ウイングアロー
この記事では「旧馬齢表記」と「新馬齢表記」が混在しています。 |
ウイングアロー(欧字名:Wing Arrow、1995年3月25日 - 2019年11月21日)は、日本の競走馬、種牡馬[1]。主な勝ち鞍に1998年のスーパーダートダービー、ユニコーンステークス、名古屋優駿、グランシャリオカップ、2000年のフェブラリーステークス、ジャパンカップダート、ブリーダーズゴールドカップ、2001年のブリーダーズゴールドカップ。1998年および2000年のJRA賞最優秀ダートホースに選出された。
ウイングアロー | ||||||||||||||||||||||||
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第1回ジャパンカップダートパドック (2000年11月25日) | ||||||||||||||||||||||||
欧字表記 | Wing Arrow[1] | |||||||||||||||||||||||
品種 | サラブレッド[1] | |||||||||||||||||||||||
性別 | 牡[1] | |||||||||||||||||||||||
毛色 | 鹿毛[1] | |||||||||||||||||||||||
生誕 | 1995年3月25日[1] | |||||||||||||||||||||||
死没 | 2019年11月21日(24歳没) | |||||||||||||||||||||||
登録日 | 1997年5月22日 | |||||||||||||||||||||||
抹消日 | 2002年2月22日 | |||||||||||||||||||||||
父 | アサティス[1] | |||||||||||||||||||||||
母 | サンヨウアロー[1] | |||||||||||||||||||||||
母の父 | ミスターシービー[1] | |||||||||||||||||||||||
生国 | 日本(北海道静内町)[1] | |||||||||||||||||||||||
生産者 | フジワラファーム[1] | |||||||||||||||||||||||
馬主 | 池田實[1] | |||||||||||||||||||||||
調教師 |
工藤嘉見(栗東) →南井克巳(栗東)[1] | |||||||||||||||||||||||
競走成績 | ||||||||||||||||||||||||
タイトル |
JRA賞最優秀ダートホース(1998・2000年) ダートグレード競走最優秀馬(2000年) | |||||||||||||||||||||||
生涯成績 |
30戦11勝 中央競馬:17戦5勝 地方競馬:13戦6勝[1] | |||||||||||||||||||||||
獲得賞金 |
7億5857万円[1] 中央競馬:4億4402万0000円[1] 地方競馬:3億1455万0000円[1] | |||||||||||||||||||||||
IC |
DM114 - DI116 - DL109 / 2000年[2] DM112 - DI112 - DL112 / 2001年[3] | |||||||||||||||||||||||
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ダートでは掲示板(5着以内)を外したのはわずか2走のみと抜群の安定感を見せた。
戦績
編集1998年1月10日、京都競馬場で行われた新馬戦(ダート1200m)でデビュー(騎手は菊沢隆仁)、16頭立ての3着に入った。初勝利は同年2月18日に名古屋競馬場で行われた中央交流競走・マンゴー賞(ダート1400m)で後続に7馬身差を付けての勝利だった(3戦目)[注 1]。その後4月11日の阪神競馬500万下の条件戦で2勝目を挙げた。3勝目は6月14日、東京競馬場で行われた菖蒲ステークス、その後統一重賞の名古屋優駿(名古屋、ダート1900m)で初めての重賞勝利となった。以後、統一GIIIのグランシャリオカップ(旭川、ダート1600m)を勝ち、秋に入り4歳ダート三冠レース(当時、年齢は旧表記)のユニコーンステークス(中山、ダート1800m)、スーパーダートダービー(大井、ダート2000m)と連勝し、ダートレースで5連勝、重賞4連勝を挙げた。史上初の4歳ダート三冠を目指し11月23日に盛岡競馬場で行なわれるダービーグランプリに出走を表明するも当日の降雪でレースは延期となった。仕切り直しに12月14日に水沢競馬場で行なわれたが、ナリタホマレの2着に終わり、三冠はならなかった。その後、スーパーダートダービーの廃止により、4歳ダート三冠はなくなったため、この路線での三冠馬は存在しない。
