超臨界圧軽水冷却炉
超臨界圧軽水冷却炉(ちょうりんかいあつけいすいれいきゃくろ、英:Supercritical Water-Cooled Reactor、SCWR)とは、冷却材に超臨界圧の水(軽水)を用いた研究中の原子炉である。
概要
編集超臨界圧軽水が原子炉冷却およびタービンの直接駆動を行う貫流型となっている[1]。
この炉型は、熱中性子炉と高速中性子炉の両方の設計が可能であり、熱中性子炉として設計した場合には超臨界圧軽水炉またはスーパー軽水炉、高速中性子炉として設計した場合には超臨界圧軽水冷却高速炉またはスーパー高速炉とそれぞれ呼ばれる[2]。
高速炉とする場合には水減速棒のない稠密な燃料格子の炉心を用いることになる。また、高速炉として設計した場合、増殖炉として機能させることも可能である[3]。
プラント設計は単純化が指向されているほか、原子炉圧力容器と制御棒はPWRに、原子炉格納容器と非常用炉心冷却系はBWRにそれぞれ類似する。これは、従来の軽水炉での経験を活かすため、それらとの類似性が念頭に置かれているためである。
超臨界圧軽水
編集この原子炉で用いられる超臨界圧軽水とは、22.1MPa以上に加圧された軽水のことを指す。水は臨界点である374℃、22.1MPa以上の高温、高圧条件下では沸騰現象が見られなくなり[4]、この性質をこの原子炉では利用する。なお、火力発電においては超臨界圧軽水は以前(1960年代以降)から利用されている[5]。
特徴
編集軽水炉は1950年代に、米国で当時の亜臨界圧火力発電技術をもとに開発された。軽水炉の成功は、火力発電の技術と経験に基づいていたことにあるとされている。火力発電は、米国では1950年代に、日本では1960年代に超臨界圧に移行した。バルブ、配管、タービン、給水ポンプ、給水加熱器は、超臨界圧火力発電において、タービン入り口の圧力30MPa、蒸気温度630Cまで商業規模の経験がある。軽水炉から超臨界圧軽水炉への発展は自然であるとされている[6][7]
超臨界”蒸気”は体積当たりのエンタルピーが大きい。気水分離系や再循環系が不要であるため、機器のコンパクト化と簡素化による経済性向上を図れるとされている[2]。
冷却水出口温度は500℃台となり、熱効率は、従来の軽水炉の30%程度[8]から、現代の一般的な火力発電所に匹敵する45%程度になる[2]。
軽水炉は高温の炉心冷却水が循環しており、低温で全量を純化処理することは不可能である。超臨界圧水冷却炉は、炉心冷却水の全量がタービンに送られる貫流型なので、超臨界圧火力発電同様、復水の全量を低温で純化処理できる。これは軽水炉で悩まされてきた構造材料の応力腐食割れ対策で有利であるとされている[7]
また、日本の超臨界火力発電技術や鉄鋼材料技術の利用など、産業戦略上の優位性もあるとされている[2]。
高速炉として設計した場合の利点としては、出力密度が高いため、同じ径の原子炉容器でも熱出力は大きくできるという点が挙げられる。再処理やMOX燃料への加工コストの低減に成功すれば、熱中性子炉に経済性で優る高速炉の実用化が実現できる可能性があるとされている[2]。
比較
編集現在、一般的に用いられている軽水炉である沸騰水型原子炉や加圧水型原子炉および超臨界圧水を使用する火力発電と、超臨界圧軽水冷却炉の特性比較表を以下に掲載する[9]。
沸騰水型原子炉 | 加圧水型原子炉 | 超臨界圧火力 | 超臨界圧軽水炉 | |
---|---|---|---|---|
プラント冷却系統 | 再循環直接サイクル | 間接サイクル | 貫流サイクル | 貫流サイクル |
電気出力[MWe] | 1356 | 1150 | 1000 | 1000 |
熱効率[%] | 34.5 | 34.4 | 41.8 | 43.8 |
水圧[MPa] | 7.2 | 15.5 | 24.1 | 25 |
冷却水炉心入口/出口温度[℃] | 269/287 | 289/325 | 289/538 | 280/500 |
冷却水流量[t/s] | 14.5 | 16.7 | 0.821 | 1.18 |
電気出力当たりの冷却水流量[kg/s/MWe] | 10.7 | 14.5 | 0.821 | 1.18 |
安全性
編集安全確保の基本原理は、軽水炉では冷却水のインベントリー(水位)の確保であるが、超臨界圧軽水冷却炉では炉心流量の確保である。事故時には水位より流量のほうが確実に測定できる。貫流型なので、配管破断時に炉心冷却流が生じる。軽水炉の配管ギロチン破断時の配管両端からの冷却水流失(200%喪失)は生じない。原子炉容器上部ドームの水が原子炉容器内蓄圧器として働く[10]。
主要機器は、軽水炉や火力発電の使用温度と同等以下であり、運転経験も豊富であるため、高い信頼性が得られる[2]。
制御棒の挿入方向は、加圧水型原子炉と同様の上部からの挿入であり[2]、非常時には駆動機構から制御棒を切り離し、自由落下による制御棒の炉心への挿入を行うことが可能である。
研究状況
編集日本で1980年代末に大学で自主研究として開始され、概念設計結果や安全解析が、学術雑誌、超臨界圧水冷却炉シンポジウム(SCRシンポジウム)などの国際会議論文、それらをまとめた英文書や国際機関での講演資料として発表されている [7][11][12][10]。
この炉型は2000年代初頭に第4世代原子炉に、水冷却原子炉として唯一選定され、現在は、カナダ、EU,日本、中国、ロシアが、国際機関での研究開発情報の交換に参加している[13]。
日本では、2000年代から2010年代にかけて国の競争的資金を用いた実験や設計研究が、大学や研究開発機関[14][15]やBWRメーカによって[16]行われた。大学と産業界との情報交換も行われたことがある[3]。
欧州では高性能軽水炉(HPLWR, High Performance Light Water Reactor)の名称で、研究が、欧州共同体のフレームワークプログラムとして2000年代から行われた[17]。2020年からはECC smartの名称で、小型モジュール炉の研究が、欧州各国とカナダ、中国が参加してEURATOMのプログラムとして行われている[18]。
脚注
編集- ^ “スーパー軽水炉(超臨界圧軽水冷却炉)、原子力百科事典ATOMICA.”. JAEA. 2022年10月24日閲覧。
- ^ a b c d e f g ATOMICA 2005.
