郟敖
春秋時代の楚の王
郟敖(こうごう)は、春秋時代の楚の王。姓は羋、氏は熊。諱は員、あるいは紝。康王の子。
郟敖 熊員 | |
---|---|
楚 | |
第9代王 | |
王朝 | 楚 |
在位期間 | 前544年 - 前541年 |
都城 | 郢 |
姓・諱 | 熊員 |
生年 | 不詳 |
没年 |
郟敖4年11月5日[1] (前541年10月20日) |
父 | 康王 |
生涯
編集康王15年(紀元前545年)12月、康王が薨去した。郟敖元年(紀元前544年)4月、康王を葬り、郟敖が楚王として即位した。叔父の公子囲を令尹とし、軍事をつかさどらせた。
郟敖4年(紀元前541年)11月、郟敖は病に伏せった。公子囲が鄭に向かっていたところを急遽帰国し、見舞いにかこつけて郟敖を襲った。郟敖は公子囲に絞殺された。在位4年。このとき、子の公子幕と公子平夏も殺害された。
脚注
編集- ^ 『春秋左氏伝』昭公元年十一月己酉条による。
参考文献
編集
|
|
|