黒瀬健太
黒瀬 健太(くろせ けんた、1997年8月12日 - )は、大阪府泉南市出身[1]の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。
2018年5月1日 タマホームスタジアム筑後 | |
基本情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身地 | 大阪府泉南市 |
生年月日 | 1997年8月12日(27歳) |
身長 体重 |
181 cm 93 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 2015年 ドラフト5位 |
初出場 | 2022年7月30日 |
最終出場 | 2022年8月19日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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歴代4位、右打者では史上最多となる、高校通算97本塁打を記録している[2]。
経歴
編集プロ入り前
編集新家小学校1年から新家スターズで外野手として軟式野球を始めて同年中に捕手へ転向し、泉南市立一丘中学校では「貝塚ヤング」に所属した[1]。
初芝橋本高校に進学し、1年生からベンチ入りし、秋からは正捕手となる。2年生秋の和歌山県大会ではベスト4、3年生夏は3回戦敗退で甲子園出場はなかった。高校通算97本塁打[1]。
2015年のプロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから5巡目で指名され[3]、11月20日に契約金3500万円、年俸500万円(金額は推定)で契約合意に達し[4]、入団した[5]。背番号は61。
プロ入り後
編集2016年は二軍公式戦において15試合の出場し、打率.186[6]。三軍戦では71試合に出場、打率.209、2本塁打の成績を残す[7]。
2017年2月25日、宮崎春季キャンプにおいて打撃練習中に負傷し、宮崎市内の病院で「右母指基節骨骨折」と診断され、同月27日に手術を行ったと発表された[8][9]。5月6日に行われた三軍戦で復帰し[10]、6月22日のウエスタン・リーグ・対広島東洋カープ戦で二軍公式戦に出場する[11]。同年も一軍公式戦の出場機会は得られなかったが、二軍公式戦に22試合出場し、打率.172、2打点[12]、三軍戦では、47試合に出場し、打率.244、5本塁打、26打点の成績を残す[13]。10月19日、11月25日から台湾で開催される2017アジアウインターベースボールリーグにおいて、NPBウエスタン選抜に選出された[14]。12月3日の対JABA選抜(日本社会人野球代表)戦で守備で牽制の際に走者と交錯し負傷交代する[15]。頭部打撲による脳震盪の恐れがあり、12月5日に帰国して検査を受けることとなった[16]。
2018年も一軍公式戦の出場はなく、10月4日に戦力外通告を受けるが[17]、11月20日に育成選手として再契約された[18]。背番号は126。
2019年、二軍公式戦に16試合出場[19]。三軍戦では87試合に出場し、打率.255、5本塁打、34打点を記録する[20]。
2020年、二軍公式戦に11試合出場し[21]、三軍戦では48試合に出場し、打率.328、8本塁打、23打点の成績を残す[22]。
2022年は、7月17日までにウエスタン・リーグで打率.260、チーム2位となる7本塁打を記録、オールスターゲーム明け直前の7月28日、4年ぶりに支配下選手へ復帰することが発表された[23]。背番号は12。その後、一軍初出場を果たし、8月3日の北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)ではプロ初安打を記録するも[24]、7試合の出場に留まり、10月22日に球団から戦力外通告を受けた[25]。11月8日の12球団合同トライアウト(楽天生命パーク宮城)に参加するも[26] 、3打数無安打と結果を残せず[26]、12月26日に自身のインスタグラムで現役を引退することを発表した[27]。
現役引退後
編集現役引退後も球団に残り、野球振興部スタッフを務める[28]。
選手としての特徴・人物
編集長打力が持ち味の右の大砲候補[29][30]。高校時代に50m走のタイム6秒85、遠投100mを記録している[1]。
愛称は「クロ」、「クロちゃん」[31]。
2021年から中田翔の自主トレに参加し、弟子入りしている[32]。同年の自主トレでは、同行していた中田のトレーナーからスポーツ力学を教わり、自身に合った体の使い方、力の出し方の引き出しが増えたという[32]。また、夜間は酒とバットを片手に中田と打撃理論を語り合い、「僕の考えを伝えると、自分のことのように親身に考えてくださった。めちゃくちゃ濃い時間でした。翔さんからは凄く愛情を感じるんですよね」と語っている[32]。
詳細情報
編集年度別打撃成績
編集年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