- ^ a b “講演テーマ: スーパー軽水炉(超臨界圧軽水炉)の研究開発”. www.engy-sqr.com. エネルギー問題に発言する会. 2010年1月13日閲覧。
- ^ “超臨界圧軽水冷却原子炉”. www.f.waseda.jp. 早稲田大学共同原子力専攻 岡研究室. 2011年1月13日閲覧。
- ^ 山路哲史「第4世代原子炉の開発動向 第3回 超臨界圧軽水冷却炉」『日本原子力学会誌』第60巻第5号、日本原子力学会、2018年、284頁、doi:10.3327/jaesjb.60.5_284。
- ^ “J. F. Marchaterre and M. Petrick (August 1960). "Review of the status of supercritical water reactor technology", ANL-6202”. www.osti.gov. 2022年10月24日閲覧。
- ^ a b c Oka, Yoshiaki; Koshizuka, Seiichi; Ishiwatari, Yuki; Yamaji, Akifumi. Super Light Water Rectors and Super Fast Reactors. Springer. ISBN 978-1-4419-6034-4.. Springer. (2010). pp. 1-5,599-618
- ^ “原子力事業部 事業内容のご紹介 ABWR 改良型沸騰水型原子炉-熱効率の向上”. web.archive.org. 東芝 (2007年7月6日). 2007年7月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年1月13日閲覧。
- ^ 原子力教科書 2009, p. 295.
- ^ a b “Oka, Yoshiaki (June 27, 2011). "Special lecture Super LWR and Super FR R&D", Joint ICTP-IAEA Course on Science and Technology of Supercritical Water-Cooled Rectors (SCWRs), International Center for Theoretical Physics, Trieste, Italy, 27 June to 1 July, 2011”. indico.ictp.it. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “Yoshiaki Oka; Hideo Mori, eds. (2014). Supercritical-Pressure Light Water Cooled Reactors. Springer. ISBN 978-4-431-55024-2.”. Springer. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “Oka, Yoshiaki (June 27, 2011). "SC19, Plant dynamics and control"Joint ICTP-IAEA Course on Science and Technology of Supercritical Water-Cooled Rectors (SCWRs), International Center for Theoretical Physics, Trieste, Italy, 27 June to 1 July, 2011”. www.f.waseda.jp. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “GEN IV International forum, Framework agreement”. www.gen-4.org. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “岡 芳明(研究代表者、東京大学)軽水冷却スーパー高速炉に関する研究開発 科学技術振興機構 原子力システム研究開発事業 平成20年度成果報告会資料集 2009年1月28日 平成17-20年度”. 科学技術振興機構. 2022年10月22日閲覧。
- ^ “岡 芳明(研究代表者、早稲田大学)軽水冷却スーパー高速炉に関する研究開発 原子力システム研究開発及び原子力基礎基盤戦略イニシアティブ 平成26年度成果報告会 平成27年1月16日 研究開発期間 平成22年度―25年度”. www.nsystemkoubo.jp. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “塩入章夫他 超臨界圧水冷却炉の実用化に関する技術開発 平成15年度 期間:平成12年度から平成16年度 革新的実用原子力技術開発費補助事業、”. エネルギー総合工学研究所. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “Status report 109 - High Performance Light Water Reactor (HP-LWR) IAEA 2011 Karlsruhe Institute of Technology, Last update 29-08-2011”. aris.iaea.org. 2022年10月24日閲覧。
- ^ “ECC smart”. ecc-smart.eu. 2022年10月24日閲覧。
参考文献
編集- 三宅 修平(共著), 梅田 賢治(共著), 神田 誠(共著)、一宮 正和(著), 与能本 泰介(著), 山下 清信(著), 岡 芳明(著), 望月 弘保(著), 清水 建男(著)『原子力プラント工学』オーム社〈原子力教科書〉、2009年2月。ISBN 9784274206603。
外部リンク
編集- スーパー軽水炉(超臨界圧軽水冷却炉)
- SCWRの研究開発と課題 - ウェイバックマシン(2022年3月26日アーカイブ分)