世界終末時計

人類の絶滅までの「残り時間」を象徴的に表す時計
終末時計から転送)

世界終末時計(せかいしゅうまつとけい、英語: Doomsday Clock)は、核戦争などによる人類(世界[1]地球[2]と表現されることもある)の絶滅(終末)を『午前0時』になぞらえ、その終末までの残り時間を「0時まであと何分(秒)」という形で象徴的に示すアメリカ合衆国の雑誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists) の表紙絵として使われている時計である。実際の動く時計ではなく、一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表される。「運命の日」の時計あるいは単に終末時計[3]とも呼ばれる。

世界終末時計。2024年現在は「90秒前」となっている。

概要

編集

第二次世界大戦中の原爆開発計画であるマンハッタン計画に参加したことを通じて、核エネルギーをもつ戦後世界においては科学者が積極的な社会的責任を負い果たさねばならなくなったことを認識したシカゴ大学などの科学者らは、戦後『シカゴ原子力科学者』と呼ばれる会を組織し、その会報『原子力科学者会報』において核エネルギー管理や軍拡競争の阻止、平和の維持の方法などについて議論した。 共同主任編集者であった物理学者ハイマン・ゴールドスミス (Hyman Goldsmith) は、1947年、新たに雑誌の装丁となった会報の表紙絵を芸術家マーティル・ラングズドーフ (Martyl Langsdorf) へと依頼した。 物理学者の夫を持つラングズドーフは、一触即発のバランスの上に立った冷戦の時代を迎えて、核戦争という文明の危機と向かい合ったこれら科学者の切迫した危機感をわかりやすく人々へと伝える必要性を認識し、アナログ時計の針として科学者からの見解を視覚的に訴えるアイデアを考案した[4]。開始時に時計が7分前に設定されたのは、ラングズドーフにとって「見た目がよさそうだった」からという理由に過ぎなかった[4]。 こうして終末時計が、日本への原子爆弾投下から2年後、冷戦時代初期の1947年にこの雑誌の表紙絵として誕生した。

以後、同誌は、専門家などの助言をもとに、同誌の科学・安全保障委員会での議論を経てその「時刻」の修正を毎年1度行っている。すなわち、人類滅亡の危険性が高まれば分針は進められ、逆に危険性が下がれば分針が戻される。1989年10月号からは、核兵器からの脅威のみならず、気候変動による環境破壊生命科学の負の側面による脅威なども考慮して、針の動きが決定されている。

時計の時刻が意味するものについて、同誌は、時計は未来を予測するものではなく、医師が検査結果だけでなく問診などを通じて総合的に診断するときのように、指導者や市民が社会状況の治療を行わない場合に起こる危険性を要約するものだとしている[4]。また、ケンブリッジ大学人類存亡リスク研究センター (en:Centre for the Study of Existential Risk, CSER) のS・J・ビアード (S.J. Beard) は、終末時計の目的が「人類が直面しているリスクがどれほど大きいかを伝えることではなく、そのリスクに私たちがどれだけうまく対応しているかを伝えること」にあるとする[5]。さらに、キューバ危機のような個別の事象ではなく、為政者が利用できる武器の存在とその使用を制限する制度・枠組みという「本質的に体系的」なものが破滅的な危機の回避にとっては重要であり、それが終末時計が測定しようとしているものだと説明する[5]。2010年代、時計が急速に針を進めた要因について、ビアードは、ひとつには気候変動のような新たな種類の脅威の出現とそれへの各国政府の対策の不十分さ、もうひとつにはそうして複合的になったリスクの管理の課題が深刻さを増していることを挙げている[5]

これまでもっとも分針が進んだのは、ロシアのウクライナ侵攻に伴う核兵器使用の懸念が高まった2023年90秒前[注 1]、もっとも分針が戻ったのはソビエト連邦の崩壊により冷戦が終結した1991年17分前である。

終末時計はいわば仮想的なものであり、『原子力科学者会報』の新年号の表紙などに絵として掲載されているが、シカゴ大学には「オブジェ」が存在する。

推移

編集

 

