長谷川悠

日本のサッカー選手

長谷川 悠(はせがわ ゆう、1987年7月5日 - )は、山梨県出身のプロサッカー選手。現役時代のポジションはFW

長谷川 悠
名前
愛称 ハセ、モンゴル
カタカナ ハセガワ ユウ
ラテン文字 HASEGAWA Yu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1987-07-05) 1987年7月5日(37歳)
出身地 山梨県南巨摩郡富士川町
身長 187cm
体重 79kg
選手情報
ポジション FW
利き足 右足
ユース
2003-2005 日本の旗 流通経済大学付属柏高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2006-2009 日本の旗 柏レイソル 1 (0)
2006 日本の旗 FC岐阜 (loan) 4 (1)
2007 日本の旗 アビスパ福岡 (loan) 9 (0)
2008-2009 日本の旗 モンテディオ山形 (loan) 70 (23)
2010-2011 日本の旗 モンテディオ山形 48 (3)
2012-2014 日本の旗 大宮アルディージャ 74 (11)
2015-2016 日本の旗 徳島ヴォルティス 45 (4)
2016-2018 日本の旗 清水エスパルス 31 (2)
2019 日本の旗 V・ファーレン長崎 13 (2)
2020 オーストラリアの旗 ウロンゴン・オリンピックFC
2021 オーストラリアの旗 シドニー・オリンピックFC 12 (2)
2022-2023 日本の旗 南葛SC 5 (0)
通算 312 (48)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴

編集

出生した際に右足首が曲がっていたため、しばらく大学病院で治療を受けたという[1]

小学校入学の頃に成長痛のため激しい運動ができず、サッカーを本格的に始めたのは小学3年生になってからであった[1]。当初は増穂サッカースポーツ少年団に入団したが[2]、練習量を求めて5年生の時にトラベッソFCに移った。

中学生時代にはナショナルトレセンに選出されるなど山梨県内では知られた存在になったが、本田裕一郎監督の誘いを受け[1]流通経済大学付属柏高等学校に進学した。流経大柏では、全国高校サッカー選手権に初出場した際のメンバーになった。

2006年柏レイソルに入団した。この年はリーグ戦初出場を果たしたが、10月に東海社会人リーグ1部に所属し、JFL昇格を目指していたFC岐阜全国地域リーグ決勝大会を戦うメンバーとして短期レンタル移籍された。岐阜では1得点を挙げ、JFL昇格に貢献した。

2007年にはJ1に復帰した柏に長谷川自身も復帰したが、出場機会がないままJ2のアビスパ福岡にレンタル移籍された。

2008年、福岡でチーム統括グループ長として長谷川を呼び寄せた小林伸二が監督に就任したモンテディオ山形に三たびレンタル移籍され、小林の個人指導[3] を受けながら才能を開花させた。リーグ戦39試合に出場し13得点を挙げ、山形のJ1初昇格に貢献した。

2009年は山形にレンタル延長の形で残留した[4]。開幕節の磐田戦で勝ち越しゴールを含む2得点を挙げ、チームの6-2という大勝を導いた[5]。その後も得点を重ね、チームトップの10得点を記録した。その活躍ぶりから、サッカー雑誌などのメディア[どこ?]では日本代表に推す声も聞かれるようになっている。前述の活躍によって2010年シーズンから、山形へ完全移籍加入となった。

山形のJ2降格に伴い、2012年から大宮アルディージャに完全移籍。

2015年徳島ヴォルティスへ完全移籍[6]

2016年7月、清水エスパルスへ完全移籍[7]。2018年12月6日、清水との契約満了が発表された[8]

2019年1月7日、V・ファーレン長崎に加入[9]。同年12月5日、契約満了が発表された[10]

2020年2月28日、NPLイラワラ・プレミアリーグ英語版オーストラリアイラワラ地域の独立リーグ)のウロンゴン・オリンピックFC英語版に加入[11][12]

