障害者雇用水増し問題
障害者雇用水増し問題(しょうがいしゃこようみずましもんだい)とは、2018年に発覚した雇用に関する不祥事で、各省庁及び地方自治体等の公的機関において、障害者手帳の交付に至らないなど障害者に該当しない者を障害者として計上し、障害者の雇用率が水増しされていたことにより、障害者雇用促進法に定められた法定雇用率を満たしていなかったという問題である。
2018年から2019年にかけて是正措置を採った結果、2020年2月21日に厚生労働省は国の35行政機関すべてが2019年12月末時点で公的機関の法定雇用率(2.5%)を満たしたと発表した[1]。
概要
編集障害者雇用促進法における対象障害者の確認方法(障害者手帳等[2]の保有確認)が、厚生労働省の通知に記載されていなかった事から、自己申告を元に障害者と計上する不適切な運用が一部官公庁において行われた[3]。例えば、厚生労働省令の基準に満たない弱視で、健康診断において異常が確認されたとする職員を「障害者」と認定していた[4]。障害者認定では本人に確認を取らず、勝手に障害者として計上されるケースもあった[5]。
発覚の経緯
編集- 2018年5月11日 - 財務省から、雇用対象となる障害者の範囲について厚生労働省へ問い合わせ[6]。
- 2018年6月20日 - 厚生労働省から、2017年6月時点での障害者雇用数調査を各省庁へ要請[7]。
- 2018年8月16日 - 障害者雇用義務化当初から42年間にわたり、中央省庁が厚生労働省に通報する障害者雇用数を水増ししていた疑いについて、厚生労働省が調査していることが報道される[8]。
- 2018年8月28日 - 厚生労働省は、各省庁を再点検した結果、合計3,460人分について日本国政府のガイドラインに反し、不正に障害者ではない職員を障害者として算入していたことを発表[9]。
- 2018年10月22日 - 厚生労働省は、障害者雇用不足数が3396.5人から3478.5人に、82人増加したと訂正[10]。
是正措置
編集- 2018年12月に人事院による第1回障害者選考試験の出願が行われ、翌2019年に1次試験が行われた。本選考試験では、常勤職員(係員級)754人が採用された。また、一部の府省では主任級、係長級、及び課長補佐級の採用試験が実施された。
- 2019年、人事院による第2回障害者選考試験によって244人の常勤職員の採用が行われた。非常勤職員を含め、本選考試験をもって法定障害者雇用率が達成されたため、第3回以降の大規模募集は行わず、一般の国家公務員採用試験または退職者の補充に関する選考試験(非常勤職員から常勤職員に任用するステップアップ採用を含む)のみが行われることととされた。
水増しに対する反応
編集問題発覚を受け、厚生労働省が、国の行政機関における障害者雇用に係る事案に関する検証委員会を設置し、委員長に松井巌元福岡高等検察庁検事長が、委員に今野浩一郎学習院大学名誉教授、渕上玲子元日本弁護士連合会副会長、村瀬均元東京高等裁判所部総括判事らが就任し、原因究明にあたった[11][12][13]。
国民民主党代表の玉木雄一郎は、隠蔽体質の現れであり、障害者に対する裏切り行為であると批判した[14]が、同党も雇用義務数(1人)を満たしておらず、必要なハローワークへの雇用状況報告もしていなかったことを発表した[15]。
日本商工会議所の三村明夫会頭は「非常に驚き、かつ残念」と述べ真相究明を求めた。民間企業は、障害者雇用が1人でも達成出来ないと、1人当たり5万円の障害者雇用納付金を国庫に納付しなければならないペナルティーが課せられているが、国や地方公共団体にそのような制度はなかったことから、怒りの声が挙がった。これを受け、1人当たり60万円の庁費を削減する制度を定めることとした[16]。
中央省庁では、障害者のみに限定した国家公務員採用試験が実施されていなかったため、2019年(平成31年)2月3日に、常勤職員676人を採用する障害者統一採用試験を行なった[17]。また、2019年度にも障害者選考試験を行い、常勤職員244人が採用された[18]。これらの定員は平成30年度中に380人が緊急増員され、平成31年度機構定員要求の結果、障害者雇用の推進のための定員として807人が措置されている[19]。
この問題を受け国務大臣らは陳謝、規律維持の宣言を行った[20][21]。
行政