4歳時(1999年)は球節ならびに膝の不安で満足ゆく調整ができず5戦して未勝利、5歳(2000年)は1月23日の平安ステークス5着を経てフェブラリーステークス(2月20日)に出走、オリビエ・ペリエ騎乗で直線一気の末脚でゴールドティアラ、ファストフレンド以下を破り優勝した。ペリエ自身初の日本のGIレース制覇と共に2月一杯で調教師を定年退職する工藤嘉見調教師の引退の花道を飾った。3月には騎手時代工藤厩舎に所属していた南井克巳が工藤厩舎の後を継いだ。2000年11月25日に行なわれた第1回ジャパンカップダートで1着となり、初代王者に就いた。
競走成績
編集以下の内容は、JBISサーチ[4]およびnetkeiba.com[5]に基づく。
競走日 | 競馬場 | 競走名 | 格 | 距離 (馬場) |
頭 数 |
枠 番 |
馬 番 |
オッズ (人気) |
着順 | タイム (上り3F) |
着差 | 騎手 | 斤量 [kg] |
1着馬(2着馬) | 馬体重 [kg] |
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1998. 1.10 | 京都 | 4歳新馬 | ダ1200m(重) | 16 | 5 | 9 | 18.8 (5人) | 3着 | 1:12.6(35.9) | 0.1 | 菊沢隆仁 | 55 | ケイエスグットワン | 446 | |
1.24 | 京都 | 4歳新馬 | ダ1800m(良) | 12 | 6 | 7 | 2.4 (1人) | 2着 | 1:54.7(38.3) | 0.4 | 菊沢隆仁 | 55 | ダンシングチアズ | 448 | |
2.18 | 名古屋 | 名古屋CCマンゴー賞 | ダ1400m(良) | 12 | 6 | 7 | 1.5 (1人) | 1着 | 1:30.1 | -1.5 | 菊沢隆仁 | 54 | (マスコットドーター) | 450 | |
3. 7 | 中京 | 沈丁花賞 | 500万下 | ダ1700m(稍) | 16 | 5 | 9 | 5.0 (2人) | 5着 | 1:47.4(38.5) | 0.5 | 菊沢隆仁 | 55 | トーヨーメゾン | 450 |
4.11 | 阪神 | 4歳500万下 | ダ1800m(良) | 10 | 1 | 1 | 2.2 (1人) | 1着 | 1:53.0(37.2) | -0.6 | 南井克巳 | 55 | (シロキタルーブル) | 450 | |
5. 3 | 京都 | 端午S | OP | ダ1800m(稍) | 15 | 6 | 11 | 6.2 (4人) | 3着 | 1:51.2(36.8) | 0.7 | 南井克巳 | 55 | キングオブジェイ | 454 |
5.16 | 東京 | プリンシパルS | OP | 芝2200m(良) | 16 | 4 | 8 | 27.7(10人) | 13着 | 2:15.3(35.3) | 1.5 | 南井克巳 | 56 | タイキブライドル | 450 |
6.14 | 東京 | 菖蒲S | OP | ダ1600m(不) | 15 | 3 | 4 | 44.2 (9人) | 1着 | 1:36.0(36.1) | -0.3 | 南井克巳 | 55 | (ロバノパンヤ) | 448 |
7. 1 | 名古屋 | 名古屋優駿 | GIII | ダ1900m(良) | 12 | 8 | 12 | 3.8 (2人) | 1着 | 2:01.7 | -0.3 | 南井克巳 | 55 | (シャインポイント) | 444 |
7.22 | 旭川 | グランシャリオC | GIII | ダ1600m(良) | 14 | 4 | 5 | 1.5 (1人) | 1着 | 1:39.4 | -0.9 | 南井克巳 | 55 | (トウショウコナン) | 450 |
10. 3 | 中山 | ユニコーンS | GIII | ダ1800m(良) | 11 | 5 | 5 | 2.1 (1人) | 1着 | 1:52.0(36.6) | -0.4 | 南井克巳 | 56 | (ロバノパンヤ) | 448 |
10.30 | 大井 | スーパーダートダービー | GII | ダ2000m(良) | 11 | 6 | 7 | 1.3 (1人) | 1着 | 2:05.1(36.8) | -0.5 | 南井克巳 | 57 | (ナナヨーウォリアー) | 450 |
12.14 | 水沢 | ダービーグランプリ | GI | ダ2000m(不) | 10 | 5 | 5 | - (1人) | 2着 | 2:07.9 | 0.1 | 武豊 | 56 | ナリタホマレ | 448 |
