オリュンポス十二神
オリュンポス十二神(オリュンポスじゅうにしん、古代ギリシア語: Δωδεκάθεον[注釈 1][注釈 2])は、ギリシア神話において、オリュンポス山の山頂に住まうと伝えられる12柱の神々。
現代ギリシア語では「オリュンポスの十二神[注釈 3]」と呼称されるが、古典ギリシア語では単に「十二神[注釈 4]」と呼んだ。
概説
編集十二神の変動
編集通常、12神の神々は
である。
12柱目にはヘスティアーを入れるのが通常であるが、ディオニューソスを入れる場合もある。これは、十二神に入れないことを嘆く甥ディオニューソスを哀れんで、ヘスティアーがその座を譲ったためとされる。また、ごくまれにポセイドーンやデーメーテールなどが外されることもある。
ほかに十二神と同格の神として、ハーデース(プルートン)とその妃ペルセポネー(コレー[注釈 7])がいる。通常は十二神には含まれないが、ごくまれに含めることもある。十二神にハーデースが含まれないのは他の神と違って冥界の神であり、冥界は地下の存在と考えられていたためで、属性が異なるとの理由から十二神から外されている。
神々の世代
編集オリュンポスの秩序より見た場合、十二の神々は第一世代と第二世代に分けることができる。クロノスとレアーのあいだに生まれた息子と娘に当たる、ゼウス、ポセイドーン、ハーデース、ヘーラー、デーメーテール、ヘスティアーが第一世代の神で、ゼウスの息子と娘に当たる、アテーナー、アポローン、アルテミス、ヘーパイストス、アレース、アプロディーテー、ヘルメース、ディオニューソスが第二世代の神となる。
ただし、これはオリュンポスの秩序での系譜に基づいている。たとえば、アプロディーテーについては、ホメーロスはゼウスとディオーネーのあいだの娘としているが、ヘーシオドスはクロノスが切断したウーラノスの男根の周りの泡より生まれたとしている[1]。ヘーシオドスの説では、アプロディーテーはゼウスよりも古くからある女神となる。ここから、ウーラノスの男根よりの女神を天上の「アプロディーテー・ウーラニアー」、ゼウスとディオーネーの娘の女神を民衆の「アプロディーテー・パンデーモス」として呼び分けることもある。
ローマ神話の十二神
編集ローマ神話ではディー・コンセンテス(Dii Consentes)あるいはコンセンテス・ディー (Consentes Dii) と呼ばれ(共に「調和せし神々」の意)、主神ユーピテルをはじめとする男女6柱ずつの神々とされるが、その内訳は伝わっていない。
十二神の一覧表
編集- ハーデースとペルセポネーは十二神に含まれないが、天体との関係から記載する。
名前と権能
編集神名 | ローマ神話との対応 (英語由来転写) |
性別 | 説明 | 対応する天体 | |
---|---|---|---|---|---|
古代ギリシア語 | 他のカタカナ転写 慣用名 | ||||
Ζεύς | ゼウス | ユーピテル (ジュピター) |
男神 | 神々の王、オリュンポスの主神。 雷神、天空神。 多数の神・半神・英雄の父祖。 |
木星 ゼウス (小惑星) |
Ἥρα | ヘラ | ユーノー (ジュノー) |
女神 | ゼウスの妻、神々の女王。 婚姻の神で、女性の守護神。 嫉妬深い。 |
ユノ (小惑星) ヘラ (小惑星) |
Ἀθηνᾶ | アテナ アテネ |
ミネルウァ (ミネルヴァ) |
女神 | 知恵・工芸・戦略の神。 戦争の知略を司る。 都市の守護神。 |
ミネルバ (小惑星) パラス (小惑星) |
Ἀπόλλων | アポロン | アポロー (アポロ) |
男神 | 予言・芸術・音楽・医療の神。 光明神ともされる。ポイボス。 ヘーリオス(太陽)と混同された。 |
太陽 アポロ群 アポロ (小惑星) |
Ἀφροδίτη
アプロディーテー |
アプロディテ アフロディテ アフロディーテ |
ウェヌス (ヴィーナス) |
女神 | 愛と美の神。 エロースの母とされる。 |
