Wikipedia:井戸端

Wikipedia:VPから転送)
最新のコメント:8 時間前 | トピック:KAI-YOUは出典として使用できないサイトか | 投稿者:Tekeonin

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キャッシュを破棄



姉妹プロジェクトを含めたアカウントのブロックにつきまして

編集

Wikipedia:投稿ブロック依頼/Ninijyoで無期限ブロックになったNinijyoさんなのですが、投稿ブロック依頼のノートにKokage siさんからこのようなリンクが提示されておりまして(d:Special:Contributions/Ninijyo)、 現在Wikidataで問題を起こしている事が確認できました。編集内容としては、独自研究や差別的な内容、同義語ではなく類語・関連語(おそらくgoo辞典で類語・関連語に表示されている言葉)を追加しており、注意しましたが編集は止まりません。私の方で直せるものは直しましたが、新規編集者では編集できない項目もあるため、問題が放置されているものもあります。

グローバルアカウント情報を確認したところ、以前にcommonsの方でも問題を起こしていたので[1]、姉妹プロジェクトを含め投稿ブロックした方がいいと思うのですが、この場合どうしたらいいのでしょうか?Wikidataでのブロックはもちろん必要なのですが、ブロックされれば別の姉妹プロジェクトで問題を起こす可能性が大きいと懸念しています。--呉野会話2024年11月25日 (月) 13:54 (UTC)返信

  返信 (@呉野さん宛) Wikidata:AnがWikidataの管理者伝言板になっているので、そこで利用者の行動について報告できます。ですが……当該の利用者の行動については破壊を行っているような明確は荒らしとは違う、虚偽情報の記載の方の荒らしなのでどこがどう問題なのかを事細かく報告する必要があるかと思います。 USSR-Slav (talk) 2024年11月25日 (月) 14:14 (UTC)返信
ウィキ間で荒らしを行なっている場合はGlobal Lockを依頼できますが、明らかな荒らしでないなら、Global Banが必要かもしれません。--FlatLanguage会話 / 投稿2024年11月25日 (月) 15:05 (UTC)返信
  返信 (USSR-Slavさん宛)  返信 (FlatLanguageさん宛) 、教えていただき大変ありがとうございます。Ninijyoさんの奇妙な編集のどこがどう駄目か、英語で説明するのは難しそうですが、なんとかやってみます。--呉野会話2024年11月26日 (火) 10:03 (UTC)返信
私の理解では、荒らし行為ではないのなら、グローバルロックもグローバルバンも申請できません。グローバルバンはグローバルロックよりさらに重度の懲罰ですから、明らかな荒らしでないなら、明らかに適用できません。--185.242.6.126 2024年11月27日 (水) 21:59 (UTC) Open Proxy使用者による暴言を除去。--ホーリーブライト会話2024年11月28日 (木) 04:25 (UTC)返信
一般論として方針の存在を挙げただけなので、NinijyoさんがGlobal Banに当たるかは知りませんが、mw:Global bansには “A global ban is not a form of punishment” とあり、“No global ban is required for uncontroversial cases of cross-wiki vandalism or spam” ともあり、185.242.6.126さんの主張は誤りだと思います。--FlatLanguage会話 / 投稿2024年11月28日 (木) 00:08 (UTC)返信

  報告 遅くなりましたが、Wikidataの管理者伝言板に報告しました。日本語版ウィキペディアで無期限ブロックされたことは反省していないし、相変わらず奇妙な日本語で、感情論に終始しており(User_talk:Ninijyo)、編集を止める気はなさそうですが、英語話者が編集の問題を認識できるかは微妙に思われるので、ブロックされるかは五分五分な気がします。もっときちんと説明できればよかったのですが、問題点が微妙すぎてうまく英語で説明できず・・・。できることはしたので、いったん様子見といたします。--呉野会話2024年12月10日 (火) 11:20 (UTC)返信

Ninijyoさんはウィキデータでも無期限ブロックとなりました。呉野さん、ご対応ありがとうございました。日本語版ウィキペディアでブロック解除された場合には、ご連絡くださいとのことです。--Kokage si会話2024年12月15日 (日) 01:52 (UTC)返信
お知らせいただきありがとうございます。なんといいますか、全然変わっていらっしゃらなかったですね。これ以上この方の対応がないことを願いますが、グローバルブロックにはなっていないので、不安ではあります。--呉野会話2024年12月15日 (日) 03:09 (UTC)返信

ジバニャンでのIPユーザーによる編集について

編集

ジバニャン (2024-12-03T05:11Zの版)にてIP利用者 IP:240D:1E:1EA:2900:BDCA:1FA3:BB41:2614会話 / 投稿記録 / 記録 / Whoisが大幅な追記をしていますが、内容が全て妖怪ウォッチの登場キャラクター (2024-12-03T05:11Zの版)からのカット・アンド・ペーストのようです。編集の要約欄にも何も書かれていない状況ですが、あいにくWikiに参加したばかりの者で、対処法がわかりません。どなたか対応していただけないでしょうか。--0141ココア会話2024年12月3日 (火) 05:32 (UTC)返信

  撤回 他の方が対応してくれたようです。失礼しました。--0141ココア会話2024年12月3日 (火) 05:37 (UTC)返信

「大衆向けの情報ではない」という理由での記述除去について

編集

特別:投稿記録/219.100.98.120を参照いただきたいのですが、「大衆向けの情報ではない」という理由で記述の除去が行われています。実際の編集は特別:差分/102838724のようなもので、生物の和名のうちあまり一般的でないものを除去するようなものです。このような理由での編集除去は妥当な編集でしょうか。存在が定かでないならともかく出典があること、「半辺蛤」という言葉を見たときにそれを調べるすべがなくなるのは問題であること、「大衆向け」という基準が不明確であること、などから、理由も除去行為も適当ではないように思うのですが。 --Strangetail会話2024年12月7日 (土) 05:48 (UTC)返信

  •   コメント メジャーでない呼び名を冒頭の定義文に羅列すると冗長になる(=重要度の低い情報が記事の最も目立つセクションに羅列されるのは望ましくない)という考え方もあるので、名称節を設けて一般的でない呼び名はそちらに移すとか、注釈に押し込むとかで対応するのがスマートそうかなと個人的には思います。--Keeezawa会話2024年12月7日 (土) 06:34 (UTC)返信
    おっしゃることは一般論としては理解できますし異論もないのですが、実際に行われたのは単純な除去であって、提示した事例に対してどのような見解を示されようとされているのか理解できずにいます。冗長なので削除はやむなし、と言われたいのか、除去せずに記載方法を検討すべきだった、なのか。--Strangetail会話2024年12月8日 (日) 13:27 (UTC)返信
    なるべく争いが起こらなそうな善後策を選択肢として提示しただけです。--Keeezawa会話2024年12月8日 (日) 13:40 (UTC)返信
  •   コメント 「全部羅列すると冗長だからスタイルは考えるべし」というのはもっともだと思いますが、かといってこのような理由で除去するのが正当とは思えません。「大衆向けでない」とする基準も不明確ですし、よしんば大衆向けでない情報だったとしてそれを百科事典に載せないとする根拠も不明です。--横たわる猫会話2024年12月7日 (土) 06:56 (UTC)返信
  •   コメント 出典がある漢字表記や別名、原語表記などを除去しているので、明らかに不適切な編集ではないかと思います。コプラではマラヤラム語の原語表記を削除しており、これはWikipedia:スタイルマニュアル/導入部#導入文に明らかに反しているので差し戻しを行いました。シビレエイ目の漢字表記「麻魚」が除去されていますが、コトバンクにものっているくらいで20世紀前半くらいまでは用例もあるようなので、調べ物の利便性を下げる編集だと考えます。全て差し戻すべきではないかと思います。--さえぼー会話2024年12月7日 (土) 10:28 (UTC)返信
  • ご意見ありがとうございます。少なくとも当該編集に対して除去が妥当という見解はなかったと考えます。当該記事に関しては元の表記でも冗長とまでは言えないと考えることから、単純に差し戻しまたは元通りにします。--Strangetail会話2024年12月18日 (水) 04:46 (UTC)返信

曖昧さ回避の括弧書きが途中に含まれるページ名

編集

Wikipedia:曖昧さ回避Wikipedia:記事名の付け方を見たのですが、不明であったため質問します。どこかに既に記載がある内容でしたら申し訳ありません。Category:日本保守党 (2023-)の国会議員のような、曖昧さ回避の括弧書きが途中に含まれるページ名はOKなのでしょうか。--Take12312355会話2024年12月7日 (土) 13:42 (UTC)返信

カテゴリはWikipedia:カテゴリの方針#地名の曖昧さ回避にあるよう、場合によっては認められているものもあります。--柏尾菓子会話2024年12月7日 (土) 13:48 (UTC)返信
Wikipedia:カテゴリの方針#地名の曖昧さ回避にある例外は、括弧が曖昧さ回避括弧ではない場合なので、曖昧さ括弧の後ろに細分化の語を入れるのは(Wikipedia:記事名の付け方#ある記事の子記事を作る場合により)良くないでしょう。しかし、実際には黙認されている場合が多いと思います(これなどのように意図的に採用されることもあります)。--FlatLanguage会話 / 投稿) 2024年12月7日 (土) 14:02 (UTC)--(修正)FlatLanguage会話 / 投稿2024年12月7日 (土) 14:15 (UTC)返信
見たことあるような気がしていたのは、黙認だったのですね。情報どうもありがとうございます。--柏尾菓子会話2024年12月7日 (土) 14:06 (UTC)返信
記事のほうは「日本保守党 (2023-)」なのでそれと整合性のとれたカテゴリ名であり、言葉をいじって無理にカッコを外そうとするとむしろわかりにくくなる例だとは思いますね。--Yukida-R会話2024年12月7日 (土) 14:19 (UTC)返信
みなさま、ご回答ありがとうございます。参考になりました。
例に挙げたカテゴリ(Category:日本保守党 (2023-)の国会議員)は、他のカテゴリ(Category:日本保守党の人物 (2023-)Category:日本維新の会の国会議員 (2016-)など)とページ名の付け方が整合していないのですが、「Category:日本保守党の国会議員 (2023-)」だと「2023年生まれで日本保守党所属の国会議員」の意味に見え(もちろん2024年現在はそんな人いないのですが)、Yukida-Rさんのおっしゃるようにむしろわかりにくく、どうするのがよいかなと思っていました。難しいですね。--Take12312355会話2024年12月8日 (日) 02:56 (UTC)返信

ナビゲーションテンプレート(Template:Navbox)のダークモードにおける色について

編集

ナビゲーションテンプレート(Template:Navbox)をダークモードで表示すると「表・話・編・歴」のところだけ色で表示され、その他の部分は黒く表示されます。ダークモードにすると、他種Templateでも色が表示されないといったことが起こっているみたいです。修正方法はあったりするのでしょうか。具体的にはTemplate:トムス・エンタテインメントなどです。 なお私は「ChromeOS バージョン: 130.0.6723.126(Official Build) (64 ビット)」でGoogle Chromeを使用し閲覧しています。 --JunMaru会話) 2024年12月8日 (日) 03:36 (UTC)--JunMaru会話) 2024年12月8日 (日) 03:37 (UTC)(修正)--JunMaru会話2024年12月8日 (日) 03:38 (UTC)(修正)返信