2020年11月18日、NPL(オーストラリア2部相当)のシドニー・オリンピックFC英語版と2021年シーズンの契約を結んだことを発表した[13]

2022年シーズン、関東サッカーリーグ1部に所属する南葛SCに加入。

2023年シーズンを最後に引退を発表した[14]

所属クラブ

編集
ユース経歴
プロ経歴

個人成績

編集
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2006 29 J2 1 0 - - 1 0
岐阜 東海1部 4 1 - - 4 1
2007 25 J1 0 0 0 0 - 0 0
福岡 35 J2 9 0 - 0 0 9 0
2008 山形 15 39 13 - 2 0 41 13
2009 J1 31 10 5 0 1 0 37 10
2010 25 1 4 0 2 1 31 2
2011 10 23 2 2 0 2 2 27 4
2012 大宮 32 30 5 5 1 3 1 38 7
2013 27 4 6 1 3 0 36 5
2014 17 2 6 0 4 2 27 4
2015 徳島 23 J2 36 3 - 4 3 40 6
2016 9 1 - - 9 1
清水 18 6 0 - 3 1 9 1
2017 J1 16 2 3 0 3 3 22 5
2018 9 0 4 2 1 0 14 2
2019 長崎 17 J2 13 2 6 1 2 0 21 3
通算 日本 J1 178 26 35 4 19 9 232 39
日本 J2 113 19 6 1 11 4 130 24
日本 東海1部 4 1 - - 4 1
総通算 295 46 41 5 30 13 366 64

代表歴

編集
  • 2002年 U-15ストライカーキャンプ参加
  • 2004年 U-17日本代表
  • 2005年 U-18日本代表候補
  • 2006年 U-19日本代表候補

脚注

編集
  1. ^ a b c 週刊サッカーダイジェスト 2009年11月17日号 54-57頁 日本列島ルーツ探訪 第23回より
  2. ^ 当時のチームメイトに柏好文がいた。
  3. ^ 一例として、山形複数得点へ長谷川にマルチゴール指令 日刊スポーツ 2008年5月10日付の記述を参照。
  4. ^ 長谷川 悠選手 モンテディオ山形へ期限付き移籍延長 柏レイソル公式サイト
  5. ^ モンテ、J1開幕戦で大勝 磐田戦6-2 山形新聞 2009年3月7日付
  6. ^ 長谷川 悠選手 完全移籍にて加入決定のお知らせ 徳島ヴォルティス 2015年1月7日
  7. ^ 長谷川悠選手(徳島ヴォルティス)完全移籍にて加入決定のお知らせ 清水エスパルス 2016年7月6日
  8. ^ 長谷川 悠選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)清水エスパルス、2018年12月6日https://www.s-pulse.co.jp/news/detail/41600/2018年12月17日閲覧 
  9. ^ 長谷川 悠選手 完全移籍加入のお知らせ』(プレスリリース)V・ファーレン長崎、2019年1月7日https://www.v-varen.com/news/80523.html2019年1月7日閲覧 
  10. ^ 長谷川 悠選手契約満了のお知らせ』(プレスリリース)V・ファーレン長崎、2019年12月5日https://www.v-varen.com/news/106273.html2020年3月1日閲覧 
  11. ^ "Major Signing: Wollongong Olympic FC are delighted to announce the signing of Yu Hasegawa" (Press release). ウロンゴン・オリンピックFC. 28 February 2020. 2020年3月1日閲覧
  12. ^ 安藤隆人 (2020年3月8日). “J8クラブ渡り歩いた“調子乗り世代”。満了宣告も、希望溢れる第二の人生。”. Sports Graphic Number. 2021年1月18日閲覧。
  13. ^ 長谷川悠 (2020年11月18日). “I decided to play for Sydney Olympic next season.”. 2021年1月18日閲覧。
  14. ^ 長谷川悠選手 現役引退のお知らせ | 南葛SCオフィシャルサイト 葛飾からJリーグへ!”. 2023年11月17日閲覧。

関連項目

編集

外部リンク

編集