近代魔術
近代魔術(きんだいまじゅつ)は、近現代における隠秘学ないし秘教の一分野である。本項では、さまざまな西洋秘教伝統 (Western mystery tradition) の中でも特に、黄金の夜明け団に代表される、19世紀末から20世紀にかけての英語圏の儀式魔術 (Ritual magic) 復興運動や関連する周辺分野について扱う。
概説
編集文化人類学では広義の呪術について呪術 (magic)、邪術 (sorcery)、妖術 (witchcraft) といった分類がなされるが、それとは別に、現代の英米の実践家の間では魔術 (magic) と妖術 (sorcery) と魔女術 (witchcraft) はある程度区別される用語となっている。鏡リュウジのまとめたところによると、大まかに以下の二つに分けられる[1]。
歴史
編集ルネサンス期、儀式魔術 (羅: Magia ceremonialis) という言葉は霊と交渉する魔術(降霊術)の類を指し、キリスト教的な通念では異端的な忌まわしいものとされていた。こうした古典的な儀式魔術はグリモワールと呼ばれる古い魔術書群に遺されている。一方、一部の人文主義者らは自然の理に基づいた賢者の知恵としての魔術、すなわち自然魔術 (羅: Magia naturalis) に言及している。中でもハインリヒ・コルネリウス・アグリッパが著した『隠秘哲学』三書は後代の魔術に大きな影響を与えた。
近代の英国では、19世紀までカニングマンと呼ばれる人々を担い手とする民衆魔術の伝統が生き残っていたが、一方でゴシック趣味が隆盛した18世紀には、魔術への多分にロマン主義的・中世趣味的な関心が呼び覚まされた[3]。19世紀初頭にはフランシス・バレットがアグリッパやグリモワールの魔術をまとめ上げ、The Magus を著した。これは英国における魔術復興の嚆矢となった[4]。19世紀半ばのフランスではエリファス・レヴィが『高等魔術の教理と祭儀』などを著し、魔術思想を説いた。そして19世紀末のイギリスにできた魔術結社、黄金の夜明け団は、メーソン/薔薇十字的儀礼とカバラと古典的な儀式魔術とを総合・体系化し、魔術に新たな息吹を吹き込んだ。この出来事を魔術史家フランシス・キングは魔術の「復興」と表現している。
アレイスター・クロウリーは、1913年に発表された『第四の書』第二部において魔術の表記を magic から Magick に転換した。これは自分の提唱する魔術を手品や洗練されていない旧来の魔術から区別するために、19世紀以前に用いられた近代英語の古い綴りを復活させたものであった[5]。英語では magic(k) の一般的な発音は [mædʒɪk] であるが、クロウリー流の Magick の場合には mage-ick [meɪdʒɪk] と発音する人もいる[6]。クロウリーの提唱した"Magick"概念の内容については魔術 (セレマ)を参照。
周辺領域
編集- セレマ Thelema
- アレイスター・クロウリーが創始した宗教/実践哲学。聖典は『法の書』、儀式魔術とヨーガの実修、「グノーシスのミサ」という宗教儀礼などがある。→詳細は「セレマ」を参照→「魔術 (セレマ)」も参照
- ウイッカ Wicca
- ジェラルド・ガードナーによって20世紀中葉に復興した宗教。ガードナー派ウイッチクラフトと、アレックス・サンダースの創始したアレクサンダー派ウイッカがある。「影の書」という奥義書を個々人が所持し、使用する。マーガレット・マリーの学説からの影響が指摘される。自然主義的な意図により裸 (skyclad) で儀式を行うとされるが、今日では服を着て儀式を行うグループが多い。→詳細は「ウイッカ」を参照
- ウイッチクラフト Witchcraft (魔女宗、魔女術)
- ガードナー派およびアレクサンダー派ウイッカ、レイモンド・バックランドのシークス・ウイッカ、スザンナ・ブダペストのダイアナ派、その他の分派や、特定の流派に属さないソロの自称ウイッカン/魔女 (Hedge witch) 等のさまざまなネオペイガンを包含する[7]。→詳細は「ウイッチクラフト」を参照