ある管理者の解任の動議の代行をお願いします

編集

あるユーザーが巻き戻しやブロックを濫用しています。

自由に編集できるという理念を侵害する行為だと思われます。

私は動議できる条件を満たしていないのでお願いしたいです。--預言者(プロフィット)会話2024年12月9日 (月) 09:47 (UTC)返信

  返信 あるユーザー、というだけではわかりません。
そのユーザーを通知する必要があるのではないでしょうか。--あもあす会話2024年12月9日 (月) 13:30 (UTC)返信
  •   コメント 「あるユーザー」というのはおそらくMuyoさんのことかと思います(巻き戻し:履歴、ブロック:Logid/7128747)が、井戸端で話題提起するよりはコメント依頼のほうが適切な議論場所かと思います。(実際に解任されるような管理者の場合、解任動議の前にコメント依頼が基本的に出されます)--郊外生活会話2024年12月9日 (月) 13:52 (UTC)返信
    •   追記 コメント依頼で解任動議の代行を呼びかけるというよりも、解任するべきと考える管理者が具体的にどのような問題行動を継続して実施しているかを示したうえで、動議提出権者を含めた解任の賛同者を増やす場としてコメント依頼を使うと考えたほうが良さそう、ということです。--郊外生活会話2024年12月9日 (月) 14:02 (UTC)返信

KAI-YOUは出典として使用できないサイトか

編集

KAI-YOU信頼できる情報源に該当せず、出典として使用できないのでしょうか。

以前Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/壱百満天原サロメ 20220922を拝見し、一般の方も投稿できるらしいという認識ではありました(この時点で違っていたらご指摘ください)。しかし例えばこの方[2]のような、カイユウに入社しているライターが書いたような記事でも、一般人も投稿可能なサイトだから記事中で出典として使用できないのでしょうか。--柏尾菓子会話2024年12月9日 (月) 11:57 (UTC)返信

  コメント ご指摘通り、KAI-YOUは一般の人の記事を受け付けるユーザー記事制度があります。この制度は一般の読者が会員になることで、記事を投稿でき、それをKAI-YOU編集部が編集し、掲示するものとなっています
ただ、すべてのユーザー投稿記事は明示的に「ユーザー投稿記事」であることを記事上部のカテゴリで示されており、プロのライターや編集者(サイト内の一例)が書いたものであるかを判別できるようになっています。
そのため、私個人としては出典は有効なものであると判断し、これまでもユーザー記事でないものについては、Sai no Kawaraルンルン (バーチャルYouTuber)などで用いてきました。
また、ユーザー記事については、議論の余地があると思います。個人的には避けたいですが、使用できないわけではない……ような気がします。Wikipedia:検証可能性#「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」の「この事実関係を確認するという過程は、ウィキペディアでは提供できません。それゆえに、独自研究は載せないという方針と検証可能なことのみ載せるという方針が大変重要となるのです。」と検証を経ているかが重要視されていることについても、注目すべきだと思います。また、機能の紹介で「掲載されにくい記事」と掲載されない場合についても言及されていることから信頼できる情報源の「編集者の監視や、事実検証のプロセスを経ている。」に少なくとも合致します。--組曲師talk/ 履歴 2024年12月12日 (木) 15:18 (UTC)返信
  コメント「掲載されにくい記事」の記載を見る限り掲載価値以外の観点は「法や公序良俗に反しない」というところのみで内容の信憑性については触れられておらず、これをもって「事実検証のプロセスを経ている」とは言いがたいように見受けられます。--Strangetail会話2024年12月14日 (土) 08:18 (UTC)返信
  コメント 当該メディアおよび「ユーザー投稿記事」に対する認識については、先にコメントされていらっしゃる組曲師さんと同様の認識であり、一律出典として利用できないメディアではないと考えております。:ユーザー投稿記事を情報源として利用可能かどうかについては、私としては極力使用を控えておりましたが組曲師さんがおっしゃるように利用可能であるという説明も妥当と考えており、無論記述内容などにもよりますが、利用不可として除去する必要はないもののより信頼性の高い情報源がある場合はそちらに置き換えた方がよい、というところかと思っておりました。
「一般の方が執筆した記事が掲載されるメディアである」という点については、たとえば現役の学生が執筆した記事が掲載される高校生新聞[3]などのような例もあります。
議論提起者の方が示された良質な記事の選考時より、当該メディアにおいてユーザー投稿記事が容易に峻別可能であるということも含めて承知しておりましたが、選考終了後であったこともあり、可変IP利用者の反論に返答をせず、中途半端な説明のみであったことで混乱を生じさせてしまっておりましたら、申し訳ございませんでした。--Purple light会話2024年12月14日 (土) 06:21 (UTC)返信
  コメント 一応件の選考のIPの意見に疑義を申しますと、話題になっていた草野虹(くさのこう)さんはウェブメディアではRealSoundインサイド集英社オンライン他。雑誌ではWWD JAPAN。書籍では『VTuber学』と専門性があると一定程度認められるような実績があります。選考時点でも軽く調べればそれがわかるような状況だったことは補足しておきます。--組曲師talk/ 履歴 2024年12月14日 (土) 07:14 (UTC)返信
  コメント KAI-YOUが一律に出典として利用できないメディアであるとは考えませんが、「ユーザー記事」を信頼できる情報源に含めることには否定的です。なぜならば、「編集者の監視や、事実検証のプロセスを経ている。」の実質面が非常に危ういと考えるからです。つまり、①監視主体であるKAI-YOU編集部の構成員が専門知識を有すると考えてよいのか、②KAI-YOU編集部の「検証」の目的から考えてどの程度の検証を行っているのか、という問題です。②についてですが、例えば新聞の「投書欄」を信頼できる情報源だとはみなしませんよね。新聞社は確かに名誉毀損にあたらないか、明らかに事実と反していないか、という程度の「検証」はしているかもしれませんが、Wikipediaで「信頼できる情報源」にあたると言えるだけの検証としての実態は備えていないと考えられます。KAI-YOUのユーザー記事が新聞の投書欄程度の信頼性しかないかはともかく、信頼できる情報源とするには検証の実質面が不充分であるように思われます。なお、KAI-YOU編集部の「検証」は「プロのライターが書いた文章で間違いない」ことを証明するには充分であると考えますので、記事の作成者が専門知識を有する人物であるならば、信頼できる情報源として扱えると考えます。--こやまひろ会話2024年12月14日 (土) 08:25 (UTC)返信
 出典といっても、いわゆる「ファクト」の提供だけが目的ではなく、言葉通りの「信頼できる情報源」でなくとも「出典として使用する」こと自体はできます。
 つまり「意見の情報源」として「出版された読者の寄稿」が、それだけで「出典として使えない」ということにはならないでしょう。
 以下に具体例を挙げます。
  1. パブリック・コメント
    広く意見を紹介する形や、世論などの背景情報を示すものとして、キュレーションの意味を理解して扱う。
  2. 新聞などの読者投稿
  3. 学識経験のない地元住民による郷土誌
    あくまで「地元住民の認識」という扱いであれば扱える。
  4. 2ちゃんねるにおける投稿
    記名的な投稿でなくとも、そういう投稿が散見されたということが分かるアーカイブなどがあれば、直ちに出典に使えないわけではない。
 項目や記述の内容によっては、意見を拾う必要も出てくるでしょう。そのとき「読者や無名の一般人の寄稿である」を理由に、次から次に出典に使えないとすると、どうしようもありません。
 大事なのは、その記述の出典として適切かを、都度考えることです。考えるまでもなく出典として扱えない情報源は、そんなに多くありません。ウィキペディアの編集者を信用しましょう。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月15日 (日) 23:51 (UTC)返信
  コメント その見解は、「自費出版物、個人のウェブサイトやブログは、ほとんどの場合は適切な情報源としては認められません。ブログや電子掲示板の発言を一意見として紹介するのも同様です。」という方針に反しているためとることができないと思います。Wikipediaの最も基本的なガイドラインである「信頼できる情報源」に対し、「言葉通りの「信頼できる情報源」でなくとも」という形で文言の解釈を拡張して骨抜きにするのは不適切ではないでしょうか。--こやまひろ会話2024年12月16日 (月) 07:53 (UTC)返信
そもそも「新聞の読者投稿欄にこういう投稿があった」というのを参照することが直ちに方針に反しましたっけ?
実際に編集したことこそありませんが、分野によっては見かけないこともないような。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月21日 (土) 02:07 (UTC)返信
私の場合は信頼できる情報源の内容から「新聞の読者投稿欄にこういう投稿があった」は利用してはいけないと判断しています。例えば『偽の権威に注意』では「専門知識を有することが検証可能な人物によるものを情報源としてください。」という言葉が含まれています。--ぷにを会話2024年12月23日 (月) 02:09 (UTC)返信

  コメント 根本的な解決にはなりませんが出典の記述者が「プロのライターや編集者」であるのであれば「〇〇は(KAI-YOUで)△△△と語っている。」のような記述をすることでどこの記事ではなく誰の記事ということを主眼に置けば記載できるのではないかと考えます。ただし、そうと判断できる「プロのライターや編集者」が簡単に線引きできるかどうかという問題はあるでしょうし、それを記事を見る一般の方にどこまでわかるように書くのかという問題もあるかもしれません。(KAI-YOUで言えば単なるユーザーとプロを何をもって区別できるのかという点。)--ぷにを会話2024年12月16日 (月) 00:36 (UTC)返信

(個人的に「サブカルチャー」の記事にそんなに熱を入れてウィキメディアンをやっていないので)これ以上の深入りは自重いたします。結論が出たら、分野外にもわかりやすくまとめていただけると幸いです。そんで是非、当該ポータルやプロジェクトに掲示してください。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 02:14 (UTC)返信

  コメント だいぶ意見が出尽くして、まとめみたいな感じになりますが。KAI-YOUに限らず、タイアップ記事・プレスリリースは本質的に一次資料で論外として、信頼できる情報源としては、出所が確かな人の出版されている意見・大御所や団体のツイッターやブログでも関係してさえいれば、信頼できる情報源の程度はともかく(たとえ裏で金を積まれてプロが宣伝ぽい「独立してない二次資料」を書いてても)出典としては一応は使える(ただし、一般人の書いたブログ、自費出版物、自己公表物はダメ)。また、Wikipedia:独立記事作成の目安(特筆性)として使われる出典としては誰でも書けるKAI-YOUを独立した情報源としてカウントするのは問題に思えますし、他に大手からの出典がなかったのか?複数の情報源を持ってこれなかったのか?と突っ込みを入れられるのは仕方ないように思う。誰が書いているにせよ、ファンサイトやプロモーションぽい書き方している記事は出典として使うのは、宣伝ぽくなるからWikipedia的にどうなのという話もある(ウィキペディアは広告宣伝の手段ではありません)。--Tekeonin会話2025年1月1日 (水) 01:59 (UTC)返信

削除依頼について 20241212

編集

Wikipediaに初めて削除依頼を行いましたが、なぜか表示されていませんでした。これって何かのバグですか?--名上 広東河会話2024年12月12日 (木) 11:30 (UTC)返信

記事自体の表示は行われていたため、本日の削除依頼のページ(Wikipedia:削除依頼/ログ/2024年12月12日)に表示されない、ということだと受け取ります。Wikipedia:削除依頼#STEP.3 「Wikipedia:削除依頼」に掲載をお読みください。今回は差分で追加しておきました。それ以前に利用者‐会話:名上_広東河#手を止めてくださいませんかで2度「まだ削除依頼に参加されるのは時期尚早です。」と申しましたが、この段階を脱していないように思います。繰り返します。「手を止めてくださいませんか」。--柏尾菓子会話2024年12月12日 (木) 12:03 (UTC)返信
わかりました。ただしこの記事に関してはどう見ても問題があったのです削除依頼を行いました。--名上 広東河会話2024年12月12日 (木) 12:36 (UTC)返信
単に「問題があった」という理由で記事を削除することはできません。何度も注意を受けているのですから、Wikipedia:削除の方針を熟読するなどやるべきことはあるわけです。以後も同様の行動が続くようであれば、投稿ブロックにて一度強制的に手を止めさせることも考えなくてはなります。これがブロック前最後の忠告だと思ってください。--Mt.AsahidakeTalk2024年12月12日 (木) 12:47 (UTC)返信
確かに今までの自分の投票には問題がある事は認めますが、今日提出した依頼はどの部分が削除の方針に違反しているのでしょうか。一応基準は満たしていると思いますが、もし問題点があればご教示をお願いします。--名上 広東河会話2024年12月12日 (木) 13:03 (UTC)返信
(横から失礼)削除依頼を提出する場合にはWikipedia:削除の方針のどのケースに該当するのか提示する必要があります。少なくとも今回のあなたの削除依頼はそのような提示がありませんでした。他の方が提出されている削除依頼をよくお読みになって勉強してください。--むじんくん会話2024年12月12日 (木) 17:09 (UTC)返信

引用文には大言壮語があれば、大言壮語のタグを貼り付けないほうが良い?

