高コレステロール血症
高コレステロール血症(こうコレステロールけっしょう、英: Hypercholestrolemia)は、血液中のコレステロール値が高い状態である[1]。高トリグリセリド血症や低HDLコレステロール血症など共に脂質異常症に分類される疾患の一種である[5][6]。通常の場合、症状はみられない[2]。重症の場合、黄色腫が発生することがある[1]。合併症には、心臓病、脳卒中、末梢血管疾患などが挙げられる[3]。
高コレステロール血症 | |
---|---|
別称 | High LDL cholesterol, hypercholesterolaemia, high cholesterol |
瞼の上にコレステロールが沈着して出来た黄色い斑点(眼瞼黄色腫) | |
概要 | |
診療科 | Cardiology |
症状 | None, xanthomas[1][2] |
原因 | Familial hypercholesterolemia, low thyroid, nephrotic syndrome, cholestasis, alcoholism, diabetes, certain medications like HCTZ[3][1] |
危険因子 | Family history, diet, inactivity, obesity smoking[3][2] |
診断法 | Blood tests[1] |
合併症 | Heart disease, stroke, peripheral vascular disease[3] |
治療 | Lifestyle changes, statin[2] |
頻度 | 39% of adults[4] |
分類および外部参照情報 |
原因には、殆どの場合は遺伝的な要因と共に食事、運動不足、肥満、喫煙との組み合わせによるものである[3][2]。その他の危険因子には、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、胆汁鬱滞、アルコール依存症、糖尿病、HCTZなどの特定の薬物療法などが挙げられる[3][1]。診断は血液検査に基づき、高総コレステロール値または高LDLコレステロール値であるか調べられる[6]。
治療の殆どは生活習慣の改善と投薬である[2]。生活の改善は、運動と健康的な食事をすることである[1]。生活習慣の改善だけでは不十分な場合には、スタチン薬が推奨されることが多い[2]。使用される他の医薬品には、エゼチミブ、ニコチン酸、PCSK9阻害薬等がある[3]。稀にLDL吸着療法や肝移植が行われる[7]。
高コレステロールは、世界中の約39%の人に影響していると推定される[4]。米国では、約7400万人(32%)の成人が高コレステロール血症を患っている[3]。高齢者はより一般的に影響を受けやすい[2]。世界的に年間約260万人の死亡が推定される[4]。
正常値
編集血中コレステロール濃度については、日本人間ドック学会と日本動脈硬化学会が基準値を定めている。
日本動脈硬化学会の2002年動脈硬化性疾患診療ガイドラインまでは総コレステロール値が参照されていたが[8]、2002年版にはLDLコレステロール値(LDL-C)も参照され[9]、以降はLDLコレステロール値が主に参照されている。また、2012年版ガイドラインよりnon-HDLコレステロール(non-HDL-C)の概念が採用された[9]。
日本人間ドック学会[10][11] | 日本動脈硬化学会[12][13] | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
正常値 | 軽度異常 | 要経過観察 | 要治療 | 正常値 | 境界域 | 高値・低値 | ||
LDL-C | 60-119 | 120-139 | 140-179 | 59以下, 180以上 | 120未満 | 120-139 | 140以上 | |
non-HDL-C | 90-149 | 150-169 | 170-209 | 89以下, 210以上 | 150未満 | 150-169 | 170以上 | |
HDL-C | 40以上 | 35-39 | 34以下 | 40以上 | 40未満 |
LDL-Cは直接法またはFriedewald式(F式)で求められる。
- LDL-C = TC - HDL-C - TG÷5 (単位は全てmg/dL)
F式は、血清のTGの殆どがVLDLに存在し、そのコレステロールとTGの比がほぼ1:5であるという仮定に基づいている為[14]、食後や空腹時であってもTGが400mg/dL以上の場合にはVLDL-Cが過剰に見積もられLDL-Cが本来の値よりも低く算出される[15]。この場合にはnonHDL-C[16]により評価する。
- nonHDL-C = TC - HDL-C
高コレステロール血症は悪か