- 左道 Left Hand Path
- セトの神殿など。→詳細は「左道」を参照
- ケイオスマジック Chaos magic
- →詳細は「ケイオスマジック」を参照
技法
編集行法
編集道具
編集四大元素武器や各種ワンド(杖)等の道具は自分で作成して聖別することになっている。
- 儀式魔術
儀礼
編集- 儀式魔術
- イニシエーション(秘儀参入の儀式)
- 春分・秋分の儀式
- 魔女宗
- イニシエーション
- サバト:年8回の季節の祝祭
- エスバト:満月の夜の集会
組織
編集- 儀式魔術
- 結社には上位組織と下位組織がありそれぞれに位階がある。
- 結社内にアウター(外陣、5位階)、インナー(内陣、実質は5=6アデプタス・マイナー)の2層。
- 魔女宗
- 13人のカヴンである。13人以上になるとカヴンを分ける。
人物
編集- アレイスター・クロウリー
- ディオン・フォーチュン
- マグレガー・マザーズ
- イズレエル・レガーディー
- ウィリアム・バトラー・イェイツ
- ポール・フォスター・ケース en:Paul Foster Case
- 内光協会 (I∴L∴) 系
- ウォルター・アーネスト・バトラー en:W. E. Butler
- ドローレス・アシュクロフト=ノウィッキー en:Dolores Ashcroft-Nowicki
- ウィリアム・G・グレイ en:William G. Gray
- ガーレス・ナイト en:Gareth Knight
- J・H・ブレナン
- クロウリー系
- ジャック・パーソンズ en:Jack Parsons
- フラター・エイカド en:Charles Stansfeld Jones
- ケネス・グラント en:Kenneth Grant
評価
編集著作家・編集者の松岡正剛は、近現代の魔術結社の書籍の多くが、近代以前の神秘主義に比し、内容がかなり貧しく読むに堪えなかったと、低い評価を下している[8]。
註
編集- ^ 鏡 2003, pp. 18-20.
- ^ ユダヤ教のカバラ (Kabbalah) の伝統そのものではなく、ルネサンス期以来のクリスチャン・カバラ (Cabala) の影響を受けた、ヘルメス的カバラ (Qabalah) とも称されるもの。
- ^ キング & 江口訳 1994, p. 23
- ^ 吉村 2013, p. 40.
- ^ クロウリーの『第四の書』第二部 (Book Four, Part II) の脚注に「マギの学をそのあらゆる紛い物から区別するために Magick という古い綴りを採用する」旨が記されている。
- ^ ウィルソン & 武邑監訳 1994, p. 119.
- ^ ウイッチクラフト、ウイッカ、魔女宗といった言葉の適用範囲については、楠瀬啓「ウイッカ、クラフト、ウイッチクラフト ~「魔女宗」の混乱~」(2014年9月23日閲覧)を参照のこと。以下、本項ではウイッチクラフトとウイッカの双方を含むものとして魔女宗という呼称を用いることとする。
- ^ “アンリ・セルーヤ 『神秘主義』”. 松岡正剛の千夜千冊. 2024年6月3日閲覧。
参考文献
編集- 鏡リュウジ 『鏡リュウジの魔女入門』 柏書房、2003年。
- 吉村正和 『図説 近代魔術』 河出書房新社、2013年。
- ロバート・A・ウィルソン 『コスミック・トリガー』 武邑光裕監訳、八幡書店、1994年。
- フランシス・キング 『黄金の夜明け魔法大系5 英国魔術結社の興亡』 江口之隆訳、国書刊行会、1994年。
関連書
編集- 黄金の夜明け魔法大系
- 『黄金の夜明け魔法大系1 黄金の夜明け魔術全書(上)』 イスラエル・リガルディー編、江口之隆訳、1993年、ISBN 4336033730
- 『黄金の夜明け魔法大系2 黄金の夜明け魔術全書(下)』 イスラエル・リガルディー編、江口之隆訳、1993年、ISBN 4336033749