編集

現在の「交響曲第3番 (ブルックナー)という記事には、次にような言葉が書いております:

この作品は「難解」と評されており、ブルックナーの芸術的ブレイクスルーと見なす者もいる。ルドルフ・クロイバーによれば、第3交響曲は「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」。この作品はブルックナーの交響曲の中で最も改訂が多いことで知られ、少なくとも6つの版が存在し、そのうち3つが現在でも広く演奏されている。
  1. 私はこれを「大言壮語」として削除しようとしましたが、Gruppettoさんは「引用#日本法における著作物の引用」を理由に、「大言壮語的な表現があってもそのまま表現すべきだ」と主張し、元の大言壮語のあるバージョンに戻しました。
  2. その後、私は「引用の原文の大言壮語をそのまま残したいなら、せめて大言壮語のタグを貼り付けたほうがよい」と考え、そうしました。しかし、Gruppettoさんは「引用文はWikipedia:大言壮語をしないに該当しない」として、この貼り付けを取り消しました。
  3. 私が「Wikipedia:大言壮語をしない」を調べたところ、「引用文が大言壮語である場合、大言壮語のタグを貼り付けないことができる」といった言葉や方針は一切見つかりませんでした。

このままでは、Gruppettoさんとの編集合戦になる可能性があります。そのため、もしGruppettoさんが再び私の編集を差し戻した場合、私は何も行動せず、一旦立ち止まって様子を見ます。そのうえで、此処で最善の解決方法を教えていただきたいと思います。--赤葡萄酒会話2024年12月18日 (水) 03:55 (UTC)返信

はい。引用文に大言壮語があるときは、大言壮語のタグを貼り付けないほうがいいです。
  理由: なぜならばすでに指摘のある通り、その方針は「私たち編集者は、記事に自分で文章をまとめて書くときに、大言壮語をしてはいけない」というものです。つまり「私たち編集者の言葉ではない引用文を、翻訳したり中略したりして記事に書くときとは関係のない方針」だからです。
ちなみに(私は、外国の日本人が話す日本語について詳しくない、ですが)、日本の日本語では「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際に過剰な形容動詞や形容詞、副詞を使わないようにしてください。」という文章を読むと、そういうふうに理解します。
そして「引用文の表現が、大言壮語だから書き直した」ならば、その引用文は「言っていないことを言ったとする引用文」になるので、問題です。
 なぜならば、ルドルフ・クロイバーは「ブルックナーの有名な作品の中で最初に作られ、彼の独自の技法が融合した作品」とは言っていないからです。
 私はドイツ語の「So eröffnet die Dritte die Reihe der Brucknerschen Meisterschöpfungen, bei denen sich Erfindungskraft mit monumentalem symphonischem Gestaltungsvermögen paaren.」を辞書を引いて読んでみました。
 @赤葡萄酒 さんが「有名な作品」という表現に変えた「Meisterschöpfungen(マイスターシュプフンゲン)」という単語は「マイスター+作られたもの(作品)」という意味の複数形です。
 ドイツ語の「Meister(マイスター)」という表現を翻訳して「有名な」とするのは、おそらく間違いです。やっぱり、ルドルフ・クライバーは「MeisterCreation(s)、マイスター作品(群)」、つまり「傑作(群)」といっています。
 「引用文に大言壮語がある」という理由で、大言壮語タグを貼り付けることは、玉音放送が引用してある記事にも、大言壮語タグを貼り付けなければならないということです。おかしいですね。
 玉音放送は「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」と始まりますね。
 日本語の表現として「同じリズムの文章を繰り返す」という書き方は、とても礼儀正しい表現です。さらに「することが難しいことをする(〇〇難きを〇〇)」という書き方も、とても礼儀正しい表現です。
 礼儀正しい表現ですが、ウィキペディアを編集する私たちは、私たちの書く文章として記事の中で、そういった表現を使ってはいけません。なぜならば、そういった表現は「大言壮語」だからです。
 ですが、引用文の中の大言壮語は関係ありません。ですからもちろん、大言壮語がある玉音放送を引用しても、大言壮語タグを貼り付ける必要はありません。
方針の書き方が、かしこまった文章なので、すこし読みにくかったかもしれませんが、日本語版ウィキペディアを編集するならば読めたほうがいい程度です。ですから、この件は@Gruppettoさんの言っている方針の理解が、正しいでしょう。@赤葡萄酒さんが、編集の手を止めてくれてとても助かりました。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 06:05 (UTC)返信
シェン,アーナリー,ン,アーバァさん、これほどご中立的なご回答を頂き、心より感謝申し上げます。本当に誠にありがとう御座います。
玉音放送に関してですが、「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の中の「耐え」と「忍び」について、前者は「動詞の連用形」として使われており、後者は「普通の動詞」として使用されているものです。「Wikipedia:大言壮語をしない」には、「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際に過剰な形容動詞や形容詞、副詞を使わないようにしてください」と明確に記載されています。この点について混同されないようお願い致します。したがって、昭和天皇陛下の玉音放送は大言壮語であるわけがありません。今回の件と昭和天皇陛下の御言葉を同一のケースとして捉えることは適切ではありません。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 07:45 (UTC)返信
日本語版ウィキペディアに、ドイツ語の文章を引用する際は、表現は原文のママで、常体口語の現代日本語に訳するべきです
そして、大言壮語タグは「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際」に貼り付けるものです。
引用文を書いているのは、記事の執筆者ではありません。
そして、記事の執筆者とは、ウィキペディアの、その記事の編集者のことです。
記事の執筆者ではない「引用文を言った人」の文章にどのような大言壮語が含まれていたとしても、方針に反する大言壮語ではないので、タグを貼る必要がありません。
厳密に言うと、修正する必要のある問題を報告するためのタグですから、問題のない引用文に大言壮語があったとしても貼ってはいけません
記事の問題タグは、技術的制約などの一部を除いて「後で誰かが修正すべき問題」に対してだけ貼り付けるものです。そのままにすべき表現に対して問題タグ貼ることは、ウソの問題報告ですから、申し訳ないですが「あらし」とみなされるかもしれません。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 08:09 (UTC)返信
単刀直入に申し上げますと、シェン・アーナリー・ン・アーバァさんの主張には論理的にいくつかの大きな誤りがございます。以下に、その論理が誤っている理由を説明いたします。
1.「記事の執筆者」についての誤解
「記事の執筆者」という言葉は、編集者を指しますが、大言壮語のない引用文をウィキペディアに追加するのも編集者の責任です。その引用文がウィキペディアの基準に適合するように編集されなければなりません。引用元が誰の言葉であっても、その言葉がウィキペディアの中立性方針に合致するように扱うことが重要です。
2.「記事の執筆者が自分の言葉で要約して書く際」について
このルールは記事全体に対する指針であり、引用文にも同様に適用されます。「Wikipedia:五本の柱」はウィキペディアの最大の原則であり、たとえ引用が他の人物の言葉であっても、その言葉に大言壮語や過度な表現が含まれている場合、それを無視することは五本の柱の方針に反します。したがって、引用文にもタグをつけることが適切だと考えます。
3.引用文の中立性の維持
引用文も記事の一部であるため、中立性と客観性が求められます。引用に大言壮語が含まれていれば、タグを付けて読者に偏りを知らせることが重要です。
4.ルールの明確さ
現時点の「Wikipedia:大言壮語をしない」には「タグ」に関するルールが明確に記載されていません。「大言壮語の引用文は編集者ではなく、他の人が言ったからタグを貼る必要がない」という主張は「Wikipedia:大言壮語をしない」には記載されていません。この主張はシェン・アーナリー・ン・アーバァさんの独自研究に過ぎません。
5.引用文でも大言壮語タグをつけるべき理由
引用文が大言壮語であれば、常識的に考えて、そのまま引用文にタグを付けるべきです。これは、大言壮語の部分を読者に明示することが目的です。
このため、シェン・アーナリー・ン・アーバァさんの主張は正当ではない。何が理由であれ、ウィキペディアの方針に従う限り、引用文に含まれる大言壮語にはタグをつけるべきです。引用文を原文通りに引用することは正しいですが、大言壮語の引用文をカバーすることは避けるべきです。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 09:05 (UTC)返信
 @赤葡萄酒さんは、「耐え」や「忍び」は動詞の話だから関係がないといいますが、本当に「大言壮語をしない」は読みましたか?

大言壮語とは、事実としての情報なしに、記事を単に引き立たせるための表現のことです。例えば以下のような表現を使うことは避けてください。

  • 「重要な……」「最も重要な……の一つ」「重大な……」
  • 「最も影響力のある……」「最善な……の一つ」「議論の余地のないほど……」

他にも「…明白な、伝説的な、美しい、話題となった、究極の、非常に、極めて、絶大な、屈指の、有数の、有力な、国民的な、とてつもなく、有名な、は必読、過ぎる…」などです。



と書いてありますね。
 句、フレーズとして大言壮語であれば「話題となった」など、名詞と助詞と動詞で構成する表現ももちろん避けなければいけません。
 「大言壮語をしない」という方針は「大言壮語な表現を避けてください」とあることから分かるように「大言壮語な表現であるならばすべて避けてください」という方針です。つまり「過剰な形容動詞や形容詞、副詞」はもちろん避けてください。大言壮語な表現も避けてくださいと書いてあります。
 目を通しただけで理解したつもりになることは、誰だってあります。利用者ページに「Wikipediaの方針やガイドラインをよく読んで」いるとありますが、今回の件でそれが「斜め読み」をしていたことに気づけたでしょう。私も自分の認識を過信してしまいますから、穏やかでない心中もお察しします。ですから、あまり気負いせずに編集者としての作業を続けていただけると幸いです。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 08:57 (UTC)返信
もう時間がかかりすぎるので、これからは非常に丁寧な言葉を使わず、礼儀正しさを保ちながら普通の日本語を使います:
  1. 「耐え」や「忍び」が動詞だから関係がないという主張について: これは論理的に誤っています。「Wikipedia:大言壮語をしない」という方針では、過剰な形容動詞形容詞・副詞の使用を避けることが、明確に求められていますが、動詞に関する言及は特に除外されていません。独自研究を加えるのは避けるべきです。
  2. 二重基準の問題: もしシェン・アーナリー・ン・アーバァさんが「大言壮語な表現を避けてください=動詞を含むすべての大言壮語な表現に適用されるべきだ」と言いたいのであれば、引用文の中で使われる大言壮語避けるべきだと思います。「Wikipedia:大言壮語をしない」には、動詞や引用文に関する明確な言及はありませんが、なぜ引用文の大言壮語は許容され、動詞の大言壮語は許容されないのでしょうか。
  3. 「斜め読み」の指摘について: 「Wikipediaの方針やガイドラインをよく読んで」という指摘は非常に正当ですが、その後の「斜め読み」や「過信」という表現は、不適切です。赤葡萄酒会話)ウィキペディアの方針に従うべきであり、相手を攻撃するような表現は建設的な議論を妨げるので、控えたほうが良いでしょう。赤葡萄酒会話
結論: シェン・アーナリー・ン・アーバァさんの主張は、一部確かに正当ではありますが、論理的に誤っている部分や矛盾も多く含まれています。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 09:34 (UTC)返信