編集2010年、日本脂質栄養学会から「長寿のためのコレステロール ガイドライン」(以降「長寿GL」)が公表された[17]。長寿GLは、“一般集団の TC 値が高いことを、総死亡率が低いこと(長寿)の指標であると解釈している。”や“いわゆる高脂血症と診断された群のほうが、臨床指標は良好であり退院時死亡率も低い。一方、飽和脂肪酸やコレステロールの摂取量が多い群のほうが、脳卒中(虚血性)死亡率は低い。” 等、脂質異常症を積極的に容認する様な内容であった。
これに対して日本医師会、日本医学会、日本動脈硬化学会は合同で記者会見を開き、「科学的な根拠がなく、患者を誤った方へ導くもので、大変危険。動脈硬化による脳梗塞・心筋梗塞にコレステロールの高さが関係している事は、世界的にも証明され、認められている。」と強い懸念を表明した[18][19]。この中で問題点として、下記の3点を指摘した。
- 長寿GLが採用した論文は殆どが査読を受けておらず、科学性を担保されていない。従ってそれを用いたメタ解析も意味を成さない。
- 血清コレステロール値と総死亡との関係をコホート研究に基づいて論じているが、肝疾患で血清コレステロール値が低下し死亡率が上昇する可能性[注 1][注 2]等が配慮されていない。
- 観察研究(コホート研究)と臨床介入試験との違いを踏まえておらず、推論が間違っている。
また、臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)は“実地臨床家のみならず一般国民に混乱をもたらすものである。”として、5つの提言を行った[21]。
- 高コレステロール血症が動脈硬化性疾患の危険因子である事は多くの疫学研究によって確認されている。
- コレステロールの管理目標値等は個々の患者で異なる。
- 「コレステロール値は高めが長生き」と主張するグループの見解は、消耗性疾患や虚弱体質を考慮していない。
- 脂質異常症の基準については性差を考慮すべきである。
- 高コレステロール血症の治療基準等が他の危険因子の存在や合併症の状況で異なる事を明確化すべきであろう。
日本人の心筋梗塞発症リスクは欧米人に比べて極めて低く欧米の基準がそのまま適用可能かは不明であったが、1989年に開始され2014年に論文化された吹田研究[22][23][24][25]で、冠動脈疾患の予測因子としてCKDに次いでLDL-C高値が大きな因子であると評価された[26]。
脚注
編集注釈
編集- ^ 「医の常識である」としている。
- ^ 日本で実施された大規模観察研究NIPPON DATA80では、低コレステロール血症を示し死亡率が高いという人々の集団の解析をした処、肝疾患が多かった[20]。すなわち、肝疾患ゆえに低コレステロール血症を示し、そうした人々の死亡率が高いという「因果の逆転」である。
出典
編集- ^ a b c d e f g “Quick Facts: High Cholesterol”. Merck Manuals Consumer Version. 8 March 2021閲覧。
- ^ a b c d e f g h “Cholesterol”. medlineplus.gov. 8 March 2021閲覧。
- ^ a b c d e f g h Ibrahim, MA; Asuka, E; Jialal, I (January 2021). Hypercholesterolemia. PMID 29083750.
- ^ a b c Noubiap, JJ; Nansseu, JR; Bigna, JJ; Jingi, AM; Kengne, AP (17 March 2015). “Prevalence and incidence of dyslipidaemia among adults in Africa: a systematic review and meta-analysis protocol.”. BMJ open 5 (3): e007404. doi:10.1136/bmjopen-2014-007404. PMID 25783427.
- ^ Pappan, N; Rehman, A (January 2021). Dyslipidemia. PMID 32809726.
- ^ a b “Hypercholesterolemia - Symptoms, diagnosis and treatment | BMJ Best Practice US”. bestpractice.bmj.com. 8 March 2021閲覧。
- ^ “Management of familial hypercholesterolemias in adult patients: recommendations from the National Lipid Association Expert Panel on Familial Hypercholesterolemia”. J Clin Lipidol 5 (3 Suppl): S38-45. (June 2011). doi:10.1016/j.jacl.2011.04.001. PMID 21600528.