- 『黄金の夜明け魔法大系3 飛翔する巻物』 フランシス・キング編、江口之隆訳、1994年、ISBN 4336034060
- 『黄金の夜明け魔法大系4 召喚魔術』 イスラエル・リガルディー、日浦幸雄、1993年、ISBN 4336034079
- 『黄金の夜明け魔法大系5 英国魔術結社の興亡』 江口之隆訳、1994年、ISBN 4336034087
- 『黄金の夜明け魔法大系6 性魔術の世界』 長尾豊訳、1992年、ISBN 4336034095
- 現代魔術体系
- 『現代魔術体系1 カバラとタロー』 ロバート・ウォン、未刊
- 『現代魔術体系2 魂の旅路 ―パスワーキングの歴史と技法―』 ドロレス・アッシュクロフト=ノーウィッキ、松田和也訳、1998年、ISBN 4336038627
- 『現代魔術体系3 輝ける小径 ―パスワーキングの実践―』 ドロレス・アッシュクロフト=ノーウィッキ、未刊
- 『現代魔術体系4 カバラ魔術の実践』 ウィリアム・G・グレイ、葛原賢二訳、1996年、ISBN 4336038643
- 『現代魔術体系5 高等エノク魔術実践教本』 ジェラルド・J・シューラー、岬健司訳、1996年、ISBN 4336038651
- 『現代魔術体系6 QBL ―カバラの花嫁―』 フラター・エイカド、松田和也訳、1996年、ISBN 433603866X
- 『現代魔術体系7 無の書 ―混沌の魔術―』 ピート・J・キャロル、金尾英樹訳、2003年、ISBN 4336038678
- 世界魔法大全 英国篇
- 『世界魔法大全 第1巻 黄金の夜明け』 江口之隆・亀井勝行、1983年、ISBN 4336025894
- 『世界魔法大全 第2巻 魔術―理論と実践 上』 アレイスター・クロウリー、島弘之訳、1983年、ISBN 4336025908
- 『世界魔法大全 第2巻 魔術―理論と実践 下』 アレイスター・クロウリー、島弘之訳、1983年、ISBN 4336025940
- 『世界魔法大全 第3巻 柘榴の園』 イスラエル・リガルディー、片山章久訳、1983年(新装版2002年、ISBN 4336044082)
- 『世界魔法大全 第4巻 心霊的自己防衛』 ダイアン・フォーチュン、大島有子訳、1983年(新装版2008年、ISBN 4336050902)
- 『世界魔法大全 第5巻 魔術の復活』 ケネス・グラント、植松靖夫訳、1983年、ISBN 4336025932
- 魔女たちの世紀
- 『魔女たちの世紀1 聖魔女術』 スターホーク、鏡リュウジ・北川達夫訳、1994年、ISBN 4336036616
- 『魔女たちの世紀2 やさしい魔女』 マリアン・グリーン、ヘイズ中村訳、1994年、ISBN 4336036624
- 『魔女たちの世紀3 サクソンの魔女』 レイモンド・バックランド、楠瀬啓訳、1995年、ISBN 4336036632
- 『魔女たちの世紀4 月神降臨』 マーゴット・アドラー、江口之隆訳、2003年、ISBN 4336036640
- 『魔女たちの世紀5 サバトの秘儀』 ファーラー夫妻、ヘイズ中村訳、1997年、ISBN 4336036659
- 『魔女たちの世紀6 魔女の聖典』 ドリーン・ヴァリアンテ、秋端勉訳、1995年、ISBN 4336036667
- 原典
- The Cipher Manuscript (黄金の夜明け団の暗号文書 en:Cipher Manuscripts)
- S・L・マグレガー・メイザース 『ヴェールを脱いだカバラ』 判田格訳、国書刊行会、2000年、ISBN 4336042500
- Barret, Francis (2000). The Magus. York Beach, ME: Samuel Weiser. ISBN 0877289425.
- Mathers, S. Liddell MacGregor (2000). The Key of Solomon the King. York Beach, ME: Samuel Weiser. ISBN 087728931X.