1999. 4.17 | 阪神 | プロキオンS | GIII | ダ1400m(良) | 16 | 6 | 12 | 28.8(10人) | 3着 | 1:23.8(36.7) | 0.6 | 菊沢隆仁 | 57 | タヤスケーポイント | 458 |
10.11 | 盛岡 | マイルCS南部杯 | GI | ダ1600m(良) | 12 | 1 | 1 | - (3人) | 3着 | 1:39.1 | 0.7 | 菊沢隆仁 | 56 | ニホンピロジュピタ | 458 |
11.20 | 京都 | トパーズS | OP | ダ1800m(良) | 9 | 6 | 6 | 3.9 (3人) | 3着 | 1:51.9(36.4) | 0.3 | 菊沢隆仁 | 58.5 | ワールドクリーク | 470 |
12. 5 | 小倉 | 東海ウインターS | GII | ダ2400m(良) | 12 | 1 | 1 | 2.7 (1人) | 2着 | 2:33.8(37.5) | 0.2 | 菊沢隆仁 | 57 | マイターン | 466 |
12.15 | 浦和 | 浦和記念 | GII | ダ2000m(良) | 9 | 5 | 5 | - (2人) | 2着 | 2:05.2 | 0.1 | 菊沢隆仁 | 55 | インテリパワー | 460 |
2000. 1.23 | 京都 | 平安S | GIII | ダ1800m(不) | 16 | 3 | 5 | 7.3 (3人) | 5着 | 1:50.5(36.6) | 0.7 | 河内洋 | 58 | オースミジェット | 460 |
2.20 | 東京 | フェブラリーS | GI | ダ1600m(良) | 16 | 7 | 14 | 7.1 (4人) | 1着 | 1:35.6(35.9) | -0.1 | O.ペリエ | 57 | (ゴールドティアラ) | 456 |
6.22 | 大井 | 帝王賞 | GI | ダ2000m(良) | 16 | 8 | 16 | - (3人) | 5着 | 2:06.3(39.3) | 0.7 | 武豊 | 57 | ファストフレンド | 461 |
8.15 | 旭川 | ブリーダーズGC | GII | ダ2300m(稍) | 13 | 2 | 2 | 1.4 (1人) | 1着 | 2:32.5 | -0.4 | 岡部幸雄 | 58 | (ナリタホマレ) | 468 |
10. 9 | 盛岡 | マイルCS南部杯 | GI | ダ1600m(良) | 14 | 7 | 12 | - (4人) | 2着 | 1:39.0 | 0.7 | 岡部幸雄 | 56 | ゴールドティアラ | 461 |
11.25 | 東京 | ジャパンCダート | GI | ダ2100m(良) | 15 | 3 | 6 | 7.1 (4人) | 1着 | R2:07.2(37.6) | -0.6 | 岡部幸雄 | 57 | (サンフォードシチー) | 460 |
2001. 2.18 | 東京 | フェブラリーS | GI | ダ1600m(良) | 16 | 3 | 6 | 4.0 (2人) | 2着 | 1:35.8(35.4) | 0.2 | 岡部幸雄 | 57 | ノボトゥルー | 468 |
8.16 | 旭川 | ブリーダーズGC | GII | ダ2300m(良) | 10 | 6 | 6 | 1.9 (1人) | 1着 | 2:29.5 | -0.7 | 岡部幸雄 | 57 | (ハギノハイグレイド) | 470 |
10. 9 | 盛岡 | マイルCS南部杯 | GI | ダ1600m(良) | 9 | 6 | 6 | - (2人) | 5着 | 1:38.8 | 1.1 | 岡部幸雄 | 56 | アグネスデジタル | 463 |
11.24 | 東京 | ジャパンCダート | GI | ダ2100m(良) | 16 | 4 | 8 | 6.0 (3人) | 2着 | 2:07.0(35.8) | 1.1 | 横山典弘 | 57 | クロフネ | 466 |
12.29 | 大井 | 東京大賞典 | GI | ダ2000m(良) | 16 | 8 | 15 | - (1人) | 10着 | 2:07.0(39.3) | 1.8 | 横山典弘 | 56 | トーホウエンペラー | 463 |
2002. 2.17 | 東京 | フェブラリーS | GI | ダ1600m(良) | 16 | 4 | 7 | 10.0 (5人) | 9着 | 1:36.3(35.9) | 1.2 | 岡部幸雄 | 57 | アグネスデジタル | 470 |
