LiteBIRD

宇宙航空研究開発機構 (JAXA)が開発中の宇宙望遠鏡

LiteBIRD[1]Lite (Light) satellite for the studies of B-mode polarization and Inflation from cosmic background Radiation Detection[1]、ライトバード[2] - インフレーション宇宙を検証するCMB偏光観測小型科学衛星[1])は、2028年度の打上げ実現を目指して検討中の日本の科学ミッション[6]。2019年5月14日、宇宙科学研究所 (ISAS) によって戦略的中型2号機に選定された[7]。宇宙誕生後、ビッグバン以前に生じた原始重力波の検出を目指す[2]

LiteBIRD[1]
(ライトバード[2]
所属 宇宙航空研究開発機構 (JAXA)
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 (KEK)
公式ページ https://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/future/litebird.html
状態 計画中
目的 インフレーション理論の検証[3]
観測対象 宇宙マイクロ波背景放射 (CMB)
計画の期間 3年[4]
打上げ機 H3ロケット[5]
打上げ日時 2028年度[6]
物理的特長
質量 2,600 kg[5]
発生電力 2.5 kW[4]
軌道要素
周回対象 太陽
軌道 太陽-地球L2リサジュー軌道[4][5]
観測機器
LFT 低周波望遠鏡 (34 - 161 GHz)
MHFT 中高周波望遠鏡 (89 - 448 GHz)
テンプレートを表示

概要

編集

20世紀後半に提唱されたインフレーション理論は、宇宙が誕生した後にビッグバンに至るまでその体積が急激な加速膨張を経たとしており、広く受け入れられている[2]。インフレーション理論においては、誕生直後の宇宙に存在した量子ゆらぎがこの急激な膨張で引き延ばされた結果、原始重力波が生じると予測されている。この原始重力波は、宇宙誕生から約38万年後の宇宙の晴れ上がりにおいても宇宙空間を満たしており、宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の偏光に「Bモード」と呼ばれる特徴的な渦巻きパターンをその痕跡として遺していると考えられている[2]。Bモード偏光の検出はインフレーション理論の決定的な証拠となり得るが、2019年現在成功した事例は存在しない[注釈 1]。LiteBIRDは、このBモード偏光の検出(および原始重力波の検出)を2020年代に実現する可能性のある世界で唯一の衛星計画である[4]。また、インフレーション理論の検証に留まらず、超弦理論に代表される量子重力理論の実験・観測による検証の可能性を切り拓くことが期待されている[9]

ミッションの背景

編集

目的

編集

CMBの偏光を精密観測することにより、宇宙誕生後約10-38秒後に起きたとされるインフレーション期に生じた原始重力波を探索し、代表的なインフレーション理論を検証する[9]

経緯

編集

2008年9月、ISASの宇宙理学委員会に対して、高エネルギー加速器研究機構 (KEK) の羽澄昌史を中心にワーキンググループの設立が申請されて研究が始まり[10]2015年2月には「戦略的中型計画」の候補としてISASに正式提案された[2]。その後、ISASの国際サイエンス審査会(2016年5月)とフェーズA1準備審査会(2016年8月)に合格し、2016年9月から2年間「プリフェーズA2」(旧フェーズA1)として概念設計の検討が行われた[11][12]。2017年2月には、日本学術会議の「マスタープラン2017」において28件の重点大型研究計画の1つに位置付けられた[13][14]2018年11~12月にかけて行われたプリフェーズA2終了の審査の結果、予定の計画を満了していることが確認され、2019年5月14日にISASから戦略的中型2号機に選定された[7][15]

原始重力波を検出しようとする衛星計画として、欧州宇宙機関 (ESA) のCOrE、アメリカ航空宇宙局 (NASA) のPIXIEが同時期に検討されていたが、COrEはコスト面、PIXIEは他の計画との競合がネックとなり採択されず、2020年代に原始重力波を検出する可能性のある衛星計画はLiteBIRDのみとなった[4][16]

参加機関

編集

衛星計画は宇宙航空研究開発機構 (JAXA) が担当し、プロジェクトマネージャー (PM) はISASに置かれる[13]。観測装置の開発は、プリンシパルインベスティゲータ (PI) の下、大学共同利用や国際協力の枠組みで進められる[13]。2019年5月現在、羽澄昌史 (KEK) がPIを務める[17]

カブリ数物連携宇宙研究機構
データ解析パイプラインの構築、データ解析、キャリブレーション、光学系の設計・開発
宇宙航空研究開発機構/宇宙科学研究所
プロジェクトマネジメント、システム設計、ミッション系設計・製作・試験、衛星バス部設計・製作、衛星組立・試験、打ち上げ、運用
高エネルギー加速器研究機構/総合研究大学院大学
地上観測での技術実証、ミッション部設計・開発・試験
岡山大学スタンフォード大学
系統誤差の推定・放射線耐性の試験
名古屋大学横浜国立大学マックス・プランク天体物理学研究所
前景放射除去
国立天文台カリフォルニア大学大阪府立大学埼玉大学筑波大学甲南大学
光学系、検出器の開発
核融合科学研究所関西学院大学東京大学大学院理学系研究科・理学部大阪大学情報通信研究機構東京工業大学東北大学理化学研究所APCパリ英語版カーディフ大学・パリILP・コロラド大学マギル大学アメリカ国立標準技術研究所
実現性検討、ミッション部設計・開発・試験への参加

