超音波霧化分離
超音波霧化分離(ちょうおんぱむかぶんり)とは、超音波を液体に照射することで液体が霧化し[1]分離する現象、またそれにより分離された物質の回収にいたるまでの分離工学としての方法[2][3][4]。蒸留のように全体を加熱し気化(ガス化)して分子間の結合を切るのではなく、加熱せずに微粒子化(ミスト化)し、分子のクラスターレベルで分離する。液体中では同じ物質の分子はクラスター化しやすいことや、物質によりクラスターの大小に隔たりがあることを利用している[5][6]。たとえばエタノール水溶液の場合、溶液中のエタノールリッチなクラスターを、そのクラスター界面の結合が弱いことを利用して分離する[7]。
従来の分離法、つまり膜分離、遠心分離、電気泳動、蒸留、蒸発操作、再結晶、晶析、抽出、クロマトグラフィー等、いずれにも属さない分離法である[8]。
歴史と原理
編集超音波霧化分離の前提となる超音波霧化(超音波噴霧, Ultrasonic atomization)は、超音波を液中から液面に向けて照射すると、音圧により液面に噴水状の液柱が発生し、液柱の側面からおもに数ミクロン程度の微細な液滴(ミスト)が発生する現象である[7][9]。発生した液滴は、その小さい粒径から長時間気相中に滞留することになる。その発生機構については、キャビテーションに起因する衝撃波説と液体表面に形成されるキャピラリー液(表面波)説の2説があるが、高周波数の超音波の照射の場合はキャビテーションは無視できるという報告があり、このことからキャビテーション説は採りにくい[9]。
超音波霧化現象自体は、19世紀末より知られており[10][11]、現在では超音波加湿器、超音波霧化機(ネブライザなど[1])、殺虫スプレーや石油ファンヒーター、食品・肥料・塗料の噴霧乾燥[12]、除菌、消臭、アロマテラピーなど、幅広い分野で使用される技術である[13]。超音波の発生には主に超音波振動子と呼ばれる製品が使われる。超音波振動子はアメリカ、ドイツ、台湾などで量産されており、仕様の標準化も世界的に進んでいる[8]。
1995年、松浦一雄(現:ナノミストテクノロジーズ株式会社[14])らによりエタノールと水の混合溶液を超音波霧化するとエタノールと水が分離し、結果としてエタノールが濃縮されることが報告された[2][3][15][16]。これにより、蒸留に代わる非加熱の分離濃縮法として超音波霧化分離が注目されはじめた[17]。
超音波霧化分離装置の構成の一例は次の通りである。[8][18]
- 溶液中に設置した超音波振動子により溶液がミスト化される。
- ミストは、サイクロン等分級装置により、軽いミストは上部へ、重いミストは下部に分離される。
- 軽いミストは冷却等により凝縮され液体化、重いミストは重さにより落下し液体化する。
メリットとデメリット
編集液体を加熱する蒸留装置に比べ、次の利点がある[4][9][19][20]。
超音波霧化分離のデメリットとして、粘度が500cP以上の高粘度もしくは高張力の溶液では霧化が困難となり分離効率が極端に下がる場合が多い[8]。また穀物の醪(もろみ)のように固体成分が溶液中に含まれる場合には、固体が霧化の妨げとなるため、事前にフィルタープレス等で固液分離しておくことが望まれる[8]。
粘度が水より低い溶液(エタノール水溶液・ガソリン・ナフサ等)では分離効率が良いが、粘度の高い溶液は表面張力の影響で霧化効率が悪くなる[22]。
用途
編集工業への利用
編集食品・飲料への利用
編集酢や果汁など食品や酒類の濃縮およびエキス・香気成分の抽出が可能である[25][26]
その他
編集脚注
編集- ^ a b “超音波で霧をつくり出す加湿器のしくみ”. TDK 電気と磁気の?(はてな)館. 2016年1月27日閲覧。
- ^ a b Matsuura, K.; Kobayashi, M.; Hirotsune, M.; Sato, M.; Sasaki, H.; Shimizu, K. (1995). “New Separation Technique Under Normal Temperature and Pressure Using an Ultrasonic Atomization”. Japan Soc. Chem. Eng. Symposium Series 46: 44-49.
- ^ a b 「第3章第10節 超音波によるアルコールの非加熱分留処理」『生物・環境産業のための非熱プロセス事典』、サイエンスフォーラム、1997年4月30日、511-514頁。
- ^ a b 松浦一雄「超音波霧化分離の工業的応用」『エアロゾル研究, 26(1)』、日本エアロゾル学会、2011年、30-35頁、doi:10.11203/jar.26.30、2017年1月27日閲覧。
- ^ A. Wakisaka; K. Matsuura. “Microheterogeneity of ethanol–water binary mixtures observed at the cluster level”. J. Molecular Liquids (Elsevier B.V.) 129 (1-2): 25-32 2017年2月13日閲覧。.
- ^ a b “日本酒製造に使った霧化技術を、廃液処理やリサイクルに活用”. 日経テクノロジーonline (2013年9月10日). 2017年1月27日閲覧。
- ^ a b 矢野陽子「エタノール水溶液の物理化学と超音波霧化によって発生したミストの構造」『化学工学誌「エタノール」2007』、公益社団法人化学工学会、2017年2月1日閲覧。
- ^ a b c d e 松浦一雄「超音波霧化分離法を用いた低沸点有機化合物の高濃度化と不揮発成分の濃縮」『日本醸造協会誌』第108巻第5号、日本醸造協会、2013年、310-317頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan.108.310、2017年2月1日閲覧。
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- ^ 脇坂昭弘「溶液中のクラスタ構造から見た超音波霧化現象 Ultrasonic Atomization from the Viewpoint of Cluster Structure in Solution」『エアロゾル研究』第26号、2011年、doi:10.11203/jar.26.24、2017年2月1日閲覧。
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- ^ “超音波使う液体分離装置 ナノミストが電子部品商社と組み拡販”. 日本経済新聞 電子版. 2017年6月7日閲覧。
- ^ “ナノミスト、超音波で温泉水濃縮 旅館向け装置販売”. 日本経済新聞 電子版 (2012年11月20日). 2017年1月27日閲覧。
- ^ a b “超音波で霧化液体分離”. 朝日新聞四国経済. (2014年3月5日)
- ^ “逆境こそ原動力 空洞化克服モデル示す”. 日本経済新聞 (2013年1月5日). 2017年2月22日閲覧。