編集内閣官房、内閣府(宮内庁、公正取引委員会、消費者庁を含む)、総務省、法務省(公安調査庁を含む)、外務省、財務省(国税庁を含む)、厚生労働省、農林水産省(水産庁を含む)、経済産業省(特許庁を含む)、国土交通省(海上保安庁、観光庁、気象庁、運輸安全委員会を含む)、環境省、防衛省(防衛装備庁を含む)、人事院、会計検査院の27省庁[22]。
行政機関の障害者実雇用は、実雇用率2.49%から1.19%、雇用障害者数6,867.5 人から3,407.5人と変化した[23]。なおこの水準は1976年に民間に課された1.5%を下回る[24]。
立法
編集衆議院事務局、参議院事務局、参議院法制局、国立国会図書館の4機関[25]。
立法機関の障害者実雇用は実雇用率2.36%から1.31%、雇用障害者数84.5人から37.5人と変化した。
司法
編集司法機関の障害者数実雇用率は2.58%から0.97%、雇用障害者数は641人から242人と変化した[26][27][28]。
いずれも2017年6月1日時点で399人水増しされており、42年間に渡って水増し行為がなされていた[4]。
不適切な採用、水増しが起こった地方自治体など
編集独立行政法人
編集宇宙航空研究開発機構、国立精神・神経医療研究センター、産業技術総合研究所、日本原子力研究開発機構、国立病院機構、造幣局、地域医療機能推進機構、日本学生支援機構、東北大学、茨城大学、筑波大学、群馬大学、東京工業大学、新潟大学、金沢大学、信州大学、鳥取大学、高知大学、鹿屋体育大学、高エネルギー加速器研究機構、日本司法支援センターの21独立行政法人[50]。
独立行政法人及び地方独立行政法人の障害者実雇用は実雇用率2.40%から2.38%、雇用障害者数10,276.5人から10,224.0人と変化した。
その他
編集各行政・立法・司法機関の水増し数
編集再点検後の障害者雇用率と不足している障害者雇用人数
編集行政・立法・司法機関名 | 障害者実雇用率 | 障害者雇用不足人数 |
---|---|---|
内閣官房 | 0.39 | 26.5 |
内閣法制局 | 2.60 | 0.0 |
内閣府 | 0.90 | 45.0 |
宮内庁 | 1.08 | 11.0 |
公正取引委員会 | 1.84 | 4.0 |
警察庁 | 2.41 | 0.0 |
金融庁 | 2.42 | 0.0 |
消費者庁 | 0.12 | 8.5 |
個人情報保護委員会 | 0.00 | 2.0 |
復興庁 | 0.00 | 5.0 |
総務省 | 0.76 | 80.0 |
法務省 | 0.79 | 499.5 |
公安調査庁 | 0.38 | 30.0 |
外務省 | 0.39 | 120.5 |
財務省 | 0.38 | 186.5 |
国税庁 | 0.67 | 946.0 |
文部科学省 | 0.57 | 48.0 |
厚生労働省 | 2.76 | 0.0 |
農林水産省 | 1.22 | 173.5 |
林野庁 | 1.66 | 30.0 |
水産庁 | 0.95 | 8.0 |
経済産業省 | 0.80 | 96.0 |
特許庁 | 0.48 | 61.0 |
国土交通省 | 0.70 | 659.5 |
観光庁 | 0.48 | 2.0 |
気象庁 | 0.48 | 45.0 |
海上保安庁 | 3.01 | 0.0 |
運輸安全委員会 | 1.06 | 2.0 |
環境省 | 0.55 | 48.0 |
原子力規制委員会 | 2.38 | 0.0 |
防衛省 | 0.97 | 296.0 |
防衛装備庁 | 0.54 | 26.0 |
人事院 | 0.75 | 10.0 |
会計検査院 | 1.57 | 9.0 |
衆議院事務局 | 1.58 | 10.0 |
衆議院法制局 | 2.48 | 0.0 |
参議院事務局 | 0.82 | 16.0 |
参議院法制局 | 1.45 | 0.0 |
国立国会図書館 | 1.28 | 9.0 |
最高裁判所 | 0.50 | 18.0 |
高等裁判所 | 0.99 | 19.0 |
地方裁判所 | 0.98 | 195.0 |
家庭裁判所 | 1.02 | 69.0 |
分類 | 障害者雇用率 | 障害者雇用人数不足 |
---|---|---|
都道府県 | 2.36 | 647.5 |
市町村 | 2.29 | 1,586.0 |
教育委員会 | 1.85 | 2,500.5 |
独立行政法人 | 2.38 | 334.5 |
脚注
編集出典
編集- ^ “障害者雇用水増し、中央省庁が「解消」採用は非常勤78% 厚労省が発表”. 朝日新聞. (2020年2月22日)
