りもねじれもなく転がすと、時刻t  に接した瞬間に  に重なるので、自然に写像

 

が定義できる。この写像を使うと、Mのレヴィ・チヴィタ接続の幾何学的意味を述べることができる:

定理 ―    に沿ったM上のベクトル場とすると、以下が成立する[52]

 

すなわち、曲線に沿った の共変微分を に移したものは、 を移したものを通常の意味で微分したものに一致する。

よって特に以下が成立する:

 ―   における接ベクトル M上曲線 に沿って(レヴィ・チヴィタ接続の意味で)平行移動したものを とするとき、 におけるベクトル   まで通常の意味で平行移動したものは に等しい[52]

脚注

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出典

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  1. ^ #Sharpe p.61.
  2. ^ #Erickson 4.1節
  3. ^ #Tu p.247.
  4. ^ #Wendl3 p.89.
  5. ^ #Tu p.123.
  6. ^ a b #Tu p.198.
  7. ^ 中央大学大学院理工学研究科 数学特別講義第三 微分形式の可積分性”. p. 50. 2023年6月27日閲覧。
  8. ^ #小林 p.59.
  9. ^ #Erickson-2 p.3.
  10. ^ #Sharpe p.151.
  11. ^ #Erickson-2 p.7.
  12. ^ a b c d e f g #Sharpe p.184.
  13. ^ #Kobayashi p.127-128.
  14. ^ a b #Kobayashi p. 128.
  15. ^ #Sharpe p.365.
  16. ^ a b #Sharpe pp.156.
  17. ^ a b #Sharpe p.174.
  18. ^ #Sharpe p.157, 166.
  19. ^ #Sharpe p.154.
  20. ^ a b #Sharpe pp.154, 207, 213.
  21. ^ a b #Sharpe p.185.
  22. ^ #Alexandre p.65.
  23. ^ #Sharpe p.194.
  24. ^ a b #Sharpe p.188.
  25. ^ #Sharpe p.193.
  26. ^ a b c #Sharpe p.187
  27. ^ #Sharpe p.191.
  28. ^ a b #Sharpe p.191.
  29. ^ #Sharpe pp.164, 191.
  30. ^ #Kobayashi-Nomizu-1 p.118.
  31. ^ a b c #Sharpe pp.151, 197.
  32. ^ #Erickson p.35.
  33. ^ a b #Alexandre p.39.
  34. ^ a b c #Sharpe pp.362-364.
  35. ^ a b c #Sharpe p.199.
  36. ^ #Sharpe pp.196-197.なお、p.197の「ρ」はX の元であることから「ρ*」の誤記であると判断。
  37. ^ a b #Sharpe p.119.
  38. ^ #Sharpe pp.208.
  39. ^ a b c d e f g h i j k l m #Sharpe pp.209-211.
  40. ^ #Alexandre p.69.
  41. ^ #Sharpe-2 p.67.
  42. ^ #Alexandre p.68.
  43. ^ #Sharpe p.212.
  44. ^ #Sharpe p.111.
  45. ^ a b c d #Sharpe pp.203-205.
  46. ^ a b c d e f g #Sharpe p.207.
  47. ^ #Sharpe-2 p.66
  48. ^ #Sharpe p.213.
  49. ^ #Sharpe p.216.
  50. ^ a b #Sharpe p.238.
  51. ^ #Sharpe p.234.に捩率が0の場合とそうでない場合にわけて考える旨の記載がある。
  52. ^ a b c #Sharpe pp.386-387.

