飯塚 彦四郎 (いいづか ひこしろう、1873年2月21日[1] - 没年不明)は明治~昭和時代の実業家。
雄勝鉄道取締役社長、雄勝銀行取締役、羽後銀行西馬音内支店長を務めた[2]。
秋田県に、先代飯塚彦四郎の長男として生まれる[2]。1917年(大正6年)に家督を相続し、前名 彌一郎を改め彦四郎を襲名する[2]。1898年(明治31年)東京高等工業学校染織科を卒業し、盛岡染織講習所橫手機業所各所長に就任する[2]。