髪菜(はっさい、学名: Nostoc flagelliforme)は、ネンジュモ属に属する陸生の藍藻(シアノバクテリア)の1種である。多数の細胞糸が寒天質基質に包まれて細長い糸状の群体を形成し、乾燥地の土壌表面に生育している。中華料理食材とされるが(図1)、中国では乱獲が環境破壊を招いたため、2000年以降は採取禁止とされている。

髪菜
1. 髪菜
分類
ドメイン : 細菌 Bacteria
: シアノバクテリア門 (藍色細菌門) Cyanobacteria
: ネンジュモ目 Nostocales
: ネンジュモ科 Nostocaceae
: ネンジュモ属 Nostoc
: 髪菜 N. flagelliforme
学名
Nostoc flagelliforme Harv. ex Molinari, Calvo-Pérez & Guiry 2016[1]
シノニム

系統的にはイシクラゲに近縁であり、その変種として扱われることもある (Nostoc commune var. flagelliforme)。また日本では、「髪菜」が淡水藻の1種やミズゴケ類の1種と誤解されていたことがある[2][3]

特徴

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多数のトリコーム(細胞糸)が寒天質基質中に埋没し(下図2)、毛髪状の細長い群体を形成している[3]。群体は長さ5–60センチメートル (cm)、直径0.2–1ミリメートル (mm)、オリーブ緑から黒色[4][5]

 
2. 群体内の顕微鏡像

細胞糸を構成する細胞は球形から短樽形、直径4-5(6)マイクロメートル (µm)[5]。鞘は黄褐色[5]異質細胞(ヘテロシスト)は球形、直径 5–6(7) µm[5]。アキネート(耐久細胞)は報告されていない[5]

髪菜ではゲノム塩基配列が報告されており、ゲノムサイズは 10.23 Mbp(Mbp = 100万塩基対)、およそ10,825個のタンパク質遺伝子をコードしている[6]。また、さまざまな条件でのトランスクリプトームも報告されている[7]

分布・生態

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中国モンゴル、旧ソ連邦、旧チェコスロバキアフランスモロッコソマリアメキシコ米国などから報告されている[2]。中国では、西北部(青海省甘粛省陝西省寧夏回族自治区内モンゴル自治区)の半砂漠荒原の地表に生育している[2]。生育地は雨量が極めて少なく(年間降水量 300 mmミリメートル 以下)、1日の寒暖差が大きい (15–40°C)[2][8]。生育地の土壌は弱アルカリ性カルシウム分が多く、窒素リン有機物量が少ない[2][8]。水は霧から得ていると考えられている[3]

人間との関わり

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3. 髪菜の模造品 (原料は褐藻)

「髪菜」の中国語の発音(ファーツァイ、fàcài)は「財を成す」を意味する中国語の「發財」の発音 (fācái) と似ているため、古くから縁起物として正月(春節)や慶事の食材とされていた[3]。中華料理では乾燥品を水で戻し、蒸す、煮るなどして調理される。代表的な料理としては、干したカキ(蠔豉)と共に煮て、「商売繁盛で財を成す(發財好市)」と語呂を合わせた「髪菜蠔豉ファッチョイホウシー」という広東料理がある[9]

採集時に熊手などで荒原の地面を掻いて集めるため、中国の経済成長などに伴い需要が著しく増加すると、髪菜の採集による荒原植生及び表土の破壊が著しくなり、表土流出など環境破壊が深刻になった[3]。このため、中華人民共和国では2000年6月14日国務院が採集と販売の禁止を通知するに至った[3]

元来、需要に比して希少な食材であるため、販売禁止になる以前から海藻デンプンを用いた模造品が市場に多く出回っていた[8]。2000年以降では中華人民共和国国内での採集及び販売が禁止されており、中国国内で流通している髪菜の多くはこうした模造品のようである[3][10](図3)。また、人工培養の研究が進められている[3]

本草綱目』(1578年) には、薬用としての髪菜について記述がある[11]。髪菜は、コレステロール上昇抑制、細菌感染防御作用、抗ウイルス作用、免疫能増強作用などの生理活性をもつことが報告されている[12]。藍藻の中には毒を含むものもいるが、髪菜では有毒性は検出されていない[8]

