アドリアン・ディアコヌ
アドリアン・ディアコヌ(Adrian Diaconu、1978年6月9日 - )は、ルーマニア出身、カナダ在住のプロボクサー。元WBC世界ライトヘビー級王者。
基本情報 | |
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本名 | アドリアン・ディアコヌ |
通称 | The Shark(サメ) |
階級 | ライトヘビー級 |
身長 | 175cm |
リーチ | 165cm |
国籍 | ルーマニア |
誕生日 | 1978年6月9日(46歳) |
出身地 | プロイェシュティ |
スタイル | オーソドックス |
プロボクシング戦績 | |
総試合数 | 30 |
勝ち | 27 |
KO勝ち | 15 |
敗け | 3 |
獲得メダル | ||
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ルーマニア | ||
男子 ボクシング | ||
世界ボクシング選手権 | ||
銅 | 1997 ブダペスト | ライトミドル級 |
銀 | 1999 ヒューストン | ミドル級 |
ヨーロッパボクシング選手権 | ||
銅 | 1998 ミンスク | ライトミドル級 |
来歴
編集2000年、ルーマニア代表としてシドニーオリンピックのボクシングミドル級に出場し、ベスト8。アマチュア戦績は245戦218勝27敗[1]。
2001年3月2日、カナダでプロデビュー。
2005年6月3日、カナダライトヘビー級王座決定戦でコナル・マクフィーと対戦し、5回TKO勝ちで王座を獲得した。9月16日にはリターンマッチで初防衛に成功した。
2005年12月2日、WBCインターナショナルライトヘビー級王座決定戦でダーリン・ハンフェリー(アメリカ)と対戦し、11回TKO勝ちで王座を獲得した。
2006年3月24日、NABA北米ライトヘビー級王座決定戦でマックス・ヘイマン(アメリカ)と対戦し、4回KO勝ちで王座を獲得した。
2007年5月9日、リコ・ホイエ(アメリカ)と対戦し、3回TKO勝ちで2度目の防衛に成功するとともに、WBC世界ライトヘビー級王座挑戦権を獲得した。同年9月29日に王者チャド・ドーソンに挑戦予定だったが、負傷により試合を辞退した[2]。
2008年4月19日、ブカレストで行われたWBC世界ライトヘビー級暫定王座決定戦でクリス・ヘンリー(アメリカ)と対戦し、3-0の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[3]。
2008年7月、正規王者チャド・ドーソンと王座統一戦で対戦予定だったが、ドーソンがアントニオ・ターバーとの対戦を優先し王座を返上したため、正規王座に認定された[4]。以後、防衛戦中止が続き、2009年4月4日にはノンタイトルマッチで3-0の判定勝ちを収めた。
2009年6月19日、ベル・センターで5位ジャン・パスカル(カナダ)と対戦。5回にダウンを奪われた後は反撃を続け、11回には攻勢を強めたが、0-3の判定負けで初黒星を喫するとともに王座から陥落した[5]。12月11日、パスカルと再戦するも、0-3の判定負けで王座返り咲きならず。
2011年5月21日、ケベック州モントリオールのベル・センターでチャド・ドーソンとライトヘビー級12回戦を行い、0-3の判定負けで元世界王者対決はドーソンに軍配があがった。
獲得タイトル
編集脚注
編集- ^ Excite Match 2009年8月 第1週 Archived 2009年9月7日, at the Wayback Machine. エキサイトマッチ|WOWOWオンライン
- ^ ドウソン、代役に楽勝V2 Archived 2007年12月3日, at the Wayback Machine. ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年9月30日
- ^ エイドリアン・ディアコヌ WBC暫定ライトヘビー級初防衛 「AFPBB News」 2008年4月20日
- ^ ドウソンが王座放棄 ディアコヌー正王者へ昇格 Archived 2008年8月2日, at the Wayback Machine. ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年7月15日
- ^ ディアコヌー王座守れず。パスカルが判定で戴冠 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月20日
関連項目
編集外部リンク
編集暫定王座決定戦 対戦者 クリス・ヘンリー |
WBC世界ライトヘビー級暫定王者 2008年4月19日 - 2008年7月11日 |
次暫定王者 正規認定により消滅 |
空位 前タイトル保持者 チャド・ドーソン |
WBC世界ライトヘビー級王者 2008年7月11日 - 2009年6月19日 |
次王者 ジャン・パスカル |