高田機工
高田機工株式会社(たかだきこう、英: TAKADAKIKO (Steel Construction) CO.,LTD.[2])は、本社を大阪府大阪市浪速区に置く橋梁メーカー。
本社が入居するパークスタワー | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
機関設計 | 監査役会設置会社 |
市場情報 |
大証1部(廃止) 5923
|
略称 | 高田機 |
本社所在地 |
日本 〒556-0011 大阪市浪速区難波中2-10-70 パークスタワー6階 北緯34度39分42.5秒 東経135度30分6.1秒 / 北緯34.661806度 東経135.501694度座標: 北緯34度39分42.5秒 東経135度30分6.1秒 / 北緯34.661806度 東経135.501694度 |
設立 |
1932年(昭和7年)3月1日 (株式会社高田鉄骨橋梁製作所) |
業種 | 金属製品 |
法人番号 | 8120001038994 |
事業内容 |
道路橋、鉄道橋など鋼橋の設計・製作・架設 ビル建築、学校体育館など鉄骨の設計・製作・架設 鋼橋上部の床版、舗装工事、標識、防護柵などの設置工事 |
代表者 | 代表取締役社長 中村達郎 |
資本金 |
|
発行済株式総数 |
|
売上高 |
|
営業利益 |
|
経常利益 |
|
純利益 |
|
純資産 |
|
総資産 |
|
従業員数 |
|
決算期 | 3月31日 |
会計監査人 | 有限責任あずさ監査法人[1] |
主要株主 | |
外部リンク | https://www.takadakiko.com/ |
概要
編集この節の加筆が望まれています。 |
事業所
編集沿革
編集- 1921年(大正10年)6月 - 高田三次郎が個人営業で土木用機械・工具の販売(大阪市北区中之島7丁目)及び鉄骨橋梁の製作(大阪市港区福町2丁目)を開始する。
- 1924年(大正13年)5月 - 法人組織に改組、商号を合名会社高田兄弟商会とする。
- 1932年(昭和7年)3月 - 製造部門を分離、大阪市港区福町2丁目に株式会社高田鉄骨橋梁製作所を設立。
- 1935年(昭和10年)11月 - 合名会社高田兄弟商会と株式会社高田鉄骨橋梁製作所を合併、商号を高田商事株式会社とし、本社を大阪市北区中之島6丁目に設置。
- 1938年(昭和13年)5月 - 大阪市西成区津守町西6丁目に工場を移転(津守工場)、生産の拡充をはかる。
- 1939年(昭和14年)10月 - 商号を高田機工株式会社に変更。
- 1942年(昭和17年)6月 - 陸軍当局の要請により上陸用舟艇の製造を行い、後に陸・海軍の管理工場の指定を受ける。
- 1944年(昭和19年)
- 10月 - 本社を大阪市西成区津守町西6丁目に移転。
- 10月 - 東京出張所(現 東京本社)を開設。
- 1949年(昭和24年)4月 - 企業再建整備法に基づく整備計画認可。
- 1962年(昭和37年)6月 - 大阪証券取引所市場第二部に株式上場。
- 1964年(昭和39年)3月 - 岸和田工場一期工事完成、操業開始。
- 1974年(昭和49年)12月 - 本社を大阪市浪速区敷津町2丁目(松川ビル)に移転。
- 1993年(平成5年)
- 3月 - 和歌山工場を新設
- 4月 - 岸和田工場から和歌山工場へ全面移転
- 9月 - 大阪証券取引所市場第一部に指定。
- 12月 - 東京証券取引所市場第一部に株式上場。
- 1996年(平成8年)10月 - 高田エンジニアリング株式会社を設立。
- 1997年(平成9年)
- 2月 - ISO9001認証取得。(JQA-1579)
- 4月 - 技術研究所を設立
- 4月 - 東京支店を改称し、東京本社を開設。
- 2003年(平成15年)10月 - 本社を大阪市浪速区難波中2丁目(パークスタワー)に移転。
- 2009年(平成21年)3月 - 高田エンジニアリング株式会社を解散。
- 2017年(平成29年)7月 - 東京証券取引所市場第一部上場基準である2,000人以上の株主数を満たさなかったため、東京証券取引所市場第二部への指定替え猶予期間に入る[3]。
- 2018年(平成30年)3月 - 株主数が2,000人以上になったことから、東京証券取引所市場第二部への指定替え猶予期間を解除[4]。
- 2022年(令和4年)4月 - 東京証券取引所の市場区分の見直しにより、東京証券取引所の市場第1部からスタンダード市場に移行。