荒熊谷五郎
荒熊 谷五郎(あらくまたにごろう、1899年12月13日 - 1979年9月23日[1])は、現在の兵庫県加古川市出身で陣幕部屋に所属した力士。本名は前田 熊次(まえだ くまじ)。身長174cm、体重113kg。東京での最高位は東前頭6枚目(1928年1月場所)。得意手は右四つ、寄り。
来歴
編集1918年に大坂相撲の陣幕部屋に入門、1922年に入幕、1924年には大関に昇進し、大坂を代表する力士のひとりとなった。
1927年1月大坂相撲より加入の形で東京で新入幕となったが、大坂の大関が東京では前頭9枚目にランク付けられた。それでも、1927年5月場所には8勝2敗の好成績を挙げたり、1928年5月場所には同じ大坂出身の横綱・宮城山を破る金星を挙げた。1931年1月場所に十両に陥落したところで3月場所かぎりで廃業した。荒熊の四股名は世話になっている旅館の屋号から。
主な成績
編集場所別成績
編集春場所 | 三月場所 | 夏場所 | 秋場所 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
1927年 (昭和2年) |
東前頭9枚目 2–9 |
東前頭9枚目 2–9 |
東前頭15枚目 8–2–1 |
西前頭13枚目 3–8 |
||
1928年 (昭和3年) |
東前頭6枚目 1–10 |
西前頭8枚目 4–7 |
西前頭10枚目 6–5 ★ |
西前頭10枚目 6–5 |
||
1929年 (昭和4年) |
東前頭10枚目 6–5 |
東前頭10枚目 6–5 |
東前頭9枚目 7–4 |
東前頭9枚目 2–9 |
||
1930年 (昭和5年) |
東前頭11枚目 6–5 |
東前頭11枚目 5–6 |
東前頭11枚目 4–7 |
東前頭11枚目 4–7 |
||
1931年 (昭和6年) |
東十両筆頭 0–0–11 |
東十両筆頭 引退 0–0–11 |
x | x | ||
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
改名歴
編集- 荒熊 谷五郎(あらくま たにごろう)1927年1月場所 - 1931年3月場所
参考文献
編集- 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709
出典
編集関連項目
編集外部リンク
編集- 荒熊 谷五郎 - 相撲レファレンス