- ^ 馬渕宏「動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002年版」『日本循環器病予防学会誌』第37巻第3号、日本循環器管理研究協議会、2002年10月、196-202頁、doi:10.11381/jjcdp2001.37.196、ISSN 13466267、NAID 10029552943、2022年2月11日閲覧。
- ^ a b 服部 和久 (2018). “動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版と脂質関連の話題” (PDF). 生体試料分析 41 (5): 217-221 .
- ^ “判定区分 2021年度版 - 日本人間ドック学会” (PDF). 2022年2月1日閲覧。
- ^ “検査表の見方 - 日本人間ドック学会”. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “健康診断で異常を言われたら?【日本動脈硬化学会】” (jp). 2022年2月1日閲覧。
- ^ “脂質異常症”. e-ヘルスネット 情報提供. 厚生労働省. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “シー・アール・シー|LDLコレステロール値が直接法と計算法で乖離するのはなぜですか?”. www.crc-group.co.jp. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “Friedewald式(F式)”. uwb01.bml.co.jp. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “見逃したくない検査値「non-HDLコレステロール」 糖尿病の治療は脂質管理も大切|ニュース|糖尿病ネットワーク”. ニュース|糖尿病ネットワーク. 2022年2月1日閲覧。
- ^ 日本脂質栄養学会 コレステロール ガイドライン策定委員会「長寿のためのコレステロール ガイドライン 2010年版」(PDF)『脂質栄養学』第19巻第2号、2010年、225-232頁。
- ^ “「長寿のためのコレステロール ガイドライン 2010年版」に対する声明” (PDF). 2022年2月1日閲覧。
- ^ “科学的根拠なし、『コレステロール高い方が長生き』ガイドラインに反対声明”. 医療維新 | m3.com. 2022年2月1日閲覧。
- ^ Okamura, Tomonori; Tanaka, Hideo; Miyamatsu, Naomi; Hayakawa, Takehito; Kadowaki, Takashi; Kita, Yoshikuni; Nakamura, Yasuyuki; Okayama, Akira et al. (2007-01). “The relationship between serum total cholesterol and all-cause or cause-specific mortality in a 17.3-year study of a Japanese cohort” (英語). Atherosclerosis 190 (1): 216-223. doi:10.1016/j.atherosclerosis.2006.01.024 .
- ^ 日経メディカル. “「コレステロールは高い方がよい」にJ-CLEARが見解”. 日経メディカル. 2022年2月1日閲覧。
- ^ Nishimura, Kunihiro; Okamura, Tomonori; Watanabe, Makoto; Nakai, Michikazu; Takegami, Misa; Higashiyama, Aya; Kokubo, Yoshihiro; Okayama, Akira et al. (2014). “Predicting Coronary Heart Disease Using Risk Factor Categories for a Japanese Urban Population, and Comparison with the Framingham Risk Score: The Suita Study” (英語). Journal of Atherosclerosis and Thrombosis 21 (8): 784-798. doi:10.5551/jat.19356. ISSN 1340-3478 .
- Kunihiro Nishimura, Tomonori Okamura, Makoto Watanabe, Michikazu Nakai, Misa Takegami, Aya Higashiyama, Yoshihiro Kokubo, Akira Okayama, Yoshihiro Miyamoto (2016). “"Erratum" Predicting Coronary Heart Disease Using Risk Factor Categories for a Japanese Urban Population, and Comparison with the Framingham Risk Score: The Suita Study”. Journal of Atherosclerosis and Thrombosis 23 (9): 1138-1139. doi:10.5551/jat.Er19356 .
- ^ “Suita Study(吹田研究)_循環器トライアルデータベース”. www.ebm-library.jp. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “[インタビュー]計画的にデザインされた都市型コホート研究(前編)|吹田研究”. www.epi-c.jp. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “[インタビュー]計画的にデザインされた都市型コホート研究(後編)|吹田研究”. www.epi-c.jp. 2022年2月1日閲覧。
- ^ “冠動脈疾患を予測する新しいリスクスコアの開発|プレスリリース|広報活動”. 国立循環器病研究センター(www.ncvc.go.jp). 2022年2月1日閲覧。