分類

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髪菜の群体の形態(細長い糸状)は極めて特異であるが、系統的にはイシクラゲと分けられないことが示されている[13]。また形態的に髪菜と同定できる生物は、単系統群を形成しない[13]。髪菜の細長い体は、イシクラゲのような扁平な体から、乾燥環境に対する適応の結果として進化したと考えられている[14]

脚注

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出典

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  1. ^ a b c d Guiry, M.D. & Guiry, G.M. (2021年). “Nostoc flagelliforme Harvey ex Molinari, Calvo-Pérez & Guiry 2016”. AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. 2021年10月3日閲覧。
  2. ^ a b c d e 有賀祐勝 (1992). “髪菜 Nostoc flagelliforme (藍藻) の生育地と分布”. 藻類 40 (3): 307-309. NAID 10004048612. 
  3. ^ a b c d e f g h 有賀祐勝 (2012). “髪菜”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. エヌ・ティー・エス. pp. 655–656. ISBN 978-4864690027 
  4. ^ Gao, X., Yang, Y. W., Cui, L. J., Zhou, D. B. & Qiu, B. S. (2015). “Preparation of desiccation‐resistant aquatic‐living Nostoc flagelliforme (C yanophyceae) for potential ecological application”. Microbial Biotechnology 8 (6): 1006-1012. doi:10.1111/1751-7915.12279. 
  5. ^ a b c d e Singh, P., Šnokhousová, J., Saraf, A., Suradkar, A. & Elster, J. (2020). “Phylogenetic evaluation of the genus Nostoc and description of Nostoc neudorfense sp. nov., from the Czech Republic”. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology 70 (4): 2740-2749. doi:10.1099/ijsem.0.004102. 
  6. ^ Shang, J. L., Chen, M., Hou, S., Li, T., Yang, Y. W., Li, Q., ... & Qiu, B. S. (2019). “Genomic and transcriptomic insights into the survival of the subaerial cyanobacterium Nostoc flagelliforme in arid and exposed habitats”. Environmental Microbiology 21 (2): 845-863. doi:10.1111/1462-2920.14521. 
  7. ^ Wang, L., Lei, X., Yang, J., Wang, S., Liu, Y. & Liang, W. (2018). “Comparative transcriptome analysis reveals that photosynthesis contributes to drought tolerance of Nostoc flagelliforme (Nostocales, Cyanobacteria)”. Phycologia 57 (1): 113-120. doi:10.2216/17-18.1. 
  8. ^ a b c d 竹中裕行 & 陳学潜 (1998). “陸生藻髪菜 Nostoc flagelliforme(藍藻)の生育観察と食用としての機能性”. 藻類 46 (1): 37-40. NAID 10002702432. 
  9. ^ 佐藤貴子 (2013年12月9日). “食材狩人1-7:干し牡蠣=食べる出汁(だし)!”. 80C [ハオチー]. 2021年10月6日閲覧。
  10. ^ But, P. P. H., Cheng, L., Chan, P. K., Lau, D. T. W. & But, J. W. H. (2002). “Nostoc flagelliforme and faked items retailed in Hong Kong”. Journal of Applied Phycology 14 (2): 143-145. 
  11. ^ Jayappriyan, K. R., Baskar, B., Vijayakumar, M., Brabakaran, A., Rajkumar, R. & Elumalai, S. (2021). “Food and nutraceutical applications of algae”. Algae for Food: Cultivation, Processing and Nutritional Benefits. CRC Press. p. 93. ISBN 978-0367762087 
  12. ^ 竹中裕行 & 山口裕司 (2012). “ノストック (イシクラゲ)”. In 渡邉信 (監). 藻類ハンドブック. エヌ・ティー・エス. pp. 651–654. ISBN 978-4864690027 
  13. ^ a b Aboal, M., Werner, O., García-Fernández, M. E., Palazón, J. A., Cristóbal, J. C. & Williams, W. (2016). “Should ecomorphs be conserved? The case of Nostoc flagelliforme, an endangered extremophile cyanobacteria”. Journal for Nature Conservation 30: 52-64. doi:10.1016/j.jnc.2016.01.001. 
  14. ^ Cui, L., Xu, H., Zhu, Z. & Gao, X. (2017). “The effects of the exopolysaccharide and growth rate on the morphogenesis of the terrestrial filamentous cyanobacterium Nostoc flagelliforme”. Biology Open 6 (9): 1329-1335. doi:10.1242/bio.026955. 

関連項目

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外部リンク

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