長沢宏行
長沢 宏行(ながさわ ひろゆき、1953年4月26日 - )は、兵庫県出身の野球指導者、ソフトボール指導者、[1]保健体育教諭。
兵庫県立篠山産業高等学校硬式野球部 監督 | |
---|---|
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 兵庫県 |
生年月日 | 1953年4月26日(71歳) |
選手情報 | |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
指導者歴 | |
この表について
|
経歴
編集兵庫県出身[1]。高校時代は、西宮市の阪神甲子園球場で開催される、全国高等学校野球選手権大会において、各校のプラカードを持ち先導を担当する、西宮市立西宮高等学校に在籍。高校時代は、4番を打ち、主将も務めた。
同校を卒業後は、首都大学野球連盟所属の日本体育大学に進学[1]。
大学卒業後は、女子ソフトボール部の指導者として、夙川学院高等学校で指導に当たる[1]。
1996年アトランタオリンピックでは、女子ソフトボール日本代表のヘッドコーチを務めた[1]。
2003年には、鹿児島県の神村学園高等部に赴任し、野球部の監督に就任[1]。2005年春開催の第77回選抜高等学校野球大会に出場し、野上亮磨らを擁し、初出場ながら準優勝の成績を修めた[1]。
その後は、岡山県の環太平洋大学の野球部監督を経て、2010年からは系列校の創志学園高等学校の野球部監督に就任し、学校・野球部の創立僅か1年ほどで、2011年春開催の第83回選抜高等学校野球大会に初出場[1]。創部1年で出場するのは同校が初めてであった。2022年4月30日に夏の大会をもって野球部監督を退任する意向を表明[2]。後任には、神奈川県の東海大学付属相模高等学校野球部前監督で全国優勝の経験もある、門馬敬治が同年秋以降に就任することが発表された[2][3]。長沢にとって最後の夏は岡山県大会で優勝し、第104回全国高等学校野球選手権大会に出場することが決定した[4]。1回戦で青森県の八戸学院光星高等学校に7対3で敗れ、創志学園高校監督としての最後の夏を終えた[5]。長沢によると、野球に対しての情熱は枯れておらず、指導者は引退せず、他チームからのオファーがあれば今後も指導を執る予定であるとしている[5]。
2022年10月1日からは、父の出身地で自身の先祖の記録が室町時代から残るゆかりの地の兵庫県丹波篠山市の県立篠山産業高校野球部の監督に就任する[6][7]。監督就任にあたり、丹波篠山市は同年秋に非常勤の特別職として「スポーツ振興官」の役職を新設し、長沢が就任する[6]。契約期間は、2026年3月迄でスポーツ振興全般に取り組む[7]。
著名な教え子
編集神村学園高
編集環太平洋大
編集創志学園高
編集脚注
編集- ^ a b c d e f g h “創志学園3度目V 勇退長沢監督助言で横手投げ転向、球速20キロアップ岡村洸太郎が完封/岡山”. 日刊スポーツ. (2022年7月26日) 2022年8月4日閲覧。
- ^ a b “創志学園長沢監督 今夏限りで退任 卓越した手腕 甲子園に5度導く”. 山陽新聞. (2022年4月30日) 2022年8月4日閲覧。
- ^ “創志学園 新監督に東海大相模前監督の門馬氏招へい 長沢監督は今夏限りで退任”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2022年4月30日) 2022年12月18日閲覧。
- ^ “監督と最後の夏 日本一に”. 読売新聞. (2022年7月31日) 2022年8月4日閲覧。
- ^ a b “【甲子園】創志学園、初戦で完敗 退任の長沢監督「まだ枯れてない」18年以来の甲子園勝利逃す”. 日刊スポーツ. (2022年8月7日) 2022年8月11日閲覧。
- ^ a b “岡山・創志学園高野球部監督退任の長沢さん 「スポーツ振興官」に任命へ 丹波篠山市が新設”. 神戸新聞. (2022年8月29日) 2022年8月19日閲覧。
- ^ a b “創志学園前監督の長沢宏行氏 今秋から兵庫県立篠山産の監督就任へ「人づくりに励みたい」”. スポニチアネックス. (2022年8月18日) 2023年12月26日閲覧。
- ^ “中日ドラ1・草加投手から篠山産高へ贈り物 前任校で指導、長沢監督に恩返し ピッチングマシンとバット13本”. 神戸新聞NEXT (kobe-np.co.jp). 神戸新聞社 (2024年2月24日). 2024年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月3日閲覧。
- ^ “中日・草加投手から贈り物 恩師赴任の高校野球部に用具 「少しでもうまく」”. 丹波新聞 (tanba.jp). 丹波新聞社 (2024年3月2日). 2024年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月3日閲覧。