ことの経緯について少々正確ではないことが赤葡萄酒さんによって書かれているので、私Gruppettoからも書いておきます。

  1. そもそも、交響曲第3番 (ブルックナー)に英語版en:Symphony No. 3 (Bruckner)の冒頭部からの翻訳として、クロイバーの言葉を含む加筆をしたのは赤葡萄酒さんの方です差分
  2. ところが、赤葡萄酒氏は「傑作」などの言葉が「Wikipediaの方針にそぐわない」として、引用文であるのにも関わらず表現を改変し、日本語としても些か奇妙な文章となりました差分
  3. なので私は、引用である限りは大言壮語的表現があっても正確に引用、翻訳すべきであるとして、より正確に翻訳し直しました差分
  4. すると赤葡萄酒氏は大言壮語テンプレートを貼りました差分
  5. 私は、これはあくまで音楽学者による評価の言葉の引用であり、記事の執筆者の行動に対するガイドラインであるWikipedia:大言壮語をしないには抵触しないのでテンプレートを除去しました差分

以上が正確な経緯です。--Gruppetto会話2024年12月18日 (水) 15:01 (UTC)返信

  コメント Wikipedia:大言壮語をしないでは、冒頭部に「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際に過剰な形容動詞形容詞副詞を使わないようにしてください」とあり、続けて「大言壮語とは、事実としての情報なしに、記事を単に引き立たせるための表現のことです」とあります。これを逆説的に言い換えると「言及した人物等が明らかな場合や、事実としての情報が明らかな場合は、(そのことを明らかにした上で)記事を単に引き立たせるための表現を用いることができる」ということができ、利用者:Gruppetto会話 / 投稿記録さんはこの趣旨をおっしゃっているのではないかと考えるところです。
「引用文が大言壮語である場合、大言壮語のタグを貼り付けないことができる」というのはそれだけを見ると少々飛躍しすぎのような気もしなくもないですが、要は「誰がそのように(大言壮語を)述べたか」ということを明らかにしてあれば、大言壮語のタグを貼る必要はないと思います。--Bsx会話2024年12月18日 (水) 04:11 (UTC)返信
横から失礼いたします。もしそうであれば、この件が解決した後、「Wikipedia:大言壮語をしない」に「引用文に関する明確なルール」を追記することが、良い解決策だと思います。
  • もし今回の件が「大言壮語のタグを貼らなくても良い」という結論になった場合、「Wikipedia:大言壮語をしない」の内容を改善することを提案いたします。ただ議論を待つだけで、方針自体を放置してしまうと、今後も誤解や論争が繰り返される恐れがあります。
  • 改善例として、『「誰がそのように(大言壮語を)述べたか」を明示していれば、大言壮語のタグを貼る必要はない』や、『言及した人物や事実が明らかであれば、(その旨を明示した上で)記事を引き立たせる表現を用いることができる』といった言葉を明記することで、不要な誤解をきっと避けられると思います。
  • 現時点では「引用文の大言壮語に対する明確な方針や提示が無い」というのが事実であり、方針自体が字数が少なすぎ、また当事者の解釈に依存しすぎているため、誰でも誤解する可能性があります。
最後に、「引用文が大言壮語であれば、大言壮語のタグを貼り付けなくてもよい」という点に同意するわけではありません。あくまでも、この件が解決した後の解決策として申し上げるものです。--赤葡萄酒会話2024年12月18日 (水) 04:44 (UTC)返信
もし本気で提案する気であるなら止めませんが、今の提案内容であれば私は反対するでしょう。というのも『記事の執筆者』がしてはいけない、『何を』大言壮語と呼ぶかは既に書かれています。Template:大言壮語にも「証拠なく大言壮語をしないに従っていない記事や節に用います。」と書かれています。既存の文章で十分と考えます。--ぷにを会話2024年12月18日 (水) 06:03 (UTC)返信
もちろん、本気で申し上げております。「Wikipedia:大言壮語をしない」には「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際に過剰な形容動詞や形容詞、副詞を使わないようにしてください」と明確に記載されています。Gruppettoさんが大言壮語のタグを貼り付けたくない引用文は「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」というものであると御座います。ぷにをさんがおっしゃった「『何を』大言壮語と呼ぶか」の理由は、以上で既に解釈していますので、私は本当に本気で御座います。もし本気でない方であれば、早い段階で諦めているはずです。
また、私は編集中で大言壮語のタグを貼り付けようとした際に、Gruppettoさんがそれを消し戻されました。私は常に「引用文であっても、大言壮語が含まれていれば、大言壮語のタグを貼り付けるべきだ」という原則を守り続けておりますので、此処で解決方法を尋ねたいと思います。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 07:18 (UTC)返信
「引用文であっても、大言壮語が含まれていれば、大言壮語のタグを貼り付けるべきだ」がWikipedia:大言壮語をしないをどう読んでもそのように理解できる部分がないので困惑しています。「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際に過剰な形容動詞や形容詞、副詞を使わないようにしてください」における「記事の執筆者」はWikipedia編集者です。Wikipediaの編集者が「自分の言葉で」要約する際に大言壮語することを禁じている。それに従っていない記事にタグ付けられると理解していますがここまでで何かずれがありますか?--ぷにを会話2024年12月25日 (水) 07:43 (UTC)返信
ぷにをさん、ご返事いただき誠にありがとうございます。😊まず、ぷにをさんの主張を尊重しつつ、私の考えを整理して返事させていただきます。
ぷにをさんの主張:
  1. Wikipedia:大言壮語をしない」のガイドラインは、「記事の執筆者が自分の言葉で要約する際」に焦点を当てている。
  2. 上記に基づき、「引用文が該当するかどうか」は明記されていない。
  3. よって、「引用文に大言壮語タグを貼るべきではない」との結論に至る。
私の返事:
  1. 「記載がない=許す」とは限らないWikipedia:大言壮語をしない」に「引用文に関するが記載されていない」という事実は、「大言壮語の引用文をそのまま許容すること」を明確に意味しません。記載がない場合は、「五本の柱」という、Wikipedia全体に適用される基本方針に基づいて判断するのが妥当です。 五本の柱の中でも特に「中立的な観点」に照らせば、大言壮語を含む引用文はWikipediaの中立性を損なう可能性があります。このため、「引用文だから」という理由だけで、大言壮語を放置するべきではありません。
  2. 過剰解釈や独自研究の回避Wikipedia:大言壮語をしない」のルールが不明確であるため、当事者による過剰解釈や独自研究につながる可能性があります。したがって、引用文についての判断は、Wikipedia全体で守られるべき「五本の柱」に基づき、慎重に行うほうが妥当だと思います。
結論、以下の選択肢のどちらかが望ましいと考えます:
  1. 該当の大言壮語のある引用文を、削除する
  2. 大言壮語の引用文のある記事に、大言壮語のタグを貼り付ける
ぷにをさんのご意見に深く感謝しつつ、この視点もご検討いただければ幸いです。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 12:27 (UTC)返信
赤葡萄酒さんの意見は1の時点で私(達)と乖離しています。書かれていないのは不要だから書かれていないのです。そして、必要だと考える赤葡萄酒さんが引用でも必要なんだとコメントしていることに対して誰も賛同していません。ここは井戸端ですが、仮に「大言壮語をしない」で内容の改定提案をしたとして恐らく同様です。ここでそういうものだと納得いただくのが良いと思います。これ以上進めばいつまでも納得しないという扱いになってしまうかと思います。--ぷにを会話2024年12月26日 (木) 02:12 (UTC)返信
「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」と評した人は、記事の執筆者ではありません。
「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」と評した人は、ルドルフ・クライナーです。
ルドルフ・クライナーの言葉を引用しているのですから、記事の執筆者の言葉が存在するはずがありません。
もし仮にルドルフ・クライナーがウィキペディアのその記事の執筆者であって、自身の言った言葉を引用したので、引用文だけど記事の執筆者の言葉だとしたら、そんな編集はそもそもしてはいけません。
記事の執筆者が、自分の言葉を引用して編集することは、これはこれで方針に反するからです。
ですから安心してくださいね。そもそも「引用文が、記事の執筆者の言葉ではないし、もしそうだったら大言壮語ではなくて、もっと別の問題」です。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 07:45 (UTC)返信
「引用文が記事の執筆者の言葉ではない」という点については同意します。しかし、以下の点を考慮する必要があります:
  1. 「記載がない=許可される」とは限らない Wikipedia:大言壮語をしないに「引用文に関する記載がない」という事実は、「大言壮語の引用文をそのまま許容すること」を意味するわけではありません。そもそも「大言壮語の引用文を明確に許容する」という記述や、その意図を示す記載はWikipediaには存在しません。
  2. 引用文の選択には執筆者の責任が伴う 記事の執筆者がどの引用文を採用するかは編集の一環であり、その選択には責任が伴います。特に「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」といった大言壮語の表現が存在する場合、その引用の適切性が問われるべきです。
  3. 「引用だから免責される」という誤解を避ける ルドルフ・クライナーが発言したものであれ、Gruppettoさんが引用したものであれ、「他人が言った事であれば免責され、どのような大言壮語でも自由に引用できる」というわけではありません。引用文もまた記事の一部であり、その内容が大言壮語と見なされる場合は、タグを貼るなどの対応が適切かつ妥当であると考えます。
結論:Wikipedia:大言壮語をしないに引用文に関する明確なルールが記載されていない以上、独自解釈を加えるのは適切ではないと思います。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 12:43 (UTC)返信
  コメント そもそもの問題として「引用文で用いた(記事執筆者ではない)第三者の言葉」を誰が大言壮語だと判断するのでしょうか。仮にその言葉が中立的ではない(一般的な評価と異なる)のであれば、Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化するに気をつければ、敢えてWikipedia:大言壮語をしないで言及すべき事柄だとは思いません。--Bsx会話2024年12月25日 (水) 08:04 (UTC)返信
もし「Wikipedia:大言壮語をしない」に関して問題が生じた場合、井戸端で新しい議論を開き、『引用文における人物への記述に大言壮語が含まれている場合は、「Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化する」の扱いをどうするかについて』討論を始めるべきかと考えます。
しかし、私の原則は終始「引用文で大言壮語を引用しても構わないが、大言壮語のタグは貼り付けるべき」という点にあります。引用文の中の大言壮語を強引に常体口調に変えるべきではありません議論の焦点が他の角度に移らないよう、お願い申し上げます。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 08:13 (UTC)返信
「引用文で大言壮語を引用しても構わないが、大言壮語のタグは貼り付けるべき」という赤葡萄酒さんの主張を“原則”と強調なさるのであれば、「大前提が間違っている」の一言で終わってしまいます。なぜならば(他の方も何度も言及していますが)Wikipedia:大言壮語をしないでは冒頭部に「記事の執筆者が、自分の言葉で要約して書く際に過剰な形容動詞形容詞副詞を使わないようにしてください。」とあるからです。引用文は「記事の執筆者が自分の言葉で要約して書く」言葉ではないので(仮に執筆者が自分の言葉で要約してしまったら、それは“引用”の要件を満たしません)、そもそもの要件(「Wikipedia:大言壮語をしない」で取り扱うべき内容)に当てはまっていないのです。--Bsx会話2024年12月25日 (水) 10:02 (UTC)返信
Bsxさん、お返事いただき、誠にありがとうございます。
