麻酔中のアレルギー(Allergic_reactions_to_anesthesia、ますいちゅうのアレルギー)とは、手術麻酔中に起こる生命を脅かす過敏反応[注釈 1]

麻酔中のアレルギー
表面麻酔による皮膚の過敏反応
概要
診療科 麻酔科学
症状 低血圧発疹喘鳴腫脹
治療 アドレナリン、原因物質の除去、気道確保
頻度 1万例に1件
分類および外部参照情報

その発生率は、約10,000件に1件である[1]麻酔薬に対する重篤なアレルギー反応はまれで、通常は麻酔薬以外の要因に起因する。局所麻酔薬による有害作用は、特にアレルギーと誤診されることが多いが、稀である。神経筋遮断薬天然ゴムラテックス抗生物質が、手術中の重篤なアレルギー反応の最も多い原因である[2]。重篤なアレルギー、すなわちアナフィラキシーに対しては、アドレナリンが治療の主軸となる。

疫学

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2009年、麻酔専門誌Anesthesiology誌英語版の報告では、アナフィラキシーの発生率は麻酔症例10,000-20,000件に1件と推定されている[3]。日本では、2012-2016年の間に400例の周術期のアナフィラキシーショックが報告され、発生頻度は10万例中4.41例であった[4]。400例中、心停止は11例、死亡は4例であった[4]。原因薬物に関しては、フランスでの解析では、上位3位が、神経筋遮断薬 61.6%、ラテックス 16.6%、抗生物質 8.3%で占められていた[4]。リスク因子は、男性、肥満緊急手術高血圧心血管疾患β遮断薬服用であり、これらが揃っている患者は非常にリスクが高い[4]

術中診断

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アナフィラキシーによる前胸部の赤い皮疹。手術中や麻酔中は必ずしも、この皮膚症状が起こるとは限らない。

迅速な治療を成功させるためには、迅速な診断が必要である[5]。診断は、低血圧じんましん喘鳴発疹、目の周囲や口やのどの腫れ、呼吸困難などの症状の認識によって行われる[6]。しかしながら、全身麻酔中は患者には意識が無いために、患者の主訴が乏しい上に、覆布などで身体が覆われており、皮膚所見が気付かれにくい[7]。よって、成人の重症アレルギー、すなわちアナフィラキシーの5割は、血圧低下循環虚脱心停止で気付かれる[7]。小児の場合は、咽頭・喉頭浮腫、気管支痙攣などの呼吸器症状で気付かれることが多い[7]。周術期のアナフィラキシーの90%は麻酔導入時に発症し、そのタイミングは通常、抗原暴露から30分以内であるものの、数秒から数分で急激に悪化することもある[8]。発症時早期のトリプターゼヒスタミンの血液検査は診断の補助となる[9]

予防

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コルチコステロイド抗ヒスタミン薬麻酔前投薬は発症予防の意義の上では、ほとんど意味が無い[注釈 2][10]。一般的な患者に、麻酔薬やラテックス製品に対してのスクリーニング検査は不要である[11]。以前の麻酔中にアレルギー反応のあった患者はハイリスクである。十分な情報収集を行い、被疑薬は使わないようにする[11]

 
アドレナリンアンプル。手術室で用いられるアドレナリンは注射薬であり、注射針を接続した注射器に内容液を吸引して用いる。このアンプルは海外製品。

治療

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アナフィラキシーと診断したら、心肺蘇生に準じた治療が必要となる[12]。すなわち、気道確保、呼吸管理、循環管理である。被疑薬剤・物質は速やかに投与を中止する[13]。下肢を挙上し(トレンデレンブルク体位英語版)、静脈路を確保し、十分な輸液を行う。重篤な血圧低下に対しては、厳重なモニター心電図血圧計パルスオキシメータなど)の上で、第1選択薬である、アドレナリン0.2µg/kgを静脈内投与する。静脈路がなければ、0.3mgを筋肉注射する[12]。この投与量、投与経路日本麻酔科学会のガイドラインの推奨だが、日本アレルギー学会はアドレナリン0.01mg/kg(最大0.5mg)の大腿中央への筋肉注射を推奨している[14][注釈 3]。副腎皮質ホルモンや抗ヒスタミン薬は第2選択薬であり、それぞれアナフィラキシーの遷延化や、アナフィラキシーで体内に放出されたヒスタミンによる有害作用を軽減できるが、これら単独では救命できない[12]。アドレナリンは、上気道閉塞蕁麻疹血管性浮腫下気道閉塞低血圧、そしてショックの症状を緩和できる[15]心停止に至れば胸骨圧迫も行う[注釈 4][16]。患者の状態が安定したら、24時間の厳重な経過観察が必要である[13]

術後診断

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術後診断のゴールドスタンダード英語版である皮膚テストは、アナフィラキシー発症から4-6週後に実施する[10]。皮膚テストにはプリックテストと皮内反応があり、プリックテストが陰性であれば、皮内反応を行う[10]パッチテストは、接触性皮膚炎薬疹の検査であり、リンパ球刺激試験遅延型アレルギーの検査であるため、I型アレルギーであるアナフィラキシーの検査には適していない[17]。皮膚テストは確実な結果を保証するものではなく、フランスの報告ではアナフィラキシー被疑薬の確定診断に至ったのは72.9%であった[18]

局所麻酔薬によるアレルギー

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プリックテストのイラスト。被疑薬を皮膚に垂らしたあと、同部位に細い針で皮膚に小さな穴をあける。膨疹の大きさで陽性の有無を判定する[19]