- ^ 身体障害者の場合、身体障害者手帳、都道府県知事指定医師の意見書又は産業医の診断書。知的障害者の場合、判定機関の判定書その他これに準ずる書類(療育手帳)。精神障害者の場合、精神障害者保健福祉手帳。厚生労働省令(障害者雇用促進法施行規則)を参照。
- ^ a b 水増し拡大 静岡、長崎、島根と埼玉県教委も 毎日新聞 - ウェイバックマシン(2018年8月22日アーカイブ分)
- ^ a b 「視力弱い」で障害者 不正認識か、中央省庁雇用水増し 東京新聞(2018年8月18日) - ウェイバックマシン(2018年8月19日アーカイブ分)
- ^ 障害者雇用水増問題 小声で「視力いくつ?」元横浜家裁職員が証言 東京新聞(2018年9月2日) - ウェイバックマシン(2018年9月2日アーカイブ分)
- ^ 2018.10.23 東京朝刊毎日新聞
- ^ “第77回労働政策審議会障害者雇用分科会(議事録)”. 厚生労働省労働政策審議会障害者雇用分科会 (2018年8月22日). 2023年6月11日閲覧。
- ^ 障害者雇用省庁水増し 義務化当初から42年 2018.8.18 東京新聞
- ^ 国の機関の8割、雇用率半減 2018.8.28 11:48日本経済新聞
- ^ a b “平成30年8月28日に公表した「国の行政機関における平成 29 年6月1日現在の障害者の任免状況の再点検結果について」及び同年9月7日に公表した「立法機関及び司法機関における平成29年6月1日現在の障害者の任免状況の再点検結果について」の訂正について” (PDF). 厚生労働省. (2018年10月22日) 2019年3月18日閲覧。
- ^ 第一回「国の行政機関における障害者雇用に係る事案に関する検証委員会」 【議事要旨】 (PDF) 厚生労働省
- ^ 【障害者雇用水増し】原因究明へ検証委が初会合2018.9.11 07:43産経新聞
- ^ “第78回労働政策審議会障害者雇用分科会(議事録)”. 厚生労働省労働政策審議会障害者雇用分科会 (2018年9月28日). 2023年6月11日閲覧。“第79回労働政策審議会障害者雇用分科会(議事録)”. 厚生労働省労働政策審議会障害者雇用分科会 (2018年10月22日). 2023年6月11日閲覧。“第80回労働政策審議会障害者雇用分科会(資料)”. 厚生労働省労働政策審議会障害者雇用分科会 (2018年12月17日). 2023年6月11日閲覧。
- ^ “「隠ぺい体質が現れている。障害者雇用に対する大きな裏切り行為だ」玉木共同代表”. 2019年3月8日閲覧。
- ^ “国民、公明が雇用義務満たさず 障害者巡り | 共同通信”. 2019年3月8日閲覧。
- ^ “障害者雇用未達成で予算減 中央省庁で1人60万円”. 日本経済新聞. (2019年3月31日) 2023年11月20日閲覧。
- ^ “国家公務員 障害者選考試験”. 人事院. 2019年1月1日閲覧。 “平成30年度人事院年次報告書”. 人事院 (2018年). 2023年6月11日閲覧。
- ^ “令和元年度人事院年次報告書”. 人事院 (2019年). 2023年6月11日閲覧。
- ^ “平成31年度 機構・定員等審査結果(概要)”. 内閣官房内閣人事局 (2018年). 2023年6月11日閲覧。
- ^ “総務省の障害者雇用率、0.76%と判明 2.3%と報告 野田聖子総務相「国民の信頼傷つけ申し訳ない」”. 産経新聞. 2018年9月2日閲覧。
- ^ “国の障害者雇用水増し 大臣ら「ゆゆしき問題」「残念」”. 朝日新聞. 2018年9月2日閲覧。
- ^ “【障害者雇用水増し】27機関で3460人水増し 最多は国税庁”. 産経ニュース. 経済産業新聞社. (2018年8月28日) 2018年8月30日閲覧。
- ^ “国の行政機関における平成 29 年6月1日現在の障害者の任免状況の再点検結果について” (PDF). 厚生労働省 (2018年8月28日). 2018年8月28日閲覧。
- ^ “障害者雇用関係資料” (PDF). 厚生労働省 (2018年8月). 2019年3月18日閲覧。
- ^ “立法機関及び司法機関における平成 29 年6月1日現在の障害者の任免状況の再点検結果について” (PDF). 厚生労働省. 2018年9月9日閲覧。
- ^ “裁判所でも水増し 300人超の見通し”. 2018年8月30日閲覧。
- ^ “衆議院でも障害者雇用水増し、参議院に続き”. 2018年8月30日閲覧。
- ^ “参院、国会図書館でも水増し=障害者雇用問題”. 2018年8月30日閲覧。
