高福寺 (中津川市)
高福寺(こうふくじ)は岐阜県中津川市落合にある阿弥陀如来を本尊とする浄土宗知恩院の末寺。山号は中央山。恵那新四国八十八ヶ所四十番。
高福寺 | |
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所在地 | 岐阜県中津川市落合1129 |
位置 | 北緯35度30分36秒 東経137度31分53秒 / 北緯35.51000度 東経137.53139度座標: 北緯35度30分36秒 東経137度31分53秒 / 北緯35.51000度 東経137.53139度 |
山号 | 中央山 |
宗派 | 浄土宗 |
本尊 | 阿弥陀如来 |
開山 | 満蓮社円誉 |
開基 | 市岡喜平次 |
札所等 | 恵那新四国八十八ヶ所四十番 |
法人番号 | 9200005008992 |
歴史
編集寺伝には満蓮社円誉の開山とあり、天文12年(1543年)7月に入寂と記されている。
開基施主は、当時、落合宿村で問屋と庄屋を兼ねていた市岡喜平次である。
開山以来、四回の新改築を経て今日に至っている。
文政5年(1822年)当時は寺内は籔林も含めてニ町四方あり、その内の三反畝が除地であった。
天保元年(1830年)、梵鐘を再鋳造するが、昭和の太平洋戦争時に供出した。
昭和47年(1972年)、現在の梵鐘を新鋳し、昭和54年(1979年)、現在の本堂に改新築した。
寺宝
編集寛保3年(1743年)、脇侍の観世音菩薩・勢至菩薩が造立されて、阿弥陀三尊となっている。仏師は木曽福島の住作内重兵衛で、十二世の勝蓮社長誉により開眼された。
なお、それ以前の本尊仏も残されている。恵心作と伝えられる阿弥陀如来立像、観音・勢至両菩薩がそれである。
その他、法然と善導の像があり、地蔵尊と弁財天の像も安置している。
元禄13年(1700年)には、狩野派の筆による大捏槃図(縦250cm・横180cm)が、施主加納勘右衛門により寄進されている。
堂内には西国三十三ヶ所の観音像33体と弘法大師像が安置されている。
境内
編集- 境内中央には樹齢500年前後の老松がある。根廻り3m20cm、高さ10m程度であり「臥龍の松」と呼ばれている。
- 境内入口には2本の緋寒桜があり、1本は根廻り2m30cm、高さ16m程度で、もう1本は根廻り1m30cm、高さ12m程度である。
- 西側には聖徳太子を祭る石造の祠があり「筆塚」と呼ばれている。
- 福蔵稲荷も祭られ、奉納版木には文政8年(1825年)十七世の法蓮社教誉により造立、豊川稲荷を神体として勧請したと記されている。年に1度、祈願祭が催される。
- 玉依姫や、恵那新四国八十八ヶ所四十番の弘法大師像を祀る。
- 文化14年(1817年)の徳本上人による南無阿弥陀佛の名号碑がある。
- 蚕農講を設立した塚田彌左衛門の顕彰碑がある。
参考文献
編集- 『落合郷土誌』 第十九章 社寺と文化 第二節 寺院 高福寺 落合郷土誌編纂委員会 p647~p648 昭和45年(1970年)
- 『中津川市史 中巻Ⅱ』 第五編 近世(二) 第八章 寺社 第二節 寺院 ニ 近世の寺院 高福寺 p1616~p1617 1988年
- 『恵那郡史』 第八篇 現代 第四十一章 人文の発展(一) 【各宗寺院】 p612~p619 恵那郡教育会 1926年