軽間 鳥麻呂(かるま の とりまろ)は、奈良時代の官人・大工。姓は連。官位は外従五位下・修理次官。
軽間氏(軽間連)の出自は必ずしも明らかでないが、苅間・軽馬・借馬と同じとすれば物部氏族に属する天孫系氏族と考えられる。『先代旧事本紀』に以下の記載がある[1]。
称徳朝にて大安寺の造営に造寺大工として参画したらしく、神護景雲元年(767年)称徳天皇の大安寺行幸に際して、外従五位下に叙せられた。
光仁朝の宝亀3年(772年)修理次官に任ぜられている。
『続日本紀』による。