金蔵寺(こんぞうじ)は、入間郡宮寺郷坊村(現・埼玉県入間市宮寺)にあった本山派修験の寺院。本山派笹井観音堂の配下であった[1]。江戸末期の祀職は、大石英範、大石良元で本務のほかに寺子屋の師匠を勤めた[2]。
祀職であった大石家の宮寺太子堂の墓地に「感応坊権大僧都法印浄月・応永二年(1395年)四月二十八日、感応坊権大僧都法印浄真・天文七年(1538年)六月二十日」等の法印銘が残る[2]。