確かに引用文は他者の言葉ですが、「記事の執筆者」ではありません。そのため、私は大言壮語を含む引用文を削除したことは一度もなく「タグ」のみを付けてきました。「Wikipedia:大言壮語をしない」のガイドラインには「タグ」に関する明確な記載がないため、私は「引用文に大言壮語が含まれていれば、大言壮語のタグを貼り付けるべきか?」と、井戸端で尋ねたのです。
記事の執筆者、つまり「編集者が書いた内容」には明確なルールがありますが、「編集者が引用した引用文」に対する明確なルールがないのが現状です。解釈の余地が多すぎるため、賛成派と反対派が大議論をするのは正常だと思います。
私は「引用文が大言壮語であっても、大言壮語のタグは貼り付けるべき」と考えており、その理由は以下の通りです:
1.「編集者が他人の大言壮語の引用文を引用し、大言壮語が含まれる記事を読者に見せること」と「編集者自身が大言壮語を記事に書き入れて読者に見せること」は、読者の視点からみると、どちらも大言壮語のある記事になっています。
2.何度も言いましたが、私が賛成するのは「大言壮語の引用文を忠実に引用してはいいが、大言壮語のタグを貼り付け、読者に注意を促すことが必要」ということです。もし、大言壮語が存在しているのに大言壮語のタグを貼りたくない場合、その引用文を削除すべきだと思います。
3.なぜなら、「五本の柱」に基づいているからです。「Wikipedia:大言壮語をしない」のガイドラインには引用文に対する明確なルールがない以上、ガイドラインよりも立場が上の「五本の柱」に従うべきだと考えます(もしこの論理が間違っているのであれば、私に指摘していただいて構いません)。「五本の柱」の中では「中立的な観点」という方針があるため、「引用文自体が大言壮語である場合、中立的な観点を違反するため、大言壮語のタグを貼り付け、読者に注意を促すこと」は非常に妥当だと思います。
長い文で失礼しますが、まとめると『Wikipedia:大言壮語をしないに対する解釈の余地の多さ』や『大言壮語の言葉がすでに記事に出ている』という問題、そして、五本の柱の「中立的な観点」の方針を優先することが私の論拠です。
正直言いますと、大言壮語のある記事に、大言壮語のタグを貼り付けるだけのことなのに、何故こんなに複雑化するのか、全く理解できません。今、私は休息します。もし何か疑問やご指摘があれば、明日の午後7時以降にまたお答えします。ありがとうございます。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 11:30 (UTC)返信
「正直言いますと、大言壮語のある記事に、大言壮語のタグを貼り付けるだけのことなのに、何故こんなに複雑化するのか、全く理解できません」との仰せですが、{{大言壮語}}のタグの利用をカジュアルに考えすぎなのでは、という懸念があります。{{大言壮語}}の解説文の冒頭には「証拠なく大言壮語をしないに従っていない記事や節に用います」とあります。ですので、使用するかどうかの大前提が「その表現が『Wikipedia:大言壮語をしない』に抵触するかどうか」なのです。その上で「引用文」を用いている時点で「Wikipedia:大言壮語をしないに抵触するかどうか」の大前提が崩れている、と言うことを申し上げているのです。併せて、五本の柱の「中立的な観点」の方針を優先することを重視なさりたいのであれば、それは「そもそもその引用文を用いるのが適切か否か」という観点になりますので、先に申し上げた「Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化するで必要十分な結論が導き出せる」ということになります。--Bsx会話2024年12月25日 (水) 11:58 (UTC)返信
  • 現在の議論の焦点は「大言壮語の引用文に大言壮語のタグを貼るべきか」であり、引用文は「Wikipedia:大言壮語をしない」に適切しない場合、Bsxさんはどのウィキのルールや方針に適切すると思いますか?理由を頂けると幸いです。
  • 「Wikipedia:大言壮語をしない」には引用文に関する明確な規定がない以上、「記事の執筆者」を焦点にするのではなく、「引用文そのもの」に焦点を当てるほうが妥当だと思います。
  • 議論を複雑にすることで問題が見えづらくなっていますが、私はあくまで「大言壮語の引用文に、大言壮語のタグを貼るべきか」について話しています。
  • 私がこの大言壮語の引用文に関する議論を提起した理由は、ウィキの読者に正確な情報を伝えるためです。この点について、Bsxさんは、どのようなタグや解決方法のほうが役立つとお考えでしょうか?
  • そもそも、Bsxさんは、「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」という引用文が、大言壮語に該当するとお考えですか?
--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 13:06 (UTC)返信
  • 引用文は「Wikipedia:大言壮語をしない」に適切しない場合 → 若干意味不明ですが、引用文(の取り扱い)については「Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化する」で必要十分な結論が導き出せる、というのは重ねて申し上げているとおりです。
  • 「Wikipedia:大言壮語をしない」には引用文に関する明確な規定がない以上、「記事の執筆者」を焦点にするのではなく、「引用文そのもの」に焦点を当てるほうが妥当 → 引用文に関する明確な規定がないのはそもそも「Wikipedia:大言壮語をしない」が引用文を“対象としていない”ためですので「引用文そのもの」に焦点を当てるという論法は既に「Wikipedia:大言壮語をしない」における大前提を無視しているとしか言い様がありません。
  • 故に「大言壮語の引用文に、大言壮語のタグを貼るべきか」については「否」が結論になりますし、新たなタグや告知は必要ない、という見解です。
  • そもそもの「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」という引用文については「ルドルフ・クロイバーの言及であることを明確化する」ことが出来ていればそれ以上の言及はあまり意味がない(大言壮語か否かの評価の対象にならない)と考えます。
--Bsx会話2024年12月25日 (水) 14:03 (UTC)返信
  補足 「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」が大言壮語かどうかについて、仮にもしそれが大言壮語と思うのであれば、それは言い換えれば“作品の評価としては大げさである”という判断なのでしょうから、その引用は作品の評価として適切ではなく、そもそもその引用を使うべきではない、という判断になろうかと思います。だから「Wikipedia:中立的な観点#偏った記述は帰属化・明確化する」で必要十分である({{大言壮語}}を貼る必要がない)という結論になるのです。--Bsx会話2024年12月25日 (水) 21:39 (UTC)返信
  補足 くだんの文章を拝見しますと、
ルドルフ・クロイバーによれば、第3交響曲は「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」
とあって、言及しているのがルドルフ・クロイバーなる人物であることがわかります。正直なところ、このルドルフ・クロイバーなる人物がどのような人物でどのような評価がされている人物か私にはわかりませんが、この人物が音楽評論の分野において一定の評価がなされた人物であれば、
ルドルフ・クロイバー、第3交響曲を「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」と評している。
のような表現にすれば、(執筆者の評価による)大言壮語ではない文章にできると思います。--Bsx会話2024年12月18日 (水) 04:20 (UTC)返信
素晴らしいですね、こちらは。Gruppettoさんのバージョンは完全に間違っているわけではありませんが、少なくとも一つの言葉遣いに不適切な点があることが分かりました。また、「と評している」といった言葉を「Wikipedia:大言壮語をしない」明記することで、不要な誤解をきっと避けられると思います。--赤葡萄酒会話2024年12月18日 (水) 04:45 (UTC)返信
赤葡萄酒さんは何か勘違いしているようですが、私があえて「と評している」を加えなかったのは、翻訳元の英語版の文章がそこで終わっており、また引用符が閉じられているのでその言葉がクロイバーによるものである事が明白な為です。また、別の所でも書きましたが、赤葡萄酒さんは強調の目的で赤リンクを使っている様ですが、赤リンクの使い方として間違っていますので今後はおやめ下さい。—-Gruppetto会話2024年12月18日 (水) 07:53 (UTC)返信
赤リンクの使用方法に関しては、まさにおっしゃる通りですね。今すぐ修正致します。同様に、大言壮語の引用文を引用することについても問題ないでしょうか。現在の論点は「大言壮語のタグを貼り付けるかどうか」にあるため、仮に引用が正当であったとしても、大言壮語の表現が含まれているという事実が存在する以上、タグを貼り付けるのが当然かと存じます。引用文だけであっても、タグを回避することは二重基準となりかねませんので、ウィキペディアの中立的な立場を考慮すると、二重基準は出来るだけ避けるべきかと考えます。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 07:09 (UTC)返信
  返信 (@Gruppetto 宛) あえて「と評している」を加えない必要事態はなかったと思いますよ。もちろん「あえて」を「わざと加えなかった」ではなく「わざわざ加えなかった」という意味で使っていることは伝わっています(違ったらすみません)。
 翻訳元の英語版Wikipediaでどういう表現になっていたからといって、日本語版ウィキペディアが従う必要はないです。
 翻訳による記事は、以下の手続きが理想的だと認識しています。
 編集履歴を可能な限り継続的にする観点から、レイアウトも誤った記述もほぼ全てそのままに、英語版Wikipediaの翻訳のみをした編集版を一度保存する。
 そのうえで英語版Wikipediaの時点で誤っていた部分や、日本語版での方針に反する部分を編集する。
 そして、引用文の表現について「英語版ではそうだから、わざわざ変える必要はない」というのは、日本語版における記事の内容の差し戻し理由として、決定的ではないでしょう。
 決定的に「大言壮語ではない」というには、引用文の原文を機械翻訳でもいいので訳して見せて「ご覧の通りこの引用文には元から大言壮語があり、そのような文を、ましてや評論として引用している以上、邦訳しても大言壮語をそのままがよい」などと主張するのが適切でしょう。
 仮に「わざと加えなかった」ならば(日本語に正書法はないのでもちろんダメではないですが)、私でも書き換えると思います。引用は、言った人を主格として、Aは、Bを「C」と言った。と表記するのほうが自然な日本語だと感じます。
 そして、日本語版ウィキペディアはカーニングのために半角カギ括弧を使わないので、散文の文末に全角カギ括弧が来るのは、」。このように二分アキが出来て望ましいかどうかでいえば望ましくないので、避けたほうが無難かと考えます。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 07:21 (UTC)返信
  返信 (@赤葡萄酒 宛) 引用文の中に「元から大言壮語があった」ならば、大言壮語だけ抜き取ったり、書き換えたりすることが「誤解を生む引用」です。
「引用」とは、誰かの言ったことを「っ張ってきている」ことです。
素晴らしいですね、こちらは。Gruppettoさんのバージョンは完全に間違っているわけではありませんが、少なくとも一つの言葉遣いに不適切な点があることが分かりました。
—@赤葡萄酒
という @赤葡萄酒 さんの返信から、大言壮語を取り除いてみましょう。
変化がありますね、こちらは。Gruppettoさんのバージョンは完全に間違っているわけではありませんが、少なくとも一つの文章表現に不適切な点があることが分かりました。
—@赤葡萄酒
二番目の、大言壮語を取り除いたバージョンを、@赤葡萄酒 さんは言っていませんね。
引用されたルドルフ・クライバーは、確か既に亡くなった方です。しかし、クライバーさんが「傑作」と評価した文章を引用したのに「有名な作品」と言ったことにされたら、クライバーさんは「私はそんな事を言っていない」と抗議してくるでしょう。
引用文の表現を変えるのは、ウソを書くことです。いけないことですね。ですから、引用文はできるだけそのまま引用してください。
英語版の同じような方針も、同じように解釈されていると思います。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 06:32 (UTC)返信
シェン,アーナリー,ン,アーバァ.さんのご回答は本当に中立的で、感謝しております。改めて、心よりお礼申し上げます。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 07:50 (UTC)返信
