蛸芝居(たこしばい)は、上方落語の演目の一つ。主な演者には、6代目笑福亭松鶴5代目桂文枝などがいる。

この作品は初代桂文治の作といわれて、後世に改作などを繰り返し現在の形になったとされる。

あらすじ

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昔は、医者が四方八方に居る訳ではなかったため、何とか病を自分で治そうと「民間療法」が発達していた。
例えば、食あたりした場合は、黒豆を三粒を食べる』…といった感じだ[1]

しかし、世の中にはどんなに治療をしても、決して治らない病と言うものもある。

それが…『恋わずらい』マニア

この噺の舞台となる砂糖問屋さんも、主はもちろん番頭丁稚女中乳母さんにいたるまで、家内中が揃ってみんなが芝居好き。

例えば…。朝、店員がなかなか起きなくて困った時は、主自ら『三番叟』を踊って店員を起こすのだ。

【おぉ~そいぞや、遅いぞや、夜が開けたりや、夜が開けたりや。丁稚、乳母、お清ぉ~、起きよぉ~ッ…♪】

確かに、こんな風にド派手に起こされたのでは、いつまでも寝ている訳には行かないだろう。
丁稚の定吉・亀吉のコンビが主のアイディアと踊りに感心して、布団の中から「うぉ~い、三番始まり~」

主に怒られてしまった。

「さっぱりワヤやで…」

表を掃除するように言いつけられ、外に出た所で…二人の芝居が幕を開ける。

「寒さをしのぐ茶碗酒」
「雪と遊ぶも一興か」
「さらば、掃除に…、いや掛かろぉ~かい~ッ」

向かいの路地を花道に見立て、奥に引っ込もうとした…ところで、また主に見つかって怒られた。

「さっぱりワヤやで…」

亀吉は庭の水撒き、定吉は仏壇の掃除を言いつけられ、定吉一人が仏間へと入っていく。

「え~、これは誰の位牌かいなぁ? あッご隠居はんや。なぁ、えぇ人やったなぁ」

よく天王寺参りに誘われ、帰りに茶碗蒸しをご馳走になったっけ。そんなことを考え、次の位牌を見るとこれが何と大嫌いな婆の位牌。

「死んでも頭痛患うよぉに、位牌ひっくり返しといたげま…」

掃除をしているうちに、また芝居がやりたくなってくる。『位牌を使った芝居』は無いかと考え…。

「回向院殿貴山大居士様…。先年、天保山行幸みゆきの折、何者とも知れぬ者の手に掛かり、あえないご最後。
おのれぇ、やれとは思いましたなれど、まだこの定吉は前髪の分際。
その前髪を幸いに、当家へこそは、り込みしが、合点のゆかぬはこのの禿げちゃん。
今に手証を押さえなば、禿げのっ首討ち落とし、しゅらのご無念、まッ晴らさせましょ~」

言った途端にその『禿げちゃん』がやって来て、定吉の頭をガツン!

「もぉここはえぇさかいな、乳母どん用事や、ぼんの守を替わんなはれ」

と…言うわけで、今度は赤ん坊のお守りをやる事になったのだが…かつては『太閤はんも嫌がった』というこの仕事の気晴らしに、また芝居をやりたくなってきた。

今度は【都落ち】の芝居をしていると、たまたま通りかかった亀吉がその様子を見て悪戯心を起こし、棒切れを持って定吉の背後に…。

「いやぁ~ッ!」 「でんでん太鼓ぉに、笙の笛ぇ~!」 「いやぁ~ッ!」

捕り物の芝居になってしまい、勢いで赤ん坊を放り出してまた主に怒られてしまった(なお、現在行われているこの演出は、元々は、陽気な芸風が中心だった浪花三友派の噺家によるもので、対抗勢力で、正統派の落語をもって任じていた桂派では、「なんぼ受けるか知らんが、赤ん坊をり出すとは無茶苦茶や」として、仏壇にある仏像を放り出す演出をとっていたと言う)。