終末時計 変化 詳細
1947年 7分前   創設。
1949年 3分前 4分進む
1953年 2分前 1分進む アメリカ合衆国とソ連が水爆実験に成功。
1960年 7分前 5分戻る
1963年 12分前 5分戻る アメリカとソ連が部分的核実験禁止条約に調印。
1968年 7分前 5分進む
1969年 10分前 3分戻る アメリカの上院核拡散防止条約を批准。
1972年 12分前 2分戻る 米ソがSALT IABM条約を締結。
1974年 9分前 3分進む
1980年 7分前 2分進む
1981年 4分前 3分進む
1984年 3分前 1分進む 米ソ間の軍拡競争が激化。
1988年 6分前 3分戻る 米ソが中距離核戦力全廃条約を締結。
1990年 10分前 4分戻る
1991年 17分前 7分戻る
1995年 14分前 3分進む ソ連崩壊後もロシアに残る核兵器の不安。
1998年 9分前 5分進む インドとパキスタンが相次いで核兵器の保有を宣言。
2002年 7分前 2分進む
2007年 5分前 2分進む
2010年 6分前 1分戻る バラク・オバマ米大統領による核廃絶運動。
2012年 5分前 1分進む
2015年 3分前 2分進む 気候変動や核軍備競争のため。
2017年 2分30秒前 30秒進む ドナルド・トランプ米大統領が核廃絶や気候変動対策に対して消極的な発言[6]
2018年 2分前 30秒進む 北朝鮮が行っている核開発の影響による核戦争への懸念[7]
2020年 1分40秒前 20秒進む 中距離核戦力全廃条約失効による核軍縮への不信感
アメリカとイラン、アメリカと北朝鮮の対立
宇宙サイバー空間上などにおける軍拡競争の激化
気候変動に対する各国の関心の低さ[8]
2021年 1分40秒前 変化なし 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の歴史的な蔓延。 | 各国政府、国際機関が核兵器気候変動という文明を終わらせる真の脅威に対応する準備ができず。
2022年 1分40秒前 変化なし
  • 北朝鮮のミサイル発射やウクライナ情勢などによって世界の脅威が増加
    核戦争や気候変動などの危険な課題に向けた準備が不十分
  • 新型コロナウイルスのさらなる蔓延と度重なる変異株の出現
  • 気候変動への目標が十分に達成されていない
2023年 1分30秒前 10秒進む
  • 2022年、ロシアのウクライナ侵攻における核戦争のリスク増加。また、ロシアのチェルノブイリ及びザポリージャ原子力発電所付近における紛争により、放射性物質の広範な汚染のリスク増加。
  • 2026年2月、ロシアと米国の間における新戦略兵器削減条約の失効。
  • 北朝鮮のミサイル発射や中距離弾道ミサイル実験の開始。
  • 気候変動や新型コロナウイルスの更なる蔓延と、それらのリスク軽減の為の国際的な規範や機関の崩壊。
2024年 1分30秒前 変化なし 2023年10月7日、イスラエルとパレスチナ自治区による戦争が勃発する。

大衆文化への登場

編集

脚注

編集

注釈

編集
  1. ^ もっとも世界が核戦争の危機に瀕したとされる1962年キューバ危機は反映されていない。これは短期間での出来事かつ、危機が起きた時点では詳細な状況とその結果がよく知られていなかったためで[要出典]、委員会ではその後の米ソホットラインの設置、部分的核実験禁止条約への署名といった動きを受けて、翌年1963年に7分前から12分前まで針を戻している。

出典

編集
  1. ^ “世界終末まで「残り2分半」=トランプ氏の姿勢反映-米科学誌”. 時事ドットコム (時事通信社). (2017年1月27日). オリジナルの2017年1月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170127013946/http://www.jiji.com/jc/article?k=2017012700107&g=int 2017年2月24日閲覧。 
  2. ^ “地球の「終末時計」 針を30秒進め 残り2分半に”. NHK NEWS WEB (日本放送協会). (2017年1月27日). オリジナルの2017年2月2日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170202043456/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170127/k10010854491000.html 
  3. ^ “「終末時計」残り2分半に トランプ氏の勝利など受け”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2017年1月27日). http://www.asahi.com/articles/ASK1W1RZ8K1WUHBI001.html 2017年2月24日閲覧。 
  4. ^ a b c Kennette Benedict (2018年). “Doomsday Clockwork”. 2021年1月27日閲覧。
  5. ^ a b c Beard, S.J. (2022年1月20日). “How to read the Doomsday Clock”. BBC Future. 2022年8月16日閲覧。
  6. ^ “「世界終末時計」残り2分半、トランプ発言で30秒進む”. 日本経済新聞 電子版 (日本経済新聞社). (2017年1月27日). https://www.nikkei.com/article/DGXLASGN26H32_X20C17A1000000/ 2017年2月24日閲覧。 
  7. ^ “「終末時計」過去最短の残り2分に 核開発やトランプ大統領が影響”. ライブドアニュース. (2018年1月26日). https://news.livedoor.com/article/detail/14210717/ 2018年1月26日閲覧。 
  8. ^ 終末時計 残り「1分40秒」 これまでで最短 かつてない危機”. NHK (2020年1月24日). 2020年1月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月24日閲覧。

関連項目

編集

外部リンク

編集