1982年の読売ジャイアンツ
1982年の読売ジャイアンツ(1982ねんのよみうりジャイアンツ)では、1982年の読売ジャイアンツの動向をまとめる。
1982年の読売ジャイアンツ | |
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成績 | |
セントラル・リーグ2位 | |
66勝50敗14分 勝率.569[1] | |
本拠地 | |
都市 | 東京都文京区 |
球場 | 後楽園球場 |
球団組織 | |
オーナー | 正力亨 |
経営母体 | 読売新聞社 |
監督 | 藤田元司 |
« 1981 1983 » |
この年の読売ジャイアンツは、藤田元司監督の2年目のシーズンである。
概要
編集連覇を目指すチームは開幕3連勝と好スタートを切り、4月下旬には6連勝で首位に立った。6月に広島に首位を明け渡し、一時は3位に後退するが、7月に再び首位に返り咲き前半を折り返す。後半戦に入ると広島は脱落し中日との優勝争いとなるが、8月下旬の首位攻防3連戦を全勝し、8月終了時点で中日に4ゲーム差を付ける。しかし9月に入ると松本匡史と河埜和正の1・2番が故障で相次いで離脱し中日に差を詰められ、9月28日の直接対決では9回に江川卓が4点差を追いつかれて逆転負けを喫しマジック点灯を許す。その後も星を伸ばせず、10月9日の大洋との最終戦では2年連続20勝がかかった江川がソロ本塁打3発を浴びて敗れシーズン終了。中日が最終戦で優勝を決めたのはその9日後であった。投手陣は江川以外にも西本聖・定岡正二・加藤初や新浦壽夫でローテーションを回し、角盈男とベテラン浅野啓司のダブルストッパーが2点台をマークするなど好調で、3年連続の防御率2点台を記録。打撃陣は4番の原辰徳がチーム1位の33本塁打と急成長し、中畑清も25本塁打を打つなど奮闘した。それ以外では松本が61盗塁で盗塁王を獲得し、チーム本塁打はリーグ3位も112盗塁はリーグ1位で、優勝の中日を上回った。カード別成績では中日が5位の大洋、最下位のヤクルトに30勝16敗の貯金14と大きく勝ち越したのに対し、巨人は大洋に14勝9敗3分、ヤクルトにも14勝10敗2分で貯金を1桁しか作れなかった。
チーム成績
編集レギュラーシーズン
編集開幕:4/3 | 5/1 | 6/1 | 7/1 | 8/4 | 9/1 | |||||||
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1 | 中 | 松本匡史 | 中 | 松本匡史 | 中 | 松本匡史 | 中 | 松本匡史 | 中 | 松本匡史 | 中 | 松本匡史 |
2 | 遊 | 河埜和正 | 遊 | 河埜和正 | 遊 | 河埜和正 | 遊 | 河埜和正 | 遊 | 河埜和正 | 遊 | 河埜和正 |
3 | 二 | 篠塚利夫 | 二 | 篠塚利夫 | 左 | ホワイト | 二 | 篠塚利夫 | 二 | 篠塚利夫 | 二 | 篠塚利夫 |
4 | 一 | 中畑清 | 一 | 中畑清 | 三 | 中畑清 | 一 | 中畑清 | 三 | 原辰徳 | 左 | ホワイト |
5 | 三 | 原辰徳 | 三 | 原辰徳 | 二 | 原辰徳 | 三 | 原辰徳 | 一 | 中畑清 | 三 | 原辰徳 |
6 | 左 | 淡口憲治 | 右 | 淡口憲治 | 右 | 淡口憲治 | 左 | 淡口憲治 | 左 | ホワイト | 一 | 中畑清 |
7 | 右 | トマソン | 左 | 山本功児 | 一 | 山本功児 | 右 | トマソン | 右 | 淡口憲治 | 右 | 淡口憲治 |
8 | 捕 | 山倉和博 | 捕 | 山倉和博 | 捕 | 山倉和博 | 捕 | 山倉和博 | 捕 | 山倉和博 | 捕 | 山倉和博 |
9 | 投 | 江川卓 | 投 | 定岡正二 | 投 | 西本聖 | 投 | 新浦壽夫 | 投 | 定岡正二 | 投 | 加藤初 |
順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 最終成績 | ||||||
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1位 | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 広島 | -- | 巨人 | -- | 巨人 | -- | 中日 | -- |
2位 | 大洋 | 2.5 | 中日 | 1.0 | 巨人 | 1.0 | 中日 | 1.0 | 中日 | 4.0 | 巨人 | 0.5 |
3位 | 中日 | 3.0 | 広島 | 1.0 | 中日 | 3.0 | 広島 | 2.0 | 阪神 | 8.0 | 阪神 | 4.5 |
4位 | 広島 | 大洋 | 3.0 | 大洋 | 4.0 | 大洋 | 6.5 | 広島 | 11.0 | 広島 | 8.0 | |
5位 | ヤクルト | 5.5 | ヤクルト | 7.0 | 阪神 | 4.5 | 阪神 | 7.5 | 大洋 | 13.5 | 大洋 | 14.5 |
6位 | 阪神 | 7.0 | 阪神 | 12.0 | ヤクルト | 17.5 | ヤクルト | 19.0 | ヤクルト | 23.5 | ヤクルト | 23.5 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 中日ドラゴンズ | 64 | 47 | 19 | .577 | 優勝 |
2位 | 読売ジャイアンツ | 66 | 50 | 14 | .569 | 0.5 |
3位 | 阪神タイガース | 65 | 57 | 8 | .533 | 4.5 |
4位 | 広島東洋カープ | 59 | 58 | 13 | .504 | 8.0 |
5位 | 横浜大洋ホエールズ | 53 | 65 | 12 | .449 | 14.5 |
6位 | ヤクルトスワローズ | 45 | 75 | 10 | .375 | 23.5 |
オールスターゲーム1982
編集→詳細は「1982年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
- 選出選手及びスタッフ
ポジション | 名前 | 選出回数 |
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監督 | 藤田元司 | |
投手 | 江川卓 | 3 |
定岡正二 | 初 | |
西本聖 | 3 | |
捕手 | 山倉和博 | 2 |
一塁手 | 中畑清 | 2 |
三塁手 | 原辰徳 | 2 |
外野手 | 松本匡史 | 2 |
山本功児 | 初 |
- 太字はファン投票による選出。
できごと
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選手・スタッフ
編集表彰選手
編集ドラフト
編集→詳細は「1982年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
順位 | 選手名 | ポジション | 所属 | 結果 |
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1位 | 斎藤雅樹 | 投手 | 市立川口高 | 入団 |
2位 | 岡本光 | 投手 | 松下電器 | 入団 |
3位 | 石井雅博 | 外野手 | 明治大学 | 入団 |
4位 | 川相昌弘 | 投手 | 岡山南高 | 入団 |
5位 | 中島浩人 | 投手 | 日本鋼管 | 翌年シーズン後に入団 |
6位 | 藤本茂喜 | 内野手 | 明徳高 | 入団 |
出典
編集- ^ “年度別成績 1982年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2016年5月28日閲覧。
- ^ 『日本プロ野球記録年鑑 ベースボール・レコード・ブック1983』ベースボール・マガジン社、1982年。ISBN 4-583-02163-1。
- ^ “読売巨人軍公式HP 背番号変遷”. 読売ジャイアンツ. 2016年5月28日閲覧。
- ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。