- ^ “障害者雇用 37府県水増し 自治体も拡大解釈まん延”. 2018年9月9日閲覧。
- ^ “障害者雇用水増し 29県で同様の問題 厚労省が全国調査を検討”. NHK. (2018年8月24日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “障害者雇用、鯖江市も3人水増し”. 2018年9月9日閲覧。
- ^ “<山形県障害者雇用水増し>「あり得ない」「法を無視」福祉関係者強い憤り”. 河北新報. (2018年8月22日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “障害者雇用、栃木県教委も水増し”. 共同通信. (2018年8月22日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “県、障害者雇用水増し 半数の169人”. 上毛新聞. (2018年9月22日) 2018年12月4日閲覧。
- ^ “千葉県も障害者雇用率を水増し”. 日本経済新聞. (2018年8月22日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “山梨県でも45人確認せず 障害者雇用水増し”. 日本経済新聞. (2018年8月25日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “長野県でも障害者雇用水増し 手帳確認せず11人算入”. ザ・ペイジ (2018年8月24日). 2018年8月28日閲覧。
- ^ “県教委、障害者雇用58人水増し”. 岐阜新聞 (2018年8月29日). 2018年8月28日閲覧。
- ^ “県も障害者雇用を水増し”. 岐日高新報 (2018年8月29日). 2018年9月2日閲覧。
- ^ “障害者雇用 自治体水増し3800人”. 東京新聞 (2018年11月25日). 2018年12月4日閲覧。
- ^ “水増し問題 18人を不適切算入 県「意図的ではない」/鹿児島”. (2018年9月29日) 2018年12月4日閲覧。
- ^ “大阪府警も障害者雇用水増し…「今後は適正に」”. @niftyニュース. (2018年8月27日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “三重県警も不適切算入 障害者雇用” (2018年8月28日). 2018年8月28日閲覧。
- ^ a b “障害者雇用水増し問題で「ルールの把握を」愛知・豊川市と豊橋市の発覚受け大村知事”. 名古屋テレビ (2018年8月27日). 2018年8月28日閲覧。
- ^ “山梨など4県で新たに判明 障害者雇用の水増し”. 中日新聞. (2018年8月25日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ “松山市も障害者雇用水増し”. 佐賀新聞. (8月21日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ a b c “障害者雇用、県と市町村が213人水増し 昨年6月時点 埼玉労働局が再点検”. 東京新聞. (2018年10月23日) 2019年3月9日閲覧。
- ^ “障害者雇用で10人を水増し 船橋市”. 東京新聞. (2018年8月28日) 2018年8月28日閲覧。
- ^ 障害者雇用、福井市も水増し発覚 手帳など確認せず最大10人 福井新聞(2018年8月30日) - ウェイバックマシン(2018年9月4日アーカイブ分)
- ^ “都道府県の機関、市町村の機関、都道府県等の教育委員会及び独立行政法人等における平成 29年6月1日現在の障害者の任免状況等の再点検結果について” (PDF). 2018年12月4日閲覧。
- ^ “障害者雇用数水増し 労働者健康福祉機構の担当者3人を刑事告発 塩崎厚労相「決して看過できぬ」”. 産経新聞. (2014年12月26日) 2018年11月19日閲覧。
- ^ “障害者雇用状況を水増報告し 労働者健康福祉機構の担当者3人に罰金刑”. 産経新聞. (2015年3月20日) 2018年11月19日閲覧。
- ^ “塩崎大臣閣議後記者会見概要”. 厚生労働省. (2016年12月26日)
- ^ “都道府県の機関、市町村の機関、都道府県等の教育委員会及び独立行政法人等における平成29年6月1日現在の障害者の任免状況等の再点検結果について” (PDF). 厚生労働省. 2019年3月23日閲覧。