金星 アフロディテ (小惑星) |
Ἄρης | アレス | マールス (マーズ) |
男神 | 軍神。戦争の災厄を司る。 ギリシア神話では知に劣り、人間にも敗れる。対応するローマ神話のマールスは主神ユーピテルと同じ程篤く信仰されていた。 |
火星 |
Ἄρτεμις | アルテミス | ディアーナ (ダイアナ) |
女神 | 狩猟・森林・純潔の神。 処女神だが、豊穣の神。 セレーネー(ルーナ)と混同された。 |
月 ディアナ (小惑星) アルテミス (小惑星) |
Δημήτηρ | デメテル | ケレース (セレス) |
女神 | 農耕・大地の神。乙女座に関連。 | ケレス (準惑星) デメテル (小惑星) |
Ἥφαιστος | ヘパイストス ヘファイストス |
ウゥルカーヌス (バルカン) |
男神 | 火山・炎・鍛冶の神。畸形。 | バルカン ヘファイストス (小惑星) |
Ἑρμῆς | ヘルメス | メルクリウス (マーキュリー) |
男神 | 伝令神。 旅人たちの守護神。 |
水星 ヘルメス (小惑星) |
Ποσειδῶν | ポセイドン | ネプトゥーヌス (ネプチューン) |
男神 | 海洋の王。 海・泉・地震・馬・塩の神。 |
海王星 ポセイドン (小惑星) |
Ἐστία | ヘスティア | ウェスタ (ヴェスタ) |
女神 | かまどの神。家庭生活の守護神。 名は「炉」を意味する。 |
ベスタ (小惑星) ヘスティア (小惑星) |
Διόνυσος | ディオニュソス | バックス (バッカス) |
男神 | 豊穣・葡萄酒・酩酊の神。 | バックス (小惑星) ディオニスス (小惑星) |
ᾍδης | ハデス ハーデス |
プルートー (プルート) |
男神 | 冥界の王。 地下(クトニオス)・農耕の神。 |
冥王星 (準惑星) オルクス (小惑星) |
Περσεφόνη | ペルセポネ | プロセルピナ (プロセルピナ) |
女神 | 冥界の王妃。 春・芽吹き・乙女・季節の神。 コレーとも呼ばれる。 |
プロセルピーナ (小惑星) ペルセフォネ (小惑星) |
系譜・血統
編集神名 | 世代 | 両親 | 備考 | 起源[注釈 10][2] | ||
---|---|---|---|---|---|---|
古典ギリシア語 | ギリシア文字 ラテン文字 |
父親 | 母親(位格[注釈 11]) | |||
ゼウス | Ζεύς Zeus |
第一 | クロノス | レアー (ティーターン) |
クロノスの末子。 多数の神や半神、英雄の父祖。 |
固有 |
ヘーラー | Ἥρα Hēra |
第一 | クロノス | レアー (ティーターン) |
ゼウスの妻・姉。 | 先住 |
アテーナー | Ἀθηνᾶ Athēnā |
第二 | ゼウス | メーティス (ティーターン) |
ゼウスの娘。 母はオーケアニデスの一柱。 |
先住 |
アポローン | Ἀπόλλων Apollōn |
第二 | ゼウス | レートー (ティーターン) |
アルテミスの兄弟。 母はコイオスの娘。 |
外来 |
アプロディーテー | Ἀφροδίτη Aphrodītē |
第二 | ゼウス | ディオーネー (ティーターン) |
本来はオリエントの女神。 エロースの母。 |
東方 |
アレース | Ἄρης Arēs |
第二 | ゼウス | ヘーラー (オリュンポス) |
本来はトラーキア地方の神。 | 外来? |
アルテミス | Ἄρτεμις Artemis |
第二 | ゼウス | レートー (ティーターン) |
アポローンの姉妹。 | 先住 |
デーメーテール | Δημήτηρ Dēmētēr |
第一 | クロノス | レアー (ティーターン) |
ゼウスの姉。 ペルセポネーの母。二柱女神。 |
固有 |
ヘーパイストス | Ἥφαιστος Hēphaistos |