勘違いされるかもしれませんが、私の原則は終始「引用文で大言壮語を引用しても構わないが、大言壮語のタグは貼り付けるべき」という点にあります。引用文の中の大言壮語を強引に常体口調に変えるべきではありません。現在の論争は、私が大言壮語のタグを貼り付けた際に、Gruppettoさんがそれを消し戻したことから発生したものです。議論の焦点が他の角度に移らないよう、お願い申し上げます。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 07:02 (UTC)返信
変更点を詳しく精査してみると、「素晴らしいです→変化があります」だけの違いですが、「素晴らしいです」も大言壮語の範囲に含まれるのでしょうか。「素晴らしいです」という表現は、「ブルックナーの一連の傑作群の始まりであり、彼の創造性と交響的構築の記念碑的な能力が融合している」という表現を同じ内容で捉えているとは、誤りだと思います。前者は普通の表現で、後者のほうが大言壮語に該当すると考えられます。例えば、同じお金に関する問題であっても、100円の借金を返済しないことと、1億円を詐欺することを同じ状況として扱うのは誤りだと存じます。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 07:02 (UTC)返信
ええ。おっしゃる通り「借金を返済しない(民法上の債務を履行しない)」ことと「詐欺する(民法上の錯誤を知って表示する、刑法上の罪を犯す)」ことは全く異なることですし、100円と1億円の金額に、計数的で相対的な差が存在することは知っています。
 ですが「素晴らしい」という「修飾語」について「執筆の際に、記事の話題を正当化をするような修飾語を付加する必要はありません。」と明記してあります。ご参照ください。
 そして「文章表現」というのは、そもそも計数的ではありません。計量的です。
 @赤葡萄酒さんがいう「議論の焦点」とは「大言壮語をしない」の方針が対象としていない「引用文の中の大言壮語」に対して、大言壮語タグのテンプレートの説明を無視した「虚偽の問題報告をやりたい」ということでしょう。
 おそらく誰も「虚偽の問題報告をやりたい」という、@赤葡萄酒さんの提案に賛成しません。なぜならば、それは間違っているからです。
なお、確認したところ「大言壮語をしない」は、厳密には方針ではなく、ガイドラインでした。議論の参加者各位にお詫び申し上げます。
が、どちらも「日本語版ウィキペディアで広く受け入れられ、尊重すべき」として、一般語における「方針」として総称して直ちに問題があるものではないと考えられます。
--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 09:32 (UTC)返信
シェン,アーナリー,ン,アーバァさん、ご説明、本当に有り難う御座います。お返事やご説明いただきたい内容を、以下に箇条書きでまとめました:
  • 「素晴らしい」という修飾語について シェン・アーナリー・ン・アーバァさんのおっしゃる通り、ウィキペディアでは過度な修飾語の使用を避けるべきです。しかし、「素晴らしい」という表現が必ずしも「大言壮語」に該当するとは限りません。文脈次第では適切に使用される場合もありますので、具体的な例を挙げていただければ、より実りある議論ができると考えます。
  • 引用文の大言壮語について 引用文における大言壮語の扱いについてですが、「Wikipedia:大言壮語をしない」は記事全体の表現を対象としたガイドラインであり、ウィキペディアの五本の柱に違反や矛盾がない限り、ガイドラインには従うべきだと考えます。もし適用できないと主張されるのであれば、その理由を具体的にご説明いただければ幸いです。
  • 虚偽の問題報告について 「虚偽の問題報告をやりたい」というご指摘についてですが、そのような意図は一切ございません。私が問題視しているのは、記事中の表現が「大言壮語」に該当するかどうかという点のみであり、そこに焦点を絞った冷静な議論を行いたいと考えています。感情的な言葉遣いや誤解を招いてしまった場合には、お詫び申し上げます。
  • ガイドラインについて ご指摘の通り、「Wikipedia:大言壮語をしない」はガイドラインであり、方針ではないことは事実です。ただし、ウィキペディアにおけるガイドラインは単なる参考情報にとどまらず、編集作業において広く受け入れられた基準として尊重されるべきものです。このため、ガイドラインに反する編集者に対して、ほかの編集者が注意・改善・議論を促すことも妥当であると考えます。
  • 議論の焦点について 「大言壮語をしないは方針か、ガイドラインか」という議論に焦点を移すことは、問題の本質から外れる懸念があります。私の主張は一貫して「引用文で大言壮語を引用すること自体は問題ないが、大言壮語のタグを貼るべきである」という点にあります。この議論の趣旨から逸れないよう、ご理解いただければ幸いです。
--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 10:18 (UTC)返信
@シェン,アーナリー,ン,アーバァさん、私が申し上げているのは、引用文中の「大言壮語」を「タグ」で示すべきかどうか、という非常に具体的な論点です。しかしながら、シェン,アーナリー,ン,アーバァさんのご主張は、議論の焦点を「方針とガイドラインの区別」や「虚偽の問題報告」へと拡大させているように見受けられます。
議論を建設的に進めるためにも、まずは「引用文中の大言壮語」が「タグ適用の対象となるか、否か」について、根拠を示してお答えいただけと幸いです。
これにより、お互いの認識を明確にし、本題により集中できると思われます。もし議論の焦点が異なると感じられる場合、その理由もお聞かせください。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 10:24 (UTC)返信
対応する方針はWP:SUBSTANTIATE「偏った意見の陳述は、本文内で帰属化する方法でのみ提示することができます。たとえば、「ジョン・ドウは最も優れた野球選手である」という意見を表す陳述について、ウィキペディアでは、それがまるで事実であるかのごとく断定的に記してはいけません。「ジョン・ドウの野球技能は、アル・ケーラインやジョー・トーリといった野球関係者から賞賛されている」というように、事実に即した意見を扱った記述としてならば、記事に含めることができます。それでもなお、意見は検証可能な情報として適切に出典を提示した上で記載されなければなりません。」だと思われます。ただ、現行の記事には「評価」節が存在しないため、WP:LS「話題の重要性を強調する時には、相応に重視するという方針によって、公表された信頼できる情報源に従って相対的に重要性を反映させるべきです。これは導入部と記事本文の両方で当てはまります。もしこれら2つの部分で重視の度合が異なれば、その不一致の解消に努めるべきです。重要な情報は、記事の導入部以外の部分で扱われていないなら、導入部でも取り上げないようにすべきです」に照らし合わせて若干不調和気味だなという印象はあります。--Nux-vomica 1007会話2024年12月18日 (水) 04:36 (UTC)返信
中立的なご回答、誠にありがとうございます。心から感謝申し上げます。--赤葡萄酒会話2024年12月18日 (水) 04:46 (UTC)返信
赤葡萄酒さんに苦言を。自身が書き込んだことについて勝手に内容を除去しないでください。履歴を追わないと議論相手との会話に齟齬が生まれてしまいます。取り消すなら取り消し線、取り消した際にも署名とタイムスタンプは付けてください。--ぷにを会話2024年12月25日 (水) 08:08 (UTC)返信
なるほど、ご提示いただき、本当に有り難う御座います。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 08:15 (UTC)返信
 私も、@ぷにを さんと同じことを感じていました。
 @赤葡萄酒 さんはHelp:ノートページ#自分のコメントを、ぜひ読んで、理解していただきたいと思います。
 これは私の感想なので、今まで書きませんでしたが、少しだけここに書かせてほしいことがございます。ご気分を害すようでしたら申し訳ありません。
 井戸端には、方針やガイドライン、主要なテンプレートについて深く理解する「リテラシーの高い人」がそれなりにいます。
 そうでなくとも、秘密のルールではないので、気になった人は参照しながら議論に参加できます。
 ガイドライン「大言壮語をしない」や、テンプレート「大言壮語」(大言壮語タグのことです)を読んだ議論の参加者で「引用文の中の大言壮語に対して、大言壮語テンプレートを貼るべきだ」と主張する人は、@赤葡萄酒 さんだけです。
 もちろん、ウィキメディアは多数決制ではありません。ですが、@赤葡萄酒 さんだけが正しいと感じるルールで運用しているわけでもありません。
 私のことを「中立の立場」と評価してくださるのは、背筋の伸びる思いがいたします。しかし、それと同時に「私の書いた返信は一つも理解していただけていないのかな?」と、無力感に苛まれています。というのも、
(一) 私はこの議論において@Gruppetto さんの、大言壮語に対する解釈は正しい。
(二) @Bsx さんの修正案はより分かりやすくて望ましい。しかし、必ずすべきではない。
(三) 議論の焦点である「大言壮語タグ」の使い方に関して、@赤葡萄酒 さんの認識は間違っている。
と、一貫して私は「@赤葡萄酒 さんの側ではない意見に賛成し、それを補足していた」つもりです。
 確かに「ウィキペディアにおける中立性」に反する議論をしたつもりはありません。しかし、私が「中立の立場」であるならば、この議論に関して、当事者ではあるものの@Gruppetto さんも「中立の立場」から指摘をなさっています。
 物腰が柔らかで、議論の参加度が文量的に高いというだけで、私のことを「話の通じるやつ」だと思っていらっしゃるのでしたら、心外です。
 もしかして私は「自分の主張を通すことにしか興味がない人」と、丸一日議論していたんじゃないか?私は、少しでも説明のページを読めば分かることを、これだけ丁寧に解説されてもご理解くださらない人と議論していたんじゃないか?私はせっかくの休日をまんまと奪われ、他に出来たはずの貢献を出来なかったのではないだろうか?と、こんな気持ちでいっぱいです。
 もう私は@赤葡萄酒 さんのズレた議論で「論点をずらさないで」や「勘違いなさらないで」といった、屈辱的で上から目線な返信にはうんざりしています。私がアメリカの日本語に詳しかったら理解できたかもしれませんが、日本国の内国民として日本国日本語しか話せない私にとっては、本当に日本語を母語としているのかと、疑問を抱くほど理解が出来ませんでした。
 私は本議論における「大言壮語」の解釈につき、もっぱら@Gruppetto 氏の先に述べたるとおりと理解し、よって@赤葡萄酒 氏の述べる論は受け入れざると判断し、私の主張の結論とする。なおかつ以降、議論の参加者の当然の権利として、また本件の当事者ではないことなどから本議論に対する責を持たざるため、余談なく本議論を辞して、@赤葡萄酒 氏を除く利用者による言及があるまで返信を控える。
--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 12:00 (UTC)返信
ご意見ありがとうございます。まず、議論の焦点は「大言壮語の引用文がある記事における、大言壮語タグの使用方法」に関するものであり、私が懸念している点は、そのタグの使用が本当に適切であるかどうか、そしてその正確な使用方法を尋ねているということです。
シェン・アーナリー・ン・アーバァさんが言った次のような言葉:
1.「私の書いた返信は一つも理解していただけていないのかな?」
2.「私はせっかくの休日を奪われ」
3.「私は大言壮語に対する解釈は正しい」
4.「私は中立の立場から指摘をなさっています」
5.「ズレた議論で」
6.「勘違いなさらないで」
7.「屈辱的で上から目線な返信」
8.「私がアメリカの日本語に詳しかったら理解できたかもしれませんが、日本国の内国民として日本国日本語しか話せない私にとっては、本当に日本語を母語としているのかと、疑問を抱くほど理解が出来ませんでした。」
などの表現は、議論の焦点である「大言壮語タグの使用方法」という点から逸れてしまう可能性があります。「Wikipedia:礼儀を忘れない」や「Wikipedia:個人攻撃はしない」に素直に従い、感情的な反応が議論に影響を与えないよう、事実方針ガイドラインに基づいた建設的な議論を進めましょう。
私は一貫して中立的な立場を取っており、シェン・アーナリー・ン・アーバァさんの意見にも敬意を表しつつ、その立場は変わりません。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 13:37 (UTC)返信
ちょっとした余談ですが、私がこれほどまでに冷静な言葉を使う理由は、議論は本来、感情的になりすぎず、過度に自分の感情を加えるべきではないからです。もし議論自体が中立的で善意に基づいているのに、一人の言葉が原因で他の人を不快にさせ、それによって本来正しいことが誤解され、非難されるようになるのであれば、それは非常に損をすることになるのではないでしょうか?
ですので、今後も私は自分の個人的な感情を極力排除し、冷静に答えるつもりです。シェン・アーナリー・ン・アーバァさんに不快な思いをさせてしまい、本当に本当に申し訳ございませんが、事実は事実であり、間違っていることは間違っていると言うべきです。焦点は「引用文に大言壮語があれば、大言壮語のタグを貼り付けるべきだ」に絞るべきだと思います。--赤葡萄酒会話2024年12月25日 (水) 13:58 (UTC)返信