注釈

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  1. ^ カルタン幾何学を説明した日本語の文献が見つからなかったので、本項の専門用語はいずれも本項執筆者が暫定的に訳したものである。
  2. ^ 厳密には、M上の人と同一視できるのは、基底が右手系の場合だけで、左手系の場合はその人を"左右反転"する必要があるが、以後この問題は無視する
  3. ^ この定義では という同一視を用いている。ここでeGの単位元である。
  4. ^  G被覆空間とすると、 Gは同型なリー代数を持つ。
  5. ^ [17]ではAdにこれ以上の仮定を課していないが、実際の議論ではAd に対応するリー群Gの随伴表現  への制限である事を用いているので、以下、本項でもこれを仮定する。なお、随伴表現  に対応するリー群Gの取り方に依存せずwell-definedである。
  6. ^ #Sharpe p.174によれば、この仮定は必須ではないが、この仮定を外しても特に得られるものはないとの事である。
  7. ^ クライン幾何学の定義では が連結な事を仮定していたが、ここでそれは仮定しない[19]
  8. ^  が効果的でないと、 の各ファイバーは と同型なものになってしまうため、H-主バンドルにならない。
  9. ^ a b クライン幾何学の場合はM上の左不変ベクトル場に相当する[41]
  10. ^ 「捩率」という言葉にはアフィン接続の「捩率」曲線の「捩率」という2つの異なる意味があるが、ここでいう捩率は前者に相当するものである。アフィン接続の捩率との関係は後述する。
  11. ^ カルタン幾何学が一階である事を利用しているのは の単射性を保証する部分だけであり、それ以外の部分は一階でなくても成立する。
  12. ^ なお、リー代数の分野では、 が半単純なイデアルとアーベルなイデアルの直和で書けるときに 簡約可能であると呼ぶが、本項で挙げた定義はこの簡約可能性とは別概念である[31]。なお、 単射で、しかも がこの意味で簡約可能であれば、 は本項の意味で簡約可能である[31]
  13. ^ なお、#Sharpe pp.364-365.は「接続形式⇒カルタン接続」の方では を仮定しているが、証明を読めば分かるように、実際にはこの仮定は必要ない。#Sharpeもp.362.の定理のステートメントではこの仮定に触れておらず、単なるミスと思われる。また#Sharpeもp.362.ではカルタン形式を と表記しているが、この形に書けるのはユークリッド幾何学(もしくはより一般にアフィン幾何学)をモデル幾何学としている場合であり、一般の簡約可能なモデル幾何学の場合は必ずしもこの形に書けないので、ここもミスと判断した。
  14. ^ なおこの式の右辺は文献[35]では、Xの水平リフトをYとして としているが、これは本項で挙げた に等しい。理由は以下の通りである。まず普遍共変微分の定義より であり、水平リフト(詳細は接続 (ファイバー束)を参照)とは となるYの中で となるもののことである。 そして本項の  となり、しかも のうち水平成分の 方向のみを考えているので、 。以上のことから である。
  15. ^ なお、 に対し となるpは複数あるため、  としてどのpにおける接ベクトルを取るかの自由度があるが、どのpにおける接ベクトルを選んでも結果は変わらない。
  16. ^ ここでは#Sharpe p.209.にあわせて「曲線 の発展」という言い方にしたが、同書p.119.では同じ概念を「 の発展」(: development of ω along   starting at g)という言い方をしている。前者がカルタン幾何学の説明であるのに対し、後者はダルブー導関数の説明に関するものである事が言い方を変えている理由であると思われるので、ここでは前者の言い方を採用した。
  17. ^ 文献[39]では の定義域をループ空間 ではなく基本群 としているが、 はホモトピー不変ではないので、定義域はループ空間であると判断。なお、文献[40]では定義域を基本群としているが、これはこの文献ではカルタン幾何学が平坦な事を仮定している為、 がホモトピー不変になるからである。
  18. ^ a b すなわち、  に対し、Aを通るG上の左不変ベクトル場 によるgからの1-パラメーター変換 の軌跡の事。
  19. ^ [39]には「Gの元の1-パラメーター変換群」とあるが1-パラメーター変換群はリー代数に対して定義するものなので「 の元の1-パラメーター変換群」の誤記と判断。
  20. ^ ユークリッド空間 の合同変換群 のリー代数 から  を選び、 の積分曲線の への射影を考えると螺旋になる。
  21. ^ a b すでに指摘したように、モデル幾何学  Ad に対応するリー群Gの随伴表現である事が暗に仮定されている。
  22. ^ 発展の定義はωがカルタン接続の場合に対して与えたが、一般にリー代数に値を取る1-形式に対しても同様にして発展の存在一意性を示すことができるので、「 に関する発展」という言葉は意味を持つ。一般の場合の定理のステートメントはダルブー導関数の項目を参照。
  23. ^ 文献[46]ではPの連結を明示的には仮定していないが、Pが連結ではないとHorの定義が基点に依存してしまうため、暗に仮定されていると判断した。
  24. ^ 文献[46]のステートメントではGの連結性を明示していないが、証明中でGの連結性を使っているため、連結性を明記した。
  25. ^ #Sharpeでは、まず一般の1-形式ωに対し完備性を定義し、カルタン接続ωが完備な事をもってカルタン幾何学の完備性を定義している。ここでP上1-形式ωが完備であるとは、以下を満たす事を言う(#Sharpe pp.69. 129):P上の任意のベクトル場Xに対し、  によらず定数であれば、任意の および任意の に対し が定義可能である。ωがカルタン接続であれば、 が定数となるベクトル場とはすなわち 、for  と書けるベクトル場の事であるので、ここで挙げた定義と一致する。なお文献[47]ではAが時間変化する事を許すより強い完備性の定義を採用している(が、両定義の関係については明記されていないので不明)。
  26. ^ ここでいう「定数倍を除いて一意」とは2つの計量gg'に対し、Mの点uに依存しない定数kが存在し、 となるという意味である。
  27. ^ ユークリッド幾何学をモデルとするカルタン幾何学の場合にカルタン幾何学の意味での捩率がKoszul接続の捩率テンソルと同一な事はすでに示した
  28. ^ 英語では、「捩率」はtorsion、「ねじれのない転がし」の「ねじれ」はtwistであり、両者は無関係な概念である。

参考文献

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カルタン幾何学関連の文献

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  • Richard Sharpe (1997/6/12). Differential Geometry: Cartan's Generalization of Klein's Erlangen Program. Graduate Texts in Mathematics. 166. Sprinver. ISBN 978-0387947327 
  • Richard Sharpe (2002). An introduction to Cartan Geometries. Proceedings of the 21st Winter School "Geometry and Physics". pp. 61-75 
  • Jacob W. Erickson. “A Visual Invitation to Cartan Geometries”. University of Maryland. 2023年11月13日閲覧。
  • Jacob W. Erickson (2023年5月2日). “A method for determining Cartan geometries from the local behavior of automorphisms”. arXiv. 2023年11月13日閲覧。
  • Raphaël Alexandre and Elisha Falbel (2023年2月17日). “Introduction to Cartan geometry”. 2023年11月13日閲覧。
  • Shoshichi Kobayashi (1994/12/1). Transformation Groups in Differential Geometry. Classics in Mathematics. Springer. ISBN 978-3540586593 

カルタン幾何学以外の文献

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