- Enochian Manuscripts (エノク語文献)
- The Chaldean Oracles (カルデア神託)
- エジプトの死者の書
- 薔薇十字文書
- ヨーハン・V・アンドレーエ 『化学の結婚』 種村季弘訳、紀伊国屋書店、1993年(普及版)、ISBN 4314009314
- 理論と実践
- W・E・バトラー 『魔法入門 -カバラの密儀』(2冊の合本)、大沼忠弘訳、角川文庫、1974年
- W・E・バトラー 『新版 魔法入門 -カバラの密儀』 大沼忠弘訳、出帆新社、2000年、ISBN 4915497607
- W・E・バトラー 『オカルト入門』(3冊の合本)、大沼忠弘訳、角川文庫、1975年
- W・E・バトラー 『魔法修行 -カバラの秘法伝授』("Apprenticed to Magic" 1962年)大沼忠弘 訳、平河出版社、1979年、ISBN 4892030295
- デイヴィッド・コンウェイ 『魔術 理論篇』 阿部秀典訳、中央アート出版社、1998年、ISBN 4886397700
- デイヴィッド・コンウェイ 『魔術 実践篇』 阿部秀典訳、中央アート出版社、1998年、ISBN 4886398375
- アレイスター・クロウリー 『アレイスター・クロウリー著作集1 神秘主義と魔術』 島弘之訳、1986年、ISBN 4336026157
- アレイスター・クロウリー 『魔術―理論と実践』 島弘之・植松靖夫・江口之隆訳、1997年、ISBN 4336040435 (「世界魔法大全」2a・2bを合本した新装版)
- 秋端勉 『実践魔術講座』 硯文社、1998年、ISBN 4882007770
- 秋端勉 『実践魔術講座 リフォルマティオ』 三交社、2013年、ISBN 4879197130
- 大沼忠弘 『実践 魔法カバラー入門』 学習研究社、2007年、ISBN 4054033709
- 大沼忠弘 『実践カバラ 自己探求の旅』 人文書院 1988年 ISBN 4409040162
- カバラとタロットに関する図書
- ダイアン・フォーチュン 『神秘のカバラー』 大沼忠弘訳、国書刊行会、1994年(新装版)、ISBN 433603625X
- アレイスター・クロウリー 『777の書』 江口之隆訳、国書刊行会、2013年(新装版)、ISBN 9784336057815
- アレイスター・クロウリー 『トートの書』 榊原宗秀訳、国書刊行会、2004年(新装版)、ISBN 4336046476
- 伊泉龍一 『タロット大全』 紀伊国屋書店、2004年、ISBN 4314009640
- 歴史書
- Drury, Nevill (2011). Stealing Fire from Heaven - The Rise of Modern Western Magic. New York: Oxford University Press. ISBN 0199751005
- フランシス・キング 『イメージの博物誌4 魔術--もう一つのヨーロッパ精神史』 澁澤龍彦訳、平凡社、1978年、ISBN 4582284043
- コリン・ウィルソン 『オカルト 上』 中村保男訳、河出文庫、河出書房新社、1995年、ISBN 4309461409
- コリン・ウィルソン 『オカルト 下』 中村保男訳、河出文庫、河出書房新社、1995年、ISBN 4309461417
- 魔女宗に関する図書
- 鏡リュウジ 『ウイッチクラフト(魔女術) -都市魔術の誕生-』 柏書房、1994年(新装版)、ISBN 4760107258
- 鏡リュウジ 『鏡リュウジの魔女入門』 柏書房、2003年、ISBN 4760124144(上の改訂増補版だが、参考文献と索引が削られている)
- マリアン・グリーン 『ナチュラル・マジック』 河出書房新社〈聖なる知恵入門シリーズ〉、1996年、ISBN 4309722849
- マーガレット・A・マレー 『魔女の神』 西村稔訳、人文書院、1995年、ISBN 4409510363
- ミシュレ 『魔女 上』 藤田浩一郎訳、現代思潮社、1967年
- ミシュレ 『魔女 下』 藤田浩一郎訳、現代思潮社、1967年
- その他の関連書
- 「ユリイカ」1992年2月号(特集=魔術)、青土社
- フランシス・キング 『アレイスター・クロウリー著作集 別巻1 アレイスター・クロウリーの魔術世界』 山岸映自訳、国書刊行会、1987年 ISBN 4336026181
- ロバート・アントン・ウィルソン 『コスミック・トリガー』 武邑光裕監訳、八幡書店、1994年 ISBN 4893503170
- ブランチ・バートン 『悪魔教』 小森雪枝訳、青弓社、1995年、ISBN 478723112X
- クリストファー・マッキントッシュ 『薔薇十字団』 吉村正和訳、平凡社、1990年、ISBN 4582472516(現行版はちくま学芸文庫より)
- レイチェル・ストーム 『ニューエイジの歴史と現在』 高橋巌・小杉英了訳、角川書店〈角川選書〉、1993年、ISBN 404703245X
- 上山安敏 『神話と科学 -ヨーロッパ知識社会 世紀末~20世紀-』 岩波書店〈岩波現代文庫〉、2001年、ISBN 4006000650
- 高橋巖 『若きシュタイナーとその時代』 平河出版社、ISBN 4892031062
- リチャード・ノル 『ユング・カルト カリスマ的運動の起源』 月森左知・高田有現訳、新評論、ISBN 479480430X
関連項目
編集外部リンク
編集- O∴H∴西洋魔術博物館 - ウェイバックマシン(2002年2月20日アーカイブ分)
- The Hermetic Library