局所麻酔薬によるアレルギーは稀である[20]。局所麻酔薬による有害作用がしばしば、局所麻酔薬によるアレルギーと誤解されている[21]。局所麻酔薬による有害作用(アレルギーではない)は0.5-26%の範囲で生じているが、歯科における非盲検前向き研究において、有害作用が報告された5018人にアレルギーは無く、ドイツの歯科医を対象としたアンケートでは、有害作用は4.5%が経験したものの、アレルギーは1%未満であった[20]。最も多く報告された有害作用は、めまい頻脈動悸、および発汗であった[20]。一方、局所麻酔薬による、アレルギー性接触性皮膚炎は、比較的起こりやすく、発生率は2-3%とされる[20]。非アレルギー性の有害作用の多くの原因は、局所麻酔薬の毒性血管迷走神経反射、不安、そして局所麻酔薬に添加されている血管収縮薬(アドレナリン)などの副作用である[20]

脚注

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注釈

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  1. ^ 過敏反応(または過敏症)は必ずしも免疫学的な発症機序を有さない点でアレルギーとは異なるが、アレルギー学・免疫学分野以外ではあまり区別されずに混同して用いられる。詳細は過敏症を参照。本項では厳密に両者を区別しない。
  2. ^ 抗ヒスタミン薬麻酔前投薬として、かつては良く用いられた。
  3. ^ 麻酔科医はアドレナリンなどの静脈内薬剤投与に習熟していることが多いが、他科の医師は必ずしもそうではない。ガイドライン間の投与量や投与経路の違いは、読まれる人の背景の違いが一部反映されていると考えられる。
  4. ^ 心停止の、医療現場での一般的な覚知基準は心静止ではなく、脈拍の触知不能なので、心電図上、波形を確認できていても胸骨圧迫は開始することがある。

出典

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  1. ^ Mertes, P. M.; Tajima, K.; Regnier-Kimmoun, M. A.; Lambert, M.; Iohom, G.; Guéant-Rodriguez, R. M.; Malinovsky, J. M. (2010-07-01). “Perioperative anaphylaxis”. The Medical Clinics of North America 94 (4): 761–789, xi. doi:10.1016/j.mcna.2010.04.002. ISSN 1557-9859. PMID 20609862. 
  2. ^ “Anaphylaxis during the perioperative period”. Anesthesia and Analgesia 97 (5): 1381–95. (2003). doi:10.1213/01.ANE.0000082993.84883.7D. PMID 14570656. 
  3. ^ Dewachter, Pascale; Mouton-Faivre, Claudie; Emala, Charles W.; Riou, Bruno (2009-11-01). “Anaphylaxis and Anesthesia” (英語). Anesthesiology 111 (5): 1141–1150. doi:10.1097/ALN.0b013e3181bbd443. ISSN 0003-3022. https://pubs.asahq.org/anesthesiology/article/111/5/1141/9812/Anaphylaxis-and-AnesthesiaControversies-and-New. 
  4. ^ a b c d 日本麻酔科学会 2021, p. 11.
  5. ^ 日本麻酔科学会 2021, p. 7.
  6. ^ Possible complications | All About Anaesthesia”. allaboutanaesthesia.com.au. 2016年8月7日時点のオリジナルよりアーカイブ2016年5月17日閲覧。
  7. ^ a b c 日本麻酔科学会 2021, pp. 15–16.
  8. ^ 日本麻酔科学会 2021, p. 15.
  9. ^ 日本麻酔科学会 2021, p. 18.
  10. ^ a b c 日本麻酔科学会 2021, p. 8.
  11. ^ a b 日本麻酔科学会 2021, pp. 12–13.
  12. ^ a b c 日本麻酔科学会 2021, pp. 22–23.
  13. ^ a b Dippenaar, JM (March 2015). “Allergic Reactions and Anaphylaxis During Anaesthesia”. Current Allergy & Clinical Immunology 28. オリジナルの10 September 2016時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160910114237/http://www.allergysa.org/Content/Journals/March2015/Allergic.pdf 16 May 2016閲覧。. 
  14. ^ 日本アレルギー学会 2022, p. 21.
  15. ^ 日本アレルギー学会 2022, p. 22.
  16. ^ 日本アレルギー学会 2022, p. 19.
  17. ^ 日本麻酔科学会 2021, pp. 27–29.
  18. ^ 日本麻酔科学会 2021, pp. 25–26.
  19. ^ 日本麻酔科学会 2021, pp. 26–27.
  20. ^ a b c d e Jiang, Shirley; Tang, Monica (2023-04-01). “Allergy to Local Anesthetics is a Rarity: Review of Diagnostics and Strategies for Clinical Management” (英語). Clinical Reviews in Allergy & Immunology 64 (2): 193–205. doi:10.1007/s12016-022-08937-x. ISSN 1559-0267. https://doi.org/10.1007/s12016-022-08937-x. 
  21. ^ 山口, 剛史; 中込, 一之; 宇田川, 清司; 高久, 洋太郎; 佐藤, 長人; 杣, 知行; 萩原, 弘一; 金澤, 實 et al. (2009). “局所麻酔薬アレルギー疑い例におけるチャレンジ・テストの臨床的検討”. アレルギー 58 (6): 657–664. doi:10.15036/arerugi.58.657. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/58/6/58_KJ00005648212/_article/-char/ja/. 

参考文献

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