第二 | ゼウス | ヘーラー (オリュンポス) |
母が単独で生んだともされる。 | 固有 |
ヘルメース | Ἑρμῆς Hermēs |
第二 | ゼウス | マイア (ティーターン) |
ゼウスの末子。 母はプレイアデスの一柱。 |
先住 |
ポセイドーン | Ποσειδῶν Poseidōn |
第一 | クロノス | レアー (ティーターン) |
ゼウスの兄。ハーデースの弟。 | 固有 |
ヘスティアー | Ἑστία Hestiā |
第一 | クロノス | レアー (ティーターン) |
ゼウスの姉。クロノスの長女。 | 固有 |
ディオニューソス | Διόνυσος Dionȳsos |
第二 | ゼウス | セメレー (人間) |
本来はトラーキアの神。 母はカドモスの娘で人間。 |
外来 |
ハーデース | Ἅιδης Hādēs |
第一 | クロノス | レアー (ティーターン) |
ゼウスとポセイドーンの兄。 ペルセポネーの夫。 |
固有 |
ペルセポネー | Περσεφόνη Persephonē |
第二 | ゼウス | デーメーテール (オリュンポス) |
ハーデースの妻。 母と共に秘教の二柱女神。 |
固有 先住[注釈 12] |
十二神ギャラリー
編集脚注
編集注釈
編集- ^ 古代ギリシア語ラテン翻字: Dōdekatheon
- ^ 十二(δώδεκα、古代ギリシア語ラテン翻字: dōdeka) + 神々(古代ギリシア語: θεοί、古代ギリシア語ラテン翻字: theoi)
- ^ 希: Οί Δώδεκα Θεοί του Ολύμπου
- ^ 古代ギリシア語: Δωδεκάθεον
- ^ ヘーラーは本来、古代ギリシア人の女神ではなく、先住民の大女神であった。ギリシアの地に侵攻し先住民を征服した古代ギリシア人が、先住民との宥和を目的に、彼らの主神ゼウスの妃とした。
- ^ アテーナーは元々、先住民の女神と考えられ、豊穣の大女神で都市守護神であった。アテーナーを「処女神」とし、ゼウスの娘とすることで、オリュンポスの秩序が生み出された。
- ^ 「コレー」とは古代ギリシア語で、「娘・少女・乙女」の意味で、デーメーテールの娘であることよりこう呼ばれる。コレーとデーメーテールは、母娘二柱の女神として、エレウシースの秘儀を初めとして、古代ギリシアの秘教において崇拝された二大女神であった。
- ^ アテネは、イオニア方言形で、女神の古い名アテナより派生した。アテナは、アテナイア(ホメロスではアテナイエ、つまりアテナイの女)に由来する。高津『ギリシア・ローマ神話辞典』
- ^ プルートーンとは「富める者」の意味で、ハーデースの別称である。ラテン語の神名プルートーは、この名より派生している。高津『ギリシア・ローマ神話辞典』
- ^ 「固有」は、古代ギリシア人(ヘレネス)固有の神、「先住」はギリシア先住民の神、「外来」は非ギリシア起源の神、「東方」は外来かつオリエント起源の神を指す
- ^ 「ティーターン」は広義の(12柱の兄弟姉妹以外も含む)ティーターン、「オリュンポス」はオリュンポス12神を指す。
- ^ ペルセポネーは、コレーの名で呼ばれるデーメーテールとの「母娘二柱女神」としては、古代ギリシア民族固有の女神であるが、「ペルセポネーという名」は先住民のものと考えられる。
出典
編集- ^ 高津『ギリシア・ローマ神話辞典』p.25。
- ^ これらの判断は、高津『ギリシア・ローマ神話辞典』の各神の項目の記述に従った。
参考文献
編集- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』岩波書店、1960年。ISBN 9784000800136。
- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳(改訂版)、岩波書店〈岩波文庫〉、1978年。ISBN 9784003211014。