菅野 道親(すがの みちちか、1859年安政6年9月[1][2]) - 1940年昭和15年)3月23日[2])は、日本の政治家衆議院議員(1期)。旧姓・南野[1][2]

経歴

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河内国若江郡(のち大阪府中河内郡玉川村→玉川町河内市、現・東大阪市)生まれ[1]東京市会書記長、東京市主事となる[1][2]

1894年9月の第4回衆議院議員総選挙において大阪6区から「南野道親」の名で無所属で立候補して当選した[3]。衆議院議員を1期務め、1898年3月の第5回衆議院議員総選挙では「菅野」に改姓して自由党から立候補したが落選した[4]。1940年に死去した。

脚注

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  1. ^ a b c d 衆議院 編『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年、232頁。NDLJP:1278238 
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』372頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』22頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』27頁。

参考文献

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  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。