引退後
編集静内町の静内スタリオンステーションで種牡馬生活を開始し、2002年から供用される。初年度の種付料は100万円。2004年に静内スタリオンステーションが閉鎖された後はアロースタッドに移動。産駒は2005年にデビューした。しかし、中央競馬で際立った活躍を出す産駒が現れず、2007年種付けシーズン後にシンジケートが解散し、青森県の(有)フォレブルーに移動。2014年10月1日付で用途変更され、種牡馬を引退する。種牡馬引退後は功労馬繋養展示事業の助成を受け、功労馬として余生を送る[6]。
2019年11月21日未明、老衰でこの世を去った。24歳没[7]。
主な産駒
編集血統表
編集ウイングアローの血統 | (血統表の出典)[§ 1] | |||
父系 | ノーザンダンサー系 |
[§ 2] | ||
父 *アサティス Assatis 1985 鹿毛 |
父の父 Topsider1974 鹿毛 |
Northern Dancer | Nearctic | |
Natalma | ||||
Drumtop | Round Table | |||
Zonah | ||||
父の母 Secret Asset1977 鹿毛 |
Graustark | Rbot | ||
Flower Bowl | ||||
Numbered Account | Buckpasser | |||
Intriguing | ||||
母 サンヨウアロー 1988 鹿毛 |
ミスターシービー 1980 黒鹿毛 |
トウショウボーイ | *テスコボーイ | |
*ソシアルバターフライ | ||||
シービークイン | *トピオ | |||
メイドウ | ||||
母の母 タニイチパワー1981 黒鹿毛 |
*ネヴァービート Never Beat |
Never Say Die | ||
Bride Elect | ||||
ロングパワー | *ヒンドスタン | |||
*マーシュメドウ | ||||
母系(F-No.) | 11号族(FN:11-f) | [§ 3] | ||
5代内の近親交配 | Nasrullah5×5=6.25% | [§ 4] | ||
出典 |
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父アサティスは本馬以外にもダート重賞5勝を挙げたスマートボーイ、帝王賞、かしわ記念の優勝馬ボンネビルレコードなどダートの名馬を数々輩出している。母系は4代母マーシュメドウから連なる名牝系で、同系統の活躍馬に朝日杯3歳ステークス優勝馬ミノル、叔父に長距離重賞3勝を挙げたユーセイトップラン、甥にユニコーンステークスの優勝馬ロングプライド。シリウスステークス等重賞2勝を挙げたメイショウスミトモがいる。また、マーシュメドウの孫にはアラブの活躍馬ヤングメドウ(全日本アラブ優駿、六甲盃)がいる。
脚注
編集注釈
編集- ^ この時、実況(河村憲広)では終始“ウイニングアロー”と呼ばれていた。
出典
編集- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q “ウイングアロー”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年11月1日閲覧。
- ^ 『優駿』、日本中央競馬会、2001年2月、35頁。
- ^ 『優駿』、日本中央競馬会、2002年2月、74頁。
- ^ “ウイングアロー 競走成績”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2021年1月11日閲覧。
- ^ “ウイングアローの競走成績”. netkeiba. Net Dreamers Co., Ltd.. 2021年1月11日閲覧。
- ^ 2014年の供用停止種雄馬一覧
- ^ ウイングアロー死す、24歳
- ^ “サイレントエクセル”. JBISサーチ. 2017年11月21日閲覧。
- ^ “マルチシークレット”. JBISサーチ. 2017年11月21日閲覧。
- ^ “ロングウェーブ”. JBISサーチ. 2017年11月21日閲覧。
- ^ “ラッキーサンライズ”. JBISサーチ. 2017年11月21日閲覧。
- ^ “ウマノジョー”. JBISサーチ. 2017年11月21日閲覧。
外部リンク
編集- 競走馬成績と情報 netkeiba、スポーツナビ、KEIBA.GO.JP、JBISサーチ、Racing Post
- ウイングアロー - 競走馬のふるさと案内所
- ウイングアロー - 引退名馬(名馬.jp)