引用文の著作権はその引用元の文章を書いた人にあります。それに対してWikipediaの執筆者が勝手に『大言壮語』だと判断することは許されません。引用元の文章の筆者についての記事を執筆して、そこに執筆者が『この人の発言には大言壮語が多い』として当該個所を引用するならかまいませんが。基本的なところで間違った議論が延々続いているように見えます。 --ねこぱんだ会話2024年12月30日 (月) 05:26 (UTC)返信

補足します。もし、ある引用文が『大言壮語』だと判断されるなら、その記事のノートで、『かくかくしかじかの引用文は大言壮語なのでふさわしくないから除去しませんか』と問題提起して意見を求めればいいのです。へたにタグをはろうとするからもめるのです。 --ねこぱんだ会話2024年12月30日 (月) 05:34 (UTC)返信

人物名はフルネームか、名姓のみか

編集

はじめまして。最近、サッカー選手・パプ・ムッサ・コナテについて、サッカーサイトや外国語版Wikipediaなどで、フルネームより「ムッサ・コナテ」の方が多く一般的に使われている、との理由で改名提案をしたのですが、反対(消極的)意見と平行線状態になっております(ノート:パプ・ムッサ・コナテ)。また、スペイン語圏の名前でサッカーサイトなどでは「名・姓」のみの表記が多く使われていても、記事名が「名・姓・姓」で作られているものも多くあります(例:カルロス・アローヨ・モリーナ)。

Wikipedia:記事名の付け方#人名-6、「ミドルネームは原則として省略」となっていますが、ミドルネームに限らず、色々なサイトや外国語版などで、フルネームではない形の表記(名姓のみなど)が多く使われている場合、また、あるいは同名の人物がいるような場合など、(a)フルネーム、(b)サイトなどで多く使われている名姓のみなどの形(必要によっては曖昧さ回避の括弧つき)、どちらを記事名にした方がいいのか、過去の議論での方針やご意見などありますでしょうか。最近、同じ様な理由でWikipedia:改名提案を出すことが多いのですが、賛否が平行線になることも多いのでご意見いただけるとありがたく思います。--Aki no Momijigari会話2024年12月18日 (水) 11:19 (UTC)返信

  コメント ノート:パプ・ムッサ・コナテを読めば既に説明されているのでは。
(既に説明を受けている通り)原則は「まず何よりも「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」である必要があります」です。これをいくらか具体化したのがWP:CRITERIAです。すなわち「認知度が高い」「見つけやすい」「曖昧でない」「簡潔」「首尾一貫している」の5条件に最も合致するものを選択することになります。ただし、どれかの条件を満たすために、どれかの条件を妥協することはあります。
本件の場合「ムッサ・コナテ」にしてしまうと別記事と記事名が被る、という状況なので「曖昧でない」に抵触してしまいます。
「ムッサ・コナテ (サッカー選手)」ならありえるということですが、たとえば、「ムッサ・コナテ」表記が多数派だ、ということを具体的証拠を列記し示せば、いくらか賛同は得やすくなるかもしれません。それにはいくらか手間をかけての調査が必要でしょう。サッカー雑誌を買い集めるとかね。
現実の個別的事情・用例を無視してルールだけに頼る、ルールに合わせるためだけに改名する、というのは賛同を集めにくいでしょう。
程度問題の面はありますが、既にルールを示して説明されたものを、場所を変えたり一般化しようとするのはWP:IDIDNTHEARTHAT的です。「善意に基づいて」提案したのでしょうけれど、あなたの意見は受け入れられなかった。じゃああきらめるか、と割り切ることも時には必要です。--柒月例祭会話2024年12月18日 (水) 11:43 (UTC)返信
(補足)「一般化しようと」というのは、「パプ・ムッサ・コナテ」の件でミドルネーム抜き案に賛同が得られなかったということで、井戸端で「人名はミドルネーム云々」と話を持ってくるようなことを指します。「パプ・ムッサ・コナテ」の件では「パプ・ムッサ・コナテ」のことを議論しているのであって「人名一般のミドルネーム」の話をしていません。得てして、自分の案を否定された人は、自分の案を通そうとして話を大きく一般化したりしがちなんです。「賛成を得られなかったからしょーがないや」とあきらめればいいだけですよ。多数が参加するWikipediaではよくあることです。--柒月例祭会話2024年12月18日 (水) 11:47 (UTC)返信
(返信)個別の議論を一般の場でしようと思っているわけではないのですが、ノート:パプ・ムッサ・コナテの議論が個別の案件の議論ではなく、一般論の話の議論になってきてしまったので、過去に何か同様の議論の結論や方針などあるのかなども含めて尋ねたかったのです。--Aki no Momijigari会話2024年12月18日 (水) 12:28 (UTC)返信
「編集者の関心よりも読者の関心」という観点においては、一般的に使われているかどうかが理由になってもいいと思います。ただし、今回はムッサ・コナテ (サッカー選手)あたりが妥当だと思います。 Azamyes会話2024年12月18日 (水) 12:10 (UTC)返信
  コメント Aki no Momijigariさんは以前からWikipedia:記事名の付け方#人名-6を根拠としたサッカー選手の記事名の「簡略化」に積極的ですが、チアゴ・アレシャンドレ・メンデス・アウベスノート / 履歴 / ログ / リンク元を「チアゴ・アウベス (サッカー選手)」に議論なく改名されたのを当方が咎めたこともあります。その上で、今回パプ・ムッサ・コナテノート / 履歴 / ログ / リンク元の改名が一般論に波及して暗礁に乗り上げている為こういう議論を立ち上げられたのだと思いますが、そもそもWikipedia:記事名の付け方#人名WP:CRITERIAという基本方針があった上での「一つの目安」でしかないと考えており、サッカー選手に関しては「どういう呼称(登録名)になっているか」「同じ呼称(登録名)の人物がいる場合どういう曖昧さ回避をすべきか」ということを勘案すべき話であり、一律に何らかの杓子定規を適用すべきだとは考えません。--Bsx会話2024年12月18日 (水) 12:30 (UTC)返信
  コメント こちらでは一般論として。人名-6は要改訂ですね。英語版の見落としがこんなところに残っているのは計算外です。複姓との混同は手当てすべきですし、英米系を離れると通用しない「ミドルネーム」の問題は逆の取り扱い(「省略されることが多く重複しないなら省略してもよい」)の方が扱いやすいでしょう。そしてブラジルのサッカー選手がなぜここにあるのかはわかりません。--Open-box会話2024年12月18日 (水) 15:39 (UTC)返信
  コメント サッカー選手の名前とはあまり関係ない人名-6についての一般論ですが、結婚後に複合姓を使っていた人の記事がおそらくミドルネームを省く規定のせいであまり使用されない表記の名前で立項されていたことなどもありますので(厳密に言うと姓がふたつある扱いなのでこの場合はミドルネームではないのですが)、Open-boxさんがおっしゃるようにミドルネームは「省略されることが多く重複しないなら省略してもよい」という書き方に改訂したほうがよいようには思いますし、複合姓を使っている人についてももう少し整理された規定があったほうがいいとは思います。--さえぼー会話2024年12月25日 (水) 09:41 (UTC)返信
さえぼーさん、コメントありがとうございます。さえぼーさんはこの話題の経緯をご存知か分かりませんが、私の問題提起について説明させていただくと、このページの冒頭部分にも書いておりますが、外国語版の記事名であったり、(サッカーの場合)サッカーサイトなどで「名姓」のみの表記が多く使われていても、記事名が「名姓姓」で作られているものなどについて問題提起をしております。
例えばパプ・ムッサ・コナテ(これは複合性ではないですが)もそうですが、他にもノート:カルロス・アローヨ・モリーナノート:フェリックス・サンチェス・バスなど、「名姓」のみの表記が多くみられるのに、曖昧さ回避(「名姓 (サッカー選手)」のような記事名になること)を避けるために「名姓」にすることを反対されております(「名姓姓」を主張されている)。それはどうなのか、という問題提起です。
複合性で一般的に浸透している人物は、複合性(「名姓姓」)の記事名で問題ないと思っています。--Aki no Momijigari会話2024年12月25日 (水) 10:56 (UTC)返信
ここが逆なんですね。あえて省略形に寄せるので、「省略形が一般的に浸透」ぐらいまで行く必要がありますが、これはほぼ不可能。日本に基盤がない人物の知名度なんて高が知れています(チアゴ・アレシャンドレ・メンデス・アウベスならこの理由が使えましたが、この理由を捨てて省略形にしたケースとしてネディエリコ・ゼリッチがある以上は自己矛盾になります)。そこで「最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」となります。ここで問題なのは、「省略形になる理由」で「英語版の踏襲が見られるWikidata」(自己参照の上、当該言語版ですらないので論外)、「データサイトの仕様」(先方の技術的限界は理由になりません)を無視した主張、確立している曖昧さ回避の放棄理由としてはいずれも弱いですが、この二つを主に理由としているのでは問題でしょう。それでもまだ「日本語メディアが英語の引き写しでやらかしてる」とか「ミドルネーム」なら検討の余地はありますが、他の正当化できる理由となるとほとんどないと思われます。加えて曖昧さ回避の調査が甘いですね。重複を考えていないのは数々の依頼から明らかです。むしろ愛称で通用している人物の置き換えの方が可能性はあります。--Open-box会話2024年12月25日 (水) 14:12 (UTC)返信

出典として提示されている動画から確認できない事項を書いている編集を見つけた場合どのように対応するのが良いか

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大園桃子の記事を見ていて以下のような文言が加筆されていることに気づきました。


https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%A4%A7%E5%9C%92%E6%A1%83%E5%AD%90&diff=102205209&oldid=102204560


結論から書くと、提示された大園桃子のYouTubeチャンネルの動画内の冒頭部分で「諸般の事情で同行した人の名前を出したり、姿を撮影することができません」と述べられていて、動画からは筒井あやめが同行していたと確認することはできません。

一方で、筒井あやめの方は『乃木坂工事中』の放送で夏のコンサートツアー後のオフの間に旅行したと述べる回があるのですが(YouTubeの乃木坂配信中の公式アーカイブで当該回は確認できるはず)、こちらでも同行した人の名前は出てきません。


検索をかけてみると、 「大園と筒井両名のSNS(Instagram)のポストを見たファンが2人が同じ時期に同じ場所に旅行に行っていたようなポストをしていたので、大園と筒井の2人で旅行したのでは?」とまとめた芸能ニュース(コタツ記事)をいくつか見かけたのですが、そのような内容の記事を出典に使えるわけがないので、問題の記述は除去するのが良いのかや、こういう言い方は気が引けますが虚構に近い加筆をした利用者さんにどうアプローチするのが良いのかなど最善の対応がわからないので井戸端にお伺いしてみました。--122.130.164.182 2024年12月19日 (木) 04:59 (UTC)返信

