鹿島沢古墳群
概要
編集八戸市根城大久地内と沢里鹿島沢地内にあり、別名根城古墳群とも呼ばれている。八戸市街地から太平洋を目下に見渡せる景勝の地に所在している。1956年(昭和31年)に10基程度の古墳が確認され、1957年(昭和32年)に発見され、翌年慶應義塾大学によって大久保地内の2基が発掘されている。
墳丘の規模は、現地が開畑によって削平されていたため明確ではなかった。おおよそ直径が10メートルから12メートル、高さが残存部で1.3から1.5メートルほどの円墳であるが、ほとんどの墳丘は肉眼で確認できないほど低くなっていた。
死者を埋葬するための長方形の羨室に礫や木炭などを敷き詰め、その周りを1メートルあまりの巾をもつ周湟(しゅうこう)、で円形に取り囲んでいたと推定できる。[1]
調査時は8基ほどであったが、大久保地内の5基は宅地造成によって消滅し、鹿島沢地内の3基だけが残っている。
主な出土品
編集- ガラス球12個、鉄鏃7本、青銅製と思われる金環2個、水晶玉
- 直刀、土師器の甕、銅製釧(腕輪)、馬具、鹿角製の柄を持つ刀子
文化財
編集青森県指定文化財
編集- 重宝(有形文化財)
- 鹿島沢古墳群出土品(一括) 27点(考古資料) - 八戸市博物館保管。2002年(平成14年)4月17日指定。
所在地
編集〒039-1167 |
青森県八戸市沢里字鹿島沢 |
アクセス・交通
編集脚注
編集- ^ 小口雅史「古代蝦夷の時代」 長谷川成一・村越潔・小口雅史・斎藤利男『青森県の歴史』山川出版社 2002年3月 52ページ
関連項目
編集出典・参考文献
編集- 楠美鐵二(1981)「青森県百科事典」東奥日報社