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2022 | ソフトバンク | 7 | 15 | 12 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 8 | 0 | .167 | .267 | .167 | .433 |
通算:1年 | 7 | 15 | 12 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 8 | 0 | .167 | .267 | .167 | .433 |
年度別守備成績
編集年 度 |
球 団 |
一塁 | |||||
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試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | ||
2022 | ソフトバンク | 5 | 23 | 4 | 0 | 1 | 1.000 |
通算 | 5 | 23 | 4 | 0 | 1 | 1.000 |
記録
編集- 初記録
- 初出場・初打席:2022年7月30日、対埼玉西武ライオンズ13回戦(福岡PayPayドーム)、9回裏に牧原大成の代打で出場、與座海人から遊飛
- 初先発出場:2022年7月31日、対埼玉西武ライオンズ14回戦(福岡PayPayドーム)、8番・一塁手で先発出場
- 初打点:同上、2回裏にディートリック・エンスから左犠飛
- 初安打:2022年8月3日、対北海道日本ハムファイターズ17回戦(札幌ドーム)、5回表に上原健太から左前安打
背番号
編集- 61(2016年 - 2018年)
- 126(2019年 - 2022年7月27日)
- 12(2022年7月28日 - 同年終了)
登場曲
編集- 「オレガヤレバ」寿君(2016年)
- 「自分なりの道」AK-69(2017年)
- 「ライオンの子」 Spinna B-ill & The Cavemans(2018年)
- 「MY DREAM(STEP UP RIDDIM)」 HISATOMI(2018年 - 2019年)
- 「道」MUNEHIRO(2019年)
- 「My Time (feat. Jeremih)」ファボラス(2020年)
- 「The Show Goes On」Lupe Fiasco(2021年)
- 「楽園 feat. DOZAN11」HISATOMI(2021年)
- 「Chain On My Neck」MC TYSON(2022年)
代表歴
編集- 2017アジアウインターベースボールリーグ:NPBウエスタン選抜[14]
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ^ a b c d e “高校通算97発!初芝橋本・黒瀬健太がプロ志望届”. nikkansports.com. 2022年7月17日閲覧。
- ^ “清宮幸太郎、中田翔、中村剛也…高校通算本塁打のトップ10、本塁打王になれたのは何人?”. 週刊ベースボール (2021年8月15日). 2022年7月28日閲覧。
- ^ ドラフト会議特集・2015年ドラフト会議 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト
- ^ 黒瀬 するめ打法 ドラ5入団合意西日本スポーツ 2015年11月21日掲載
- ^ ソフトバンク1位高橋純平、背番は工藤監督の47日刊スポーツ 2015年12月2日掲載
- ^ “2016年度 福岡ソフトバンクホークス・個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. 日本野球機構. 2017年4月1日閲覧。
- ^ “3軍選手成績 非公式戦個人成績 ・打撃成績(ホークス) 2016/12/1(木)現在”. 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト(アーカイブ) (2016年12月1日). 2017年10月29日閲覧。
- ^ “黒瀬が骨折”. 西日本スポーツ (2017年2月26日). 2017年4月1日閲覧。
- ^ “ソフトバンク黒瀬が右手親指手術 復帰まで3カ月”. 日刊スポーツ (2017年2月28日). 2017年4月1日閲覧。
- ^ “2017/5/6(土) 3軍試合結果 vs愛媛マンダリンパイレーツ”. 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト (2017年5月6日). 2017年10月29日閲覧。
- ^ “2017/06/22(木)第14回戦 福岡ソフトバンク vs 広島 出場選手成績”. 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト (2017年6月22日). 2017年10月29日閲覧。