  返信 (IP:122.130.164.182会話 / 投稿記録宛) つまり、IP:122.130.164.182会話 / 投稿記録 さんが、出典ということになっている動画を検証したところ「そのような内容が存在しない」という結果であったのですね?
 であれば、差し戻すなり、編集で取り去るなりしてください。余力があれば、問題の記述のある記事のノートにその旨をお知らせするといいでしょう。出典として指定されていた件の動画に、それの出典として十分な内容はありゃしませんでした。などとあなた自身の言葉でね。
 そして、間違った出典を使って編集をした利用者には、例えば会社や学校で、同僚や上司、先生に、間違いがあったことをご報告するときのように丁寧に、しかし「気をつけてください」という念押しは忘れずに対応してください。
 ただし、人間関係に「最善の対応」などというものは存在しないことに気をつけてください。
 また、私はその動画を確認したわけではないし、アイドルの話はさっぱりなので、そもそもあなたの指摘が正しいかどうかは、私は判断しかねます。あくまでご自身の責任で編集してくださいね。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 13:31 (UTC)返信

井戸端の「モバイルビュー・アプリ」に関する提案

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モバイルビュー

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ウェブ上の、mで始まるドメインについて。

 デスクトップ版と異なり、井戸端からサブページの編集へのリンクが機能していない。 --シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 14:21 (UTC)返信

 井戸端のサブページは、もっぱら単節からなるため、見出しの折りたたみ設定にかかわらず展開してはどうか。 --シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 14:21 (UTC)返信

モバイルアプリ

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少なくとも Android Pixel 8 において。

 井戸端の節へスクロールしない。 --シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 14:21 (UTC)返信

 井戸端の目次がスクロールバーに表示されない。 --シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 14:21 (UTC)返信

どれも、普通のページではない井戸端関連のページであるがゆえに、普通のページでは機能するものが機能していないだけ。なのでしょうが、煩わしいかどうかでいえば煩わしいので、私の個人のわがままかどうかお尋ねする次第です。--シェン,アーナリー,ン,アーバァ.(お気軽に会話ページへご連絡ください) 2024年12月25日 (水) 14:21 (UTC)返信

例を自作し、記事に例を加筆ことは独自研究に該当するのか?

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現在、とある記事を加筆中ですが、このような文を作りました。

『ある対象を知識の対象としてイメージする事と、意志の目的としてイメージする事では明確な違いがあるようにも見えるが、イメージ(表象)が属している意識体系の違いに過ぎないともいえる。例を挙げるとするなら、同じコップ一杯の水をイメージする場合において、外部の対象と結びつける場合(例:「生理的食塩水を作るために水を用意する。」)は知識的対象となるが、自分の欲求と結びつけた場合(例:「のどが渇いたので水をコップに注いだ。」)は意志の目的となる。』

太字の部分以外は出典を明らかにできるのですが、太字の部分は私が作成加筆したオリジナルの文になります。出典に基づいて記述するとイメージが湧きにくいので、例をあげてみたいのですがこの太字部分は独自研究に該当するのでしょうか?独自研究で何が除外されるかによると、『既存の用語に新たな定義を与える。』や『他の概念や理論、論証、立場を反駁あるいは支持する論証を、その論証に関する評判の良い資料を提示することなく加筆する。』とあります。これらの独自研究と認定される編集に該当する可能性の有無をお教えいただけると幸いです。--Earthbound1960会話2024年12月26日 (木) 23:25 (UTC)返信

特にご意見も無いようなので「例」を加筆しないことにしました。失礼しました。--Earthbound1960会話2024年12月28日 (土) 22:17 (UTC)返信
  コメント 遅ればせながら申しますと、出典にない記述を付加するのは、やはり独自研究に該当するかと思います。仮に投稿するとしても、「出典にある情報」と「自分で考案した例」がはっきり区別できるような書き方でなければいけないでしょう。--禁樹なずな会話2024年12月30日 (月) 10:09 (UTC)返信
禁樹なずな様、明確な指針を示していただきありがとうございます。--Earthbound1960会話2024年12月31日 (火) 07:30 (UTC)返信

出典を入れているのにエラーが出る

編集

refのやつ,ちゃんと必要事項を入れているのにエラーになります。何でなんでしょう?

該当ページ→利用者:背後のトモモ/下書きノート/なるり--背後のトモモ会話2024年12月27日 (金) 13:05 (UTC)返信

またrefでエラー!今度は入れてるはずなのに</ref>が不足⁉︎

編集

あぁまだ下書き段階でよかったです。どうすればイイですか?全角でないコトは確かめたはずです。--背後のトモモ会話2024年12月28日 (土) 00:37 (UTC)返信

すみません。該当ページ書き忘れてました。
利用者:背後のトモモ/下書きノート/アニメな時間--背後のトモモ会話2024年12月28日 (土) 00:44 (UTC)返信
H:REFNESTをお読みください。あと、編集の仕方の質問はWikipedia:利用案内の方が適切です。--FlatLanguage会話 / 投稿2024年12月28日 (土) 00:52 (UTC)返信

新規立項された記事について

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先日とある記事を新規立項したのですが、一部不備があり管理者によって削除されました。ただ今後復帰依頼や再立項をしたいと考えています。その時に、以前削除された記事を参考にしたい(正直なんの出典を挿入したか覚えていない)のですが、私からは見れません。管理権限があれば見ることができると思うのですが、見られないので、とても不便です。そこで、削除された利用者のみ、削除されたページをみることができる(閲覧専用)ようにできないでしょうか。このような仕様変更ができるのかは存じ上げませんが、どなたでもご意見をお聞かせください。--平和第一会話2024年12月28日 (土) 14:55 (UTC)返信

削除されたページを一般利用者が見るには復帰するしかありません。Wikipedia:削除の復帰依頼で「復帰して利用者サブページへ移動して下さい」とでも言えば、受け入れてもらえるのではないかと思います。--FlatLanguage会話 / 投稿2024年12月28日 (土) 17:02 (UTC)返信
依頼しました。返信ありがとうございます。--平和第一会話2024年12月29日 (日) 01:56 (UTC)返信
利用者サブページに移動すれば削除を逃れるのであれば、権利侵害案件以外の削除依頼で立項者が存続を望むようなものはすべて移動で済むと思いますが(削除不要)、ほぼそのような運用は行っていません。普段このような案件で「Wikipedia:削除の復帰依頼で「復帰して利用者サブページへ移動して下さい」とでも言えば、受け入れてもらえる」ような運用も行われているようには思いません。--柏尾菓子会話2024年12月28日 (土) 23:41 (UTC)返信
  返信 (柏尾菓子さん宛) この中でも意見が割れているので、とりあえず依頼してみました。ご意見があるのでしたら、お書きください。リンクはWikipedia:削除の復帰依頼#えるにーにょです。--平和第一会話2024年12月29日 (日) 01:56 (UTC)返信
ご案内ありがとうございます。意見しました。ご案内から意見まで早いのは、この議論から本件を気にかけていたためです。--柏尾菓子会話2024年12月29日 (日) 02:08 (UTC)返信
少なくとも英語版ではそのような運用になっています(en:Wikipedia:Requests for undeletionen:Wikipedia:Userfication)。英語版では下書き等を利用者ページに置き続けることはでない(en:WP:FAKEARTICLE)ですが、日本語版にはそのようなガイドラインはないので、利用者ページなら許されるコンテンツというのはあると思います。だからといって利用者ページなら広告宣伝をしていいということにはならないのは、もちろんです。--FlatLanguage会話 / 投稿2024年12月29日 (日) 02:32 (UTC)返信
初めて知りました。できればコピペでも構いませんので、上記にリンクがある復帰依頼にもそのことを書いていただけますか・・・--平和第一会話2024年12月29日 (日) 02:39 (UTC)返信
英語版と日本語版では方針含め運用が同じなわけではありません。「日本語版にはそのようなガイドラインはない」とおっしゃり、方針やガイドラインになく今までの慣例でもないことを行うのであれば、そちらを整備する方が先だと考えます。--柏尾菓子会話2024年12月29日 (日) 02:36 (UTC)返信
法的な問題がない内容で、新たに適切な記事を立項するという有意義な目的があるのであれば、復帰して利用者サブページへ移動しても良いと思いますし、それを否定する理由もないと思いますので、良いのではないでしょうか。即時削除された記事であれば、即時削除された記事に対しての基準の3に照らして、依頼を出していただければ、必要なら私が対処します。--伊佐坂安物会話/履歴2024年12月29日 (日) 00:32 (UTC)返信
  返信 (伊佐坂安物さん宛) 復帰依頼→利用者サンドボックスへ移動ということですね?依頼を提出させていただきます。--平和第一会話2024年12月29日 (日) 01:45 (UTC)返信

全般4について

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Wikipedia:即時削除の方針#全般4についてですが、そこにはこう記載されています。「露骨な宣伝・広告のみが目的と思われるページ。特定商品の宣伝・広告で全文が占められているものや、百科事典的な記事にするためには根本的に書き換える必要があるもののことです。」 これについてですが、ここでの「商品」とは人間も含むのでしょうか。また、露骨な宣伝・広告のみとありますが、のみと限定されるので、この条項を適用するには複数の人物が関わったうえで、多少そのページの人物の情報を知らないと、誤った判断をしてしまうと思いますが、どう思われますか。ですので、この条項を適用するには、即時削除という形で適用するには難しいように感じます。--平和第一会話2024年12月29日 (日) 14:18 (UTC)返信

ケースB-2が依頼理由の削除依頼の緊急案件について

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時々、提出される削除依頼理由にケースB-2が入っているにも関わらず、緊急案件化されないまま提出されるケースがたびたび散見されます。ケースB-2にのみ緊急案件が利用できますが、ケースB-2が依頼理由の場合、緊急案件を利用しないのは、依頼の性質及び削除の方針上、問題ないのでしょうか?--妖怪ウォッチ宣教師会話2024年12月29日 (日) 01:06 (UTC)返信

  • WP:DP#EMERによると、「人のプライバシー侵害が生じている場合等であって、審議を省略して緊急に削除すべきものと判断されるとき」とのことなのでプライバシー侵害等のB2案件であっても「緊急に削除すべきと判断される」ものでなければ緊急削除でなくてもよいと思います。たとえば書くと法的リスクがあるものの、報道でよく知られておりインターネットで検索すれば他のサイトでもすぐに情報が出てくるような著名人の不祥事や犯罪の被疑者名であれば、一週間程度慎重に審議してもよいでしょうし、緊急に削除する必要もなさそうです。一方で、ネットで公開されていない著名人の住所や学校名、一般人の情報などは拡散を防ぐためにも緊急削除として依頼することが望ましいかと。--伊佐坂安物会話/履歴2024年12月31日 (火) 01:23 (UTC)返信

利用者ページのアラートのトコロ、表現を変えてイイのでは?

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アラートと聞くと何かヤバいコトをした感じがしてひやひやします

別にそうでもないコトもアラートに含まれてたりします

表現を変えた方がイイ気がしますが…

賛成反対投票お願いできますか?

無論僕は  賛成 です--背後のトモモ会話2024年12月29日 (日) 11:15 (UTC)返信

テレビ番組における特筆性について

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過去の議論の検索はかけたのですが、もし以前に同様の内容があった場合は申し訳ありません。

笑点笑っていいとも!のような長期間にわたるレギュラー番組や24時間テレビのような知名度の高い特番の記事があることは問題ないと思うのですが、単発のテレビ番組の記事や、長く続いているわけでもないレギュラー番組の記事などに関しての記事は特筆性があるのでしょうか。皆様のご意見をお待ちしております。--misei_sen会話2024年12月29日 (日) 15:16 (UTC)返信

学名の表記

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コロンビアマンモスジャガーで、学名:Mammuthus columbi/Columbian mammothとして、学名/英名のように表記してまわっているIPの編集者がいるのですが、どのような対応をした方がよいでしょうか?--Tekeonin会話2024年12月31日 (火) 00:20 (UTC)返信

  情報 別の方が、学名は英名とは別として、除去されたようです。これにて終了でよいですかね。--Tekeonin会話2024年12月31日 (火) 06:13 (UTC)返信