「さっぱりワヤやで…」

今度の指示は、二人そろってお店番。『芝居をしたらクビにする』と主に言われ、二人のフラストレーションは溜まるばかり…。

「ほなこぉしまひょか、外から入って来るやつに芝居さしまひょか」
「そんなことが、できまっか?」

表を見ると、丁度、魚屋の魚喜が荷を下げてこっちに来たところ。あいつも芝居マニアなので、『掛け声』『ツケ打ち』で芝居をやらせようというわけ。

「へッ、魚喜よろしゅ…魚屋ッ!」

魚屋もすっかり乗せられてしまい、奥から出てきた主に「旦那さま。今日は何ぞ、ご用はごわりまへんか?」。

「もうええかげんにせぇよ。で、今日は何があんねん?」
「えー。ゴザ(五座)をハネのけまして、『市川海老十郎』『中村鯛助』『嵐蛸助』…」

歌舞伎の『拾い口上』のつもり。呆れながらも主がオーダーしたのは、『助』と『蛸助』だった。

注文を受けた魚屋は、鯛を井戸側へと運んで早速を剥がしにかかる。そのうち…丁稚のクセが乗り移ったのか、魚屋も芝居がやりたくなった。

仮名手本忠臣蔵、六段目の勘平の切腹…良かったなぁ。『勘平、血判』 『血判、確かにぃ』…血だらけや!」

手を振った拍子に、釣瓶に手がぶつかった。釣瓶は空回りして、井戸の中へドボ~ン!

これを見るなり魚屋、井戸側へ片足掛けて…。

「はてッ、怪しぃや~な~ッ!」

何処にいたのか定吉が飛び込んできて、「訝しやなぁ~ッ」

今度は、女中のお清を交え、【幽霊が出たシーン】を大熱演。そこへ主がやって来て、魚屋にが荷の中からハマチを咥えて逃げた事を告げた。

「後を追ぉて…あ、そぉ、そぉ~じゃぁ~ッ…」

ハスッカイになってビュー…!!

「あ、この定吉も…」 「これ、定吉。血相変えていずれへまいる?」

とうとう主まで釣り込まれてしまう。正気に戻った主は、定吉に酢蛸に使う酢を買ってくるように命じ、台所でタバコをふかし始めた。

「『わしを酢蛸にする』『旨いお方じゃ、蛸をあがれ』。あがられてたまるかい…、シ~ンとしたな、よし、この間に逃げたれ」

一部始終をズ~ッと、台所の方で聞いていた蛸が、足を二本、すり鉢の下へグッと掛け、ボチボチ持ち上げ始めた…。

足を二本前へ回しましてグッと結び、丸絎まるぐけの帯のつもり。蓮華を腰へ指して刀に見立て、布巾でキリキリ~ッと頬被りをし、目計り頭巾というやつ。
出刃包丁を取り上げると、台所の壁のやらかいとっからボチボチ切り破りだした…。

「何や? 台所の方がガタガタとうるさいなぁ、どないしたんや…?」

様子を見ると、何と蛸が歌舞伎の泥棒の真似をして、台所から逃げようとしている所。
「逃げられてたまるか!」。そのまま追いかけたらいいのに、主はわざわざ日本刀を持ってきて、蛸の後ろにソロソロと…。

それに気づいた蛸は、上を向いて墨を噴水みたいにビュー!! 一気にあたりが暗転して、『だんまり』になった…。

「いやぁ~ッ!」

蛸が腕を伸ばすと、主の鳩尾に見事に命中。主はその場に倒れてしまう。
蛸は「雉も鳴かずば撃たれやしめえ。明石の浦へ。ちっとも早く、おぉ、そぉじゃ、そぉじゃ~ッ…」と逃げてしまった。

「え~、旦那、酢ぅ買ぉて来ましたで。旦さん、酢ぅ買ぉて…」

定吉が帰ってきて、目を回している主を発見。抱き起こすと…?

「さ、定吉か? 遅かったぁ~」
「あんた、まだ演ってなはんのんか、そないなってまで。どないしなはったんや?」
「定吉、黒豆を三粒、持って来てくれ」
「どないしなはった?」

「蛸に当てられた…」

その他

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上方落語の芝居噺の代表作である。登場人物すべてが歌舞伎好きだが、最後に登場する蛸までが芝居の真似ごとをするというナンセンスさが面白く、今日まで演目としての寿命を残しているといえる。下座との掛け合いの巧さや歌舞伎の知識に加え、舞踊の要素などが演者に求められる。また動きの激しさ故に、演者は袴を着用することが多い。

脚注

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  1. ^ 現在ではこの民間療法が一般的でなくなったため、「黒豆三粒」のくだりを言わない場合もある。