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記事にタグを何枚も貼る行為について

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日英両方のウィキペディアに投稿して経験したことですが、出典がきちんと示されているにも関わらず、要出典、あるいはその出典に信憑性があるかについての関連タグを貼られることが何度かありました。こちらは可能な限り文献やサイトを探して来て、極力詳しく編集しているつもりですので、そういう行為に違和感を覚えることもあります。本来ウィキペディアは、ブロックされていない限り誰でも編集可能なのですから、タグを貼る前に、まず自分で、より詳細な文献なりサイトなりを探して加筆していただきたいものです。何か一方的な印象も受けます。ユーザー1人当たりにつき、貼ることのできるタグを制限するとか、そのような策は取れないものかとも考えてしまいます。--Ishino会話2014年11月24日 (月) 06:28 (UTC)[返信]

出典をつけているつもりなのに要出典や要検証などを貼られるというのであれば、まずはあなたの『出典がきちんと示されている』という認識を疑ったほうが良いのではないでしょうか。--氷鷺会話2014年11月24日 (月) 06:40 (UTC)[返信]
  コメント タグが的外れ(たとえば、出典があるところに{{要出典}}を張っている)なら、即座に剥がしてしまっても問題はないでしょう。もちろん、そこで戻されて編集合戦になりそうなら、ノートでの対話が必要だとは思います。私自身、すでに出典が数多く付いていた記事に貼られた{{出典の明記}}を、「不十分な箇所を具体的に指摘してください」と差し戻したことがあります。--Jkr2255 2014年11月24日 (月) 06:42 (UTC)[返信]
  コメント 出典が無い場所に要出典等が添付されていたら、出典を探してきましょう。ウィキペディアは「基本的なルールを守る限りにおいて」誰でも編集可能である点をご理解ください。ルールを守らない無法者は参加できません。検証可能性を担保する、つまり出典を明記するルールは明らかに「基本的なルール」のひとつです。また、出典の提示責任は掲載を求める側にあります。よって「タグを貼る前にまず自分で云々」は全くの失当です。内容がデタラメと想定されたり、どんな文献に書いてあるのか想像も付かないものや、あるのかもしれないがものすごく入手が困難であるのではないかなどと想定されるものについては特にそれが申せましょう。また、世の中には有効な出典と無効な出典、信頼性のある出典と信頼性の無い出典などもあります。単に形式上出典がついていれば良いと言う問題ではありません。もし出典がついている箇所に要出典を張られたらそれが有効な出典として機能していない可能性があります。まずは当該記事のノートで議論を提議し、それを添付された方の会話ページへお邪魔し、ノートへお誘いください。そして、どこに不都合があったのかを訊いてみて下さい。編集合戦は絶対におやめください。必要であればwikipedia:コメント依頼で第三者に見てもらうようにお願いし、判断を仰いで下さい。どうしても必要であれば記事名と編集差分を明記の上でこの井戸端で意見を聞いてみることも許されるでしょう。ただし全般的・総括的な意見については対応できますが、あまり専門的なことは井戸端にはそぐいませんので念のため。--Hman会話2014年11月24日 (月) 08:04 (UTC)[返信]
皆様、回答をありがとうございます。もう一度詳しく書かせていただきますと、たとえば既にその記事の趣旨に沿っていると思われるものを貼っていても、もう少し詳しい文献が必要であると散々言われた割に、その方自身は、何一つ具体的な文献名を示されませんでした。そこまで言われるのであれば、その方自身が、たとえばこれこれこう言った文献や資料があると提示されてしかるべきだと思いますし、もしそのような資料をご存知でしたら、その方がそれを元に加筆されても特に問題はないと思います。そういう手間をショートカットされる割に、文献がどうこうといわれるのは、どうにも承服しかねるものがあります。たとえばレスキュー (緩和医療)などがそうですが、要高次出典のタグを貼られたりするのであれば、その方自身が文献を探して来て加筆というのもありでしょう。あと、Hmanさんのご指摘に「タグを貼る前にまず自分で云々は失当」とありますが、私は出典のない分には、自分で可能な分には自分で出典を探して、それを元に加筆するよるようにしています。でないと、他の利用者に加筆を促して、後はその人に丸投げという感じに自分では受け取れてしまいます。このタグを貼られた方とはその後何度かやりとりがあり、自分でも書籍を探してみるとも言っておられましたが、今は特にやりとりはなく、私も書籍を探す時間がありませんので放ったままです。その方ともう一度連絡を取るべきでしょうか。--Ishino会話2014年11月24日 (月) 09:11 (UTC)[返信]
  コメント 「問題点を探して指摘する」ことも、ウィキペディアを編集する上で必要な1つの仕事です。ある意味「丸投げ」と言えなくもないですが、とりわけ{{要高次出典}}なんていうのは、そう簡単に見つからないから貼るものです。問題点が指摘されず埋もれている状態と比較すれば、タグがついた状態は(情報の品質という意味では)改善に向かっている状態であることに間違いはありません。--Jkr2255 2014年11月24日 (月) 11:05 (UTC)[返信]
Jkr2255さん、コメントありがとうございます。確かに見方によっては、タグをつけられるということは、その記事が注視されているということでもありますね。--Ishino会話2014年11月24日 (月) 13:41 (UTC)[返信]
それが達成されるのが何十年後かは全くわかりませんが、ウィキペディアでは「全ての情報に信頼ある出典がついており、検証が可能であり、可能な限り正確である」状態が最良の状態であることは疑いありません。根本的には「出典も付けずに適当に書いた利用者が悪い」のです。出典の提示責任は記述を望む側にあるとルールに明記されているので・・・。この点は議論の余地のない基本的なルールですので、くれぐれも忘れないようにしてください。なお、「そんなこと知ったことか」「あくまで編集者用だ」などとおっしゃる方もいらっしゃるでしょうが、要出典は「閲覧者への注意喚起」ともなっています。他のサイトなどで、単にウィキペディアに書いてあるからと言うだけで、無批判にそれを事実としている方を多く見かけます。google検索でも上位に出てきますしね・・・。ソースもわからないような、そしてウィキペディアである以上どこの誰が書いたのかもわからない記述を信じ込んでしまうなどは私には考えられませんが、若年者の方やネットにお詳しくない方にとってはやむを得ない部分もあります。ウィキペディアがデマの発信源になるなど、悪夢です(そして一部ではその悪夢が現実になっています。外部での指摘を受け典拠不明な記述を除去したり要出典を添付したりは、時間があれば私もよく行っています)。その辺りまでご配慮頂ければ、大変好ましいことであるかと存じます。まあ私の意見は私の意見として、一応は聞いておいてください。そして他の方の意見もその方の意見として、十分に検討してみてください。私からは以上となります。--Hman会話2014年11月27日 (木) 18:33 (UTC)[返信]

Hmanさん、遅くなりましたがご意見及び助言をありがとうございました。--Ishino会話2014年11月29日 (土) 15:53 (UTC)[返信]