国際協力

編集

衛星システム及び打ち上げは日本が担当する[3]。ミッション機器は、日本のほか、ヨーロッパ(ESAフランス)、アメリカカナダが分担する[3]イタリア宇宙機関は2018年1月からフェーズA検討に参加し、中高周波望遠鏡MHFTの検討を実施した[16][18]

構造

編集

観測機器

編集

低周波望遠鏡 (LFT) と中高周波望遠鏡 (MHFT) の2つの望遠鏡で、34 - 448 GHzの波長領域のミリ波を15のバンドで高精度に観測することにより、天の川銀河からの前景放射を高い精度で取り除く[12][19]。また、望遠鏡を5K(ケルビン)、焦点面検出器を100mKまで冷却することで熱放射によるノイズを低減する[12]。LFTは日本、MHFTはヨーロッパ、焦点面検出器と低温読み出し回路はアメリカ、常温読み出し回路はカナダが担当する[12]

主な研究者

編集

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ 2014年3月には、ハーバード・スミソニアン天体物理学センターがBICEP2プロジェクトによる観測でBモード偏光を検出したとする研究結果を発表したが、その後の検証により否定されている[8]

出典

編集
  1. ^ a b c d LiteBIRD:インフレーション宇宙を検証するCMB偏光観測小型科学衛星”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所. 2019年5月22日閲覧。
  2. ^ a b c d e f 羽澄昌史. “ライトバード(LiteBIRD)でビッグバン以前の宇宙を探る”. ISASニュース (宇宙科学研究所/宇宙航空研究開発機構) 426: pp. 1-3. https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/161007.html 
  3. ^ a b c 宇宙科学技術ロードマップ/第29回宇宙科学・探査小委員会”. 内閣府. pp. 36-37 (2019年5月7日). 2019年5月23日閲覧。
  4. ^ a b c d e 関本裕太郎; 堂谷忠靖; 羽澄昌史; 小松英一郎; 石野宏和; 今田大皓; 魚住聖; 宇都宮真 ほか『CMB偏光観測衛星LiteBIRD概念設計 インフレーション起源の原始重力波の探索』(レポート)レポート番号: S6-002、宇宙航空研究開発機構〈第18回宇宙科学シンポジウム 講演集〉、2018年1月https://jaxa.repo.nii.ac.jp/records/81962024年2月27日閲覧。「第18回宇宙科学シンポジウム (2018年1月9日-10日. 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所(JAXA)(ISAS)相模原キャンパス), 相模原市, 神奈川県」 
  5. ^ a b c 第47回宇宙産業・科学技術基盤部会 参考資料”. 宇宙科学研究所/宇宙航空研究開発機構 (2019年5月22日). 2019年5月28日閲覧。
  6. ^ a b 宇宙基本計画工程表(令和2年度改訂)” (PDF). 宇宙開発戦略本部 (2020年12月15日). 2021年12月23日閲覧。
  7. ^ a b 國中均 (2019年5月22日). “宇宙科学・探査プロジェクトの進め方について/第47回宇宙産業・科学技術基盤部会”. 宇宙科学研究所/宇宙航空研究開発機構. 2019年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月28日閲覧。
  8. ^ "First Direct Evidence of Cosmic Inflation" (Press release). ハーバード・スミソニアン天体物理学センター. 17 March 2014.
  9. ^ a b 目的”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所. 2019年5月22日閲覧。
  10. ^ 羽澄昌史 (2008年9月22日). “小型科学衛星を用いた宇宙背景放射偏光精密測定計画(LiteBIRD)ワーキンググループ設立申請書”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所. 2019年5月23日閲覧。
  11. ^ 宇宙科学研究所におけるPhase-A1がスタートしました”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 (2016年9月30日). 2019年5月23日閲覧。
  12. ^ a b c d 関本裕太郎 (2019年). “LiteBIRDの最新事情と開発のトピックス”. ISASニュース (宇宙科学研究所/宇宙航空研究開発機構) 455: p. 6. https://www.isas.jaxa.jp/outreach/isas_news/files/ISASnews455.pdf#page=6 
  13. ^ a b c LiteBIRD - 熱いビッグバン以前の宇宙を探索する宇宙マイクロ波背景放射偏光観測衛星”. 重点大型研究計画 説明資料. 日本学術会議 (2017年2月8日). 2019年5月23日閲覧。
  14. ^ LiteBIRDが学術会議マスタープラン2017重点大型研究計画に決定しました”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 (2017年2月8日). 2019年5月23日閲覧。
  15. ^ 宇宙科学研究所はLiteBIRDを戦略的中型2号機に選定しました!”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 (2019年5月21日). 2019年5月23日閲覧。
  16. ^ a b 羽澄昌史 (2018年3月19日). “LiteBIRD進捗状況”. 宇宙電波懇談会. pp. 15. 2019年6月1日閲覧。Archived 2018-10-06 at the Wayback Machine.
  17. ^ メンバー”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所. 2019年5月22日閲覧。
  18. ^ Masashi Hazumi (2019年2月22日). “LiteBIRD --Status and Prospectives”. 京都大学基礎物理学研究所. pp. 45. 2019年6月1日閲覧。
  19. ^ 装置”. 高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所. 2019年5月22日閲覧。

外部リンク

編集