- ^ “2017年度 福岡ソフトバンクホークス 個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. 日本野球機構. 2017年10月29日閲覧。
- ^ “3軍選手成績 非公式戦個人成績 打撃成績 2017/10/27(金)現在”. 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト (2017年10月27日). 2017年10月29日閲覧。
- ^ a b “2017アジアウインターベースボールリーグ(AWB)NPBメンバー一覧”. 日本野球機構 (2017年11月17日). 2017年11月20日閲覧。
- ^ “ウ選抜のソフトバンク黒瀬、走者と交錯し負傷退場”. 日刊スポーツ (2017年12月3日). 2017年12月10日閲覧。
- ^ “ソフトB黒瀬が帰国”. 西日本スポーツ (2017年12月6日). 2017年12月10日閲覧。
- ^ “ソフトバンク小沢、黒瀬が戦力外通告 わずか3年”. 日刊スポーツ (2018年10月4日). 2019年4月6日閲覧。
- ^ “ソフトバンク戦力外の小沢、古沢、黒瀬が育成再契約”. 日刊スポーツ (2018年11月20日). 2018年4月6日閲覧。
- ^ “2019年度 福岡ソフトバンクホークス 個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. 日本野球機構. 2020年11月15日閲覧。
- ^ “3軍選手成績 非公式戦個人成績 打撃成績 2019/10/31(木)現在”. 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト. 2019年12月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月15日閲覧。
- ^ “2020年度 福岡ソフトバンクホークス 個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. 日本野球機構. 2020年11月15日閲覧。
- ^ “3軍選手成績 非公式戦個人成績 打撃成績 2020/10/20(火)現在”. 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト. 2020年11月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月8日閲覧。
- ^ “鷹が黒瀬健太との支配下契約を発表 4年ぶり支配下復帰に「やっと戻ってこられた」”. Full-Count (2022年7月28日). 2022年7月28日閲覧。
- ^ “プロ初安打の黒瀬健太は貪欲に「反省点も多かった」”. 西日本スポーツ. (2022年8月4日) 2022年12月26日閲覧。
- ^ “ソフトバンク、5選手に戦力外通告 7年目・黒瀬健太は4年ぶり支配下復帰を果たすも”. Full-Count (2022年10月22日). 2022年12月26日閲覧。
- ^ a b “「やれる」「諦められない」トライアウト参加のソフトバンク勢4人 信じて待つ”. 西日本スポーツ. (2022年11月9日) 2022年12月26日閲覧。
- ^ “鷹戦力外の黒瀬健太が現役引退 高校通算97本塁打も「自分の実力不足を痛感」”. Full-Count (2022年12月26日). 2022年12月26日閲覧。
- ^ “【ソフトバンク】昨季戦力外の中谷将大と黒瀬健太がスタッフ就任”. 日刊スポーツ. (2023年1月20日) 2023年1月20日閲覧。
- ^ “【筑後だより】20歳の「ギータ2世」が沢村賞右腕から豪快弾|福岡ソフトバンクホークス”. ソフトバンクホークス オフィシャルサイト. 2022年7月17日閲覧。
- ^ あずさ, 上杉. “「今しかない」戦力外を乗り越えて…ソフトバンク・黒瀬健太、支配下登録なるか”. 文春オンライン. 2022年7月17日閲覧。
- ^ “ソフトバンクに“健太”が4人 ニックネームはどうなる? | BASEBALL KING”. BASEBALL KING. 2022年7月17日閲覧。
- ^ a b c “ソフトバンク育成・黒瀬健太「中田翔塾」で“開眼” 支配下登録へ猛アピール - スポニチ Sponichi Annex 野球”. スポニチ Sponichi Annex. 2022年7月17日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 個人年度別成績 黒瀬健太 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)
- 12 黒瀬 健太 選手名鑑 - 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト
- 黒瀬健太 (@kurosekenta61) - X(旧Twitter)
- 黒瀬健太 (@kenta_kurose) - Instagram