粟谷明生
粟谷 明生(あわや あきお、1955年(昭和30年)9月30日 - )はシテ方喜多流の能楽師で、重要無形文化財総合認定保持者である[1]。
概説
編集粟谷菊生(人間国宝・日本芸術院会員)の長男として東京に生まれる[2]。父、喜多実(喜多流十五世宗家)並びに友枝昭世(人間国宝・日本芸術院会員)に師事した[2]。『鞍馬天狗』の花見にて初舞台(3歳)[3]。1963年(昭和38年)に『猩々』にて初シテを勤め、以後、『猩々乱』、『道成寺』、『翁』、『安宅』、『望月』、『三輪』神遊、『絵馬』女体など大曲を披く[3]。自身の舞台活動に励みつつ、大阪大学、東北大学で学生への指導にも尽力する[2]。
主な略歴
編集著書
編集- 『粟谷菊生能語り』粟谷明生、ぺりかん社、2007年10月。ISBN 978-4-8315-1186-7。
- 『夢のひとしずく能への思い』ぺりかん社、2015年12月。ISBN 978-4-8315-1186-7。
映像
編集外部リンク
編集- "粟谷明生の能がたり". 2024年12月29日閲覧。
- "能楽・喜多流能楽師 粟谷明生 AWAYA AKIO のブログ". 2024年12月29日閲覧。
- 喜多流能楽師 粟谷明生 (@p51tuuekowdqmhp) - X(旧Twitter)
- 粟谷 明生 (awaya.akio) - Facebook
脚註
編集出典
編集- ^ "会員詳細|粟谷明生(あわやあきお)". 会員紹介. 公益社団法人能楽協会. 2024年12月29日閲覧。
- ^ a b c "謡曲(喜多流)|講座情報". 自由が丘産経学園. 株式会社カルチャー. 2024年12月29日閲覧。
- ^ a b "粟谷明生". 原典「平家物語」. 株式会社ハゴロモ. 2024年12月29日閲覧。